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久保田成長研究所
代表 : 久保田十司夫

オピニオンリーダーからのメッセージ

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sinzuiSight
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無担保融資をする会社はその人の信用力に融資する。これは大前提だ。その信用力を調査する能力を持つ。この能力が無いと無担保融資をする資質は無い。過去の事件からこの調査能力を推測する。こんな事件が報道された時があった。婚姻でその姓を変える。婚姻で姓を変える理由は再び無担保融資が受けられるからだった。住所を変えたくらいではブラックリストに引っかかる。電話番号を変えたくらいでは同じようにブラックリストに引っかかる。婚姻でその姓を変えると再び無担保融資を受けられると言う。信用調査会社のその調査能力がここから明らかになる。無担保融資は貸し倒れリスクが高い。そのリスクは金利設定に織り込まれる。5%とか、10%とか、その融資が貸し倒れするリスクは織り込み済みだ。無担保融資の個人の信用力はその収入だ。不動産担保融資では無い。無担保・無保証人融資の信用力はその人の収入にある。裁判所がこの貸し倒れの認定をする時、この前提条件を逸脱しては活けない。普通、無担保・無保証人融資をする会社はその人の不動産にまでその信用力を設定はしていない。その処理の仕方、しっかりとやらなければ活けない。無担保融資でその不動産も失う。理不尽な話だ。不動産も失うのであればその融資の担保にその不動産を明記させなければ活けない。無担保融資でその不動産も失う処理に不合理さを感じる。貸し倒れリスクはその金利に設定されている。無担保融資の過剰融資を助長するような処理を裁判所はするな。
2006.4.9

こういう事例を見るにつれ日本社会に未だハイリスクハイリターン投資の考え方は浸透し切れていないと感じる。ベンチャー企業に投資する。ハイリスクを伴う。投資側はそのリスクを負う。投資側にはハイリターンの可能性もある。100件の投資案件のうち、1件がこのハイリターンのパターンに入れば投資妙味が発生する。起業社会をベンチャーキャピタルが支える社会が出来る。その株価は鰻登り。99件の投資案件は回収できなくてもその投資は十分過ぎる利益を生む。ハイリスクハイリターンの考え方だ。99件のベンチャー企業の経営者がその投資に対して債務を負うことは無い。再び出資者を見つけて再挑戦する。こんな社会は活気が出る。ハイリスクハイリターンのその本質が未だ日本社会に浸透していないと感じた。エンゼル税制なんかでこの社会は創れないとトークを展開した時期もあった、と思い出す。
2006.4.9

無能力者への貸付は後見人や保佐人がその契約を取り消して回れる。浪費者との契約はこれも保佐人がその契約を取り消して回れる。無担保融資、その人の信用力を上回る過剰貸付を後は徹底的に取り締まれ。そのような会社はどんどん社会から排除すれば良い。倒産させれば良い。登録免許を剥奪すれば良い。行政や裁判所がしっかりすればこの資質が無い過剰貸付業者を社会から締め出せる。本人の返済能力の範囲内で貸付が出来る無担保融資の会社だけが残りその金利を競争させる。この領域でも金利・競争社会を創るほうが社会にとってメリットがある。
過剰取立ては社会的に排除されてきたと感じる。過剰貸付も排除しなければ活けない。政治家は必要な法整備を行わないと活けないな。金融庁の領域かな、これは。
2006.4.9

過剰貸付禁止条項って貸し金業法にあるんだって。だったらこの禁止条項を絶対要件にしてゆけば良い。貸し金業者が返済能力を超える貸付を行ったら貸し倒れ処理をさせる。その部分を行った業者にそれを強制する。4社目でこの支払い能力を超えたらこの社がその部分の貸し倒れ処理を行うようにすれば良い。初めから回収出来ないと分かっているのに誰も貸したりはしなくなる。そこに貸したら催促無し、即ち贈与見たいな物に成る。このルール化をすれば良い。個々人の返済能力はそれを上回ったかどうか、その人の申し立てで簡易裁判所が判定すれば良い。例えば月収の4分の1を越える部分で貸し付けた業者の部分はこの審査で免責に成る。失業等でその収入が無くなるリスクも貸し金業者が負う。最低生活保障に必要な収入は差し引かれた上でそれを越える部分でしか収入の4分の1の部分で返済、失業でその収入が無ければ貸し金業者が貸し倒れ処理する。これも裁判所が確定させれば良い。最初に融資した業者が優先返済される。これが返済能力を超えて居なければその部分で二番目に貸した業者の返済が出来る。以下同様。失業したときは最初に貸した業者の部分も貸し倒れに成る。無担保貸付なのだからそのリスクは貸付業者が負う。これで良いんじゃないの。その人の収入の返済部分に対して優先権が設定されていれば、後から貸す業者ほど貸し倒れリスクが高まる。個々人の返済能力は本人の申し立てで裁判所に決めてもらう。これで良い。どの額に決まるか、そのリスクも貸し金業者が負う。この信用調査能力がその競争の優劣をも決める。資質の無い業者ほど淘汰される。良い競争条件だ。
2006.4.9

4人家族で年収300万円、3人を扶養している世帯主には返済能力は無いんじゃないだろうか。配偶者にパート収入があるとすると多少の余裕はあると考えるが、このパート収入は不安定な物だからその世帯主の返済能力に加えるべきでは無いだろう。3人を扶養する年収300万円の世帯主には返済能力は無い。無担保融資が出来ない人に成る。生活保護、ぎりぎりのこの世帯。一時的にお金が必要になったら行政が低利貸付制度を準備するのが筋だろう。無担保貸付に走らせるなんて言語道断だ。行政に相談して低利融資を受けて凌ぐべきだ。不意の出費って誰かが入院した時なんかが想定される。子供が入学、その出費に蓄えが出来なかった人、これも低利融資の対象に違いない。生活保護ぎりぎりの世帯だからこの状態に成っている可能性はある。このような家族に高い金利の貸付をする。これは刑事事件にしても良い。返済能力が無い。生活保護申請ぎりぎりの家族に無担保融資をする。首が回らなく成るのは明白だ。高利の無担保融資をする、刑事事件だ。無担保融資の禁止事項を犯す。この位の法律にして良い。贈与なら問題ない。その事実を知ってからその債権を放棄するなら問題ない。債権が無かったことにする、民法が規定している。日本人、その世帯の2割強が預貯金が無い。高利貸しが出来ない世帯は沢山ある。一時的な出費には行政が低利融資で対応する。生活保護ぎりぎりの世帯なのだからこの制度でセーフティーネットを張る、当然だ。
行政による低利融資も生活保護に落ちた場合、債権放棄をするこの前提での資金融通になる。生活保護なら医療を含めて行政負担まで行くのだから当然だ。生活保護の認定段階でその債務は免除だろう。民法が定める扶養需要者に対する扶養義務者への請求で行政が訴訟を起す。無いだろう。親、兄弟姉妹にもその生活がある。その生活を落としてまで扶養需要者にお金は融通できないに違いない。ましてや扶養需要者と扶養義務者のあいだで合意が出来ていれば家庭裁判所も介入しない事案だ。
2006.4.10

民法は扶養需要者の親、兄弟姉妹にその扶養義務者と位置づけるが社会通念上、この概念を持っている人って居ないのでは無いか。成人した兄弟姉妹の世帯までその扶養義務があるなんて思っていない。いろいろと相談に乗りながら支援できることはする、この認識しか無いに違いない。その支援の仕方は千差万別だろう。義務があるとは思っていないが、身内の支援は出来るだけする。これが一般的な社会通念だろう。でもお金の融通まではしないのが普通なのではないか。親兄弟でも保証人には成るな。これも多くの人達が同意している事項に違いない。
2006.4.10

自己破産をした人が官報に載る。これをチェックした貸し金業者がその貸付の勧誘に走る。この紹介をして居るページがヒットした。弁護士関係者のページなのかな、債務不履行の処理は弁護士へと主張してた。それにしても自己破産をした人に貸し金業がその貸付のターゲットとする。悪質な業者だ。返済に行き詰まったからその債務の処理を自己破産でした。返済能力が無い人に貸し付けようとする。悪質な過剰貸付の勧誘だ。この業者も刑事事件のターゲットだ。警察に通報してその罪を問う。この法律も整備しなければ活けない。
2006.4.10

お金にまつわるトラブルって恐ろしいと思うよ。静岡県で19歳の少年が仲が良かった友人を殺害したと言うニュース、流れている。お金を借りようとしたが断られたのでカッとして殴り殺したと言う。お金を借りる、借りられるって思う。この関係は親兄弟姉妹でも無しだと、常日頃から同意しておくことって重要だと思う。期待があるから裏切られる。疎遠に成って行く。お金を融通しない支援さえ受けられなくなる。民法が直系血族、兄弟姉妹に扶養需要者の扶養義務があると規定してもお金の融通は無いことをしっかりと普段から同意事項としておいた方が良いよ。親・兄弟姉妹が円満に居られる秘訣だ。
行政や立法、司法はこの手法を理解しなければ活けない。その意味で、日本社会は保証人には成るなと言う社会でもある。これも親兄弟姉妹の普段からの同意事項にしておかないといけない。
2006.4.10

病院が保証人が居ないと入院を受け入れない。こんな理不尽な法律ってあるのかな。患者に必要な医療を病院が拒否できる。保証人が居ないことを理由に拒否できる。有り得ないよな。保証人を求めるこの書類に記名、捺印しなければ入院を受け入れないと脅迫する。これってその優位な立場を利用した不公平な取引に当たるんじゃ無いの。公正取引委員会はこのような分野にも目を光らせなければ活けない。
2006.4.10

入院手続き+保証人で検索するとその手続きでその費用をしっかりと支払える保証人を求めているな。この手続きで患者が保証人を連れてこれなかったら入院拒否が病院は出来るのか。理不尽だ。この入院手続きの証書に保証人の印鑑が無いとこの手続きは進まないのか、医療の原点に反する手続きだ。保証人が居なくてもその手続きが進むなら問題は無いが。でもこれらのページの説明が明確にこの手続きが完了するためには保証人が必要と強権を発動している。医療って保証人が居ないと患者は必要な入院、治療が受けられないのか。この慣行は是正しなければ活けない。単なる慣行に違いない。強権の発動により保証人を求めているならこれは問題だ。
2006.4.10

入院に必要な保証人探しをする。聞いたこと無い。病院もその証書に書かれた保証人にその保証人に成ったと言う意思の確認、していないのではないか。患者が保証人の欄にも記入、三文判を捺印して証書を整えている形骸化した手続きでは無いかと推測している。入院時、保証人も2人連れてゆく。これって無い。形骸化した入院手続き書類なら是正しなければ活けない。その人に、身に覚えの無い保証人は無効だよ。無効な証書で手続き完了とは病院もお粗末だ。
2006.4.10

日本社会は保証人には成るべきではないと考えている人達はこの病院に入院するくらいで保証人の明記を要求されることに違和感を覚えるに違いない。経営的に入院患者がその入院費を支払ってくれるか不安があるなら、前納制を採用すれば良い。先に保証金として病院にお金を納めてもらう。次の月の入院費用も前納で保証金を払い込んでもらっておけば良い。入院時に保証金を納める。これで事足りる。普通の人は200万円くらいは何時でもキャッシュを準備出来る様にして居るだろう。銀行のATMが使える時間帯がその準備期間にあれば前納は簡単だ。
2006.4.10

保証人が他人の債務を弁済した場合、その損失した金額は税法上はどうのように処理できるんだ。社会生活の中では話題にならない領域だよ。保証人は自分の財産を失うから例え親兄弟でも成るなと子供の頃から聞かされてきた。いとも簡単に入院ごときで保証人になりその入院費を実際に請求され支払う事になったらその額は税法上はどう処理されるのか、さらに疑問が湧くよ。日常生活でこの処理をする人が居ないから話としても耳に入ることが無いんだろう。雑損控除なら総所得額の1割は差し引かれる。総所得額800万円なら80万円まではその負担、雑損控除できない。入院って平均1.5ヶ月くらいでしょう。自己負担3割、その請求、たかが知れている。80万円を越えることなんて無い。総所得金額が400万円の人でも40万円なんか越えないよ。高額医療費で患者が国保に還付請求も出来ないのかな。保証人に請求って言うことはそういうことだよな。患者に保証人が贈与したほうが高額医療費制度が使えるんじゃ無いの。110万円以下の贈与は申告不要だ。病院はその支払い患者に任せるべきだ。患者が贈与で支払うほうがそのメリットもある。貸付だっていいよな。催促なしの。税務調査なんてこの領域、入らない。保証人請求なんて止めてくれ。税制にそのメリットが無いようだ。保証人が高額医療費を支払うなら保証人がその高額医療費で還付を受けたいよな。その収入にもよるが月に7万円以上なら還付されるよな。保証人自身の健康保険でなら。どうもすっきりしないなこの領域。
2006.4.10

昔は専業主婦世帯の標準年金支給額を240万円としていた。今はいくらに成ったかこの数字、知らないが今、支給されている人はその年金、240万円なり。総所得は65万円の必要経費を差し引いて175万円。この1割は17.5万円なり。保証人で請求された額が17.5万円なら雑損控除はゼロになる。この程度の入院費が払えない患者って生活保護になって居るんじゃ無いの。入院でべらぼうな請求が来るっていう感覚は無いんだけどな。なんで保証人なんて必要なのか理解に苦しむ。差額ベット代を払う意志で個室に入院する。この患者に支払能力が無いって病院と患者の間の問題だよな。保証人を取るなら患者がこのような個室を選択する旨も保証人自身に説明する義務もあるよな。一体どうなっているんだ、この領域は。ここもしっくりしない。
2006.4.10

高額医療費制度があることを考えると入院患者の自己負担ってその食費700円*30日程度が加わるけど、確か低所得者って3万円くらいだったよな。病院に一時その費用(3割負担分)を支払うけど、高額医療の申請で還付される。その負担限度は月に3万円程度。これに食費が加わるけど、この程度の負担が出来ない患者って居ないんじゃないの。保証人もこの還付を考えると入院時の証書に記名捺印してもそこから発生するかも知れない債務ってこの程度と考えてるんだろうな。常識的に高額医療費って社会の人は知っている。低所得者に支払能力が無いならその保証債務って差し引きこの程度でしかない。この程度の認識しか無いよな。
2006.4.10

日本人はその高額医療費制度で入院時の出費、たいした事無い。平均入院日数も公表されている。疾病にかかったときにどくらいの期間、入院するのかも見えている。1.5ヶ月、高額医療費制度でその月の負担限度額が決まっている。民間の入院保険なんか不要だって考えるよ。高所得者はしっかりと蓄えが出来てゆく。低所得者は食費を除いて3万円前後だ。月の負担、この程度だから入院保険なんて要らないと思うよ。その人それぞれの考え方は千差万別だけど、この入院期間がここまで短縮されたのを確認して個人的にはこの手の保険、整理した。今は個人年金も整理が必要と思っている。自分で運用。これだよ。個人年金も自分で積み立てた部分は必要経費で差し引かれ総所得には金利や配当分が計上されることが分かったけど、それでも運用に信用が無い保険会社の個人年金は解約の方向だよ。この2年、配当が無かった所は解約のつもり。インフレ以上の配当があるかも怪しい。ようはこの程度の信用しか感じなかった保険会社の個人年金は解約だということ。解約時に配当分が上乗せされてくる場合もあるけど、この遣り方は信用を勝ち取るにはお粗末だよ。ただ解約時に配当があった事を確認するとそれはそれでその保険会社のイメージも好転はするけど。自分の頭の中その格付けが上がる。
2006.4.10

虐待も精神病だとは思わないな。普通の病気だよ。児童虐待や夫婦間虐待、恋人を虐待する。猿山の領域だよ。猿と人間の遺伝子の差異は僅かだ。暴力と言う手法は精神病の領域じゃ無い。普通の人間が持っているであろう性格のようなものだ。この野生での闘争心みたいなものが薄くなって理性が勝つ。暴力的部分はしっかり押さえられて居るに違いない。暴力は性格の領域だよ。これを精神病とするのは無理がある。心身と言う言葉で分けると、心の方向の不具合には違いない。この領域で精神病は遺伝してゆくと言う人達も居る。猿山の領域ならその遺伝子の領域であることは疑いないが、これは性格の領域でもある。精神病は遺伝すると誤認させる事にもなる。精神を患うってこんな単純な話ではないだろう。虐待行為や不眠が精神病の代名詞とイメージしている人達が居ることも知った。虐待は刑事事件の対象だよな。心神喪失状態で起こるものでもない。心神喪失状態の一つの行為として暴力は存在するかも知れないが本人が戦う相手がその脳裏には現われているんだよ。本人以外にはその存在は認識できない。その行為に巻き込まれてしまう。これは不幸だ。心を患う。その行為は不可解だ。虐待なんてただ暴力的なだけだ。性格だよ。
2006.4.11

性格は薬を飲んでも治らないぞ。暴力的な性格は薬を飲んでも治らないぞ。その薬でその行動を抑制は出来る。理性がこの性格を押さえるほどに上昇しないと暴力でねじ伏せようとする性格は変わらない。精神病は治る可能性がある。社会復帰できる可能性がある。自立できる可能性がある。身体の病気のようにその破壊が治癒可能なレベルなら完治も出来る。脳の中に発生した癌だと考えると、身体の中に発生した癌の治療みたいなものだ。癌が発見されても治る人も居る。性格は治らないよ。治癒はしないよ。

政府が戦争に走る。暴力的行為、武力でその解決を図る方向を選択する。その失敗を教訓にする。第二次世界大戦は国際社会にとってその教訓になって居る。満州事変以降、太平洋戦争へと突入した日本もこの教訓を活かして二度と戦争を選択しないように心する。A級戦犯をどう思うか。その教訓には重要な要素に違いない。これは国際問題でもある。国際的な関心事でもある。国内問題だと言う論陣には違和感を覚える。太平洋戦争までその誤りは進んだんだよ。その悲劇を多くの人達が知っている、伝え聞いている。日本人だけではない。
2006.4.11

A戦犯に付いて政府がどのような見解を持っているのか興味がある。そのA級戦犯が祀られている靖国への参拝が問題になって居るわけだから、A級戦犯と靖国がセットの問題になって居る。周辺国の人々はA級戦犯を参拝して居るようにも感じるわけだ。日本の現実の置かれている立場はA級戦犯を靖国に祀った。そこに総理大臣が参拝する。問題はこの1点にある。A級戦犯に参拝する。問題の所在はこの一点にある。A級戦犯が祀られている靖国に参拝するって言うのはこの視点から逃げられない。ドイツだとナチスドイツを参拝するようなものだ。
2006.4.10

猿山のもっとも小さな集団は夫婦だな。暴力を振るう。猿山の序列を決めているあの争いと同列だ。結婚した事のある女性は夫から33%の人が暴力等を受けていた。67%の夫はその理性がこれを打ち負かしたと考えることも出来る。10%くらいの夫は繰り返しこの暴力等を行った。人間って猿山に近い人から理性をどんどん加えていった人までこれだけの差異を持つ。日本人のこの数字が民族として猿山側か理性を得た側か、知らないが。好戦的、この部分はどんどん縮小させてゆく必要がある。これは国際的にも関心事項だ。アジアの中で日本が過去の大戦を見るともっとも好戦的な民族だったとも思う。侵略の歴史を持つ。靖国参拝をその世論が支持する。この傾向は民族のこの部分を連想させる。夫婦という単位でその人達の猿山度を確認するとこの懸念は懸念では無いとも感じる。日本民族は理性がどんどん膨らんだと国際的に認知されるまで自重は不可欠だろう。
2006.4.15

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