第51話 朝倉攻め
「能の準備が整いましてございます」
4月14日、将軍義昭の六条邸宅の修築が終わった祝いとして、観世大夫と金
春大夫の二流の立会いで能が演じられた。
「父上、これを期に官位を進められたらいかがですか? 私から朝廷に働きか
けますが」
「いえ、官位など恐れ多いことでございます」
「そうですか」
義昭の申し出を辞退した信長は、三献をもらった後、義昭自らの酌で杯を拝領
した。
4月20日。
「今より正月の召集に応じなかった朝倉義景を討伐する」
「ははっ!」
25日、越前敦賀に到着。
信長自ら馬を駆ってこの地の様子を確認した。
「手筒山を攻略する」
「お館様、手筒山城は東南に険しくそびえる山がございまするが…」
「構わぬ。是が非でも攻め落とすのだ!」
「畏まりました」
こうして、信長に激しく下知された兵たちは一命を投げ出し戦い、敵の首を
1370もあげた。
「次は金が崎城だ」
翌26日、信長は金が崎に向かった。
「今より兵糧攻めを行う」
「お館様に申し上げます」
「何だ」
「金が崎城城主、朝倉景恒より降伏の使者が参っております」
「よし、通せ」
信長は降伏を認め、兵たちはみな城から立ち退いた。
続いて引田城もまた立ち退いた。
「このまま木目峠を越えて若狭へ攻め入るぞ」
「申し上げます!」
「何だ!」
「浅井長政寝返り!」
「まさかっ!」
さすがに動揺する信長。
「長政は我が縁者であり、江北の支配を任せてある。何ら不満はないはずであ
る。これらは虚説であろう」
「続けてご注進! 浅井備前守、ご謀反!」
それからも続々と浅井長政が朝倉方と手を結んだという知らせが届くにいたり、
ついに信長もこれを事実と認めざるを得なかった。
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)