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NEW!2009年 SL常紋号再び (2009年6月29日UP)
2008年に引き続き、2009年も6月27日・28日の二日間、JR北海道の石北線常紋峠を越える
「SL常紋号」が運転されました。今年は二ツ目のC11 207号機が列車を牽引して運転区間も
北見〜遠軽間に変更されました。代わりに途中駅で色々な催しが開かれました。
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NEW!2009年花の舞 磐越花街道 (2009年4月27日UP)
”桜前線は足を早めて北上中”という手弱(たおや)かなニュースが流れるのは日本だけ。
染井村(現在の東京都豊島区駒込)の植木職人が作り上げた一本のソメイヨシノがやがて全国に
植えられたのです。これこそ世界に先駆けて最初に実用化されたクローン技術だあっ!!
技術立国ニッポンはサブプライム破綻なんかに負けないぞ。C57180号機が元気に走り始めました。
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NEW!2009年 花の舞 (2009年4月15日UP)
北王子貨物線 (東京都北区)、小湊鉄道 (千葉県)、羅須知人鉄道協会まきば線(成田ゆめ牧場)。
”桜の木の下には死体が埋まっている・・・”今年の桜は殊の外に見事で御座いました。
空を雲の如く覆う桜花は観るものを狂気に誘うので御座います。勿論「鉄」も狂うので御座います。
そんな桜と戯れる、東京近郊三大名所の鉄道寸景をご覧ください。 |
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NEW!山形新幹線つばさ400系引退、最後の雪景色(2009年3月11日UP)
1992年、東北新幹線から山形に直通乗り入れするつばさ号が登場しました。在来線である奥羽本線の
福島ー山形(2009年現在は新庄)を改軌したミニ新幹線の第一号でした。開業当時から活躍した400系
が2009年の夏までに引退します。最高速度270kmで駆ける銀色の車体がスポーツカーのようでした。
400系最後の雪景色となる姿を、板谷峠に追いました。 |
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37年ぶりにシゴナナが房総に帰ってきた!(2009年2月9日UP)
2007年2月、ちばディスティネーションジャパンで「SL南房総号」運転、D51498が内房線に初入線。
2008年2月、おいでよ房総春!発見で再び「SL南房総号」が外房線を走りました。
2009年2月、「SL春さきどり号」・・・ところがD51498がまさかの大故障で走行不能(全治1年)に。
急遽登板したピンチランナーがなんとC57180!!千葉にシゴナナが37年振りに帰ってきました。 |
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2007年2月「SL南房総号」運転、D51498が内房線に初入線(2009年2月10日UP)
千葉に蒸気機関車が復活して3年、すっかり春に欠かせない人気イベントとして定着しました。
今年2009年はD51498のボイラ故障で、急遽C57180が代走を努め衝撃の首都圏デビューを飾りましたが
初年度のD51の走りっぷりをご覧ください。 |
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2009年釧路湿原の重連運転(2009年2月8日UP)
年に一度の真冬の贈り物、今年も釧路湿原号が重連で川湯まで延長運転されました。
1月19日はC11 170とC11 207のゴールデンコンビ、翌20日はC11 207とDE15 2510との
組み合わせでした。例年に無く暖かく「すわ地球温暖化の影響か!?」と思うほどでしたが、
晴れたり曇ったり、新雪に恵まれたり幅広い天候下での撮影となりました。 |
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EF55 1のサヨナラ運転「碓氷・横川号」編(2009年01月27日UP)
2008年12月の「みなかみ号」に続き、2009年1月17日に上野〜横川、18日に高崎〜横川間で
EF55 1号機のサヨナラ運転が行われました。最終運転の18日「さよなら」と書かれたヘッドマーク
が前面に掲げられていました。これが本当にラストランになるのでしょうか。2度目の復活は・・・? |
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EF55 1のサヨナラ運転「みなかみ号」編(2008年12月24UP)
かつて東海道本線の特急列車牽引用として1936年に3両だけ製造されたEF55型電気機関車。
当時流行した流線型デザインをまとい、2CC1の車輪配置、電気機関車のくせに転車台で
方向転換、何から何までユニークな機関車でした。トップナンバーEF551号機は1986年に
車籍復活しましたが、惜しまれながら2009年1月に本線運転を終了することになりました。 |
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新幹線0系ラストランを追加(2008年12月15日UP)
2008年の後半はずっと0系を追いかける日々が続きましたが、遂にラストランの時が
やってきました。11月30日に最後の定期運転となった「こだま号」が走り、12月14日には
「さようなら0系ひかり号」が運転され、文字通り輝かしい43年間の歴史に幕が下ろされました。
ラストラン間際の、0系ラストフォトを追加しました。僅か3日間だけ見られた貴重な光景も。 |
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新幹線「風景編」を追加(2008年11月20日UP)
東京オリンピック、夢の超特急、小学校で好きだった可愛いあの子・・・
新幹線0系を撮影するにつれて次々と懐かしい思い出が脳裏に浮かぶのですが、
何かふっ切れないモノがありました。そうだ!未だ0系をフィールドで撮っていないのだ!
というわけで、0系終盤の撮影は「0系風景編」です。 |
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ばんえつ門デフ春秋物語(2008年11月12日UP)
新潟支局の大ヒット企画、垂涎の門鉄デフ仕様のC57180が2008年も走りました。
今年は春と秋の二回公演でした。.
しかも秋はあっと驚く「特急かもめ装飾デフ」装備その手が在ったかあっ!!
ここまでやるのか新潟支社。グッジョ〜ブ!!往年のスーパースターの姿が21世紀に蘇りました。 |
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新幹線更に追加(2008年9月15日UP)
500系を追っ掛けていたら何だかハマッテシマイマシタ。
この日も本当は「やまぐち号」を撮りに来たのですが、時刻表を調べると上下あわせて
4本の「500系のぞみ」やら「0系こだま」が新山口駅を通るではありませんか。
「やまぐち号」そっちのけで撮ったシンカンセンを追加いたしました。 |
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夢の超特急追っ掛け編(2008年9月8日UP)
原色に復元された0系を追い、今度は「こだま」の乗り追っ掛けを敢行しました。
早い話が「こだま」に乗りながら途中の停車駅で色々撮ろうとしただけです。
11月に無くなるのは0系だけでは在りません。500系「のぞみ」ももはや風前の灯。
未来の超特急そのまんま500系の姿も同時に狙ってみました。 |
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究極のエコロジー赤道の水牛鉄道(2008年7月7日UP)
2008年7月G8開催、CO2削減が悲願。これからはソーラー発電?それともバイオ燃料?
我らの先人たちは既に究極のエコシステムを持っておりました。
燃料も燃えカスも地より得て地に還す。
屈強な水牛がのっしのっしと貨車を牽く鉄道がインドネシアにありました。 |
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常紋峠に蒸気機関車が帰ってきた。(2008年7月3日UP)
2008年6月27,28日の2日間、JR北海道の石北本線北見〜白滝間に「SL常紋号」が
運転されました。途中の難所、常紋峠を蒸気機関車が越えるのは33年ぶりのことです。
列車の編成はC11171号機+客車4両+DE15+DE15、下りの遠軽〜北見間は
C11171号機+DE15+DE15+客車4両という前代未聞の3重連でした。 |
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さようなら 鶴丸 (2008年6月3日UP)
日本航空の最後の鶴丸塗装機が2008年5月30日のフライトで塗装更新されることになりました。
紅い鶴のマークとして親しまれ、時には日本のシンボルとして大空を羽ばたいてきた鶴丸が
半世紀の歴史を閉じました。その記念に、1970年代の鶴丸の姿を集めました。 |
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夢の超特急が帰ってきた。(2008年5月23日UP)
JR西日本は2008年11月までに山陽新幹線から0系編成を全て引退させると発表しました。
昭和39年(1964年)10月に東海道新幹線が開業し、「夢の超特急」として華々しく登場した0系が
遂に鉄路から姿を消します。JR西日本はその偉業を讃えて、当時の姿を復元しました。 |
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過ぎし夢が適うとき。鉄法煤業鉄路「大人の修学旅行」(2008年2月27日UP)
2008年、中国の蒸気機関車も最後のときを迎えようとしていました。
今こそ「鉄」として見たい夢、見たかった夢、見られなかった夢を全部見ようじゃないか!!
そんな夢のツアー中国 鉄法煤業集団公司鉄路に集った42人の「鉄」の記憶
それが「大人の修学旅行」です。 |
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2007年、東西銘華C57、華麗なる七変化 (2008年1月27日UP)
2007年、C571は生誕70周年を祝う早替わりの妙技、C57180は驚きの門鉄デフ大変身。
西に黒衣の貴婦人あれば、東に小倉結いの越後女あり。
これはもう、二大女優の絢爛コスプレ絵巻!!C57七変化をご覧あれ。 |
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集通鉄路奇跡の前進型復活 (2008年1月5日UP)
無煙化されてもう2年、二度と見ることは無いだろうと諦めていた
前進型が集通鉄路の経棚峠に帰って来ました。
「国際SLフェスティバル」という催しだそうです。現役時代そのまま
の姿に出会える!!期待を大きく膨らませ厳寒の地を訪れました。 |
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時間旅行2007南票煤鉱 (2007年9月7日UP)
中国遼寧省、 南票鉱務局鉄路はワンダーランド(驚異の世界)でした。
それは数十年前には日本のあちこちに在り、今は消え去ってしまった光景でした。
夢中で撮った写真に、過去を再び見ることが出来た感動を留められたでしょうか。 |
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2007年6月北帰行ブルートレイン勢揃い(2007年6月12日UP)
どれ程過酷な出張スケジュールであっても心に太陽カバンにカメラ。
顧客情報より運行予定のリサーチに心血を注ぎ、接待にカラオケ、前夜一睡せずとも
撮影可能時間には線路端に佇(たたず)んでいる。嗚呼、早起きって素晴らしい。 |
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砂漠に消えゆく最後の前進型蒸気機関車(2007年4月7日UP)
中国西部の辺境、寧夏回族自治区の首府銀川市から更に2時間、目前に凍りついた
毛烏蘇沙漠(モウス砂漠)が現れました。太古鉄路は砂漠の蜃気楼のように現れる都市へ
貨物を運ぶ専用鉄道でした。そこでは前進型蒸気機関車が最後の活躍を続けていました。 |
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最後の最後の前進型、充州煤鉱集団鉄路 (2007年4月7日UP)
2005年12月に集通鉄路が、翌年06年4月に太古鉄路も無煙化され、前進型は無くなったと
諦めていましたが、山東省鄒城の炭鉱専用線”充州煤鉱集団鉄路”に残って居ました。
鄒城の充州?それはどの辺りなんですかあ?ジュウシュウではなく本当はYan州ですが、
「Yan」に当たる漢字がありませんでした |
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2006年の秋、磐越路に四大スタアが勢揃い!! (2006年12月11日UP)
「ばんえつ物語号」を牽くC57180が点検のために工場入りしました。そしてDD51
895号機、
DD53 2号機、更にD51 498号機が代役を務めるというニュースが全国を駆け抜けました。
この大ニュースに私の「鉄血」が久々に燃え上がりました。何とか四大スタアを全部撮れないものか。 というわけで、(年甲斐もなく)4本の「ばんえつ物語号」完撮に挑戦しました |
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これぞ本懐!!インドネシアに再デビューした日本車たち (2006年9月24日UP)
「定年後の第2の人生はゆっくりと海外で…」
団塊の世代のオジサン達が心血を注いで造り上げたデンシャが
再びインドネシアの地で走り始めました。
品質こそ日本の原点、物の命は使われ尽くしてこそ華!! |
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赤道直下の機関車:インドネシアの旅(2006年8月30日UP)
昨年末のスマトラ大津波、今年7月のジャワ島南部震災と災害が続いているジャワ島ですが
太陽の下に広がるサトウキビ畑のなかに、精一杯働く小さな蒸気機関車たちが居ました。
赤道直下の国は、控えめで、優しく、ちょっと懐かしい風景でした。
06年8月12日〜18日のインドネシア撮影ルポダイジェスト版です。 |
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20世紀の大いなる遺構、中国撫順炭鉱 (2006年5月21日UP)
中国遼寧省、瀋陽市の東40kmに位置する撫順炭鉱は、世界最大の露天掘り鉱として有名
です。1905年に開かれた炭鉱は100年に渡って中国の重工業を支えてきましたが、21世紀の
今、石炭を掘りつくして閉山の時を迎えようとしています。古い炭鉱の周囲を巡る専用鉄路を
巡りました。 |
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103系、113系首都圏引退記念:懐かしの国電(2006年3月16日UP)
かつては何処にでも走っていた通勤電車「国電」も、気が付けば「サヨナラ」の光景ばかり。
思わず探した昔々のネガのなか、特急列車やSLのコマの間にひっそりと映っていた彼女達の
姿を取り上げました。
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1975年12月14日、お別れ列車が走った。(2006年1月25日UP)
国鉄本線の無煙化が完了してから早や30年の月日が流れました。
あの時代、蒸気機関車への郷愁と人気が高まり「SL」「マニア」の言葉も登場しました。
昭和50年12月14日室蘭本線で運転されたお別れ列車のひとコマをご覧ください。
そして、その後の蒸気機関車たちの姿も・・・。 |
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火車が駆けた最後の集通「冬編」「夏編」2本立て(2005年12月27日UP)
NEW!!中国の名ガイド、孔 憲科氏より頂いた12月9日前進型お別れ列車の写真を追加しました。
(2006年1月21日)
おそらく世界で最後までSLが活躍した長距離鉄道、集通鉄路も
2005年12月をもって無煙化が完了しました。前進型の最後の姿を追って夏の草原を訪れました。
前年の冬に観た凍りついた世界と全く異なる緑の楽園が眼前に広がりました。 |
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20世紀的中国軍(2005年7月22日)
中国の青島(チンタオ)にビールを求めて・・・もとい産業視察で訪れた時、何故か市内にある
中国海軍博物館を訪れました。元はドイツ帝国の海軍基地だった構内には、陸、海、空を駆け巡った
懐かしの名車、名艦、名機が所狭しと展示されていました。 |
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2005年5月 早苗の頃 真岡鉄道 (2005/05/31UP)
夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る。美しく装うのは茶畑だけではありません。
田に水が満ち、早苗が初夏の柔らかな陽を浴びて輝いていました。
瑞々しい風景を求めて五月の真岡鉄道を訪れました。 |
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昭和46年 彷徨の時代 (2005/01/26UP)
昭和46年9月15日、C62急行ニセコが遂に無煙化。
嗚呼、俺の青春は終わった・・・昭和46年燃え尽き組だった私が、
如何に後悔の日々を送り、如何に「復鉄」したか?
30年前のセンチメンタル・グラフィティー! |
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集通長行 日本鉄魂のオッカケを見よ (2004/12/21UP)
中国の集通鉄路の無煙化が着々と進み、豪快な冬の経棚峠が見られるのも
今年の冬が最後となるか?少なくなった前進型重連を求めて、この年末に
は世界中の「鉄」が峠に集結します。ラストチャンスに先立つこと10ヶ月前、
2004年2月に一人の「日本鉄」が往復400kmの長距離オッカケに挑みました。 |
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マレーシア
夏ノ日ノ思ヒ出 北ボルネオ鉄道(2004/10/18UP)
世界中からSLが退く日も近い21世紀の今日、南国の鉄路に奇跡のように
蘇ったバルカンファウンドリー016号機との、短くも心が躍る出会いでした。
それは、夏の日の思い出。 |
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32年ぶりの美唄炭鉱鉄道 (2004.8.30UP)
かつて日本を支えた炭鉱も今では壊滅し、炭鉱鉄道も全て忘却の彼方へ
過ぎ去りました。北海道の美唄炭鉱では昭和47年4月の閉山まで4110型
Eタンクの奮闘が続いていました。32年ぶりに訪れた美唄鉄道の旧跡は・・・ |