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NEW!2011年ファイナル・新しい年へ (2011年12月25日UP)
2011年は大変な年でした。鉄道にとっても試練の年で、豪雪、大地震、津波、大雨が鉄路を
痛めつけました。それでも鉄道は力を振り絞って人々を繋ぎ力づけました。2012年が良い年で
あることを心より願います。さて、鉄道の活躍は更に続きます。秋冬バージョンをご覧下さい。 |
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NEW!宮城石巻復興号、がんばろう岩手号 (2011年11月27日UP)
2011年3月11日の東日本大震災から8ヶ月経った今も、被災地の深い傷は残されたまま・・・。
それでも少しづつ復興の槌音が聞こえてきます。
故郷を作り直そう!生活を復興しよう!人々を励ますように、東北にSLが戻ってきました。 |
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NEW!(ちょっとひとやすみ)小さい秋見つけた (2011年10月12日UP)
3月11日大震災を耐え抜き、復興のために力強く立ち上がった鉄道、皆に元気を与えた鉄道。
そいでもって「鉄」の夢6120号機復活と群馬ナツマツリ、渾身の走りを渾身の精神力で写す!!
ここらで、ちょいと肩の力を抜いて、秋の里山をノンビリと走る真岡鉄道C1266号機をご覧下さい。 |
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NEW!重連マツリがやって来た!! (2011年9月27日UP)
東日本大震災から半年が経ちましたが、夏草茂る被災地の街跡をニュースで見る度に悲しくなります。
放射能汚染も止まらずに不安だけが広がります。美しかった日本の国土は何時戻るのでしょうか。
こんな時にはマツリに限る!!、てなわけで今年の夏は重連が上州路を駆け抜けました。やるなJR東。
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NEW!2011年復活の日 (2011年5月21日UP) 東日本大震災から2ヶ月が経ちましたが、大災害の傷跡は余りにも深く復旧が遅々として進みません。
それでもいち早く甦った鉄道は日本を繋ぎ、心を繋ぎ、復興に大いなる力を与えてくれました。
初夏の気配が感じられる頃、蒸気機関車たちが再び走り始め、C6120号機も復活の日を迎えました。 |
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2011年東北に巡る春 (2011年4月27日UP)
2011年3月11日の大地震に東日本大震災という名が付けられました。40日があっという間に過ぎ
死者行方不明者が2万6千人を超え、原子力発電所の放射能汚染はいつ収束するのか見当も
つきません。それでも今年も東北に桜の花が巡ってきました。そして、鉄道が再び走り始めました。 |
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2011年3月11日 (2011年3月26日UP)
2011年3月11日、全国JRダイヤ改正の前日は去り行く列車を惜しむカメラマンがホームに殺到し
念願の全通をひかえた九州新幹線の駅では処女列車を祝う準備が忙しく進められていました。
2011年3月11日14時46分、三陸沖でM9.0の巨大地震が発生し、大津波が東北と関東を襲いました。 |
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秋過ぎて、冬来たりなば春遠からじ(2011年2月19日UP)
秋は紅葉、冬は雪、春は桜。猛夏に虐げられて彩(いろどり)がいまひとつな2010年の秋でしたが
JR各社は気合を入れて蒸気機関車を走らせてくれました。冬の記録的な豪雪にも挫けず鉄路を
守り抜いてくれました。そして春は待望のC6120号機が復活、2011年の蒸気機関車も熱いです。
特集 2010年夏のお蒸さん (2010年9月5日UP)の続編登場!! |
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2010年”Joyful Train”今年も走ったおもしろ列車(2010年12月31日UP)
2010年鉄路を駆け抜けた面白列車総集編!!というには全く及びませんが、
各地の線路端に佇(たたず)み現れるのを今か今かと結構楽しみながら撮りました。
なかには懐かしく、なかには萌えた列車の面々をご覧下さい。 |
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2010年未だ現役、名残の鶴丸 (2010年12月20日UP)
JAL最後の鶴丸塗装機、B-777 JA8985号機が飛んだのは2008年5月30日でした。
世界の空から鶴丸が消え世界中の全おぢさんが涙しましたが、その後のJALの運命は
更に更に涙なくしては語ることが出来ません。しかし泣いている場合ではありません。
各地に名残の鶴丸を捜し求めました。”未だ現役”は「鉄」だけのフレーズではないのです。 |
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1975年、華やかなりし羽田国際空港 (2010年11月4日UP)
2010年10月21日、羽田空港国際線新ターミナル が華やかに開業しました。
その昔にも1960年から1970年にかけてハネダに華やかな時代がありました。
ジャンボジェットが登場し、日本と外国を結ぶ国際路線が次々に開かれ、海外旅行の夢と喜びを
載せた飛行機が次々と飛び立ちました。そんな懐かしくも活気に満ちた時代の映像をご覧下さい。 |
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特集 2010年夏のお蒸さん (2010年9月5日UP)
冬は雪、春は桜、秋は紅葉。夏は煙も期待できず暑苦しいだけなのでしょうか?
今年は正しくそんな感じでしたが日本の四季は実に豊か、無駄な季節が在ろう筈が
御座いません。 2010年の夏、目眩がするような陽光とむせ返る様な緑の中を
走り抜けた各地のお蒸(気)さんの姿を特集いたしました。 |
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”designed by Kansai Yamamoto” 新型スカイライナー登場 (2010年7月26日UP)
梅雨が明けた途端に猛烈な熱暑が到来、今年の夏は中々にハードです。線路端の茹だるような
暑さに、カメラを構える気力も少々及び腰です。それでも首都圏久々の大型新人登場とあっては
座して見送るわけには参りません。7月17日に運行開始した新スカイライナーを、初乗りを兼ねて
追いました。 |
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”SAYONARA type 253”初代NEX253系が引退 (2010年7月1日UP)
2010年6月30日に253系が成田空港と首都圏を結ぶ成田エクスプレス”NEX”から引退しました。
253系は1991年3月のJR成田空港線開業とともに登場し、大胆なデザインが評判を呼びましたが
車齢20年に達し、更に7月に新スカイライナーが登場することを睨んでE291系に交代しました。
終幕間際でしたが、その華麗な姿を首都圏、田園、そして空港線に追ってみました。 |
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大女優のコスプレ D51 498が後藤式デフを装備 (2010年6月8日UP)
「D51 498号機が門デフ装備のコスプレするらしいぞ」そんな噂に、嗚呼、人気取りにそこまで
するかと思いましたが、JR東の企画は一味違いました。ゴールデンウイーク直前に披露した
姿は驚愕の「後藤工場式デフレクタ+鷹取工場式集煙装置」という重装備でした。そんな姿を
一目みたいと、「SLみなかみ号」と「SLやまなし号」を追ってみました。 |
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なごり雪、なごり花、2010年真岡鉄道の春 (2010年4月20日UP)
早起きして窓を開けたら外は雪、なんじゃこれ!? 2010年4月17日、春爛漫の関東平野に
遅い遅い雪が降りました。東京では41年ぶりの降雪記録だそうです。
今年のなごり雪は桜を覆う花隠しの雪、そんな情景を真岡鉄道に追いました。
今日は久しぶりのゴルフだったのに・・・・。 |
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七年に一度のマツリと「鉄」が絡んだ!! (2010年4月6日UP)
平成二十二年寅の年、信州諏訪大社に奉納される「御柱祭」が賑々しく催されました。
10トンを超える大木が急坂を滑り下る「木落し」は、当に血沸き肉踊る熱狂のスペクタクル!!
そんな興奮のなか、「鉄」は脇を通り過ぎる中央本線を見逃しませんでした。 |
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今時(いまどき)の若い者は・・・「撮り鉄」今昔物語 (2010年3月25日UP) 今年の春は変なことが話題になりました。3月のダイヤ改正で引退する列車を撮ろうとする
鉄道ファンが駅のホームを埋めつくし、線路端ギリギリでカメラを構えて列車を止め、
迷惑千万な「撮り鉄」としてマスコミに取り上げられ、あちこちで顰蹙(ひんしゅく)を買いました。
これだから今の若い者は・・・とベテラン鉄が嘆きますが、そんなベテランの若き日々を特別公開!! |
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春は名のみの風の寒さよ、2010年春のラストランを追う (2010年3月24日UP)
卒業式、転勤、リス○ラ(あわわ…)、そしてダイヤ改正。早春は別れの季節でもありました。
500系のぞみ、ボンネット型特急電車、旧型キハ、etc,etc。ちょっと前までは何処にでも走っていた
列車が次々と姿を消しました。そんな懐かしの列車を記憶に留めようと思い、
殺到する「撮り鉄」に混じって(と言うより自ら「撮り鉄」と化して)ラストランを追い掛けました。 |
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ゆめ牧場の夢光景、 成田のプッシュプル (2010年2月24日UP)
中国ハミのプッシュプルを目前にした興奮が醒めぬまま、今度は日本のプッシュプルを
撮りに行きました。羅須知人鉄道協会まきば線(成田ゆめ牧場)を日本最小のプッシュプル
が走りました。2010年正月の早朝、静かな牧場の空に可愛らしい2条の白煙が立ち昇りました。 |
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シルクロードの煙 哈密(ハミ)露天煤鉱 (2010年2月11日UP)
五言絶句 ”長列爆双煙、夕陽赤若丹。鉱車頻過処、白雪映天山。”
遥か西方に、蒸気機関車が鉄路を埋めつくす桃源郷が在る。
中国の現役蒸気機関車を求める旅は、西域新彊(しんきょうウイグル自治区)に達しました。
2009年の年末、天山山脈を望む不毛の砂漠に2本の爆煙が立ち昇りました。 |
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秩父路に門デフC58が走った (2009年12月23日UP)
秩父鉄道の開業110周年を締めくくったのが、なんと、C58 363号機の門鉄デフ変身でした。
現役時代C58の門鉄デフ装備は僅かに15両、それが平成の世にに復活するとは!!
運行直前まで完全黙秘の緘口令、早耳の鉄すらも思いがけないサプライズ運転は
2009年11月21・22・23、28・29日の5日間行われました。 |
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D51498号機復帰の記録 (2009年11月06日UP)
2008年12月にボイラー空焚きにより火室を破損、修理に最大1年半かかると見込まれた
D51498号機でしたが、9ヵ月後の2009年9月に見事に蘇り、9月19日には本運転に復帰しました。
大宮工場内の試運転、高崎への回送、みなかみ号試運転、そして本運転までを
しぶとくパパラッチしました。 |
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やまぐち号青列車二題 (2009年8月13日UP)
1979年にSLやまぐち号が山口線を走り始めて、2009年8月1日で30周年を迎えました。
客車編成が国鉄の12系編成から改造レトロ編成に衣替えしましたが、30周年を記念して
8月1日の一日だけ開業当時を思い起こさせるオハ12系の青列車編成が走りました。
2008年に運行された、可愛らしいやまぐちDC号青編成と会わせてご覧下さい。 |
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日本の梅雨、やまぐちの梅雨 (2009年7月14日:梅雨明け直前にUP)
♪巡る〜、季節は巡る〜♪
雪景色だ花吹雪だ、水鏡だ新緑だと全国を飛び回り、気がつけば早や季節は煌めく夏。
過ぎ行く梅雨を惜しんで(あんまり惜しくは無いですが)、
賞味期限ギリギリ「やまぐちの梅雨」をご覧下さい。 |
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2009年 SL常紋号再び (2009年6月29日UP)
2008年に引き続き、2009年も6月27日・28日の二日間、JR北海道の石北線常紋峠を越える
「SL常紋号」が運転されました。今年は二ツ目のC11 207号機が列車を牽引して運転区間も
北見〜遠軽間に変更されました。代わりに途中駅で色々な催しが開かれました。
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2009年花の舞 磐越花街道 (2009年4月27日UP)
”桜前線は足を早めて北上中”という手弱(たおや)かなニュースが流れるのは日本だけ。
染井村(現在の東京都豊島区駒込)の植木職人が作り上げた一本のソメイヨシノがやがて全国に
植えられたのです。これこそ世界に先駆けて最初に実用化されたクローン技術だあっ!!
技術立国ニッポンはサブプライム破綻なんかに負けないぞ。C57180号機が元気に走り始めました。
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2009年 花の舞 (2009年4月15日UP)
北王子貨物線 (東京都北区)、小湊鉄道 (千葉県)、羅須知人鉄道協会まきば線(成田ゆめ牧場)。
”桜の木の下には死体が埋まっている・・・”今年の桜は殊の外に見事で御座いました。
空を雲の如く覆う桜花は観るものを狂気に誘うので御座います。勿論「鉄」も狂うので御座います。
そんな桜と戯れる、東京近郊三大名所の鉄道寸景をご覧ください。 |
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山形新幹線つばさ400系引退、最後の雪景色(2009年3月11日UP)
1992年、東北新幹線から山形に直通乗り入れするつばさ号が登場しました。在来線である奥羽本線の
福島ー山形(2009年現在は新庄)を改軌したミニ新幹線の第一号でした。開業当時から活躍した400系
が2009年の夏までに引退します。最高速度270kmで駆ける銀色の車体がスポーツカーのようでした。
400系最後の雪景色となる姿を、板谷峠に追いました。 |
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37年ぶりにシゴナナが房総に帰ってきた!(2009年2月9日UP)
2007年2月、ちばディスティネーションジャパンで「SL南房総号」運転、D51498が内房線に初入線。
2008年2月、おいでよ房総春!発見で再び「SL南房総号」が外房線を走りました。
2009年2月、「SL春さきどり号」・・・ところがD51498がまさかの大故障で走行不能(全治1年)に。
急遽登板したピンチランナーがなんとC57180!!千葉にシゴナナが37年振りに帰ってきました。 |
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EF55 1のサヨナラ運転「碓氷・横川号」編(2009年01月27日UP)
2008年12月の「みなかみ号」に続き、2009年1月17日に上野〜横川、18日に高崎〜横川間で
EF55 1号機のサヨナラ運転が行われました。最終運転の18日「さよなら」と書かれたヘッドマーク
が前面に掲げられていました。これが本当にラストランになるのでしょうか。2度目の復活は・・・? |
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EF55 1のサヨナラ運転「みなかみ号」編(2008年12月24UP)
かつて東海道本線の特急列車牽引用として1936年に3両だけ製造されたEF55型電気機関車。
当時流行した流線型デザインをまとい、2CC1の車輪配置、電気機関車のくせに転車台で
方向転換、何から何までユニークな機関車でした。トップナンバーEF551号機は1986年に
車籍復活しましたが、惜しまれながら2009年1月に本線運転を終了することになりました。 |
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新幹線0系ラストランを追加(2008年12月15日UP)
2008年の後半はずっと0系を追いかける日々が続きましたが、遂にラストランの時が
やってきました。11月30日に最後の定期運転となった「こだま号」が走り、12月14日には
「さようなら0系ひかり号」が運転され、文字通り輝かしい43年間の歴史に幕が下ろされました。
ラストラン間際の、0系ラストフォトを追加しました。僅か3日間だけ見られた貴重な光景も。 |
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新幹線「風景編」を追加(2008年11月20日UP)
東京オリンピック、夢の超特急、小学校で好きだった可愛いあの子・・・
新幹線0系を撮影するにつれて次々と懐かしい思い出が脳裏に浮かぶのですが、
何かふっ切れないモノがありました。そうだ!未だ0系をフィールドで撮っていないのだ!
というわけで、0系終盤の撮影は「0系風景編」です。 |
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新幹線更に追加(2008年9月15日UP)
500系を追っ掛けていたら何だかハマッテシマイマシタ。
この日も本当は「やまぐち号」を撮りに来たのですが、時刻表を調べると上下あわせて
4本の「500系のぞみ」やら「0系こだま」が新山口駅を通るではありませんか。
「やまぐち号」そっちのけで撮ったシンカンセンを追加いたしました。 |
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夢の超特急追っ掛け編(2008年9月8日UP)
原色に復元された0系を追い、今度は「こだま」の乗り追っ掛けを敢行しました。
早い話が「こだま」に乗りながら途中の停車駅で色々撮ろうとしただけです。
11月に無くなるのは0系だけでは在りません。500系「のぞみ」ももはや風前の灯。
未来の超特急そのまんま500系の姿も同時に狙ってみました。 |
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究極のエコロジー赤道の水牛鉄道(2008年7月7日UP)
2008年7月G8開催、CO2削減が悲願。これからはソーラー発電?それともバイオ燃料?
我らの先人たちは既に究極のエコシステムを持っておりました。
燃料も燃えカスも地より得て地に還す。
屈強な水牛がのっしのっしと貨車を牽く鉄道がインドネシアにありました。 |
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さようなら 鶴丸 (2008年6月3日UP)
日本航空の最後の鶴丸塗装機が2008年5月30日のフライトで塗装更新されることになりました。
紅い鶴のマークとして親しまれ、時には日本のシンボルとして大空を羽ばたいてきた鶴丸が
半世紀の歴史を閉じました。その記念に、1970年代の鶴丸の姿を集めました。 |
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夢の超特急が帰ってきた。(2008年5月23日UP)
JR西日本は2008年11月までに山陽新幹線から0系編成を全て引退させると発表しました。
昭和39年(1964年)10月に東海道新幹線が開業し、「夢の超特急」として華々しく登場した0系が
遂に鉄路から姿を消します。JR西日本はその偉業を讃えて、当時の姿を復元しました。 |
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過ぎし夢が適うとき。鉄法煤業鉄路「大人の修学旅行」(2008年2月27日UP)
2008年、中国の蒸気機関車も最後のときを迎えようとしていました。
今こそ「鉄」として見たい夢、見たかった夢、見られなかった夢を全部見ようじゃないか!!
そんな夢のツアー中国 鉄法煤業集団公司鉄路に集った42人の「鉄」の記憶
それが「大人の修学旅行」です。 |
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2007年、東西銘華C57、華麗なる七変化 (2008年1月27日UP)
2007年、C571は生誕70周年を祝う早替わりの妙技、C57180は驚きの門鉄デフ大変身。
西に黒衣の貴婦人あれば、東に小倉結いの越後女あり。
これはもう、二大女優の絢爛コスプレ絵巻!!C57七変化をご覧あれ。 |
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集通鉄路奇跡の前進型復活 (2008年1月5日UP)
無煙化されてもう2年、二度と見ることは無いだろうと諦めていた
前進型が集通鉄路の経棚峠に帰って来ました。
「国際SLフェスティバル」という催しだそうです。現役時代そのまま
の姿に出会える!!期待を大きく膨らませ厳寒の地を訪れました。 |
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時間旅行2007南票煤鉱 (2007年9月7日UP)
中国遼寧省、 南票鉱務局鉄路はワンダーランド(驚異の世界)でした。
それは数十年前には日本のあちこちに在り、今は消え去ってしまった光景でした。
夢中で撮った写真に、過去を再び見ることが出来た感動を留められたでしょうか。 |
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砂漠に消えゆく最後の前進型蒸気機関車(2007年4月7日UP)
中国西部の辺境、寧夏回族自治区の首府銀川市から更に2時間、目前に凍りついた
毛烏蘇沙漠(モウス砂漠)が現れました。太古鉄路は砂漠の蜃気楼のように現れる都市へ
貨物を運ぶ専用鉄道でした。そこでは前進型蒸気機関車が最後の活躍を続けていました。 |
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最後の最後の前進型、充州煤鉱集団鉄路 (2007年4月7日UP)
2005年12月に集通鉄路が、翌年06年4月に太古鉄路も無煙化され、前進型は無くなったと
諦めていましたが、山東省鄒城の炭鉱専用線”充州煤鉱集団鉄路”に残って居ました。
鄒城の充州?それはどの辺りなんですかあ?ジュウシュウではなく本当はYan州ですが、
「Yan」に当たる漢字がありませんでした |
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2006年の秋、磐越路に四大スタアが勢揃い!! (2006年12月11日UP)
「ばんえつ物語号」を牽くC57180が点検のために工場入りしました。そしてDD51
895号機、
DD53 2号機、更にD51 498号機が代役を務めるというニュースが全国を駆け抜けました。
この大ニュースに私の「鉄血」が久々に燃え上がりました。何とか四大スタアを全部撮れないものか。 というわけで、(年甲斐もなく)4本の「ばんえつ物語号」完撮に挑戦しました |
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これぞ本懐!!インドネシアに再デビューした日本車たち (2006年9月24日UP)
「定年後の第2の人生はゆっくりと海外で…」
団塊の世代のオジサン達が心血を注いで造り上げたデンシャが
再びインドネシアの地で走り始めました。
品質こそ日本の原点、物の命は使われ尽くしてこそ華!! |
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赤道直下の機関車:インドネシアの旅(2006年8月30日UP)
昨年末のスマトラ大津波、今年7月のジャワ島南部震災と災害が続いているジャワ島ですが
太陽の下に広がるサトウキビ畑のなかに、精一杯働く小さな蒸気機関車たちが居ました。
赤道直下の国は、控えめで、優しく、ちょっと懐かしい風景でした。
06年8月12日〜18日のインドネシア撮影ルポダイジェスト版です。 |
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20世紀の大いなる遺構、中国撫順炭鉱 (2006年5月21日UP)
中国遼寧省、瀋陽市の東40kmに位置する撫順炭鉱は、世界最大の露天掘り鉱として有名
です。1905年に開かれた炭鉱は100年に渡って中国の重工業を支えてきましたが、21世紀の
今、石炭を掘りつくして閉山の時を迎えようとしています。古い炭鉱の周囲を巡る専用鉄路を
巡りました。 |
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103系、113系首都圏引退記念:懐かしの国電(2006年3月16日UP)
かつては何処にでも走っていた通勤電車「国電」も、気が付けば「サヨナラ」の光景ばかり。
思わず探した昔々のネガのなか、特急列車やSLのコマの間にひっそりと映っていた彼女達の
姿を取り上げました。
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1975年12月14日、お別れ列車が走った。(2006年1月25日UP)
国鉄本線の無煙化が完了してから早や30年の月日が流れました。
あの時代、蒸気機関車への郷愁と人気が高まり「SL」「マニア」の言葉も登場しました。
昭和50年12月14日室蘭本線で運転されたお別れ列車のひとコマをご覧ください。
そして、その後の蒸気機関車たちの姿も・・・。 |
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火車が駆けた最後の集通「冬編」「夏編」2本立て(2005年12月27日UP)
NEW!!中国の名ガイド、孔 憲科氏より頂いた12月9日前進型お別れ列車の写真を追加しました。
(2006年1月21日)
おそらく世界で最後までSLが活躍した長距離鉄道、集通鉄路も
2005年12月をもって無煙化が完了しました。前進型の最後の姿を追って夏の草原を訪れました。
前年の冬に観た凍りついた世界と全く異なる緑の楽園が眼前に広がりました。 |
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昭和46年 彷徨の時代 (2005/01/26UP)
昭和46年9月15日、C62急行ニセコが遂に無煙化。
嗚呼、俺の青春は終わった・・・昭和46年燃え尽き組だった私が、
如何に後悔の日々を送り、如何に「復鉄」したか?
30年前のセンチメンタル・グラフィティー! |
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集通長行 日本鉄魂のオッカケを見よ (2004/12/21UP)
中国の集通鉄路の無煙化が着々と進み、豪快な冬の経棚峠が見られるのも
今年の冬が最後となるか?少なくなった前進型重連を求めて、この年末に
は世界中の「鉄」が峠に集結します。ラストチャンスに先立つこと10ヶ月前、
2004年2月に一人の「日本鉄」が往復400kmの長距離オッカケに挑みました。 |
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マレーシア
夏ノ日ノ思ヒ出 北ボルネオ鉄道(2004/10/18UP)
世界中からSLが退く日も近い21世紀の今日、南国の鉄路に奇跡のように
蘇ったバルカンファウンドリー016号機との、短くも心が躍る出会いでした。
それは、夏の日の思い出。 |
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32年ぶりの美唄炭鉱鉄道 (2004.8.30UP)
かつて日本を支えた炭鉱も今では壊滅し、炭鉱鉄道も全て忘却の彼方へ
過ぎ去りました。北海道の美唄炭鉱では昭和47年4月の閉山まで4110型
Eタンクの奮闘が続いていました。32年ぶりに訪れた美唄鉄道の旧跡は・・・ |