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第一章 劇場運動の歴史とその理念
3.対外活動 劇場運動を進めて行く中で、最初に大きな障害となったのが「入場税」の問題であった。これは舞台鑑賞の入場料にかかる税金のことで、劇場の例会活動をどう見るかというところが大きな問題であった。当初、会費全額を課税対象とするという国税局に対して、劇場は帳簿を公開することで「観るため」だけの活動ではないということを示さねばならなかったが、経費課税として会費の5割を対象に、その1割を納税することが義務づけられていた。しかし、子どもの文化活動に税金がかかるということに対しての会員の中の憤りは大きく、これが全国連絡会を中心とした入場税非課税運動、入場税撤廃運動へとつながってゆく。はじめは「せめて子どもの舞台鑑賞は非課税に」と運動していたが、もともと入場税という発想自体が、戦時中の「文化はぜいたく」という思想に基づくものであり、「子どもだけは」という主張が、回りの文化団体・芸術団体にとっては自分勝手と移った面もあったということから、入場税そのものの撤廃を求める運動へと発展していった。その後数度にわたる国会請願や署名活動を行い、劇場が運動の中心となることで、単に自分たちの輪の中だけではなく、広く社会に働きかけてゆきながら、子どもにとってより良い文化的環境を創り出そうという会の社会性・公益性が明確にされてきたといえるだろう。入場税については免税点の引き下げというかたちでの成果が得られたが、その後も、子どもの文化予算増額・文化にかかる消費税の反対・「子どもの権利条約」の実現に関する要望といった分野での運動が展開された。 また、創造団体との関係では、鑑賞活動をともに創ってゆく上でのルール作りとして、1979年に児演協(日本児童青少年演劇団協議会)と、1981年には青音協(日本青少年音楽団体協議会)とそれぞれ「合意書」をかわしている(資料A参照)。ここでは劇場の行う鑑賞活動(例会と呼ばれている)について、候補作品の紹介の基準や例会前後のトラブルへの対応などについて申し合わせをおこなうと同時に、子どもの文化の豊かな発展のために互いに手を取り合い、運動を進めてゆくことが謳われている。このように「売り手」と「買い手」、「創る側」と「観る側」という枠を越えてともに文化を創り出す関係を持ち合ったことは、日本の文化史上でもはじめてのことであり、画期的な出来事であったといえよう。 |