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【武田信玄】 第2話
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武田信玄「何? 今、なんと申した?」
武田雪 「私はその約束を守れないと申し上げました」
武田信玄「おぉ、八幡大菩薩もご照覧あれ! わしの耳はおかしくなったの
か!」
武田雪 「いえ、お父様の耳はどこも悪くはございません」
武田信玄「では、なぜだ! わしはお前を一番かわいがってきたはずだ!」
武田雪 「はい、この雪はお父様の愛情に包まれて育ってまいりました。感謝
の言葉もございません」
武田信玄「その娘からよもやこのような言葉を聞かされるとは!」
武田雪 「お父様、私が子としてお父様をお慕い申し上げる気持ちにうそいつ
わりはございません。しかし、私は女の身。一度嫁に嫁いでしまえ
ば、夫に尽くすのが妻の務め。とても、お父様のお世話などできま
せん。もし、お父様のお世話をしたいならば、私は生涯結婚などい
たしませぬ」
武田信玄「お前の心はその言葉通りなのか?」
武田雪 「はい、お父様」
武田信玄「その若さでその冷たさ!」
武田雪 「若さゆえ雪は真実しか申し上げられません」
武田信玄「わしはなんという親不孝な娘を育ててしまったのだ。ええい、勝手
にせい! 最早お前は娘でもなんでもない。お前のその真実とやら
を持参金にせよ! 今より父親としての優しさも、親子としての縁
も、血のつながりも全て捨て去り、お前を永久に赤の他人とする!」
高坂昌信「お館様! 何を仰せになられます」
武田信玄「ええい、黙れ! 昌信。虎の怒りに触れるでない! わしはこの子
を今まで誰よりもかわいがり、余生はその手に委ね、優しく世話し
てもらおうと思っていたのだ。失せろ! わしの目に触れるな!
上杉景虎を呼べ! なぜ、誰も動かぬ。北条氏政を呼べ!」
家臣の1人が急ぎ退席。
武田信玄「義信、勝頼、そちたちには妹に与えるはずだった上野国を折半して
受け取るがいい。この女には高慢こそ、いや己のいう真実とやらを
結納とすればよい。では、義信、勝頼、わしはこれから隠居し、そ
ちたちの館に月ごとにやっかいになる。頼んだぞ」
高坂昌信「お待ちを! 今日までわがお館様として敬い、わが父として慕い、
わが主として仕えた信玄公でありますれば…」
武田信玄「弓は放たれた。矢面に立つな!」
高坂昌信「なぜ死を恐れましょう。心臓を射抜かれても気になりませぬ。お館
様が狂えば、昌信がお諌めするしかございません。どうするつもり
か、ご老人? この昌信が、権力に屈して家臣としての義務を忘れ
て黙っているとでもお思いか! 直言こそ臣下の名誉」
武田信玄「ええい、黙らぬか!」
高坂昌信「いいえ、黙りません。主君が愚行に身を委ねているのであれば尚更
です。今一度ご再考を。国土をお手に戻すのです。そして、先ほど
のお言葉をお取り消しください。末の娘だけ情に欠けているなんて
ことはございません。これほどはっきりおっしゃる娘が心もうつろ
なはずはありますまい」
武田信玄「昌信、命が惜しければそれ以上申すな!」
高坂昌信「命といえば、今日までお館様の前に向かってくる敵に対して投げ出
すものだと思っておりました私なれば、今さら、何を惜しみましょ
う。ただ、お館様の身の安全こそ何より大事でございます」
武田信玄「さがれ! 目障りだ!」
高坂昌信「いえ、さらにお目にとどめていただきます。常にこの私をその目の
中に焼き付けていただきたし」
武田信玄「この上は御旗、楯無しに誓って…」
高坂昌信「この上は御旗、楯無しに誓って申し上げましょう。いかにお誓いに
なっても、八幡大菩薩はお聞き召されないと思います」
武田信玄「おぉ、なんと無礼な! この下郎(剣に手をかける)」
武田義信
「お腹立ちはごもっともなれど、ここは!」
武田勝頼
武田信玄「離せ!」
高坂昌信「どうぞご自分の医者を殺されるがいい。そして、疫病神に礼金をお
渡しになるがいい。先ほどのお約束を破棄されない限り、こののど
から声のでる限り、愚かなるご行為とお諌め申し上げるしかござい
ません」
武田信玄「黙れ、不忠者。お前に追放を命じる。今より5日までにこの国から
立ち去るのだ。5日以後までこの国にいたら即刻打ち首にしてくれ
る」
高坂昌信「では、これでおいとまを。このまま我を通されるなら、自由はこの
国を去り、追放だけがこの地を領することになりましょう。雪様、
八幡大菩薩の加護があなたにありますように。ご思慮の深さ、心の
こもった言葉にこの昌信感じ入りました。義信様、勝頼様には、先
ほどの立派なお言葉を実行されますように。それでは、高坂昌信、
ご一同にお別れを申し上げます」