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 【週刊『国宝』】 第16号 
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 「三十三間堂(1)」 

 ★国宝
  ・本堂
  ・風神雷神像
  ・二十八部衆立像
  ・千手観音坐像

 【建築年代】

 1164年建築、1266年再建

 【建築者】

 後白河法皇が平清正に命じる

 【どこにある?】

 京都府東山区三十三間堂廻町657

 【感想】

 いい!
 すごくいい!
 本当に感動しました!

 中学時代に来たときにも8年前に来たときにもこれほど感動しませんでした。

 昨年11月に京都を旅行したときに一番印象に残った場所がこの三十三間堂と
 いっても過言でないくらい圧倒されました。

 やっぱりものの価値が分からないで見てもダメなんだなぁと思いました。

 まずは、国宝建物、本堂です。
 この本堂は1164年、後白河法皇が平清盛に命じて建築した建物で、残念なこ
 とにその約80年後一旦は焼失してしまいます。

 しかし、鎌倉時代の1266年すぐに再建され、その後も室町、桃山、江戸、昭
 和と大修理を続け、700年以上も無事保存されてきた由緒ある建物なのです。

 700年前ですよ!
 その間の150年ごとのメンテナンスがあればこそですね。
 木の建物は手入れをすればいつまでも残るということを如実に物語っています。
 これからも修理を怠らず1000年後2000年後と保存していって欲しい日本の宝
 です。

 さて、正式には蓮華王院(れんげおういん)というこの建物、一般には三十三
 間堂と呼ばれています。

 それはなぜかというと、正面の柱が33本あるからだそうです。

 それにしても国宝の名に恥じないこの本堂は、長さ約120メートル。
 和様の入母屋(と書きながら実はよく分かっていません)・本瓦葺きの総檜造り
 です。

 この本堂には国宝の巨大な中尊を中心に左右500体ずつ合計1001体の千手観
 音像が奉納してあります。
 この1001体の千手観音像(正式には十一面千手千眼観世音)が本尊になりま
 す。

 必見なのが中央にどーんと坐っている334,8cmある千手観音坐像。
 この像は仏像を作らせたら日本一の有名な運慶の息子、湛慶(たんけい)が82
 歳のときの作品で、鎌倉時代の名作と言われています。

 うん、本当に名作です。
 心が洗われる思いです。

 もちろん、お祈りしてきました。
 
 さて、この千手観音像ですが、頭上に11の顔があり(もちろん、全て違う顔)、
 40本の手(手にはいろいろな仏具を持っています)があり、1000体(中尊を
 除く)の千手観音像全ての表情が微妙に違うのです!

 ふくよかな顔、スマートな顔、怒ったような顔、笑っているような顔、すまし
 たような顔。

 どれ一つとして同じ顔がなく、全てに表情があるので、驚きです!

 観音様とにらめっこしても楽しいかもしれませんね。

 この1000体の千手観音像の中で124体だけ火災を免れた1164年の平安時代の
 作品です。

 さて、長くなってしまいましたので、風神雷神像と二十八部衆像については次 
 回ご紹介いたします。

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