遠野
岩手県遠野市
遠野にも貞任と義家の合戦伝承は残る。
| 遠野三山伝承 | 早池峰山 石上山 六角牛山 |
T3 | 遠野三山の主を決定する話。 3人の娘神の伝承だが、この3人の娘の母を貞任の娘とする伝承が遠野にあるらしい。 賊に襲われて逃げてきた母親と3人の娘だったが、 4人では目立つので、追手から逃れるためにそれぞれ別れて山に隠れた。 蓮華の花占いでその山をわりあてたという。 |
20020223 |
| 安倍館 | 土淵村 | 屋敷周りに堀の跡 | |
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| A3 D1 |
貞任の末といわれる | |||
| T3 | 安倍重任が黒沢尻の戦いで敗戦し、遠野から和山を通って東海岸の豊間根に落ち延びた。その支族であるとの伝承。 | 20020223 | ||
| 柏崎館 角城館 象平山館 |
土淵村 | D4 D1 |
安倍舘跡 | |
| 常堅寺 | D4 | 安倍氏菩提寺 | ||
| 八幡沢の館 | 上記安倍家より北の、小烏瀬川かわぶち。 | A3 D4 D1 |
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義家陣跡といわれる。 |
| 貞任陣屋 | 上記八幡沢の館の向かい峰 | A3 | 貞任陣屋だったらしい。 | |
| D1 | 上記二つの館の間で矢戦を行った。 間に似田貝を挟む。 |
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| 八幡山と安倍舘 | 土淵村 | D4 | 似田貝を挟んで矢戦。 | |
| 似田貝 | 八幡沢と貞任の間にあり | 粥を炊くうちに攻められ、逃げる。 義家が、「煮えたかい?」 |
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| D1 | 追われる貞任軍が一休みして粥を炊いた。出来上がらないうちに義家軍に追い討ちされた。貞任軍は粥をそのままに北へ逃げた。 | そこへ攻めこんできた義家が兵士に「煮えたかい?」→煮えたかいという地名→ニタカイ地名 | ||
| D4 | 兵糧で粥が多くあるのを見て、「煮た粥か?」 | |||
| 足洗川村 | 似田貝傍の鳴川 | D4 D1 |
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義家が足を洗ったことから川向の村を足洗川村と呼ぶようになった。 |
| T4 | 義家が愛馬の足を洗った。20020223 | |||
| 貞任山 | B1 | 貞任は、猿ヶ石と遠野郷の南北の霊山2箇所に荒覇吐神社を建立する。 このニ山を貞任山と称す |
→土淵近くの貞任高原@ →小友町貞任山 |
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| 貞任陣屋 | 土淵から橋野に越える境の平らなところ 貞任山ともいわれる。 |
A3 | 貞任が乗馬を冷したところ →土淵和野の貞任平貞任山? |
A |
| 貞任山、 貞任平 |
土淵町和野 | B | ||
| 貞任高原 | F2 | 山頂に貞任が隠れたという岩屋がある。付近から矢の根が発見されたとも。貞任高原名の由来。 | C @〜Cは同一ポイントか |
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| 遠 | 貞任が馬を冷したところ また陣を構えた跡があるとも |
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| 貞任 (地名) |
栗林村との境 | 陣屋跡や馬の足を洗ったという沼がある。 | |
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| 貞任山砦 | 小友町平笹 | D4 | ||
| 安倍屋敷跡 | 附馬牛町大出 | |
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| 附馬牛から早池峰への上り口 | 安倍屋敷といわれる岩窟 | |||
| 小友舘 | 小友町16地割 | D | 貞任館 | |
| 谷地館 | D4 | 安倍氏の守り、底無し湿地帯 | ||
| フン舘 | 二日町の猿ヶ石川 対岸の斜面の深い穴 |
D4 | 谷地館に通じる逃げ穴? | |
| 鎧塚 | 上記の近く。 | D4 | 逃げるときに鎧を埋めた。 | |
| 陣が森 | 陣ヶ森 義家が八幡神に祈願したところ |
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| いろは滝 | D4 | 迷岡、よるなしの後、貞任山に軍を集結する際に、貞任がいろは歌の心を滝に残した。(とがなくてしす) | ||
| 合矢 荒矢 |
小友村 物見山と貞任山 107号線を挟む |
D1 D4 |
西種山(物見山)、義家 東種山(貞任山)、貞任の両陣の谷の間で矢がかち合った。 これによって石が割れた。高稲荷山の割石。 |
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| 遠T2 | 両山の間、荒谷の空で矢が行き会って一緒に落ちた。そこから会矢と呼ばれた。 落ちたところが高稲荷山の割石 |
20010223 | ||
| 塙舘 | 青笹 | D4 | 義家軍を挟み撃ちする作戦 裏の断層に屍が積まれた。。 |
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