−絆− 1

ガタンという金属音で、夢から醒めた。遠ざかるバイクの音。
隣のベッドに目をやると、こんもりとした毛布の塊が1つ、2つ、3つ…
端から茶色い毛の塊がのぞいている。
その向こうのベッドには、大きな白い布が静かに上下に動いていた。

(ゆうべは、ちゃんと寝たんだな…)

壁の時計に目をやる。5時。朝は比較的強い方だ。
子どもたちを起こさないように、そっと寝室のドアを閉める。
真冬の朝には、ひんやりとした空気を頭から一気に浴びるのが生き物としての自然な一日のスタートだろうと思っているのだが、期待に反して、リビングのドアを開けると気持ちの悪い温もりがまとわりついてきた。
ついさっきまで暖房がついていたらしい。また明け方まで仕事をしていたのか。

リビングに入ると、まずぐるりと周囲を見回して、状況を把握する。
別に何かを期待していたわけではないが、やはり昨夜のままだ。
まずこいつを片づけることから一日が始まるのだが、まあ焦ることはない。
子どもたちが起きてくるまでのこの数時間が、自分一人だけの貴重なひとときなのだから。

“朝から洗いものだなんて、1日のスタートしては最悪じゃない?どうして夜のうちにやっておかないの”
いつもあとからゆっくり起きてきて、まるで他人事のようにのたまう。
(そう思うんなら、そっちがやっておいてくれればいいじゃないか。どうせ夜はオールナイトで起きているんだろうから…)
なんて言おうものなら、10倍になって返ってくるのは目に見えている。言葉でかなうような相手ではない。

ダイニングの中央に据え付けた大きな丸太のテーブルで、ゆっくり朝刊を読み、それから今日1日の予定をざっと立てる。

(予約は何時からかな…?)

今日の予約患者を台帳で確認し、幼稚園や習い事への送迎の分担などを頭の中で整理してしまう。
子供たちのスケジュール、幼稚園の行事、何か締切の迫った提出物はないか……ああ、そうだ。きのう、愛がまた転んで前歯が欠けてしまったんだっけ。歯医者への予約の電話を入れなくちゃ。

今日中に片づけなくてはいけない用事を、メモに書き出していく。
壁のホワイトボードに目をやり、由加の今日の仕事のスケジュールを確認。
打ち合わせ等はないようだ。今日1日は家でひたすら入力か。
進行中の仕事を示す矢印が3本、今日の日付の上に重なっている。現在3本、同時進行中ということらしい。1本は今夜納品…ということは、今日の昼間は修羅場ということだ。4時まで寝られなかったのも納得。



そろそろ空が白み始めてきた。
愛が起きてくる前に、ひと仕事片づけてしまわなくては。
愛はだいたい宵っ張りなので、朝は母親といい勝負でギリギリまで熟睡している。
だからこんな時間に起きてくることは滅多にないのだが、ときたま
“お父さぁ〜ん…”
なんて目をこすりながら足にすがりついてこられては、もう何もできやしない。

ポケットの中を一つ一つ確かめながら、洗濯ものを洗濯機に放り込み、スイッチを入れる。
昨日、大樹たちが取り込んだ洗濯物のかごをよいしょっと抱え上げ、リビングの床に中身をどさっと拡げる。
育ち盛りが3人もいると、家族全員の洗濯物は半端な量ではない。
愛は保育園で2回は服を汚して取り替えているし、
大樹はさすがにもう3年生だから服を汚すような派手な遊びはしなくなってきたが、
翼は毎日泥まみれになって幼稚園から帰ってくる。

子どもたちがどんなにドロドロになって帰ってきても、そういえば由加は一度も叱ったりイヤな顔をしたことがないな。洗濯機を回すのはどうせ俺の仕事だし、洗濯物が増えたって、別に由加にとっては大した問題じゃないのだろう。
いや、それよりも「汚れ」というものに対しては、由加は恐ろしくニブイ女である。
本人は、鈍感なのではなく
「なるべく見ないようにしているだけなのよ」
と言うのだが、どうみたってあれはニブイだけとしか思えない。
でも、育ち盛りの子どもにとっては、あれぐらい大らかな母親のほうがいいのかもしれないな。
大らかというか、気がつかないというか、放ったらかしというか……まあ、いい。とにかく、細かいことで一々目尻をつり上げる母親よりは、多少のことは多めに見て、ここぞというときにきっちり叱れる親でありたいと、それは俺も同じ思いなのだから。


HOMEへ戻る         次へ



Naturalidentity