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久保田成長研究所
代表 : 久保田十司夫

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一転して涼しい夏です、ひたちなか市海岸部は。もうツクツクボーシの声を聞いた。7月が真夏、8月が初秋と勘違いしたのでしょうか、この涼しさに地面から上がってきた。ツクツクボーシは夏の終わり、涼しさを運んでくる耳に優しい鳴き声です。ヒグラシ、ミンミンゼミとツクツクボーシは夏に欠かせない懐かしい鳴き声を運んでくる。オミナエシ、キキョウ、そしてケイトウの花が目立ち始めました。ヤチヨケイトウやトサカケイトウの花が目立つ大きさに育ってきた。イメージ的に秋の花です、これらは。コスモスも満開とは行かないのだけど6月から咲き続けています。ヒマワリの満開、芙蓉系の花の満開、サルスベリの花の満開と目立つ花に隠れて彩りを添える。朝顔の花も清々しいですよね。ホオズキの実の赤さと、最近はキキョウの袋状の紫の花があって、このコンビネーション、なかなか好いですよ。袋の競演です。畑は芋の葉に覆われる。田んぼは稲のじゅうたんです。今年の夏は濃霧は来なかった。色々な夏の顔に出会える。楽しい地域です、この付近は。
2001.8.13

大阪は8月、やっぱり暑いんだそうですね。8月の酷暑日が今日で11日になる。きついですよね、酷暑は。ひたちなか市沿岸部は今日も散歩日よりです。北東の風に頬を打たれる。さわやかな風に抱かれながらの散歩です。5から6km/hの速度で90分、夕方歩いても汗が出ない。真夏では考えられない涼しさでしょう。扇風機も要らない夏、親潮は重宝物です。家の位置が阿字ヶ浦海岸からちょうど北東の位置でここで海上から陸に上がった風が芋畑を通過してやってくる。この近辺、茨城の海岸線基準で太平洋側に出べそ上に状に突き出す。この自然の地形も涼風を運ぶんです。30℃を越えるような酷な夏は海に飛び込めばいい。地の利ですよね。海水の温度は16度から22度の範囲が通常で、16度に近いと100m泳ぐと身体は冷え切り、22度に近づくほど程よい温度で海に浸かれる。砂浜あり、磯あり、防波堤に囲まれた砂浜あり、マリーンプールあり、は嬉しい限りです。散歩道に宿が見え、その駐車場には何時も乗用車がしっかり停まっている。都心部や群馬、栃木ナンバーの車達です。お盆周辺の休日を海で過ごす。避暑と言う気持ちで来るなら、あたりも、はずれも無い。この時期はひたちなか市は3回も花火大会が開催されるんです。勝田、阿字ヶ浦、那珂湊の3箇所です。これだけの近場で3箇所も花火が打ち上げられる地域はなかなか無いでしょう。国営ひたち海浜公園のマイナス30℃の世界も体験しておきたい物です。出た瞬間、サングラスが真っ白いになる。気中の水蒸気が氷結して一瞬にレンズに氷が張り付く。瞬間技です。

今年のお盆休みは身近に病院を感じた期間になりました。身内に10日、身体の不調を感じた人がでた。背中が張る。一日、身体を動かせない状態で過ごす。救急車を呼ぼうと言っても本人が拒否する。諦めて様子を見守る。11日の朝、右腕の肘が痛くて動かせないと訴えてきた。薬局で購入してあった痛み止め、メフェルナム酸カプセルを飲んでしのいで貰う。痛みは和らいだ模様。12日、久しぶりに普通にご飯を二口食べたところで食道に詰まったと訴える。30分の奮闘になりました。ここでお盆が終わったら医者に行くと本人も折れる。12日、そつなく過ぎる。13日、快調が故の、痛み止めの薬が身体から抜ける、に従いまたまた痛みに襲われ出す。13日の晩、この薬が一番楽になるとロキソニンの錠剤を飲む。肘が痛くてしょうがないんですね。湿布の鎮痛剤は全く効かない状態でした。14日、消防署に行って病院を紹介して貰う。お盆中だから緊急病院、先生の居るところに乗用車で連れてゆく。肘に湿布、内服薬を貰って帰る。医者の薬、これで一安心。ところが13日、腕がはれる。症状は悪化の一途です。総合病院じゃないと駄目と誰もが言い出す。腫れたのをばい菌が指先から侵入、破傷風なら大変、血清を打って貰えと心配する人も出る。17日、外科に連れてゆく。問診票に何故、今日はここに来たかと記入する。腕が腫れたと本人が素直に書く。その症状はと聞かれる。昨日からと書く。問診票を前に看護婦に問われて居た。ちょっと違う。10日の症状、そしてばい菌が入った可能性もあると口を挟む。血液を検査しないと血清の件は何も分からないと看護婦も語気を和らげる。診察室に入る。検査指示を持って出てくる。血液検査とレントゲン検査を行う。検査後、1時間半、再び整形外科の診察室に入る。腕に包帯が巻かれる。内科診察の指示を受ける。血液検査で異常値も出てたわけです。腹部エコーの検査結果が無いと何ともいえない。腹部エコーの結果を持って再び検診、予約を入れる。内科から再び整形外科に戻り、点滴を打つ。1時間半の点滴でした。化膿止めと言われた。この点滴で本人は楽になったと喜ぶ。20日まで毎日、点滴を打って様子を見ると言う方針、入院するほどではないから通いでどうぞと。15日の緊急病院でここまで検査できたら、これだけの設備が無いから総合病院でなければ駄目、その威力は家族や親族の安心感とのトレードになって現れる。問診で分からない事も、検査結果でその原因が見えてくる。これが出切るのが総合病院と口々に言う。過去にぎっくり腰に成った人が言う。中央病院に救急車で運ばれる。その処置は足を引っ張ること。入院してこれだけ、10日が過ぎる。痛みも治まらない。足はどんどん冷えてゆく一方。本人には症状が悪化して行くばかリと言う認識しか無い。医師と看護婦長と大喧嘩を始める。病院の治療方針が間違っていると飛び出す。総合病院に入院手続きをする。手術が執刀される。背骨の軟骨が飛び出している。神経を圧迫、これが痛みの元。手術後、リハビリ開始。必死で歩く。その回復に総合病院の医師が驚く。本人の弁、あのまま病院を変えなかったら俺は今ごろ車椅子の生活だった。手術と必死のリハビリで健康体に戻れたと。きっとこの必死の思い、努力が神経をつなげたのでしょう。色々と考えさせられる出来事ですよね。肘が痛い。腕が腫れた。ぎっくり腰。本人や家族がその症状を最も知っている分けですね。医療とのコミュニケーションにもこれを引き出す問診と何故を検査する施設、薬の服用で治るものと奥の深いもの。治療方針が悪化の一途と実感しているのも本人なんです。健康を取り戻す方向に進んでいる。信頼がここに発生する分けです。患者と医者、病院の関係です。
2001.8.17

老人健康保険 一部負担制度  改正:平成13年1月1日
外来 医療費の
1割
ただし ただし、同一の医療機関での負担額が1ヵ月に
  【 医療機関で院外処方箋を交付されなかった方】 
    医療機関3,000円
  (大病院(ベッド数が200床以上ある病院)で受診された方は5,000円)

 【 医療機関で院外処方箋を交付された方
    医療機関1,500円薬局1,500円
  (大病院(ベッド数が200床以上ある病院)で受診された方は
  それぞれ2,500円)に達したときは、その後の自己負担は無し。
入院 医療費の
1割
ただし、同一の医療機関での負担額が1ヵ月37,200円に達したときは、
その後は自己負担は無し。
 
    また、次の(1)及び(2)の場合には、負担額が1ヵ月にそれぞれ以下の額に達したときは、

その後は自己負担は無し。
 (1) 市町村民税非課税の世帯に属する方等
    …24,600円
 (2) 市町村民税非課税の世帯に属する方等で、老齢福
    祉年金を受給している方 …15,000円
  食事負担
1日780円
ただし、
  (1) 市町村民税非課税の世帯に属する方等、
  (2) 市町村民税非課税の世帯に属する方等で老齢福祉年金を受給している方の

負担額は、
  それぞれ1日につき、650円(91日目以降500円)、300円です。
訪問看護 訪問介護
費用の1割
ただし、同一の訪問看護ステーションでの基本利用料
1ヵ月に3,000円に達したときは、その後は基本利用料の負担は無し。
高額医療費
支給制度
  1ヵ月に30,000円以上の一部負担金を支払った老人が、
同一世帯に複数いるときなどは、合算して37,200円を超える額が払い戻される。
※ 市町村民税非課税世帯に属する方等の場合は、
21,000円以上の一部負担金を合算して24,600円を超える額が払い戻される。

70歳で始まる老人健康保険は至れり尽せりですよね、その自己負担。3割負担だったものが ここで1割負担に低減する。しかも、ただし書きで負担の上限が決められる。70歳を境にがらっと変わる、そんな制度ですよね。老人健康保険への保険料負担側がギブアップしてゆく、一方ではこの現実が存在する。健康保険組合がどんどん赤字に転落する。その拠出金負担に喘ぐ。平成13年予算ベースで11兆円の老人医療費が計上されています。公費負担3.0兆円、拠出金7.1兆円、患者の自己負担と食事負担で0.9兆円です。拠出金におんぶした制度で成り立つ。

拠出金の推移
  昭和58年 平成11年
国民健康保険 1.2兆円 2.7兆円
健保や政管健保 1.1兆円 4.6兆円
確定拠出金 2.3兆円 7.3兆円

健康保険組合と政管健保の拠出金がその増加幅が多い。しかも国民健康保険の拠出金には50%の公的負担が支援する。政管健保も16.4%が公的負担の支援を受けるのですが、健康保険組合の拠出金にはこの税金による支援はありません。健康保険組合がその老人健康保険への拠出金負担で喘ぐ。赤字転落していく。その一端を見る思いでしょう。70歳から医療費の自己負担が急減する。その裏側ではその負担に喘ぐ。制度の欠陥がここには存在します。今の制度は健康保険組合におんぶして成立している。紛れも無い事実です。70歳以上の老人を抱える。国保や健保が抱えてその医療費を負担する。当然この負担金、老人をどれだけ抱えているかで変わる。この考え方でその負担が少ない所からそのその拠出金を多くしてバランスを取る。この考え方で老人健康保険への拠出金分配式が設定されました。現実は違かった。国保に70歳以上の老人が沢山加入していてもその医療費負担がゼロでした。全てが老人健康保険から医療費が支払われる。拠出金分配の前提条件が崩れてた。ここに落とし穴が存在していたと言う事です。健保の破綻、この拠出金分配式による物がその一端の要因になってる。集められる保険料の4割が老人健康保険への拠出金と言う健保もある。

高齢社会においても健康保険制度を存続させる。日本社会にとって大きな命題でしょう。老人医療費がどんどん伸びる。ここには危機感を覚える、普通の問題意識の芽生えでしょう。医者要らずの人、我慢に我慢を重ね限界と感じて医院に行く・もらった薬を一度飲むと回復してしまう人。健康って素晴らしい事ですよね。一方で医療機関に片足をどっぷりと浸した人たちが居る。健康保険制度の恩恵を身に染みて享受している。元気な人たちがこれらの人たちの負担を低減する。これが健康保険制度です。破綻とは、自己負担になる事を意味する。病院で使った費用はその患者自身が支払う事を意味する。健康保険制度が破綻しても医療サービスが必要な人たちが居なくなる分けでは無い。税金で支援する。ここも破綻すれば自己負担の世界しか選択肢は無くなります。老人健康制度を高齢社会で存続させる。知恵の絞りどころでしょう。受益と負担、そして互助のバランスを取る。この観点は欠かせない視点です。介護を健康保険から分離した。自己負担の視点も今後とも土俵に乗せつづけなければ活けない現実でしょう。70歳を越えると病院って安上がりな居住の場です。そう言う患者負担制度が出来上がっている。市町村民税非課税世帯の優遇と負担能力がある世帯と分けて考えないと活けないでしょう。69歳までは負担してきた、70歳になるとその負担が必要なくなる。しっくり来ないでですね。高齢社会はここまで危機感を実感として突きつける。
2001.8.18

水戸にある総合病院、一日1000人の外来が訪れています。院内処方がこの半分の患者に出される。薬だけと言う患者も沢山居るようです。急患で病院に遣ってきて医師の診察を受け、処方箋が出され薬を購入する。殆どの人がこう言う薬袋の受けとるかたでは無いですね。袋の大きさと、太り方が皆さん全然、違う。9割がこのパターンのようです。こんなに薬が出るのかなと思いながら順番を待つ。小さな袋、風邪を引いたときに出る程度の量で納得なんです。殆どの人があれだけの量を受け取る。薬で生かされる人がこれなんだろうと実感を感じた所です。死亡のトップが癌、そして心筋梗塞と脳いっ血、これが動脈硬化で合わせると癌の死亡を抜く。動脈硬化と癌は普段の生活習慣で予防してゆくべき病気と肝に銘じる。薬で生かされる。どう言う病気なんだろうなーって考えますよね。生活習慣で予防できる。そう言う病気に成らないように生活習慣を間違えたら変える。極普通に湧き上がる気持ちでしょう。こう言う視点からもその統計を公開して貰いたいものです。薬を処方するしかもう医師も対処法が無い。そう言う病気も未然に防止してゆく。健康を維持する豊かな生活、このような統計も生活習慣の改善に役立つ物でしょう。成人病検診で尿検査、血液検査を行う。尿と血液に身体の変調が出る病気は捕まる。癌など出ない病魔もある。日本人が患う病気とこの検診との関係もどんどん公開して貰いたい物です。健康なうちから自分自身の身体をいたわる。普段の生活習慣を見直す切っ掛けがここにはある。誰だって元気で健康な状態を全うして80歳に成っても多くの人々に役立つアウトプットを出し続けたい物でしょう。理想状態ですよね。人生60年で引退はもう無い。年金の65歳支給と言う方向で既に決定です。65歳は誰でも現役と言う時代に成る。
2001.8.19

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