−絆− 4

あっという間に早変わりのような着替えを済ませ(やっぱり忍者)、
簡単な化粧をしてキッチンに立つ。
今日はベージュのスラックスとブラウンのニットに、
生成の木綿のシンプルな上着をさっと羽織っている。

由加は、昔から着るものは本当にシンプルなものが好きだった。
同じ職場で仕事をしたのは正味6年間だったが、
由加は最初っから、女性社員の中では、少なくともその姿かたちではかなり「浮いて」いた。
お堅い職場だったから、もともとそれほど派手な格好で出勤してくる女の子はいなかったが、それでも一応は若い女の子はそれなりのおしゃれをしていたもんだ。

しかし、由加に到っては、ただの1度も「ハイヒール」を履いて来たのを見たことがなかったし、
ストッキングだって持っていたのかどうかあやしいもんだ。
ほとんどがスラックスにシンプルなシャツやニット。
スーツやワンピースなんてしゃれたものは、まず着てきたことはない。
靴は年中スニーカー。
今どき冷房もない職場だったので、夏はさすがに涼しげな女らしい格好をしてくることもあったが、
木綿や麻のゆったりしたワンピースをさらっと着て、足はいつも素足だったっけ。

そのころは別に由加に気があったわけでも何でもなかったんだが、
なんてイロケのないヤツだろうと思ったことはある。

でも、俺も人のことは言えない・・・。
どんなに暑い真夏でも全員がネクタイにビジネススーツでバッチリキメているような職場で、
俺だけは1人、チノパンとラフな色もののシャツで通してしまった。
ネクタイなんぞは、ほとんど締めて行ったことはない。
さすがに、何年か目には上司に注意され、ネクタイだけは一応つけるようにはなったのだけれど……やっぱり長続きはしなかったな。
浮いているといえば、俺だってあの職場では十分浮いていた。

ネクタイにビジネススーツを拒否し続けてしまった自分だから、ハイヒールやストッキングを持っていないという由加に何となく共感してしまったのかもしれない。



あのころは、同じ部屋の女の子と並べてみると、由加は本当にお洒落が下手くそだった。
そう思っていた。
マニュキュアもピアスもしたことがないという。
長い髪を後ろでまとめて大きなリボンで結んできたり、
夏なんかは器用にくるくるっと頭の上でまとめて、涼しげなアップスタイルにしたり、
親はヘア・アーティストだと言っていたな。
そのせいか、髪型だけはいろいろとチャレンジしてきていたようだ。

俺はもともと、シンプル・イズ・ベスト という主義なので、派手なものやどぎつい飾りなどには抵抗がある。
俺たちが配属されていた人事部は、外部の人間と接触するような場所ではなかった。
だから、まあ常識的な格好であれば、多少くだけた服装であっても、それほど支障はなかったことは事実。
でも、あれだけ周囲の女の子たちがキチンとフルメイクしてカラフルなスーツでパリっとキメている中で、最後までそれに流されず自分の流儀を貫いて(時にはジーンズにTシャツという日も!)通勤し続けた彼女の神経の太さ(…というか、単に無神経だっただけかも…)には、実は心の中で拍手していたのだった。
単に、ネクタイをしない自分の影が薄まるのが嬉しかっただけかもしれないが。



結婚すると、特に専業主婦になると、
途端に女性はみだしなみに気を遣わなくなるという。
独身のころは異性を意識して、服装や身につけるものにも注意を払う女性が多く……しかし、そういう女性に限って、目的の相手を手に入れて家庭という鞘におさまってしまうと、とたんに緊張感のない格好で亭主の前に出てきたりするものだ。

黒く薄汚れたよれよれのエプロン、
ゴムの入ったスウェットに趣味の悪いだぶだぶのトレーナー…。
まだ若いんだろうに、そんなおばさん臭い格好で平気で亭主の前に出てくる…いや、亭主の前だから出てくるのだろうな。

しかし、今思うと、由加に関しては彼女がだらしない格好で家族の前に出てきた記憶がほとんどない。
知り合ってからもう13年になるが、本当に昔とまったく変わらない。(さすがに、歳が歳だから三つ編みだけはしなくなったが)
センスはいいのに、イロケはない、20歳そこそこの彼女は、そんな感じだった。
今思うと、服装や化粧で男の気を引こうというそんな気の利いたことを考えるような女ではなかった。

“自然界にない色は身につけない主義なのよ”

と言っていたっけ。
いつも白やブルー、淡いグリーンやベージュ系のいわゆる「アースカラー」を中心に、
決して派手ではないが、身体の線に合った動きやすいシンプルなものを身につけていた。
異性の前で虚勢を張ったり美しく見せようとしたり、そういう気負いがなかったからこそ、
結婚して子どもを3人産んでも、昔のままのスタイルを続けていられるのだろう。

昔は、もう少しお洒落をしてくれてもいいんじゃないかと思ったときもあったが、
中年になった由加のヨレヨレエプロンおばさんルックだけは見たくない。


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