<第59話 オシクマノミコの反乱>

 「何だか嫌な予感がします」

 「皇后様、いかがされましたか?」

 「誰かは分かりませんが、私達に対して反逆の心を持った者がいるような気が
  します」

 「それは誠ですか?」
 
 「…はっきりとは自信がありませんが、胸騒ぎが静まりません」

 「一体誰がそのような大それたことを…」

 「何もなければいいですが、万が一のことを考えて、棺を乗せられる船を用意
  してください」

 「かしこまりました」

 「そして、御子をその喪船に乗せ、『御子はすでになくなった』と言いふらすよ
  うに」

 「ははっ。仰せのままに」

 こうして、大和に戻る際に、疑いの気持ちを持った皇后は、御子が死んだとい
 いもらした。

 「聞いたか、弟よ」

 「あぁ、御子が死んだらしいな」

 「ということは、我々が天下を握れるということだ」

 「そうだ、後は皇后を亡き者にすればいい」

 二人は仲哀天皇の息子のカゴサカノミコ(香坂王)とオシクマノミコ(忍熊王)。
 皇位を狙う二人にとって、御子は邪魔な存在でしかなかった。
 その御子が死んだとなれば、残る障害は皇后だけだ。

 「こうなったら、皇后を待ち受けて襲おう」

 「その前に、事の成否を占おうじゃないか」

 「そうだな。では、今から誓約狩(うけひがり)をしよう」

 そういうと、カゴサカノミコはクヌギに登って獲物を待っていると…

 ガガガガッ

 「うわぁっ!」

 見ると怒り狂った大きなイノシシが突如現れ、カゴサカノミコの登っているク
 ヌギを掘り倒そうとしていた。

 「な、なんだっ、このでかいイノシシは」

 「兄じゃ、早く逃げるんだ!」

 「ぐ、ぐわぁぁぁ」

 しかし、逃げ遅れたカゴサカノミコはイノシシに食い殺されてしまう。

 「兄じゃ…」

 兄を目の前で殺されたオシクマノミコであったが、それに恐れることなく、軍
 勢を集め、皇后を殺そうと待ちうけた。

 「皇后様、オシクマノミコが海岸で待ち受けております!」

 「…そうですか。仕方ありません。我らも戦いましょう」

 「ははっ」

 こうして皇后は、喪船から兵を降ろし、相戦った。
 一度は皇后方が優勢になり、山城まで撤退したオシクマノミコだが、体勢を立
 て直し、激しく反攻してきた。

 「皇后様に申し上げます」

 「なんですか? タケフルクマノミコト(建振熊命)」

 「私めに策がございます」

 「それは何ですか?」

 「それは…」

 タケフルクマノミコトの計略とはオシクマノミコを油断させる計略であった。

 「オシクマノミコ様、神功皇后から使者が参りました!」

 「ふむ、何の用だ。まぁ、いい。すぐにここへ呼べ」
 
 「かしこまりました」

 そこへ沈痛な顔をした使者が現れた。

 「何の用だ!」

 「…」

 「黙っていては分からん。お前は何を伝えに来た?」

 「…御子が亡くなりました」

 「何!?」

 「ですから、我々はこれ以上戦うことはございません」

 「それは誠か?」

 「…はい、御子が亡くなっては仕方がありません。我々はオシクマノミコ様に
  降伏いたします」

 「…すぐには信じられんな」

 「そうおっしゃると思いました。あちらをご覧ください。これが降伏の印です」

 プッ プッ プッ

 使者の指差す方を見ると、皇后方の兵は手に持っていた弓のつるを切ってまさ
 に降伏しようとしていた。

 「ふむ、どうやら御子が死んだのは本当らしいな。よかろう、降伏を認めよう」

 「ありがとうございます」

 「皆の者! 我々が勝ったのだ!」

 「おぉ!」
 
 「いくさは終わりだ。もう弓のつるを取り外してもいいぞ!」

 いくさに勝ったと思い込んだオシクマノミコは、弓のつるを取り外させ、無防
 備になった。
 その一瞬の油断を見逃さず、タケフルクマノミコトが命令を下す。

 「今だ! 皆の者、つるを張れ!」

 その掛け声とともに、兵たちは髻(もとどり)の中から用意してあったつるを
 取り出し、また弓に張った。

 「追撃せよ!」

 降伏したとばかり思っていた皇后軍が突然弓を放ってきたことを驚いたオシク
 マノミコは、逢坂(おうさか)まで逃げ延び、体勢を整えようとしたが、時す
 でに遅く、多くの兵が討ち取られてしまった。

 「最早これまで」

 かろうじて船に飛び乗ったオシクマノミコであったが、ついに追い詰められて
 しまった。

 いざ吾君(あぎ) 振熊が 痛手負はずは ニホドリの
          淡海(あふみ)の海に 潜(かづ)きせなわ

 (さぁ、君よ。フルクマのために痛手を負うよりは、淡海の海に潜って死んで
  しまおう)

 と歌い、湖に身を投げて死んでしまった。

 <参考文献>
 講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸) 

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