−絆− 5
ぴったりしたニットにスラックスで、すっきりコーディネートしてきた由加が、
キッチンに立って献立を決めている。
時間は8時。これから翼の弁当づくりだ。
弁当をつくりながらも、合間にリビングのパソコンを立ち上げ、朝のメールチェックをしている。
あいかわらず無駄のない動きだ。
女王様はお目覚めに30分もかけただけあって、頭は朝から冴えているらしい。
弁当を作り始めたなと思って、チャイを一口すすり、翼のおしゃべりを聴きながらパンにかじりついたら、もう弁当をハンカチで包んでいる。もうできたところをみると、また冷凍ものか?
冷凍食品をあれほど仇のように毛嫌いしていた彼女が、
まさか子どもの弁当にレトルトやら冷凍ものをやたら平気で使うようになったのには、ちょっとショックである。
「でも、最近はほうれん草のソテーやら、ヒジキの煮付けや切り干し大根の冷凍食品もあるのよ」
そんな言い訳をする。
一応は悪いと思う気持ちもあるらしい。
バランスは一応考えているということを言いたいのだろう。
翼は、母親がつくってくれた(チンしただけなのに…哀れ)と信じて、毎日喜んで弁当を持って行っている。
将来、この愛情弁当の正体(=チンするだけ)を知ったら、翼は怒るんじゃないだろうか。
おっと、今のうちに、きょう1日の事務連絡を済ませておかないと。
もうまもなく、病院へ出勤しなければいけない。由加も保育園へ行ってしまう。
「9時になったら、待合室の電気をつけるのを忘れないで。ちゃんと治療院の鍵も開けておいてくれよ」
「往診が3時から1人、そのあと予約は4:30から……わかった?聞いてるのか?」
聞いているのか、いないのか。
「大樹と翼は、きょうはプールだよ。覚えてる?愛のおむつ代、封筒に入れておいたから、忘れずに保育園に持っていってくれ。」
「うん、わかった…」
朝一番につくっておいたメモを読み上げる。
何だか本当に事務連絡だ。
昔は、夕べみた夢の話だとか、もっと楽しい話をしながらの朝食だったんだが、まあ時間がないんだから仕方がない。昼にもまた帰ってくるんだし、楽しみはとっておこう。
8時15分。(弁当はものの5分で完成したようだ)
大樹が学校へ出かける。
毎朝、必ずとびっきりの笑顔で家族全員に1人ずつ挨拶していくのが、彼流の出かけ方だ。
愛との別れは念入りに。
愛は「指切りしろ」だの「握手しろ」だのいろいろ注文を出すので、
あやうく遅れそうになって慌てて出ていった。
由加はというと、まだ食卓には座っていない。
あれ?また姿が見えない。
だいたい、いつも黙ってどこかへ行く。
忙しい朝ぐらいは「ちょっと新聞とってくる」とか「ちょっとトイレ」とか、一声かけていってくれればと思うのだが、
「一々そんなこと…!」
と即時却下された。
それにしても、そんなに広い家でもないのに、どこへ行ったんだあああ!>忍者
俺はそろそろ午前中の勤務場所である病院に出かける準備をしないとまずい。
愛と翼という最悪の組み合わせを食卓に残して、着替えに走る。
…なんだ、愛の着替えを出しに行っていたのか。
タンスの前で、忍者とご対面。
また音もなくリビングへ走っていく由加。
走るときも音がしないなんて、あれは人間じゃないぞまったく。
今度、首に鈴でもつけておこうか?(←マジで検討中)
食べ終わった愛を着替えさせて、やっと由加は食卓につく。
翼は、リビング脇にある自分の机で、いつのまにか本を読んでいる。
そろそろ、本当に行かなくては。
「行ってきます」
「あ、はい」
(「はい?」はいじゃないだろうが。行ってらっしゃいぐらい言えないの!)
指摘すれば素直に言い直す忍者。意外と謙虚。
「行ってらっしゃい」
あれ、本当に行っていいの。全然会話もなかったじゃないか。
朝起きてから<おはよう>と<いってらっしゃい>だけ?
朝5時から起きて、洗濯して、たたんで、食器を全部洗って、子どもに朝飯食わせて……
もう1日のエネルギーのほとんどを、朝のこの3時間半で使い果たしたっていうのに、わかってるんだろうか、この人は……(-_-;)
身を削るような夫のこれらの献身に関しては、マスコミに登場するときには
「協力的で助かってます」
という味気ないひとことでいつも片づけられてしまう。
協力的?そんなもんじゃないっす>取材記者さん
これから患者さん、診るんだよ〜。
朝からこんなにエネルギー使って、くたびれちゃって、
どこかで診てもらいたいのはこっちです、はい。
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