皆さん、こんにちは。
霧隠です。
このMLでも何度か報告されている武州松山城に先日行って
きましたので、ご報告したいと思います。
以前、Bさんが書かれたレポートを読み、以前から興味が
あった武州松山城。
その名に違わぬすばらしきお城でした。
武州松山城は東武東上線「東松山駅」にて下車。
「免許センター行き」バスにて5分。
国の指定遺跡にもなっている「吉見百穴」にて下車。
降りたすぐ右側の山が「武州松山城」です。
しかし、駅からこのバス停まで武州松山城の存在をアピール
するものは全くありません(TOT)
駅によくある案内板も「吉見百穴」メイン。
どこにもお城の場所は書いてありません。
岡さんのHPでとりあえず、駅までついたはいいが、ちょっ
と途方にくれました。
こんなときに便利なのが「コンビニ」の地元の地図です。
さっそく東松山市のページを立ち読みすると・・・あ、あった。
吉見百穴の隣でした。
バスは大体お昼ならば1時間に2本くらいでています。
さて、この武州松山城ですが、交通の要衝ということで、戦国
時代、かの上杉謙信公、武田信玄公、北条氏康公という名だた
る武将が奪い合いをしたお城です。
信玄公が穴を掘って攻めたという話も残っています。
このお城は近くまでいくとちゃんと看板があります。
簡単な縄張り図と説明が書かれていました。
登り道も分かりやすく、また、道もよく整備されております。
城内の雰囲気はシンと静まりかえり、ちょっとした森林にいる
ような清楚な感じを受けます。
ここで400年以上昔、激しい合戦があったことなど想像もでき
ません。
それほど、穏やかな場所でした。
割とゆるやかな登り道を10分ほど歩くといきなり本丸にたど
りつきます。
途中には曲輪がところどころにあります。
ちょっと下を見るとなかなか見事な空堀があるではないですか。
これは期待できるかもと、とりあえず、本丸内を散策して本丸
の突き当りまで歩いたところ、すばらしい光景が目に飛び込ん
できました。
それは、思わずためきがでてしまうほどの「空堀」でした。
こんな感じです(一番すごいところで)。
__某_ __
\ /
\ /
\ /
\ /
\ /←高さ大体10m
\ / くらい
\ /
\____/
↑空堀(5mくらい)
こんな空堀が
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こんな感じでぐるぐると(@O@)/
これはもはや芸術でしょう。
よくぞここまで手を加えたものだと感動。
おもわずほぇ〜と言葉を失いました。
このようなすばらしき空堀を見たら、もうじっとしていられませ
ん。
さっそく攻略、攻略(^^)
まずは、ズザザ〜と空堀めがけておりてみました。
上から見下ろすのとまた違った印象を受けます。
次に向こう側にむかってガケをザッザッと登ります。
すると、立派な曲輪に出てきます。
そのまままっすぐ突き当りまで進むと、そこにも見事な空堀が!
おぉ、こりゃぁすごい。
と思うと同時に体はすでに空堀に向かって駆け下りておりました。
う〜ん、すごいお城だ。
この向こうにもまだ見事な空堀があるのかな?
と思い、空堀から駆けあがると、また曲輪に出ました。
案の定まっすぐ突き当りまでいくと、最初ご紹介したとびきりで
っかい空堀が出迎えてくれました。
ここの空堀はすごいの一言です。
高さといい、堀底の広さといい、長さといい、まさに一級品。
ちょっと急ではありましたが、躊躇することなく堀底まで駆け下
り、そのまま堀を端から端まで歩きました。
堀の長さはゆうに50mくらいあるでしょうか。
空堀の芸術ここに極まれりという心境です。
なにがすごいって、一生懸命空堀を降りて、登って、ふと横を見
るとそこにも空堀があり、誘われるままにまた空堀を降りて、登
るとそこにはもっと見事な空堀が・・・
空掘大好き人間にはこたえられない登り降りの誘惑。
その欲求のままに登り降りしていたら・・・ガケの登り降りがか
なり上手になりました。
始めは、ゆっくり丁寧に両手をしっかり使ってヨジヨジ登ってい
たのが、そのうち手を使わず登れるようになり、さらには体の体
重移動も覚えてバランスを崩すことなく登れるように。
最後には、勢い良く走って登り降りするようになっていました。
まさに、修行の場にはもってこいのお城です。
・・・閑話休題。
さて、このお城は、本丸、二の丸、春日丸、三の丸が一直線に
並んでいます。
もちろん、すべての曲輪は見事な空掘でし切られており、すべて
独立の曲輪として、宙に浮いた感じになっています。
図で書くとこうなります。
__ ___ ___ ___
/本丸\_/二の丸\_/春日丸\ /三の丸\
/ \__/ \
↑
この春日丸と三の丸の間
の空堀が最も見事です。
さらにさらに、この他にも多数の曲輪があり、それらの曲輪もす
ぜて大小様々な空堀で囲まれており、小高い丘にいる気分になり
ます。
また、この武州松山城。
ひじょーに気持ちのいい「風」が吹いてくるのです!
特に本丸、二の丸がいい感じ。
さわやかな風は(空堀を登り降りして)疲れた体を癒してくれま
す。
そろそろ「やぶ蚊」や「ハチ君」、「ヘビ姫」の脅威が増してく
る季節ですが、このさわやかな自然の風のすばらしさはたまりま
せん。
夏の時期の山城もまた趣きのあるものだと再確認。
普通に見ると30分くらいで全ての遺構を確認できるこの武州松
山城も、すべての空堀を登り降りすると一時間はあっという間に
たってしまいます。
某興奮のあまり思わず本丸から三の丸までニ往復してしまいまし
た(当然正規の道でなく気ままに空堀を登り降りして)。
空堀を 登りて先に 空堀が
そのまた先にも 見事な空堀
武州松山城。
備中松山城、伊予松山城とはまた趣きが異なりますが、天下に
三松山城あり。
といえるほどのすばらしさ。
備中、伊予の国の松山城には両方ともすばらしき天守閣(しか
も現存)がありますが、武州(埼玉県)には建物は何もなし。
しかし、胸をはっていえます。
武州松山城に「空堀あり!」と。
こんなに凹凸のあるお城はなかなかないかもしれません。
それにしてもすばらしきお城でした。
さて、まだ時間があったので、隣の吉見百穴を見学・・・と思っ
てふと、ふもとのさっきとは違う武州松山城の看板を発見。
こちらは手書きの看板でちょっと古ぼけておりました。
それによると、武州松山城の城主「上田氏」は、ぬ、ぬわんと清
和源氏「源範頼公」の子孫と書かれておりました。
源範頼公・・・
知る人は知っている太平記の登場人物。
兄頼朝公、弟義経公の間に生まれ、二人の非凡な武将に比べてそ
の凡人としての才能は、世人に頼りなき武将と思われてしまう、
一般にいうと弱将というイメージがどことなくただよう方。
でも、結構好きな武将の一人ですが、彼の子孫というから驚きま
した。
このような地元の何気ない看板からときたま意外な発見があり、
うれしくなります。
さらに、吉見百穴に向かう道に、地元の観光案内のこれまた手書
きの看板発見。
そこに、「畠山重忠公墓所」なるもの発見。
畠山重忠公。
鎌倉武士の鏡とうたわれた名将にして闘将。
源頼朝公配下の武将として、常に先陣を賜り数々の武功をたてる
も晩年は北条氏の陰謀によって無実の罪をきせられ討たれてしま
う悲劇の武将。
良く見ると、東松山駅から程近い「嵐山駅」から歩いていけそう
な距離。
むむむ〜、これは行かねばなるまいて。
看板君、このような素敵な情報提供ありがと〜う。
吉見百穴は20分ほどでさらりと出てきて、一路畠山重忠公の居
城。
「菅谷館」に向かいました。
・・・ちなみに吉見百穴は、岩に穴が無数にあけられており、そ
こを古代人が墓として利用したのではといわれている場所です。
手でも掘れるくらい柔らかい鉱物です。
特別天然記念物のヒカリゴケがあります。
入場料150円。
家族づれやカップルが多い、意外なデートスポットのようです。
次回は、鎌倉武士の代表的な武将、畠山重忠公の菅谷館について
ご報告したいと思います。
長々とすみませぬ。
それでは〜