|
第二章 劇場運動の今日的課題
I.「お客さん会員」の増加 高い理想を掲げて出発した劇場運動だが、全国に拡がってゆく過程の中で理念的に薄まってきた事は否めない。一つは「お客さん会員」の増加である。 「子ども劇場は、どちらかというと、入会をすすめるとき、「一度観てみない」「生の舞台が観られるわよ」と誘いあわせたりしながら、会員がひろがる場合が多いんですね。そうこうしているうちに、気がついてみると、あんがいお客様がどんどんできてしまう。みんなの会だなんだとほんとうは言いながら、いつのまにか、見せてやる人と観る人ができてしまう。また、会員の人が、おやこ劇場ってこういう会なんだと目的とかを話そうとすると「私は観るだけで結構ですから」と言われてしまうことがよくある。サークル代表者や運営の人たちは、いつのまにかたくさんのことをかかえ込んでしまっているんです。」(高比良正司『夢中を生きる』1994 p78) 一部の人が「見せてやる」会ではないと言いながらも、どの劇場においてもかなり多くの「観るだけ」の会員が存在する。自由な時間のあるなしや、運動に対する思い入れの差などによって、一人一人の意識に差が生まれてくる事は、こうした運動の中では避けられない事でもあろうし、逆にこうした「お客さん会員」をも認めてきたからこそ劇場運動がこれほどまでにひろがってきたともいえよう。しかし、そしてなお従来の理念通りの活動を展開しようとした時、一部の会員への負担が大きくなる事も事実である。実際のところは劇場によってさまざまだが、多くのところはそうした負担を積極的に引き受ける人の存在にたよっているし、また劇場そのものが変質してきて、いわゆる鑑賞団体としての活動しかおこなっていないところも一部にはある。 こうした問題はこれまで劇場内でもとり上げられてはきたが、より理念を鮮明にしてゆくと言う方向での修正しかなされてこなかったように思われる。しかし理念を前面に出せば出すほど、「すべての活動にはついてゆけない」と遠ざかってゆく会員もいる。劇場運動の理念と現実のギャップの現われと言えるだろう。もっともそうした現実を変えてゆこうというところから始まったのが劇場運動なのだが、「現実を変えてゆくためになさねばならない事」と「自分のやれる範囲でやりたいと思う事」のバランスを会員一人一人が必ずしもうまく取れているとは限らない。発足当時と現在とでは、会員を構成している「一般市民」の意識が変化しているということもあるだろう。また会員の中にも仕事をもつ母親が増え、日常的に活動に関わる事のできる人が少なくなってきたという面も無視できない。市民運動であるかぎり、一人一人が無理を出しあわなくては活動が成り立たない事は事実である。しかし「無理の出し方の多様性」がもう少し運動の中に位置付けられてもよいのではないだろうか。運動としての力量を保ちつつ、一人一人のニーズに応えうる活動をいかに創ってゆけるかが問われている。 |