皆さん、こんにちは。
霧隠です。
Nさん、とんでもない山城におつれしてすみませんでした〜
でも、ちゃんと50分で登れたので、全然Nさん、体力落ちてないっす。
というか、まだまだ自信を持ってええかもです。
次はぜひとも湯坂路の逆ルートを・・・ボソボソ。
さて、浅間山から鷹巣城まで大体徒歩20分になります。
最初の10分間はゆるやかな下り道を左右に植えられているアジサイを
目で楽しみながらてくてく歩いていきます。
鷹巣城といってもふつーのハイキングに来ている人は分かりません。
箱根の地図にも通常は「鷹巣山」としか記載されていません。
つまり、なんてことはなく、浅間山から鷹巣山に山から山への移動をしている
だけなのです。
ので、最初の10分は下り道で、次の10分は(当然)登り道になります。
ここの登り道には素敵なものがございます。
多分、江戸期に作られたのであろう、見事な歴史を感じさせる「石畳」です。
箱根には、このような石畳がところどころにあり、元箱根には、旧東海道路
として、今尚このような石畳がひっそりと残されています。
なんと、この浅間山、鷹巣山の間にもこのような石畳を堪能できます。
標高800m級の山にある石畳。
先人達の苦労がしのばれます。
まさに街道という情緒感たっぷりのこの石畳。
江戸時代から多くの旅人が歩いた石畳。
この石畳にも弱点がございます。
それは・・・雨の日は、ひじょーに“すべりやすい”ということです。
というより、すんごく“危険”です。
転んだら下が石畳・・・脳天の打ち所が悪ければ命にもかかわるまさに凶器。
昔の人は、命がけで旅をしていたのだなぁ・・・なんて思ってみたり。
・・・閑話休題・・・
この石畳は大体100mほどの坂道にあります。
どうしてここだけにあるのかは疑問ですが、晴れた日にはこの石畳の上を歩い
たらなかなかの風情を味わえるのでしょう。
この石畳を越えると、そこは鷹巣山の頂上、鷹巣城です。
鷹巣城は豊臣秀吉公の小田原攻めの際に、徳川家康公がこの湯坂道(鎌倉古道)
を進軍してきて、この鷹巣城にて陣を構えたと伝わっております。
しかし、その本陣がこの鷹巣城なのか、浅間山なのか、さらに、浅間山山頂す
ぐの場所なのかは分からないそうです。
遺構としては、空堀や土塁が確認できます。
家康公が何人で来たのかは分かりませんが、1万人以上だとすると、とてもこ
の山頂部分だけでは全ての兵が滞在できない気もします。
でも、イメージ派の某としては、ここに家康公がおわしたのかぁ、と思うだけ
でもうっとりしてしまいます。
一時は、同盟関係を結んでいた北条氏を攻めなければならなくなった家康公は
何を思い、この北条方の城、鷹巣城に布陣したのか・・・何て。
鷹巣城を散策しているときには、ちょっと小雨がぱらついていたので、遺構を
じっくり見ることはできませんでしたが、なかなかいい雰囲気の山城だと思い
ます。
山の頂上にあるということで、鎌倉古道を通って、西から小田原に来る兵を防
ぎとめる役割を担っていたのが、こうして実際に登城してみるとよく分かりま
す。
10分ばかりの滞在後、一旦浅間山に戻って、いよいよ湯坂路上にある、湯坂城
に向かいます。
次回は地図にも載っている湯坂城についてご報告いたいと思います。
それでは〜