
| 8月18日 | ◎博物館に昼過ぎに行く。ちょうど学芸員・職員の昼の休憩時であった。 Oさんのパソコンの回りが、なにやら騒がしい。 「ニュース−ORICON STYLE-」の画面を見ている。 ビジュアル系ロックバンド・Versaillesが法的理由でバンド名変更へ ビジュアル系ロックバンド・Versailles(ヴェルサイユ)が19日(火)、バンド名を急遽変更する事を公式ホームページで明らかにした。米国内の法的理由によるもので、メンバーは「"Versailles"という単語の後にもうひとつ単語を付け加え、新たな名前にする事に致しました」と一般公募で新たなバンド名を募集する事を発表した。 音楽音痴な私、ヴェルサイユというバンドが日本人で、ヨーロッパや米国で音楽活動をしていることなど、この画面を見るまで、まったく知らなかった。 Oさんらが、なぜこのニュースを話題にしているのか、理解も出来なかった。 まず、5人のメンバーは全員男性であること。特に画像の右端の人は女性とばかり思っていた・・・ さらに拡大した人は、半田市の出身であること。 もっと具体的に言えば、博物館のK館長の息子さんであること。 館長曰く、「化粧や衣装を取れば、ごく普通の男性ですよ」とのことであったが。 |
| 8月17日 | ◎朝7時より、市杵嶋境内で盆踊りの櫓解体と、提灯の取り外し、夜店に使用したテントの後片付けを行う。 櫓やテントの組み立てでは、2時間ぐらい要したが、解体は1時間程度で終了する。 終了後は、公民館にて、向山区・コミュニティ・公民館の役員・実行委員にて、反省会を兼ねたご苦労さん会を行う。 盆踊り・カラオケ・夜店のそれぞれの催しについて、細かい点では反省すべき点はあったものの、今回の目標とした、人が集まったことで、「良し」とすべきという意見が大方であった。 夜店が人を呼んだ大きな要因であったことは、皆一致した意見。 夏祭りだけでなく、他の区の行事(祭礼など)にも、屋台を出したらどうかという提案もあった。 さて、役員・公民館の役員はすべて2年交替で、来年度は、どうするであろうか・・・・ |
| 8月16日 | 中日新聞朝刊・8月16日付け 半田商高新聞「白山」 昭和36年7月発行 |
◎中日朝刊に、半田商高の正門に、「赤門」が47年ぶりに復活する記事が載っている。 半田市白山町の半田商業高校に、大正から昭和中期まで前身の学校の正門として使われていた通称"赤門"が復活することになった。 建物の増築で閉鎖され、敷地内にひっそり保存されてきたが、赤レンガをあしらった風格ある門が再評価され、現在の正門の場所へ移築されることに。 来週には完成する予定で、47年ぶりに生徒たちが赤門をくぐる姿がよみがえる。 赤門は高さ2・8bの角柱計4本から成る。1921年(大正10)、知多郡立高等女学校の開校時に設置された。 48年(昭和23)、半田商の前身・半田南高校が同地にできてからも正門として使われたが、61年(昭和36)に門をふさぐようにして体育館ができたため閉鎖された。20bほど離れた場所に新しく正門が設けられ、現在の生徒はここから登下校している。 3年ほど前から「こんなに良いものがあるのに、使わないのはもったいない」「歴史のある赤門から、今の生徒を登下校させたい」などの声が卒業生から寄せられ、7月に同窓会の理事会が復活を決定。移築費は同窓会が負担することになり、県の許可も得た。 14日、午後に中日新聞半田支局のI記者から電話が入る。「竹さん、半商卒だったけ・・・」 12日にI記者と飲んだ時に、赤門の事を記事にすることは聞いていた。 私は商高12回生・昭和38年卒である。 赤門は、昭和36年6月に、現在の校門が完成した時に閉鎖された。但しその後暫くは、自転車通学者は、赤門から登下校していた。 私の手元に「堂々!校門完成す」の当時の半田商高新聞「白山」第32号(昭和36年7月発行)がある。 懐かしく読み返している。 |
| 8月15日 | ◎中日朝刊・知多版に「ちぎり絵のような切手アート作品展」の記事が載っている。 切手でちぎり絵のように制作する「切手アート」の作品展が、半田市桐ヶ丘の市博物館2階で開かれている。19日まで。 先月26日に開かれた同館の講座に参加した親子26人の作品を展示。 講座は今年で4回目。昨年に引き続き、切手アートを楽しんだ親子もいた。 4枚の切手を四つ葉のクローバーに見立てた作品や、切手に描かれたカブトムシや小鳥を切り抜き、小枝に止まっているように見せた作品など、子どもたち独自の発想が光っている。 13日の午後に中日新聞半田支局のM記者から、私のところへ電話取材があった。(M記者は、この8月に半田支局に新たに着任した女性記者) 今年は「木をテーマ」にした切手アートであったが、来年は、花とか動物もテーマに増やすように、講師の浅井さんらに要望しょうと思っている。 新聞記事の中で一つ付け加えたいのは、「切手アート」についてだけ紹介されているが、博物館講座「親子で楽しむ切手アルバムと切手アート作り」として行ったもので、切手アルバムリーフの作品展示のことが、まったく触れられていなかった。取材の時は、切手アルバムについても強調したのだが・・・・ これも取材する記者のとらえ方であろう。 |
| 8月13日 14日 |
◎予想を大きく上回った人の足。今年の向山区第1回夏祭り。 昨年の人出は2日間で420人。今年は700人近い区民が、夏祭り会場の市杵嶋神社境内に集まった。 盆踊りとカラオケを同じ日にして、夜店を出したことが、賑わった主な要因。 「夜店」「カラオケ」「盆踊り」の光景 一日目に挨拶に来られた、伴野豊衆議院議員、榊原伊三市長、加藤精重県会議員 二日目に挨拶に来られた、近藤良三県会議員、伊藤忠彦衆議院議員 |
| 8月12日 | ◎中日新聞半田支局のI記者と飲む機会があった。 I記者は半田支局着任2年目になる。今年初めに、知多郵趣同好会と木村弘美絵手紙教室共催の「子年・年賀状展」の取材を受けたほか、博物館夏休み講座や友の会行事の短信など、時々紙面掲載をしてもらっている。 3ヶ月くらい前、私の知人がよく行く居酒屋に入ったところ、偶然にも、顔見知りの、毎日新聞・前半田支局長(今年3月退職)Hさんと一緒になった。 Hさんのほかに読売新聞半田通信部のk記者んも同席。(Hさんから紹介を受ける)。まもなくして、中日のI記者が入ってきた。 帰りがけに、I記者と今度、また一緒に飲みましょうと約束する。 取材多忙で、なかなか実現できないままになっていた。 夕刻に突然、I記者から電話が入り、今日飲むことになったもの。 1時間余りは、半田の行政・財政・文化のことを話したりしたが、あとは軽い話になった。千葉支局に転勤したO記者の奥さんは半田市の人。その後のM記者も(現在北陸支社)、半田で婚約した。 ぜひ、I記者も(まだ独身とのことにて)半田在職中に、いい相手探してください、ということで、お開きになった。 |
| 8月11日 | ◎初めて、榊原伊三半田市長の後援会ホームページを見た。 HPの中味について感想は、生意気にコメントできないが、淡白な頁づくりをされていると思った。 更新はかなりスローテンポで、平成16年以来されていない頁も見受けられた。 構成は次のようである。 ○表紙 「榊原伊三市長の公約」 ○自己紹介 「生まれ・出身校・職歴・関連役職」 ○ご挨拶 「ようこそ 榊原伊三後援会のホームページへ」後援会会長・小林義彦 ○後援会入会 「榊原伊三後援会規約」 3つの基本方針 ○活動内容 「榊原伊三後援会報 2(2004.2.吉日) 3(平成16年10月) ○榊原伊三 「星と船と港」 (ヨット「白雲」の世界一周航海) ○リンク 微風・烈風 第1話〜第15話(平成17年 新年をむかえて) |
| 8月10日 | ◎朝7時、市杵嶋神社境内にて、盆踊りの櫓立て。 13・14日に開催する、向山区第1回夏祭りの準備に入る。 昨年までは、カラオケ大会と盆踊り大会は別々に行っていたが、今年は初の試みで、カラオケと盆踊りを同じ日に行い、夜店を出すという企画。 集中して行い、人出を誘い活性化を図ろうという、公民館長の発案からである。 カラオケ・盆踊りのほか、金魚すくい・スーパーボール・ジュース類・みたらし団子・ビールの夜店コーナー、「夏祭りイベント」として、ラッキーカード抽選会、アイスクリームの配布、「夏祭り子供イベント」として子ども会による抽選会も予定されている。 1日300人、2日間で600人の人出を予想している。 |
| 8月9日 | ◎「サントリークォーター」Vol 83が届く。 角瓶70年特集号である。先に、角瓶を購入した際に添付されていた、「とこ角キャーンペーン」に応募したのに伴い、冊子が送られてきたものである。 角瓶の歴史・つくりのこだわり・角瓶にまつわる話などが特集されている。 角瓶が誕生したのは、1937(昭和12)年10月8日という。 角瓶のあとには、オールド、リザーブ、山崎、響が発売されているが、角瓶は、一種こだわりのウイスキーである。 現在では主流ではないので、角を置いているスナック・バーは少ない。 「クォータリー」で紹介されている、名古屋のバーは、中村区名駅の「立礼」と千種区今池の「酒肆 蘭燈」の2件。 「角瓶はどんな飲み方をしてもしっかりとウイスキーの旨みが出せ、それでいて飲みやすい」 「何で割ってもちゃんと味が伝わるので楽しみ方が広い」 それぞれの店のバーテンダーが角の旨さを語る。 角のハイボールが主流。 私も40年前から、サントリー「トリスバー」時代から、角ファンである。 その頃は、ハイボールであったが、いつ頃からか、オンザロックになってしまった。水割りでは、せっかくのウィスキーの本来の味がなくなるという、独りよがりの持論からである。 半田市内のスナックで、角瓶を置いてある店は、まず皆無である。 角は安っぽい・・・・事実、ウィスキーの中では一番安い・・・というイメージと店の売り上げが、多分にあるように思う。 「わたしは氷 あなたはウィスキー。」 小雪のコマーシャルを思い浮かべながら、これからも角瓶にこだわりたい。 |
| 8月8日 | ◎午後7時30分より、クラシティ市民活動ルームにて、半田市観光ガイド協会の8月度役員会が開催。 しかし、幹事の多くは、9時から放送される「北京五輪開会式」の方に気持ちがいっている。 事務局から、できるだけ早く終わるようにします、と予告あり。 報告事項は7月・8月のガイドの案内状況。ガイド数は10回、延べ120名であった。 8月・9月のガイドと行事予定ついては、ガイドは10回予定されている。 行事予定としては、9月20日から10月13日までの岩滑の南吉と矢勝川・彼岸花を中心にしたイベント「童話の村 秋まつり」がメーンである。 知多バスの巡回、赤レンガ建物一般公開、岩滑本郷ガイド、岩滑ふるさと散歩、市民憲章ウォーキングのガイドがある。 不安は拭いきれいいまま、とにかく開幕した「北京五輪」 。204カ国・地域から史上最多の1万6千人が参加。開会式では、壮大演出に目を見張った。大会は24日まで17日間にわたって続けられる。 |
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| 8月7日 | 入口柏修さん司どる 包丁儀式 岩滑祭り・神子の舞 右が「かわらよし」の孫 |
◎日本料理・割烹「かわらよし」の主人、竹内弘久さんは、半田商高第22回生(昭和48年3月卒)ですが、奥さんの照子さんも商高第22回生で、同年なんです。 弘久さんは、四条流の副師範です。 四条流といえば皇室行事で知られる「包丁儀式」がある。 家元副頭取師範が、乙川の入口柏修(修三)さん。弘久さんの四条流の師匠である。 平成17年11月の半田商高創立80周年記念式典が挙行されたされた時、記念のイベントが「包丁儀式」であった。私は、包丁儀式なるものを、この時初めて見ることができた。 この時、司どったのが、卒業生でもある、かわらよしの竹内弘久さんで、師匠の入口さんは、解説の方にまわり、マイクを握っていた。 ◎昨年の春祭り「岩滑の祭り」の撮影会があり、その時撮った1枚が画像の「神子の舞」。出番がまちどおしい・・・・ 右側の神子さんが、かわらよしの竹内さんの孫娘である。 長男の子供さん。お爺さんの弘久さんは、孫の舞姿をずーとビデオに撮っていた。 |
| 8月6日 | 半商新聞室OB会が 編集した「創立80周年記念誌」 |
◎午前10時から、博物館第2会議室にて、「友の会だより」第24号の校正(初校)を、広報委員会にて行う。友の会だよりは、年1回発行。第10号あたりから、私が編集に携わっている。原稿集めから編集・割付・校正を、ほとんど私一人で行っていたが、副会長の時に、広報委員会方式にして、会長・副会長・幹事の複数で編集をすることになった。割付だけは、相変わらず、私の専任となっている。 ◎岩滑中町にある、日本料理「かわらよし」で、半商新聞室OB会を行う。 先に、平成17年11月、「半田商業高等学校創立80周年記念誌」の編集を半商新聞室OB会が携わったのが、きっかけとなり、年2・3回交歓会を開いている。 もともとは、昭和42年に私が、1年後輩のI君にOB会のようなものを作ろうと働きかけたのが始まりで、昭和37年から40年卒業の、在学中に新聞部に籍を置いたおいた人たちに呼びかけて、「半商新聞室OB会」としては発足したもの。限られた年度のごく内輪のOB会である。名簿上は20名くらいだが、常連は10名ほどである。 |
| 8月5日 | ◎近所の(私の同級生の)奥さんEさんから、妻に「お茶しませんか」と誘いが入る。歩いて何分の家。隣の奥さんNさんも一緒。この3人は、息子や娘が高校までの同年で、いわば子供たち保護者のOB会のようなもの。 妻、帰宅後の話。私の怪我のことが話題になったと言う。Eさんが言うには、私が「怪我をした」ことが、本欄に書かれていない。事実、ありのままを書かなければ、いけませんよね。ということであった。 ちょうど1ヶ月前のこと。夜道、歩道の路肩でつまずき転倒、運悪く顔面の額と肘を切傷する。 1週間ばかり、小出クリニック(外科)で治療することになった。 運悪く、公民館で盆踊りの練習会が行われている時で、額に絆創膏を貼って参加。(公民館主事で、連日休めず・・・・) 向踊会・婦人部の面々に知れることになり、地域の話題になる。 暫くして、近くの同年から、中学の恩師(クラス担任)I先生の耳に入り、先生心配して、電話まで掛かけてこられた。 話が回りまわって、大げさになってしまっていた。 赤面の至り、穴があったら入りたい心境・・・ |
| 8月4日 | ◎箸袋趣味の会事務局から、大正村・夏休み特別企画「オリンピック展」(尾上コレクション)のチラシが送られてきた。 7月10日〜8月31日まで日本大正村・ロマン館展示室で開催されている。 展示品の「尾上コレクション」は、箸袋趣味の会会長・五輪資料収集家の故尾上隆治さんの収集品を遺品として、家族により、大正村に寄贈されたものである。 今回の主な展示資料は、第1回アテネ大会〜第18回東京大会までの資料。大会ポスター・公式プログラム・公式記録および書籍・選手および役員の資料・メダル類・聖火資料など。 展示品は必見に値する。私も、尾上さんのコレクションは生前何度となく拝見したが、一堂に会してみたことは、一度もなかった。 8月24日、箸袋趣味の会・中日本支部「夏の例会」が、大正村を会場にして企画されているので、ぜひ、この機会に、大正村を訪ね、故尾上会長を偲びたい。 |
| 8月3日 | 「総会ご苦労様でした N議員のHP初めて知り、非常に驚きました!! 公職である方の常識を疑いたくなるような内容でした。 第三者が単純に質問回数だけけでとりまとめたかもしれません。 どういう団体か解りませんが、身内?かもしれませんね。疑問? いずれにしてもこのような考えですと、市民からの意見も出てくるのではないでしょうか? 常識ある活動を望んでいます。 ××」 (原文のまま) ◎先週、ある会合があった帰り道、ふだん親しくしている××さんと雑談する中で、N議員のことが話題になり、「そういえば、、N議員のHP(ブログ)を読まれました。問題にななりそうな箇所があるようですね」と話す。 ××さん、N議員のHPを見たことがないので、その日の夜、家に帰り、N議員のホームページのその箇所のブログを出力し、メール添付にして、××さんに送信した。 その返信(感想)が上述のような内容であった。 ちなみに××さんは、N議員が昨年の市議になる以前から、N議員を知っている人で、推測ながら、応援者の一人かもしれない・・・・ |
| 8月2日 | 記念講演する 中山千夏さん |
◎一粒社60周年に合わせて、「知多半島自費出版フェスティバル2008」が雁宿ホール1Fで開かれた。自費出版の文化的意義を見つめ直そうというこの企画のねらい。 整理券が必要とあり、事前申し込みをした。 プログラムは、実行委員長・田中敬教氏の開会の言葉に続き、後援代表して、半田市文化協会会長・遠藤一義氏の挨拶で開会セレモニーとなる。 第一部は、報告と交歓。 「基調報告」では、四季の文化社を主宰する、深見利満氏がこれまで歩んできた出版のあれこれ。 「私の自費出版体験」では、小栗大造氏・杉江氏・矢口氏・平木氏の4人のそれぞれの自費出版のきっかけなど体験談が話された。 「自費出版ワークショップ」の部では、お昼休憩を挟んで、各種自費出版物の展示」が会場内であった。 第二部は、NPO法人日本自費出版ネットワーク代表理事で作家・中山千夏さんの記念講演。演題は「自費出版と私」。 中山千夏さんは、1959年「がめつい奴」の舞台で子役デビュー、以後は俳優・歌手・TVタレントとして活躍。80年から参議院議員を一期務める。現在は著作活動に専念するかたわら、死刑廃止などの市民活動を続けている。 講演の要旨としては「書きたいことを書くのが大事」。 「お金を出してまで、自分が書きたいことを自由に書くという思いは素晴らしい」。 また、テレビから出演を遠ざかった理由について「決められた役割を演じることを強いられたり、発言時間が限られたりするテレビが嫌になった」と話した。 第三部は招待者による「レセプション」。 |
| 7月29日〜 8月1日 |
パソコン故障!修理に・・・ ◎パソコン故障と言っても、故障の内容はいろいろとある。 私の場合は、インターネットや電子メールは起動している。 その他のプログラムエラーが原因である。多分に人的要素あり=処理ミス。 具体的には、デジカメからジャストホームのデジコレに画像を取り込む・登録するところで、「デイスク領域に容量不足が出ています。不要なプログラムを削除してください。」の表示が出る。 空き容量2MBとは、かなり容量が不足。思い切って、何百MBのプログラムを消去したところ、IMEのタスクバーがなくなっている。ワード・エクセルのファイルも消えている。日本語入力ができなくなってしまった。 行きつけの「ロジック」はすでに閉店。知り合いの個人でやっている「愛知」さんに電話をして、対応を聞く。 「ファイルの復元」を試みるが失敗。結論として、パソコンを購入した店で、ウィンドウズのファイルから入れ直さなければダメだということになった。「初期設定」と変わらない。 皮肉なことに、30日は「ロジック」は定休日。31日にディスク本体を持ち込む。「大至急(特急で)直して」と頼んだら、1日でやってくれた。8月1日午後、無事にパソコンが帰ってきた。 |
| 7月28日 | ◎半田市議が作るホームページを時々覗いておりますが、最近では、半田市議・中川健一議員のホームページのブログ・「志の詩(うた)」(7/10)がちょっと目にとまりました。 まずは、その全文を掲載してみます。 議員の通信簿!日本経済新聞社会面より みなさん、こんにちは!!私のブログを訪ねて下さり、ありがとうございます。 写真は(画像省略)今朝の日本経済新聞社会面です。 春日井市の市民団体「議員通信簿連絡会議」が議員の通信簿を公表したそうです。 対象は、半田市、 豊橋市、名古屋市、春日井市、瀬戸市の市議会議員198名です。 採点の基準は、2007年6月議会、9月議会の一般質問の、および質疑の回数を数え上げてランキングしたということです。 ちなみに、私は198名中、第11位にランキングされています。 実は私が市議会でしゃべっている量と質に関して、県下一番だろう、と自負していましたから、内心ちょっとがっかりしています。 その他に、小栗議員や山本半治議員のように、いくらなんでも某議員よりはもっと上のランキングだろう、と思うケースもあります。 採点基準の取り方により、結果が変わりますから、しょうがないですね。 しかし、半田市議会議員はガンバっていますね。110位以内に5人もいますから。 ご参考までに、「議員通信簿連絡会議」が作成をした通信簿のうち、半田市議会議員の順位を下記に抜粋しておきます。 この順位は一つの指標に過ぎませんが、だいたいの傾向は表しているかな、と思います。 順位 議員名 質問回数 所属会派 第3位 榊原勝彦 76回(日本共産党) 第5位 加藤 豊 65回(民主・無所属改革連合) 第6位 松本如美 62回(・・共産党) 第7位 中村宗雄 61回(至誠クラブ) 同上 竹内功治 61回(民主・無所属・・・) 第11位 中川健一 49回(民主・無所属・・・第16位 榊原安宏 45回(至誠・・) 第19位 山内悟 41回(・・共産党) 第20位 堀嵜純一 41回(創政クラブ) 第23位 山田清一 34回(公明党) 同上 新美保博 34回(至誠・・) 第31位 久世孝宏 30回(創政・・) 第40位 嶋崎昌弘 24回 (清風クラブ) 第46位 山本半治 22回(公明党) 同上 小出義一 22回(民主・無所属・・・) 第54位 石川英之 20回 (創政・・) 第55位澤田 勝 19回(至誠・・) 第64位 榊原正幸 17回(創政・・) 第120位 小栗佳仁 5回(民主・無所属・・・) 順位外(質問回数0回!) 渡辺昭司 0回(創政・・) 伊東 英 0回(創政・・) 竹内康夫 0回(創政・・) 榊原伸行 0回(創政・・) 山本博信 0回(清風・・) ☆榊原久美子(清風クラブ)議員は議長のため、ランキングから除外されています。 ところで、議員通信簿連絡会議の松元さんのコメントには、「議員にとって議会での質問は公約実現のために避けて通れない職責。議員の仕事ぶりをみるには良い指標だと思う。(日経)」とあります。 というか、議会で質問ができるのは、原則として市議会議員だけなんですね。いわば独占事業と言う訳です。 議会と言う公共の場で、市民生活が良くなるように質問をする、ということこそが市議会議員の最重要な責務であるはずです。 考えてみれば、地域での様々な政治活動は、議員でなくてもできますよね。町内会長さんでも、青年会議所のメンバーでも、政党の職員でもできるのです。 ですから、私の考えは、議員が議会で全く質問しないのであれば、職責放棄ですかすら、議員である必要はありません。 そのような議員は早々に議員辞職をすべきです。そんな議員は、存在自体が税金の無駄遣いですから。 では、今日も張り切って行きましょう!! 半田市にて 中川健一 ●私が気になった箇所を赤字の太字で表示しましたが、 この内容に対しては、それぞれの捉えかたがあると思います。 私の意見は差し控えますが、感想として、質問の質がよいか、悪いかは、本人が決めるものでもないでしょうし、どの議員がどの優れていて、どの議員が劣っているかとか、など資質については、市民=住民が判断することのように思います。 一般質問することは、その議員活動の一つの目安・指標にはなり、その議員の考え方などもよくわかりますが、全く質問しないからと言って、即議員辞職すべきというほどのことではないように感じます。 |
| 7月27日 | 懇親会の風景 |
「赤煉瓦倶楽部半田」平成20年度総会が、午後3時から半田赤レンガ建物内で開催された。 長谷川会長の挨拶の後、馬場理事長を議長に選出、以降馬場議長のもと,議題が審議された。 平成19年事業報告承認の件・決算報告ならびに財産目録承認の件・理事会役員選出・平成20年事業計画承認の件・収支予算書承認の件・その他をつつがなく原案通り承認された。 その後、来賓紹介があり、藤本企画部長が代表して挨拶をされる。挨拶の中で、赤煉瓦倶楽部は中ば内輪ということもあり、今後の赤レンガ建物の市側・担当部としての取り組み方について、かなり具体的ともとれる言葉があった。 倶楽部事務局から、報告事項として ゆかたで紺屋海道 8/23 童話の森 秋まつり 9/20〜10/13 赤煉瓦ネットワーク全国大会 11/29〜30 の公開事業の計画と 広報事業として、12月〜1月に赤レンガ建物イルミネーションが企画されていることが発表された。 総会終了後、懇親会に入った。 榊原伊三市長、榊原純夫副市長も参加され、市長からは、ハウジングセンターの今後についても、視野に入れた、赤レンガ建物の活用・利用の取り組みについて、含みのある話があった。 |
| 7月26日 | ◎昨日に続き、今日も博物館へ。 午後1時30分より、博物館講座「親子で楽しむ切手アルバムと切手アート作り」の講師を務める。 参加者は親子10組の23名。 講師は、切手アルバム作りは、私が行い、切手アート作りは、東海市の浅井さんと大府市の竹内清充さんに担当してもらった。 2人とも、知多郵趣同好会の会員でもあり、趣味の仲間である。 3時30分まで、約2時間、子どもたちはお母さんの協力を得て、見事に作品を完成した。中には、大人より、発想の素晴らしいセンスのある作品が何点かあった。 これらの作品は、8月5日より15日間、特別展示室前の壁面に作品展示することになっている。 |
| 7月25日 | ◎博物館友の会「30年のあゆみ編集委員会」を午前10時より博物館第3会議室にて行う。 発行は来年4月になるが、今年10月ごろまでに原稿を揃え、編集(紙面割付)作業に入り、12月初旬に印刷所まわしとなる。 すでに「仮目次」はできており、これに順じて、各ページの原稿を作成するのが、これからの手順である。 体裁はA4判・64ページ。 中扉/会長挨拶/市長祝辞/館長挨拶/目次 各1ページ。 昭和53年から平成9年の20年間のあゆみは、2年間で各1ページ。 平成10年から平成19年までは、1年間各2ページ。 6つの部会活動は、各2ページ。 思い出の見学会は4ページ。合同展ポスターを2ページ。合同展看板は1ページ、合同展作品は6部会で3ページ。 思い出の人を偲んでは、2ページ。 今後の「友の会のあり方」については編集委員全員、2ページにまとめる。 発足当時の会則と現在の会則を各1ページ。 あとがき・奥付 1ページ といった予定で、今後紙面を埋めていくことになる。 半田市長の原稿(祝辞)は、つい2・3日前に、秘書課長より友の会宛に届いている。 |
| 7月24日 | 牧歌の里で集合写真 |
◎J.sの親睦会の「奥美濃/牧歌の里・郡上八幡」日帰りバス旅行に参加。 パソコングループの集まり。バス2台・86名が参加する。6時50分〜7時10分に@日本福祉大東 A知多半田駅西 B肉のびっくり市の3箇所に集合。 大府PAで終結。1号車と2号車に乗り換えて、再び出発。 長良川SAで休憩,高鷲ICより牧歌の里へ。入園後はトレインに乗車、園内を一周する。その後は各自散策。 「味の里奥美濃しろとり」で昼食。すきやき(飛騨和牛・奥美濃地鶏)・うどん・そば・山菜ご飯・フルーツ・ケーキの「7大食べ放題」 その後、郡上八幡へ。城下町散策と「3つの食べ歩き」冷やしぜんざい・ミニソフトまたは郡上米おにぎり・ふるさと牛乳1本 である。 郡上八幡ICから東海北陸道・関SA・小牧IC・名古屋高速と走り、知多半島道路に入り前に、朝と同じようにバスの乗り換えを行い、それぞれの到着場所へ向かう。6時過ぎに無事到着。猛暑ながら、一日有意義に過ごすことができた。 親睦部の役員・部員さんは、お世話ご苦労様でした。 |
| 7月23日 | 事故現場 安全標識が立つ |
◎20日午後4時頃、わが家の西側の交差路で交通事故があった。救急車も来たから、負傷者がでたようであった。 この交差路は県道が東西に走り、南北に走る道は、現在半田乙川中部区画整理事業が進められている箇所である。 東西に走る県道が優先道路で、南北に走る道は完成道路ではなく、一旦停車する必要がある。 しかし、道路幅が県道より広く、知らない車は、うっかり一旦停車せずに飛び出してしまう。 今年になって人身事故は、今回だけのようだが、車同士の衝突事故は何回か起きている。 まさに事故多発の場所である。 さすがに警察も知らん顔出来ず、昨日「止まれ」(愛知県警)と「注意 事故多し スピード落とせ」(半田警察署)の交通標識が立てられた。 よく言いますよね。警察は事故が起きてからでないと安全対策しないと。 |
| 7月22日 | ◎「東海証券褐ワ十年史」編纂に関連した資料をさばいていたら、画像のような東海証券の社章(バッジ)が出てきた。そのバツジは、超貴重な品。「1」の番号がついている。バツジの裏側にも、1の刻印がある。 NO.1がどうして私の手元にあるのか・・・・・ 普通は、社長あるいは会長など、会社のトップが襟につけていて、ここにあるのは不思議である。 東海証券は平成8年に丸万証券と合併、「東海丸万証券」に。その後東京証券と 平成12年に合併し「東海東京証券」となった。現在では、東海証券は存在しない会社となり、バッジは廃棄処分され、なおさら現存されていないはず。 「東海証券五十年史」は平成6年11月に発行されたが、私は社史社編纂委員会・事務局専任となり、平成3年から3年間、資料集めに勉めた。 編纂委員の一人だった市野さん(当時常務取締役)が、バツジ製作のときの担当者(当時・営業推進本部長)であって、1は見本名目で、市野さんが所持していた。 昭和45年頃のことで、それまでの社章は「東」だった。記念に私にあげたと、頂いたものを保存しているのである。 私は、このバッジを貰ったお蔭で、その後市野さんが子会社の社長になった時、私を経理担当で引っ張っぱり、子会社出向となり、市野さんの召使として働かされる。 市野さんが社長退任後、私は本社復帰したが、ビジネス会社に出向して証券本体に戻るまで、6年間の空白期間があった。 |
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| 7月21日 | ◎妻が言うことには― わが家のすぐ横の道に、親子が車から降りた途端、男の子(小学校1年生くらい)が「わぁ、砂漠だ」「ここどこの国」と叫んだそうだ。 この子の住んでいる所はマンションか、住宅街で、こんな場所はないのだろう。 親子は多分この近くのどこかの家に、実家の里帰りで来たのであろうか・・・・・ 画像のような風景をみて、砂漠とは、この子の感覚、いや、どういう教育がされているのか、理解に苦しむ。 最近のこのくらいのガキは、テレビや友達の影響で、いやに大人びていて、ませた子が多い・・・と妻いわく。 横の道は、現在半田乙川中部区画整理事業が進んでいて、田んぼだったところが埋め立てられて、更地になっている。画像の更地の西側(上段)には、あと2年もすれば広い道が横切る。長距離のトラックが深夜も通るようになる。 当然ながら、代替地の住宅が建ち、建売り住宅が林立するだろうと思う。 2年もすれば、様変わりするであろう・・・・ |
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| 7月20日 | ◎昨夜の衣浦みなとまつり花火大会のあと、向山地区の神社で祇園祭(津島神社祭)・奉納花火大会が神社の池で行われた。 号数といっても、せいぜい2号くらいのもの。夏の催しとして数年前から始められるようになった。 午後8時10分に開始され、9時に終了となった。 |
| 7月19日 | ◎午後8時ごろ、南の方の海岸から花火の音が盛んに聞こえる。 妻は気になって、家の2階に上がっていった。 碧南市制60周年記念・衣浦みなとまつり花火大会が、午後7時30分から、衣浦港中央ふ頭沖合海上で花火が打ち上げられている。 昨年は半田市制70周年で半田市が主催したが、今年は碧南市の主催となっている。 桟敷席も碧南市側には設けられたが、半田市側はなく、近くの海岸で観覧するしかない。昨年は息子(市議会議員)の家族ということもあり、来賓桟敷席で観覧できた。 今年打ち上げられた花火の数は、4号が230回・5号が105回・6号が28回・8号が14回・10号が17回で393回、玉の総数量は1913玉になる。 このほか大スターマインが19回、超大スターマインが3回、超特大スターマインが4回打ち上げられている。 「イラストHanabi」5号10種類が各5玉、総数量50玉が1回 「Art of Hanabi」といった伝統的な丸い花火とは異なり、新しい花火も開発されている。 残念ながらこうした花火は、遠方のわが家からは観覧はできない。 「衣浦みなとまつり花火大会プログラム」を見てどんな花火か想像している・・・・ |
| 7月18日 | ◎ずーと以前に、一宮市の堀さんから案内を貰っていた「たかべしげこが語る女性画家の生涯・朗読美術館シリーズ」「ジ゛ョージア・オキーフ〜花と裁くとアメリカン・スピリット」の上演が、昨日、名古屋市名東文化小劇場であったことを失念していた。 午後1時30分と午後6時30分の2回上演なので、中野さんの見舞いをした後に十分時間の余裕はあった。 手帳とかカレンダーに予定を書き込むのだが、よく書き漏れをして、当日大慌てをすることが、最近よくある。 まだ物忘れをするような年齢ではないと、思っているのは独りよがりの考え。 予定は聞いたその場でメモしなさい。といわれることしきりである。 |
| 7月17日 | ◎長老を美浜町の渡辺病院に見舞う。 今年94歳、昨年までは同病院の介護施設「ケアハウス・美浜」に入居していたが、秋口から、病院に入院しているという。 長老の名前は、中野栄一さん。 博物館友の会・知多郵趣同好会・箸袋趣味の会のいずれも会員。長いお付き合いになる。 H18.11.1博物館友の会の見学会「産業技術記念館と徳川美術館」には参加された。「友の会だより」に掲載された写真には元気な姿が写っている。 先週、娘さんから電話が入る。例会案内を毎月頂くが、父はもう字を読むことすらできない状態である。7月が超えればよい様子であるという。 私、近藤さん、田中さんの3人で見舞うことになった。―結局、この3人が趣味の仲間では、一番身近な間柄ということになった。 受付で病棟を聞き、病室を見舞う。酸素吸入はしていたが、意識はしっかりしていた。歯がないので、喋っている言葉が聞き取りにくい。それに、本人も、頭の上で、クルクルパーの仕草をして見せたが、記憶が薄れていることは確かである。認知症までいっているかどうか・・・ 手を握ったりして、いろいろ喋ったりしたが、途中、私のことを「タケ××さん」とか近藤さんのことを「コンド・・・さん」というように呼んでいるように聞こえた。予定外であったが、同じ、ケアハウス・美浜に泉万醸造(美浜ナチュラル村)会長の吉田静さんが入居されていることを聞いていたので、たずねる事にした。あいにくケアハウス・美浜は退所し、同病院に入院されているという。 再び、病院に戻り、病棟を聞く。中野さんと同じ階の病室にいるという。 「吉田さん、お久し振りです。」と声をかけるが、反応がない。はて、どなたかな、といった表情であった。 先日、社長(息子さん)の英一郎さんから、吉田さんが収集されている、中国の「石人」ことで電話を頂戴したが、このことについてもっと詳しく聞きたかったのが、叶わなかった。 |
| 7月16日 | ◎博物館友の会歴史部会・7月度研修会は「美濃路を訪ねて」。 午前8時、名鉄住吉町西口を出発。総勢28名の参加。 可児 ・御嵩インターから可児郷土歴史館・明智城址・鬼の首塚・愚渓寺・昼食(味和居・江戸川)・願興寺・中山道御嶽宿・和泉式部廟・耳神社・マリア像・土岐インターから半田へ。 ☆可児郷土歴史館・・・千村氏の屋敷跡に建設。県重要文化財・銅鐸。 ☆明智城址・・・明智光秀の生誕地。11歳から29歳までここで過ごす。 ☆大智山愚渓寺・・・京都龍安寺の石庭ノモデルとなった枯山水庭園は臥竜石庭といわれ見事。 ☆願興寺・・・天台宗の古刹、24体の国重文の仏像。 ☆中山道御嶽宿・・・本陣・庄屋屋敷跡など往時をしのぶ。中山道みたけ館・商家竹屋。 ☆和泉式部廟所・・・平安中期の女流歌人・三十六歌仙の一人。東山道を旅してきた彼女は、この地で病に倒れたといわれる。 ☆耳神社・・・耳と安産に霊験のある神社。耳の悪い人が年齢の数だけ錐を奉納すると快方にむかうといわれている。 ☆マリア像・・・昭和56年、農道の拡幅工事の際、墓地の一角より「隠れキリシタン」にまつわる遺物3点が偶然発見され、近在各所からも同じような発見が相次いだ。現在、この地には「聖母マリア像」が建立され、平和の聖地となっている。 |
| 7月15日 | ◎姫路市立美術館学芸員・田島奈都子さんから、先に問い合わせをしてあった「カブトサイダー」についての返信メールが届いた。 「明治・大正・昭和 お酒の広告グラフィティ」の解説をされていて、広告ポスターの印刷技術と広告表現について造詣深い方とお見受けして、教示を仰いだものである。 カブトサイダーについて@看板とラベル付のビール瓶が発見されているが、カブトビールは存在したか A存在したとすると、いつごろの年代か Bカブトビールとの関連・関係はあったのか Cラベルに「宝塚鉱泉」の表示があるが、カブトサイダーとの関係は? Dカブトビール=カブトサイダー=宝塚鉱泉は結びつくか ・・・・本日、お手紙を頂戴しました。・・・ご質問についてわかる範囲でお応えします。 まず、カブトサイダーですが、当1920年代いっぱいまでは、けっこうご当地サイダーというか清涼飲料水が小規模に生産されていました。駄菓子やさんが壜に水入れて、甘みや色をつけた飲み物を売っているような感じです。 ・・・・カブトビールに関しては、あいにくカブトサイダーを出していた事実0私は知りません。また、「飲料商報」という清涼飲料水関係の業界誌にもこのサイダーの広告は見当たりません。ただし、この雑誌も発行されたものが全て残っているわけではありませんので、完全になかったとはいえません。 その後清涼飲料水は、単独の清涼飲料水メーカーとしてではなく、多くの酒造メーカー、つまり既存の生産ラインを使える企業が事業拡大の一環として清涼飲料水の製造にも力を入れだします。大日本は古くから(リボン)シトロンを持っていましたが、1927年に日本酒の白鶴は白鶴サイダーを売り出し、キリンもその前後してキリンレモンを売り出します。三ツ矢と金線サイダーが合併したのも1920年代半ばです。 宝塚鉱泉は宝塚温泉の関係で、天然の炭酸水が得られることから、マリヤサイダーとマリヤシャンペンサイダーというものを作っていました。しかし、それがカブトサイダーとどのように重なるか、もしくはつながるかについて、私はわかりません。 しかし、カブトビールの経営陣に小林一三という阪急の創立者がいたこと、宝塚は阪急沿線に存在し、既存の鉱泉として有馬サイダーがあったことを考慮すると、有馬サイダーの成功をみて、カブトビールでもサイダーを作ってみては・・・と考えたのかもしれません。 なお、、ビールや清涼飲料の壜は、使い回しをされており、完全にラベルをはがさずに、別のラベルを貼って出荷することも多くありましたし、三ツ矢サイダーがブランドとして人気を博すと、その偽物というか、三菱サイダー、三階菱サイダー、一矢サイダーといった具合に、一見有名ブランドっぽい名前をつけて売り出すことも多く、シトロンはその防止のために、しばしばラベルや壜のデザイン0変更し、かつ裁判をおこしています。 木製看板が残っている以上、カブトサイダーは現に存在したのでしょう。しかし、カブトビールがカブトサイダーを作ったかどうかも実のところ、よくわかりませんし、宝塚鉱泉との関係も、社史や記録にない以上、一つ二つ出てきただけで、話を結論付けるのは大変危険です。なぜなら。カブトビールの人気にあやかって、地元の誰かがカブトサイダーを作ったかもしれませんし、壜の使い回しのことを考えればまたしかりだからです。 ホームページに掲載されていたポスターですが・・・以下省略 |
| 7月14日 | ◎博物館友の会「研修委員会」を開き、今年の友の会見学会の実施要領を決める。 ・開催日 10月31日(金) ・見学地 「文化のみち」と「名古屋市博物館」 「文化のみち」は旧川上貞奴邸・双葉館と撞木館、それと旧豊田佐助邸または「故春田鉄次郎邸」を見学予定。 「名古屋市博物館」は秋に開催予定の特別展「西国三十三ヶ所」展を参観予定。 文化のみちでは、ガイドボランティア3名で案内をしてもらえる。 昼食は木曽路瓦町店を予約する。 8月下旬に募集案内を作り、会員に配布し参加を呼びかける。 |
| 7月13日 | ◎今年の向山区・向山コミュニティ・向山公民館の「第1回夏祭り」の開催要項がほぼ決まった。 昨年までは、向山区・向山コミュニティ主催で「カラオケ大会」、向山公民館主催で「盆踊り大会」が別々に違う日に開催していた。 それを同時に行おうと、公民館長が向山区に働きかけた。 長い伝統を変更することに、反対の声も多くあったようだ。 従来は、カラオケ大会は、1日間で午後7時30分から10時ごろまで、盆踊り大会は2日間で、午後7時30分から10時ごろまで行われた。 今年はカラオケを午後6時45分から7時45分まで、2日間。盆踊りは午後7時45分から午後10時まで、2日間。 開催場所も、公民館広場から、神社境内に変更となる。同時開催となると、広場では狭いためである。 ここで新たな問題が。盆踊りの櫓の組み立てを神社で行うには、公民館横の倉庫に置いてある、櫓の器材(鉄製で重い)を運ばなければならない。人手が多くいる。また、照明のための配線工事が必要となる。 さらに新たなイベントが企画される。 金魚すくい・スーパーボールすくい・飲み物・みたらし団子などの夜店をオープン。 このほか、昨年同様ながら、ラッキーカード抽選会・アイスクリームの配布・子ども会イベントと多彩である。 これほどまでに公民館長が力を入れるのも、年々盆踊り・カラオケへの参加者・見学者が減ってきていることを危惧。同時に行えば、人手が別々に開催するよりは増えるのではないかという発想からである。 また、昔懐かしい「夜店」を出せば、少しは賑やかになるのではないかというもの。 果たして、この成果は出るだろうか・・・8月13日・14日が、夏祭り開催日である。 |
| 7月12日 | ◎前々日に、半田市民憲章実践協議会・広報部会長の榊原肇さんから電話が入り、亀崎海浜緑地で実施される「水辺クリーン・アップ大作戦」の写真を撮ってきてほしいと依頼がある。ヨットハーバー付近の清掃している風景をということ。時間は8時から9時くらいまでに、現地に行ってほしいという。 次に発行される「市民憲章だより」の表紙の写真にしたいということである。 画像のように、8時過ぎに現地に行ったところ、清掃はほぼ完了して、ごみ回収しているところであった。 表紙に載せれるような写真が撮れなかった。期待に添えぬ結果となってしまった。 |
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| 7月11日 | ようこそ 向山公民館の皆さん! |
◎向山公民館ふれあい事業「社会見学」 。参加者は区民と職員など総数33名。 午前9時公民館前わ出発。まず、キリンビール名古屋工場へ。約1時間の見学のあと、工場内のレストランで昼食。 その後、中日新聞社へ。午後2時30分から夕刊の最終版(市内版)の印刷に入る。オフセット輪転機が超高速に回っている。「見学のてびき」によれば、中日新聞の通信網は、名古屋本社のほか、東海支社(浜松)・東京本社(日比谷)・岐阜支社・大阪支社・福井支社・北陸支社(金沢)とあり、地方取材網として、総局・主管支局・支局・通信局・通信部とある。 グループの発行紙は中日新聞・中日スポーツ・東京新聞・東京中日スポーツ・北陸中日新聞・日刊県民福井の6紙。 中日グループ総発行部数は4,303,812(平成19年元旦部数) 印刷工程見学後、地下の展示室へ。「見学記念」の写真を撮る。展示品などを見て、待つ時間15分くらいで、「名古屋本社見学記念版」の新聞が出来上がる。見学者全員に記念品として配られる。 |
| 7月10日 | ◎愛知県老人クラブ連合会機関紙「いきいきライフ」101号が届けられた。昨年より地域の老人会に入会している。 表紙ページに、「新会長が就任しました」と大きく大沢勝新会長の写真と挨拶が載っている。 本年度、鈴木礼治会長の跡を継いで、第4代会長に就任された。 2面に、特別企画「新会長インタビュー」と大沢会長の略歴が掲載されている。 私の抱負として― @「老人クラブ」のパワーアップ! A「団塊の世代」と手を結ぼう! B世代間交流の活発化を! C「老・老」の協働・共助に取組もう! D「笑い」と「好奇心]を忘れずに! おおさわ・まさる/1959年、早稲田大学大学院文学研究科終了。62年、日本福祉大学に講師として赴任。70年より教授、99年より名誉教授。また68年に同学理事就任を皮切りに86年理事長、87年学長、99年総長(現職)を歴任。99年に愛知県社会福祉協議会副会長に就任し、2008年から同会会長。 日本福祉大では、「大沢サロン」の一員に加えて頂いているが、春先より、大沢総長多忙のため、大沢サロンは開かれていない。8月に開催するとも先日、世話人の野村さんよりメールが入ってきている。 県老連会長就任のことも話題に挙がるだろう。 |
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| 7月9日 | たんぽぽ句碑 |
◎先ごろ発刊された、半田市拓本研究会編著「半田市のいしぶみ」を会長の間瀬眞吾先生から贈呈を受けた。間瀬先生は、博物館友の会で昔から旧知の人である。 「半田市のいしぶみ」は半田市内に存在する、91個の文学碑なと石碑を収めたものである。碑文の解説、経緯、歴史などが説明されている。 ここ数年、物議を醸している。「たんぽぽの碑」については次のように掲載されている。 「たんぽぽのいく日ふまれてけふの花 南吉」 《碑陰》昭和60年7月20日 贈 榊原繁一 書 渡辺桂華 《副碑》新美南吉は大正15年春、小学校卒業の時にこの句を入れた答辞を読んで、大きな感動を与えた。小学校卒業時の南吉の気持ちをよく表わしている。 この青っぽい自然石の碑は半田市立博物館日本庭園の南東角に北向きにデンと置かれている。博物館の出来た翌年の建立である。 新美南吉は、大正15(1926)年3月、岩滑小学校を卒業した.、卒業式には総代となって答辞を読んだ。 この碑の句末に南吉とあるので、この句は南吉作として建てられたのだろうが、そうではないと筆者は考えた。如何に天才と言っても小学校6年生の作にしては出来過ぎだと思ったからだ。そんなとき、知人からこの句に似た句が岩波文庫の「俳諧博物誌」にあることを知らされた。その本を繙(ひもと)くと、蒲公英(たんぽぽ)の7句目に次の句がある。 たんぽゝや幾日(いくか)踏まれてけふの花 鵬卯(ほうう) 鵬卯は江戸元禄時代の人で、この句には、苦心の末に花咲く日に逢ったような意味が含まれているようだと書かれている。南吉は、たんぽゝや」を「たんぽぽの」とし、「幾日」を「いく日」としてはいるけれども。 これについては、句碑のすぐ右下に「解説板」として副碑があるように、鵬卯の読んだ句を、南吉が答辞で引用して読んだものである。「句末の南吉」とあるところから、「これは南吉の句」でないと一部関係者が大騒ぎしたものである。 間瀬先生も、本書編集の時は、副碑を理解されていなかったそうで、発刊後、記述を削除、ないし訂正したいと言っておられる。※現在、たんぽぽ句碑の句末の「南吉」は、誤解を生じるということで、削られている。 |
| 7月8日 | ◎東京都港区の[びんの話」著者・びん変遷史研究の山本孝造さんから、カブトビールのポスターなどが掲載されている「明治・大正・昭和
お酒の広告―サカツ・コレクションの世界」の図書出版の情報を頂く。 山本さんとは一面識もない。一昨年に私の記事が「日本経済新聞・文化欄」に掲載されて以来、ご親切にカブトビールに関連した文献・図書が見出されるごとに、ご連絡をくださる。自著「びんの話」の取材で、中埜酢店(当時)に来られた事から、半田を懐かしく思われているところも多いにある。ご高齢のようであるが、半田に来られ、お会いできる機会があればと願っている。 サカツ コーポレーシヨンは、創業110年の歴史を持つ、老舗の酒問屋である。名古屋では「洋酒の酒津屋」として知られている。 本書は、6代目社長・故牧野純三氏の所蔵する広告物コレクションを編集したものである。 現社長・牧野充宏氏は、「刊行にあたって」で次のように述べている。 先代は社業の傍ら、戦争によって散逸してしまった酒販関係の文化資料の収集に努め、なかでも広告ポスターの収集にはその文化的、芸術的価値の高さからも力を入れておりました。コレクションの中でも中核0占める500点以上に及ぶポスター類には、先代の酒販業に賭ける思いが投影されているように思えます。 解説(執筆者)は、姫路市立美術館学芸員・田島奈津子ほか3名がしている。 |
| 7月7日 | ◎東栄会西日本支部写真クラブの写真展の飾り付けを行う。 中区栄の「東海東京証券栄支店」のロビー展で、午後3時30分より作品の展示を行った。会員の内10名が各1点を出品。展示期間は今日から25日までとした。 展示作品のリストは次のようである。 1 伊藤 ×× 佇ずまい 奈良井 2 川瀬 ×× 深山の春 長野県小谷村 3 駒村 × 緑立つ 伊勢神宮(内宮) 4 竹内 × 出番が待ち遠しい 愛知県 5 高木 ×× うららか 吉野 6 田中 ×× 涼空間 森林公園 7 鳥居 ×× 飛翔 宮城県松島 8 長谷川×× 垂井の祭り 垂井町 9 水谷 ×× 芝ざくらの遠望 茶臼山高原 10 横山 ×× 町角のアート 栄 大津通 |
| 7月6日 | @ A B |
◎中日新聞朝刊知多版に、「第3回亀崎潮干祭国指定記念絵画写真コンテスト入賞作品展」が亀崎公民館で開かれていることが報じられていたので、午前中に見に行ってきた。 亀崎潮干祭保存会が主催するもので、今回は絵画に957点、写真に346点の応募があり、計45点が展示されている。 画像@小学生絵画の部・市長賞の久米由希子さん(亀崎小学校6年)の作品は、山車の幕の模様や祭りの人の法被まで、丁寧に描かれている。 画像A中学生の部・商工会議所会頭賞の中根慎哉君(亀崎中学校3年)の絵は、遠くの堤防に立つカメラマンと警備員をとらえ「こんな祭りの風景もあったのか」と、訪れた人たちから驚きの声が上がっていた。 画像B(左側) 写真の部・市議会議長賞の日比信子さん(半田市岩滑西町)の「老いも若きも」は、山車を引く大勢の姿を納めた。 いずれも祭りの迫力を伝える作品が並んでいる。 |
| 7月5日 | ◎サンテラス「ユニー乙川店」の道路を隔てた東側(浜田町3丁目交差点)で本格的に建設工事が開始されたようである。 6月11日の本欄で触れた、家具生活用品の大型店舗「ニトリ」の:新築工事である。 本欄で書き込んだあと、ほんとにニトリが来るの? という問い合わせもあった。ニトリでなければ、どこ?と反対に聞いてみると、家電量販店の「ケーズデンキ」ではないかという。ケーズデンキといえば、ドリフの加藤茶らがTVで派手に宣伝している、全国展開を目指している大型家電量販店である。 国道247号沿いには、「ヤマダデンキ」があり、対抗しての進出であろう。 ニトリの進出については、昨年暮れごろには、噂として耳にしていた。 私の知人に、この土地の持ち主である「間瀬開発(間瀬不動産)」に近い人がおり、ここからの情報として得ていたもの。 本欄は、公式的な情報提供機関でもないので、情報の間違いについて謝罪する義務はないが、故意の情報を流したり、噂話をさも真実かのごとく流したりすることは慎まなければならないと思う。 本欄だけでなく、ホームページへの信頼・信用が損なわれることにもなりかねない。 |
| 7月4日 | ◎向山地区の中学同年「申酉会」の懇親会を「昭和食堂」で行う。参加者は6名。2名は所用で欠席。 夏の時期は同年の男性だけで行い、年末は忘年会を兼ねて食事会を、夫婦同伴で行っている。 42歳の厄歳をきっかけに、申酉会として発足。60歳の還暦も済ませて年に2度の懇親会を行っている。 昭和食堂をお開きして、近くの居酒屋で二次会となる。 カウンターは地域の一集団が占領、賑やかである。 我々のグループはテーブルで飲むこととなった。1時間30分ばかりの歓談で散会した。 |
| 7月3日 | 山名 隆三氏 号 外 |
◎「箸袋趣味」149 平成20年夏季号が事務局より届く。 去る4月22日に西本願寺門法会館にて開催された「第44回全国大会・京都大会」のことが特集されている。 大会アルバム・展示作品・懇親会・美山町観光の写真が満載。 号外収集日本一といわれる、山名隆三氏(大津市在住)の記念講演要旨が掲載されている。 号外の歴史や収集のエピソードなどが1頁にわたり紹介されている。 山名さんは2年前に、NHKテレビ「熱中時代」で"幻の号外を探せ"のテーマで、また本年2月にテレビ東京「開運なんでも鑑定団」に出演されている。 これまで新聞収集といえば、古くは「錦絵新聞」の小野秀雄、「新聞広告」の羽島知之コレクションが著名である。 |
| 7月2日 | ◎今年に入って全くセントリアに行っていないので、気づかずであったが、東海東京証券「株主通信・Topics」で、名鉄中部国際空港駅の改札口上部に竹下景子さんの看板が今年の3月より設置されていることを知った。 竹下景子さんは東海東京証券のイメージキャラクターで、竹下さんがほほえむPRボードが乗降客の視線をひく。 中部国際空港への乗降客は国内線・国際線をあわせて年間1200万人以上にのぼり、その8割にあたる960万人がこの駅を利用する。 日本人のみならず外国人にも同社の効果的なアピールが期待できるという。 |
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| 7月1日 | ◎東海東京証券の第96期株主通信(決算報告)が届いた。わが家の唯一とするところの資産株である。 ただし株価は低迷したままである。株式配当は1株当たり15円(中間配当7円50銭を含む)である。来期は2・3円減配で12円〜13円というのが、会社四季報などの予想である。 「本支店紹介シリーズvol.4」は八事支店である。 昨年3月に開設されたサロン型店舗。 名古屋有数の高級住宅地に設けられた洋館風の木造建築。画像にみるように、およそ証券会社らしからぬ雰囲気の支店である。 店内にはシャンディアや白いソファが用意され、カウンターや株価ボードがない。 「おもてなしの心」を大切に、お客さんにくつろいだ気分で資産運用などを相談し、お客さんのニーズに応える場を提供している。ということである。 支店長は、牧野健一とある。(支店長の顔写真も載っている) 懐かしさを感じた。私が鳴海支店総務課勤務の時、中堅であったが、将来見込みある営業マンだと感じていた。期待どおりに出世したと思う。 ほかの営業マンにない個性が感じられた。お客に無理をさせない営業、強引なところがないが、信念をもった営業をやったていたように思えた。 将来もっと出世が望める管理職の一人であろう。 |
| 6月30日 | ◎「文化のみち」とは、名古屋の近代化の歩みを伝える歴史的な遺産の宝庫ともいえる名古屋城から徳川園に至る地区一帯ほ「文化のみち」として育み、イベントの実施や、貴重な建築遺産の保存・活用がすすめられている。 今度博物館友の会が見学する所は、その中でも「白壁・主税-橦木町町並み保存地区」である。 主な建築遺産として「文化のみち二葉館(旧川上貞奴邸)」「旧豊田伊助邸」「故春田鉄次郎邸」「文化のみち橦木館」「文化のみち百花百草」などがある。 特に、「二葉館」は、大正時代に、「日本の女優第1号」と言われた川上貞奴が居住していた和洋折衷の建物を、創建当時の姿に移築復元され、文化のみちの拠点施設として開館されたものである。 館内では、文化のみちの様々な情報が発信されるとともに、郷土ゆかりの文学資料や、「二葉御殿」と呼ばれ、政財界人や文化人のサロンとなって部屋や貞奴が居間として使っていた和室などのほか、貞奴・桃介に関する資料などが展示公開されている。 |
| 6月29日 | ◎半田信用金庫から「第78期業務報告書」が届いた。 わが家は、ごく小口の出資者(民間会社でいう株主にあたる)である。 既に新聞報道で当期は大幅減益だったことは知っている。 事業概要によれば、19年度は例年に比べ、やや厳しい決算となった。 預貸金の利鞘が縮小したほか、19年8月以降、米国のザブプライム問題に端を発した信用収縮の動きが加速したことから金融市場が混乱し、有価証券運用で多くの損失計上を余儀なくされたこと。 これにより、当期純利益は前期を大きく下回ることとなった。 業績については、預金は期末残高2172億円、前期比61億円増加、伸率2・89。貸出金は期末残高1057億円、前期比17億円増加、伸率1・68%であった。 損益については、経常利益は283百万円となり、前期比482百万円減少。有価証券運用で損失を計上したことや貸倒引当金繰入を118百万円計上したことなどが影響した。 当期純利益は214百万円となり、前期比323百万円減少した。 また、今後の課題として「コンプライアンス態勢の強化」を挙げている。 19年8月に、あってはならない不祥事件が発生。とりわけ、元理事による不祥事件であり、理事長(深谷文紀)としてその責任の重大さを今も厳粛に受け止めているところでございます。という。 どこの地方銀行、信用金庫も投資信託を取り扱う数年前から、証券会社出身のコンプライアンス専任の役職員を受け入れている。 私の元同僚だったMI君もTT証券から出向、その後転籍している。今年定年になったが引き続き、嘱託として勤めている。 先日偶然にも、乙川のパワードーム(バロー)の玄関前で、半田信用金庫「交通安全街頭キャンペーン」をしているMI君に出会った。知己の理事・RS君もティシュや風船を買い物客に配っていた。 |
| 6月28日 | ◎中日新聞朝刊に、榊原星卿さんの篆刻遺作展が、料理旅館・春扇楼末広で開催された記事が載っていたので、正午すぎ会場に出かけた。 大変な来観者であった。 新聞記事によれば、榊原星卿さんは岐阜県高山市出身。5歳の時、一家で半田市に移り住んだ。学校卒業後、印鑑職人となり、やがて東京で修業。篆刻も始めた。半田に戻ると同市中村町に篆刻工房「楽印居(らくいんきょ)」を開いた。 「愛知に星卿あり」と言われるほど、篆刻の世界では有名。 落款用の印の依頼は全国から舞い込み、画家加山又造や鈴木善幸元首相の印も作った。 遺作展は書画30点、篆刻30点。 若くして亡くなったシンガー・ソングライター尾崎豊が榊原さんの甥に当たることから、名作「十七歳の地図」歌詞を横書きした珍しい書もある。 本町にある喫茶店「カガシヤ」は親戚になる。 |
| 6月27日 | ◎10月31日に開催を予定している、博物館友の会の見学会は、今年は名古屋市内「文化のみちと名古屋市博物館」を訪ねることになっているが、その下見をしてきた。 当日の実際の行程にそって、見学場所の駐車場、駐車料金、見学所要時間、入場料、ガイド料、昼食場所の駐車場、料理代金などの確認をする。 まず、「文化のみち」では、40人定員の大型バスを駐車する場所は近くになく、名古屋城駐車場を利用することに。駐車料金は1時間600円。「文化のみち二葉館」は入館料が要る。団体料金150円、ほかの施設で500円要るところもある。ボランティアガイドを3人お願いする。ガイド料金は別途相談。 昼食は、名古屋市博物館に行くまでには、40人入れる食事処は、木曽路見当たらない。ただ、今池店は大型バスの駐車場はなく、瓦町店か、徳川店。 徳川店でお昼の定食・松花堂弁当1000円がある。実際に食べてみる。40人分の団体予約をすることにする。しかし、予約係(担当)が出てきて、松花堂弁当は団体予約できない、予約は和定食1500円からだという。納得できないが、ほかに方法もなく、和定食を仮予約することに。 名古屋市博物館では、大型バス専用駐車場は、1台分しかないということ。総務課へ行き、午後1時30分から3時までの仮予約をする。駐車場料金は1200円ということ。 その要する費用として、知多半島道路の高速料金が往復1500円、名古屋高速が往復3000円、写真代、運転手寸志など。 費用概算は、一人2500円から3000円となる。 近々、友の会研修委員会を開いて、実施要項(募集要領)を決めることにした。 |
| 6月26日 | ◎中日新聞半田支局の石井記者から電話取材がある。取材の用件は、博物館の夏休み講座「親子で楽しむ切手アルバムと切手アート(古切手を使った貼り絵)」について。 ■日時は7月26日(土)午後1時30分〜3時30分 ■場所は博物館体験学習室 ■講師は博物館友の会会長・竹内進(知多郵趣同好会会員がアシスタントとして参加) ■定員は15組。対象は小学生とその保護者。 ■参加費 無料 ■申込み 7月1日から予約受付。博物館窓口、または電話にて。 定員になり次第締め切り。 ■問合せ 市立博物館・電話 0569-23-7173 明日の中日新聞朝刊「ふれあい広場・告知板」に掲載される。 |
| 6月25日 | ◎新聞の切抜きをしていて、5月11日付の中日新聞知多版・囲み記事「デスス席から」大森半田支局長の「知多四国」が目に入りました。 「連休中に知多四国霊場を回りました。私事ですが、2月に父が他界し、鎮魂の思いも込めて。・・・・印象的だったのは、各寺が地域に溶け込み、「おらがお寺さん」という雰囲気だったことです。数百bしか離れていない所に札所が連なることもあり、お寺の多さに驚かされました。それを支えてきた知多半島の豊かさを実感しました。 うれしいことに、多くの寺が巡礼者をもてなすためにお茶やお菓子を用意されていました。中には手作りらしい信玄袋を下さったお寺も。半島の人の温かさに触れた気がします。 開創200年とあって、今年は殊のほか巡礼者が多いそうです。特に、昨年まではあまり見かけなかった若者の姿が目立つとか。知多四国が身近で優しい霊場だからでしょう。 |
| 6月24日 | ◎昨日、阿久比町のKIさんの住所を確認するために、「中日写真協会半田支部」の会員名簿を見ていた。 私の会員bヘ23544。KIさんは58384。支部長のTNさんは58626。前支部長のSYさんは58025。元支部長のIMさんは42268。直近の会員は61000台。会員番号は支部ごとでなく中日写協全体の通し番号になっている。 私の前にいる会員は、HTさん11769(知多市)、KMさん21563(阿久比町)、KNさん22059(栄町)、MSさん23541(向山町)で、私は5番目に古い会員になる。 私が入会したのは、昭和43年だったと思う。その時、一緒に入ったのが、同じ向山町に住む、SMさん。SMさんは今年90歳になるという。 40年前のこと。 その時、SMさんは50歳で、私は24歳であった。 |
| 6月23日 | ◎向山公民館のふるさと事業のひとつ、「太極拳教室」は先週土曜日、延べ6回をもって終了した。 講師を務めて頂いたのは、柊町にお住まいの早川昌男・幸代ご夫妻。 お歳はとっくに70歳を越えられているが、姿勢がよく、10歳は若く見える。やはり長いこと、太極拳に携わっているのが若さを保つ秘訣であろうか・・・ 講義の終了後、和室で公民館職員と歓談する。 世間は狭いというのはこのことか・・・・ 先週の日曜日、、中日写協半田支部の有志が某所で、バーべキュー懇親会を催したが、その時参加していた、阿久比町のKIさんと二次会で居酒屋行ったが、その時、太極拳をやっているという話が出た。 今、向山公民館のふるさと講座で「太極拳教室」を行っていた、その講師を早川さんという先生にやってもらっていると言うと、KIさんは、早川先生をよく知っていると言われた。 その事を、早川先生に話したら、同じ先生について一緒に習った仲で、KIさんは大先輩だと謙遜されていた。 |
| 6月22日 | ◎先週、知多信用金庫から「第82期事業報告書」が届いた。 わが家はごく小口の出資者(株式会社でいう株主)である。 決算報告によれば、預金・貸出金は純増ながら、経常利益では前期対比16億80百万円減益の9億47百万円となり、当期純利益は前期対比14億60百万円減益の5億40百万円となった。 主な原因は株式・リート市場の悪化による金銭の信託運用損の発生や不良債権発生などによるもの。 出資配当金は年6% 。前期は創立80周年記念配当2%を加えて年8%であったが、当期は一昨年までと同様になった。 地域社会の一員として社会貢献活動を積極的に応援する、地域振興支援制度「夢サポート」は平成16年4月創設以来、過去8回応募を実施、助成件数160件、助成額4000万円に達している。 その内訳は、 ・地域振興関連 48件 1563万円 ・環境保全関連 32件 567万円 ・福祉関連 49件 1190万円 ・その他 31件 680万円 |
| 6月21日 | ◎昨日、博物館経由で半田市生涯学習課文化財担当より半田市内の遺跡のうち「城跡(城館跡)・城砦」についての問い合わせがあり、雁宿ホール内生涯学習課のMさんの処へ関連資料を持って出かける。 つい、10日ほど前には、博物館長から、市内の小学校生徒から「半田市内には城(跡)がいくつあったか」と言う問い合わせがきているが、わかるかという電話があった。 なぜか、私は城郭研究者でもないのに、城跡の問い合わせがある。 半田市内の「城跡・城館」については、1998年3月、愛知県教育委員会より出ている「中世城館跡調査報告W(知多地区」が現在のところ信憑性が高い。 関連資料では、近世地誌では「寛文村々覚書」「張州雑志」「尾張志」など。城館では「日本城郭大系」「日本城郭全集」など。郡誌・市町村誌では「半田市誌」「成岩町史」「半田町史」「亀崎町史」など。 半田市内の城館は@有脇城A亀崎城B飯森城C竹本左門邸(乙川城)D岩滑城E竹中源助邸F中山城G半田城H成岩砦I成岩城といわれている。 |
| 6月20日 | ◎半田市企画課から問い合わせの電話が入る。 鳥取県の資料館から、カブトビールポスターを所蔵しているが、いつの年代のものかわからないので、調べてほしいと依頼があったという。近くポスター展を開催するためとか。 依頼先の資料館とは、鳥取県西迫町立「出会いの館」であるという。板裕生(1889-1957)のポスターコレクションがあることで知られている。 板裕生とは、鳥取県の山村にいながら、絵手紙などを通じて全国各地の人々と交流を結んだ孔版画家である。 その板裕生の作品を所蔵品している、いわば本家が、作品の年代がわからないというのは、ナンセンスな話ではあるが・・・・ 画像をメールで添付してもらう。 @は大正末(1920年代)に板裕生が描いたカブトビールのポスター。 Aは大正2・3年(1913・1914)、当時引っ張りだこの赤坂名妓・万龍(三越百貨店と同じモデル)に、トレードマークの「兜」を持たせたポスター。 いずれも、「竹ちゃんのホームニュース」の「半田赤レンガ&カブトビール」頁で紹介してある。 |
| 6月19日 | ◎三五同年会のKY君の母親の訃報連絡が入る。 半田本町・愛知葬祭「愛昇殿」にて、今夜6時よりお通夜、明日午前11時より告別式ということ。 長男で喪主を務めるので、同年会の手伝いが要請された。 亡くなった母親は98歳とかで大往生と言ったところか。 ただ、15年ほど入退院を繰り返したとのことで、KY君はもちろん、奥さんも看病で大変だったと思う。 通夜終了後の喪主挨拶に「これで、やっと肩の荷が降りた。これからは自分のことが出来る。」と言っていたが、本音のところだろう。 98歳まで親が生きるということは、息子・娘の方が先に逝ってしまう事もあり得る話。 同年役員、出席者有志で、乙川一ノ草で同年のやっている食堂に行くが、休業の看板。昨日、やはり同年が行ったが休みだったということで、「連休」であった。 近くのあまり同年は入ったことはない、居酒屋「エム」に行くことになった。 マスターのSさんは、前デーラー(トヨタ系)の営業マン。 脱サラして、喫茶店を開業し、その後調理士になり、居酒屋を開業した。 |
| 6月18日 | ◎博物館友の会歴史部会の6月室内研修会。 7月室外研修の予習。7月16日、「いにしえの旅人になって美濃路の自然にとけこむ」 美濃路を訪ねる。 8月24日、乙川公民館で開催される、「はんだ郷土史研究会・創立3周年記念会」の紹介と参加を要請をする。第1部・ふるさと講座 第2部・記念講演「終りの尾張の郷土史」講師・林董一愛知学院大学名穂教授 第3部・郷土料理と郷土の銘酒を楽しむ会 会費・前売券・800円 第24回友の会合同展(平成20年度)歴史部会の研究発表テーマは「木曽十一宿」とする。それぞれの宿場の調査担当者の割り振りを決める。 木曽十一宿とは @贄川宿A奈良井宿B薮原宿C宮ノ腰宿D福島宿E上松宿F須原宿G野尻宿H三留野宿I妻籠宿J馬籠宿 をいう。 |
| 6月17日 | 安田文吉 南山大学教授 |
◎15日午後3時頃、安田文吉・南山大学人文学部教授が、向山市杵嶋神社に見えられました。 訪問目的は、市の無形文化財にもなっている「向山神楽獅子舞」の神事の行われる市杵嶋神社の現地確認のようでありました。愛知県地域振興部の人と、カメラマンが伴い、半田市観光協会大番頭・榊原安宏さん(半田市議)が案内をされてきました。 午前中に半田市内で、「ふるさとの歴史と文化を探る散策」の案内をしている途中に、安宏さんから安田先生を紹介され、午後に向山市杵嶋神社に来られることを聞いていました。 短時間の取材・調査でしたので、「半田市向山区郷土史」の向山神楽獅子の神事に関する部分をコピーし、関連写真を2・3枚お渡ししました。 安田教授は、長期研究テーマが「浄瑠璃研究」。 担当科目は歌舞伎・浄瑠璃・文楽・芸能文化・近世文学・地域文化とHPWebサイトにあります。 今回の調査は、近世芸能文化の研究でしょうか。 |
| 6月16日 | ◎酒類総合研究所主催の全国新酒監評会で、金賞を受けた「白老」澤田酒造(常滑市古場町)の大吟醸「嘉永元年」が発売された。 「嘉永元年(1848)」は同酒造の創業年。和釜・木のこしきなど伝統的な道具、製法を守り続ける同社の姿勢を名前に込めた。大吟醸らしい滑らかさを生かしながら、米の味をしっかり残している。 (以上は、6月18日付・中日新聞知多版掲載「あの店・この会社」より) ぜひ味わってみたいお酒であるが、値段は720mlで3675円とちょっと高価ではある。 澤田酒造 電 0569(35)4003 |
| 6月15日 | ◎半田市民管弦楽団の「2008ファミリーコート 〜ラブストリーはオペラから〜」が雁宿ホール・半田市福祉文化会館で開かれた。 プログラムは、前半が、フンパーディンク「ヘルゼンとグレーテル」前奏曲 ヴェルディダ」大行進曲 プツチーニ「」ジャンニ・スキッキ」より 私のお父さん 「蝶々夫人」より ある晴れた日に 「トスカ」より 星は光ぬ 「トゥーランドット」より だれも寝てはならぬ 休憩を挟み 後半は、 プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」より 前奏曲・朝の踊り・アドリガル モンタギュー家とキャピュレット家 別れの前のロメオとジュリエット ジュリエットの墓の前のロメオ。 前半では、プロのオペラ歌手との共演。 「ジャンニ・スキッキ」「蝶々夫人」は児玉弘美のソプラノ独唱。 「トスカ」「トゥーランドット」は、笛田博昭のテノール独唱。 私も何年間、聴きに行っているが、今年は開場前から数百人の来場者がずらりと並んでいる光景にはビックリであった。 プロのオペラ歌手との共演は稀なことだけに、人気があったようだ。 観客席は、大抵800人程度の入りであるが、今回は5割増しの1200人は推測入場したように思う。 オペラの名曲をテーマにしたのも、もう一つ人気だった理由かもしれない。 |
| 6月14日 | ◎半田市商工会議所・観光振興委員会と半田市観光ガイド協会共催の「ふるさとの歴史と文化を探る散策・半田編」 参加者は一般(半田市民)約80名。ガイド協会会員20名の約100名。 半田赤レンガ建物起点・終点。午前9時出発、12時到着の3時間コース。歩行距離約3km。 コース順@赤レンガ建物⇒A紺屋海道⇒B薬師寺⇒C新美眼科洋館⇒D順正寺⇒E酒の文化館・小栗富次郎宅跡⇒F中埜半六邸⇒G小栗三郎家・萬三商店⇒H半田運河⇒I博物館。酢の里⇒JR半田駅・知多酪農発祥の地碑⇒クラシティ⇒K中埜半六別邸⇒L山の神社・半田城址⇒摂取院・イブキ⇒米市商店⇒赤レンガ建物 参加者に出発前に簡単なクイズ問題が渡される。すべてガイドの案内から答を導く。答えは帰って来た赤レンガ建物に貼ってある。クイズ回答者全員に景品がつく。 |
| 6月13日 | ◎半田市観光ガイド協会の6月度役員会。午後7時30分より、クラシティ・市民活動ルームB・C
1.報告事項 5月度のガイド 7回あり、ガイド会員延べ63名 ガイド人数延べ502名。6月度は現在まで4回。 研修はガイド養成講座・ふるさと散歩乙川・黒鍬街道を歩く。知多四国・大井現地研修・岩滑・新美南吉座学 2.6月のガイド・行事予定 ガイドは3回予定。研修はガイド養成講座 亀崎、ふるさと散歩半田、会員研修・知多四国 知多市方面ほか2件 3.協議事項 @「武豊線物語 本冊」の取り扱い AC11265蒸気機関車保存会からの半田市鉄道資料館の運営協力について。 |
| 6月12日 | ◎6月の向山公民館職員会議。午後7時30分より向山公民館和室。 主な議題1.ふれあい事業@「親子ボーリング大会7月27日開催。向山子ども会と共催する。Aバス見学会。7月11日実地。見学箇所は、キリンビール名古屋工場と中日新聞本社。募集人員は35名。B太極拳教室、既に4回実施済み、あと6月14日と21日の2回。参加者が10数名と昨年度に比べ減少した。2.盆踊り大会、日程は8月13日・14日とする。カラオケ大会と併設する案があり、現在コミュニティと検討中。3.公民館利用団体説明会を6月15日に行う。4.その他向山区・保健推進委員などの諸行事について |
| 6月11日 | 浜田町3丁目交差点 左手が進出場所 手前が旧市民ホール 進出場所は向こう側 |
企業進出 ◎今日の半田市議会定例会の一般質問で、小出義一議員の「都市計画道路の検証(古くからの市街地を通る路線の見直し)」の質問に対する市側の答弁の中で、市西部の環状線沿いに複合商業施設、市北部の国道247号線沿いに家具生活用品の大型店舗が、それぞれ進出すると聞いている。と企業進出を明らかにした。 国道247号線沿いの、家具生活用品の大型店舗とは、北海道札幌市に本社のある(株)ニトリであると思われる。 建設場所は、旧市民ホールの西側・生コン会社(知多中央生コン)とガソリンスタンド(ユタカ石油)の跡地である。 「会社四季報」とHPサイトで、ニトリについて調べてみた。会社設立は,1972年3月、1989年9月に東証一部に株式上場。資本金・128億12百万円。従業員6551人。 愛知県内の店舗は、イオン扶桑店・名古屋みなと店・有松インター店・大曽根店・一宮店・日進店・春日井店・岡崎店・豊川店の9店舗。 「全国トップの大衆向け家具・インテリア販売チエーン。開発輸入家具を推進、本州出店強化」とある。 |
| 6月10日 | ◎今日は一日やることもなくヒマであった。博物館友の会20年のあゆみの原稿をパソコン入力したりして、一日を費やした。 先週の土曜日、半田赤レンガ建物公開の時に、衆議院議員の伊藤忠彦先生が見学に来られた。長谷川寛子会長が建物内の案内をされたが、歴史コーナーで、皆さんで記念写真撮りましょう。ということになり議員秘書にシャッターを押してもらった。 伊藤代議士は先の2005年の衆議院議員選挙で、前の民主党・伴野豊議員を破り、初当選された。現在は自民党・二階グループに属している。 |
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| 6月9日 | 珈琲家「華心」 カゴメ記念館 |
◎パソコングループ、JS(ジャンプシニア)企画部の催し・東海市の「カゴメ記念館」見学会に参加する。 午前9時ごろ、同じグループs-net2002の富山さん(東浦町在住)が、わざわざ迎えに来てくれる。 途中、大池公園近くにある、珈琲家「華心(かしん)」に入る。富山さんお奨めのコーヒー店だそうだ。入口は和風、店内は民芸調である。 もらった名刺の裏側には・・・ 「茶」独自にブレンドした珈琲はご注文ごとに一杯、一杯心を込めておいれします。 「甘味」京都風甘味をご賞味頂けるようにご用意しております。 とある。 コーヒー茶碗は一人ひとり違っている。富山さんは黒色、私はなぜか白色の器だった。 店主(江口 悠紀子さん)のお客を見たイメージで決めるという。 モーニングについた「餡子」も甘みがほどよく押さえられ、美味しかった。 近くなら時々行って見たい喫茶店である。 *東海市富貴ノ台6-246 パークサイドビル1階 電話(052) 601-6665 |
| 6月8日 | 歴史コーナー 赤レンガ建物イメージ図 |
◎「半田赤レンガ建物の今後の活用を考える」を今年の展示テーマした「第7回半田赤レンガ建物特別公開」は、7日・8日の2日間に亘り開催され、盛会裡のうち終了した。 ただ2日間の入場者は、7日が1200人、8日が1300人、延べ2500人と、主催者側から発表されたが、昨年度の公開は3000人を超えており、前年比較で2・3割方減っているということ。 減少した原因について、赤煉瓦倶楽部半田では、今後の検討課題の一つにするという。 壁一面に来場者の活用アイデア・意見を書いてもらうコーナーでは250枚以上のアンケート用紙が貼られた。 缶バッチづくり、赤レンガ建物ペーパークラフト、ビール菰づくりの「体験コーナー」は人気を呼び、人だかりであった。 煉瓦製造と運搬に関する展示コーナーでは、武豊町歴史民俗資料館から借り受けた「ダンベ船」の模型の実物展示が、人気を呼んでいた。 復刻カブトビールは2日間で2500本が販売された。 |
| 6月7日 | ◎「豊田佐吉とトヨタ源流の男たち」の著者・小栗照夫さんから情報を得て、「トヨタの遺伝子―佐吉と喜一郎のイノベーション」(著者・石井正、発行所・三五館)をネットのアマゾンで買い求める。 「ものづくり」への執念と思想、そして時代を読む眼 「製造業」+「特許」が富を生む! 元・特許技監が検証する、勝利の源泉 著者の石井正は、大阪工業大学 知的財産学部 学部・教授 1943年生まれ、元特許技監。中央大学工学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)特許庁に入庁。1999年、特許技監に。 日本に必要不可欠なヒントを、トヨタの祖・佐吉と喜一郎に見いだした。 本書では、特許の視点から、創業時から脈々と受け継がれているトヨタの発明精神に迫り、資源に乏しい日本ならではの製造業のあり方・未来像を明らかにした。 これまだ多く出ている「トヨタ本」とは、少し趣が異なり、特許という観点からイノベーションをテーマにした内容である。 「知的財産」という言葉は目新しい。 |
| 6月6日 | ◎博物館友の会30年のあゆみ編集委員会の3回目の会議を行う。ほぼ体裁が整った。 執筆者・原稿依頼者、頁取り(割付)、作業日程なども決まり、仮目次を作成する。 64頁建て。中扉・会長挨拶・市長の祝辞・館長の祝辞、昭和53年〜平成9年友の会の歩み(2年1頁取る)、平成10年〜平成19年 あゆみ(1年2頁取る)部会のあゆみ(古文書・拓本・陶芸・はたおり・歴史・染色各2頁取る)、思い出の見学会(3頁取る)、合同展ポスター(2頁取る)、合同展作品(3頁取る)、思い出の人を偲んで(2頁取る)、今後の展望(2頁取る)、発足当時の会則、現在の会則(見開き)、あとがき・奥付 となっている。 |
| 6月5日 | 轟 夕起子 |
◎「豊田佐吉とトヨタ源流の男たち」を著した、小栗照夫さんと雑談の中で、ひょんなことから、小学校のころ(昭和20年代終わりから昭和30年代の初め頃)、光照寺とかの境内で相撲興行があった。 村芝居もあった、ということで、私の住む神社、市杵嶋神社の境内にも田舎芝居が張られていた。 「轟夕起子一行」というのもあった。 と言うと小栗さんも、轟夕起子という名前には覚えがあるという。 今から考えてみれば、すでに大女優だった、轟夕起子が、こんな田舎の町に興行に来るはずがない。多分に轟の名前をかたった、ドサ回りの旅芸人一座ではなかったかと思う。 ちなみに、轟夕起子が、どんな大女優だったかを紐解いてみた。 「大アンケートによる わが青春のアイドル 女優ベスト150」(1990年4月刊・文春文庫ビジュアル版)によれば・・・順位16位、主要作品=宮本武蔵(昭和12) 限りなき前進(昭和12) 暢気眼鏡(昭和15) 姿三四郎(昭和18) 肉体の門(昭和23) 経歴=大正6年9月11日 麻布生まれ。昭和8年宝塚初舞台。12年日活入り。マキノ正博、島耕二両監督と結婚したが二度とも離婚。美貌の天才女優として幅広く活躍したが、42年5月11日、閉塞性黄疸のため死去。 「宮本武蔵」のお通の役柄は、彼女のもつ純情さ、清純さとピッタリのイメージである、と劇作家・八代静一は評している。 |
| 6月4日 | ◎赤レンガ建物から、公開日の展示コーナーの準備をし終えて帰宅すると、「武豊線物語
本冊」(著者・市野忠士 監修 河合由平)が届いていた。 新聞記事で本書の出版のことを知り、河合由平さんに、はがきで恵送をお願いしたところ、今日わざわざ自宅まで届けて下さった。不在のお詫びを兼ねて電話をしたところ、留守とのことにて、電話に出られた奥さんにお礼を申し上げておいた。 さっそく本書をめくってみる。 本文は11節からなる。 1.武豊線のある知多半島 2.商工業の発達 3.半田線建設決定まで 4.わずか7ヵ月の工事 5.開通の準備 6.武豊線発車 7.武豊線の盛衰 8.駅の移り変わり 9.武豊駅の見た知多の繁栄 10.半田駅の見た半田の繁栄 11.国鉄からJRへ 河合さんは「発刊によせて」の中で、本書を出版する経緯を次のように述べている。 ・・・・本冊の編集に取り組んで10年を超え苦慮しているとき、半田市観光ガイド協会の市野忠士氏の作品「半田十話物語」の中に「武豊線とは」が記載されており、これを読んで非常に感動し、早速「武豊線物語本冊」をお願いしました。それがこのような立派な本となりました。 なお「あとがき」にもあるが、次は「武豊線物語資料集」の出版が待ち遠しい・・・・ |
| 6月3日 | ◎「エディット」31・夏号を田村さんが届けてくれる。 本号の特集は「なるほどガイド・知多半島 大人の公立博物館 みてあるき」である。先号は、民間の企業博物館の特集であったが、この2冊で、知多半島内の主なる資料館・博物館がすべて網羅されることになる。 産業から・文化・民俗・観光など郷土の歴史を学ぶことができる。好企画だと思う。 発行者の田村都志夫さんとは、それほど前からのお付き合いではないけど、「タウン誌」を発行している田村さんの名前は、20年前から知っていた。 もともと四国に住んでおられたようで、20数年前に知多市に来られた。 その頃の記憶として、田村さんが、或る新聞の投稿欄で「知多半島は風光明媚な土地。四国と似たところがある。いや、四国以上に歴史のある土地である本四国と同じように八十八ヶ所札所のあるほか、100台あまりの山車の宝庫でもある。知多半島にはすばらしい財産が豊富である。」というようなことを書いておられた。 知多半島を愛する気持ちをもって、タウン誌作りに取り組んでいる田村さんには、心から声援を送りたい。 |
| 6月2日 | ◎5月31日付の新聞報道で始めて知った。 「半田の飲食店で24人食中毒症状」「営業禁止処分」 新聞記事によれば、県半田保健所は30日、半田市の飲食店「魚福本店」を営業禁止処分にした。24日に同店で食事をした24人が、下痢や嘔吐の食中毒症状を訴え、有症者らからノロウィルスが検出されたため。 下痢などの症状は軽く、全員が快方に向かっている。という。 半田市には、全国から観光客が訪れる。しかし、これまで、観光客を十分にもてなす大型の食事処がなかった。 特に、半田運河・蔵の街周辺には、博物館「酢の里」や「国盛 酒の文化館」などがあり、大型観光バスで見学に訪れる。そうした観光客を受け入れるためにも、「魚福本店」のオープンは歓迎され、大いに期待されていた。 半田市が自信をもって「知多の旬と鮮」を全国にアピールする発信拠点であったはず。 飲食店にとって、食中毒を出すということは、「旬」とか「味」以前の問題である。 魚福本店は、数年前の旧魚福本店時代にも食中毒を出して、営業禁止処分を受けている。 市民の中には、「またか・・」という、ため息交じりの感想も聞こえてくる。 しかし、私は魚福は、半田を代表する料理店だと信じて疑わない。 魚福関係者の皆さん方が、今回のことを真摯に受け止め、二度とこのようなことを起さないようにするには、どうしたらよいか、真剣に話し合って欲しいと願っている。 市民、半田を訪れる観光客が「来てよかったね。」と言われる食事処であってほしいと思います。 |
| 6月1日 | ◎午前中は、半田市西区の西区区民館で、知多郵趣同好会の6月例会を行う。7月26日開催予定の、半田市立博物館講座「切手アルバムと切手アート作り」の講師は、博物館友の会会長の私が行うことになっているが、実質は、郵趣会の会員でもある、浅井祥行さんが、東海市で「切手アート教室」を主宰しているので当日のチーフになってもらう。また、大府市で「切手を使った切り絵」を主宰している竹内清充さんにも応援をしてもらう。切手アルバム作りは、私と、元郵趣会会長の間瀬實さんに手伝ってもらい、行う予定でいる。 ◎岩滑区民館で、「岩滑祭り・フォトコンテスト」の入賞者の表彰式があり、出席する。 「夜の部特選」 南吉祭りの華・・・寺田 昇 「昼の部特選」 打ち込み・・・・・・・丹羽 利幸 「夜の部準特選」 花火・・・・・・・・・榊原 巧 「昼の部準特選」 神子行列の出発だよ!・・・寺田 昇 「入選1」 区民館前にて・・・・・・・・井上 雅弘 「入選2」 南吉祭・・・・・・・・・・・・・・小谷 一郎 「入選3」 出番が待ちどうしい・・・・私 「入選4」 いつもの地区祭礼の風景・・山根 榮 「入選5」 三番叟・・・・・・・・・・・・・・・山田 誠二 「入選6」 八幡車引き込み・・・・・・・・青木 一巳 「入選7」 さあーグッと!・・・・・・・・・・瀬尾 信義 「入選8」 山車と花火の競演・・・・・・・竹内 勝治 「入選9」 がんばる・・・・・・・・・・・・・・ 丹羽 利幸 「入選10」 巫女さん・・・・・・・・・・・・・・井上 雅弘 表彰式のあと、食事(寿司)が出され、区長・副区長・会計・公民館長・保存会役員など交えて懇親をする。 |
| 5月31日 | ◎午前中は、向山公民館のふるさと事業「太極拳教室」で公民館へ行く。6回講座で今日は3回目となる。講師は、ずっと早川昌男先生ご夫妻にお願いしている。参加者は、20名。 午後1時より、半田赤レンガ建物周辺の草刈作業。来週の赤レンガ建物特別公開を控えて、この時期の草刈は恒例となっている。 市役所企画課員および、赤煉瓦倶楽部半田の会員が自主的にボランティアとして行っている。 草刈の後は、公開イベントの準備・作業に入り、各展示コーナーの担当ごとにパネル作りや、展示品の設営を行う。 展示の準備の日程は、6月1・4・5・6日の午後から引き続き行うことになっている。 |
| 5月30日 | ◎東栄会機関誌「東栄」第14号が東京の東栄会事務局から届く。 今号から私も「東栄編集室」の西日本支部担当の編集委員に選出された。機関誌の発行は年2回で、その最初の編集会議iに出席する。(東京萱場町に出向く) あとは、自宅のパソコンで、割りふりされた原稿を入力する。何頁分かを編集するのが、私の任務である。編集委員は、東京7人、西日本2人で、全員パソコンが使える人ばかり。 「東栄」第14号の内容は、巻頭に、廣岡理事長の挨拶があり、「随想」「お国自慢」「私の好きなもの」「旅日記」「東京の今昔」「近況」「くらぶ活動報告」[西日本クラブ活動報告」「短信」「裁判員制度」「健康のはなし」「らくがき帖」「東栄会役員・長寿お祝いの方々・新入会の方々」「お悔やみの方々」「表紙絵に寄せて」「編集後記」の項目で成っている。 現在会員は469名、クラブ活動は、東京が、囲碁クラブ、ゴルフクラブ、ハイキングクラブ、マージャンクラブ、カラオケクラブ、俳句クラブ、日帰り旅行クラブ、歩こう会、ネットクラブ、写真クラブ、料理クラブの11。 西日本は、囲碁クラブ、日帰り旅行クラブ、ゴルフクラブ、写真クラブ、酒彩クラブ、カラオケクラブの6。 本年長寿を迎えた人は、米寿(88歳)3名、喜寿(77歳)15名、古希(70歳)30名、合計48名である。 私も、まずは古希までは健康で、長寿のお祝いを贈呈されたいと願っている。 |
| 5月29日 | 第85回春陽展 「飛巣」長田昇 F130(油彩) |
◎午前中、名古屋市中区栄5-3-2(NAEビル栄ビル6F)ギヤラリー草庵で開かれている、ギャラリー記念企画・春陽会会員「長田昇シルードへの旅展」を観覧にする。 会場は、栄南地区に位置し、地下鉄・矢場町、栄駅より5・6分の徒歩圏内と交通便利なところにある。 「長田昇」画伯の評価は、美術年鑑でみると(現代洋画家の部) 30万 春陽会会員、日仏現代美展中京テレビ賞、安井賞展出、日本現代絵展大賞、モンテカルロ国際グランプリ、サロンドメ招、ニース美館蔵、個63、昭19 〒475-0057 半田市乙川新町3-30 (0569)22-7368 今回のチャリティ展では、(例)8号×30万=240万 それが7万円でのチャリティ価格だということ。 このあと、愛知芸術文化センター8階・愛知県美術館ギャラリーで開催中の「第85回 春陽展名古屋展」を観覧に行く。絵画・版画約400点が出品されている。 先ごろプロデビューした長田さんの愛娘・長田文実香さん(春陽会会友)の作品もあった。 ◎午後4時からは、名古屋駅前・ミッドランドスクウェア12F、東海東京証券名古屋本社・大ホールにて開催の「東栄会西日本支部・報告会兼懇親会」に出席する。 東栄会廣岡理事長の挨拶のあと、来賓挨拶で、東海東京証券 代表取締役社長最高経営責任者・石田建昭氏が、証券本体の今期の決算報告および来期の見通しなどについて述べられた。 6時に懇親会終了。 2次会は、伏見の「大甚」で行う。廣岡理事長、奥村東海東京証券名誉会長、東栄会西日本支部理事、評議員、クラブ幹事など10数名、有志が参加する。 廣岡理事長、奥村会長は、新幹線で東京に帰られるため散会。 ごく有志のみ、栄のスナック「恵理香」で3次会。東栄会の、このメンバーで恵理香へ行くのは、この報告会・懇親会があった時期、年1度だけである。 私は、これを入れて、1年に4回くらい行く。 HOOTY会の5人、関連会社TTサービスの後輩2・3人、東栄会カラオケクラブの有志、その他の時である。 |
| 5月28日 | ◎先日、阿久比町のうたごえ喫茶「田園」に行ったときに、うたごえ喫茶のパンフレットが配られていた、武豊町の歌声喫茶「茶房
つぶら」に行って来た。 店内は広く、雰囲気のいい店である。 店主は、今村さんといって、PCグループ・s-net2002の仲間である。店は昨年にオープンしたとかで、私より年上であるが、この歳になってから商売を始めるということは、勇気の要ることである。 娘さん2人が店を手伝っているようで、この日は、その1人の娘さんがいた。(1歳6ヶ月になる女の子が一緒にいた) もう一人の娘さんは、独身のようで、イラストの勉強をしているとか・・・・ この娘さんが、私の息子(長男)と高校が同年であることを、昨年あるきっかけで知った。 「茶房 つぶら」は、毎月1回、歌声喫茶「うたごえin 茶房 つぶら」を開く。 今度の予定は、6月21日(土) 午後2時からである。 TEL&FAX 0569-72-7377 E-mail sabou-tsubura714@nifty.com |
| 5月27日 | ◎知多半島のお多賀さん(滋賀・多賀大社)に対する崇拝は、昔から根強いものがある。機関紙「多賀」39によれば、崇敬団体である「知多多賀講」が、本年創立35周年を迎え、去る2月10日大社に於いて記念式典が行われた、とある。当日は、天候に恵まれ、竹内常浩講長をはじめ名誉講長吉川則弘氏他約150名の出席者で、奉告祭に続き記念式典、続いて直会が行われ盛大裡に終了したそうだ。 7代目講長竹内氏は「多賀大神は、長寿の神様。命の神様であり崇敬する皆様の敬仰の気持ち、心が更に神徳を大きくし愈々神光を輝きますますものだ。これからも更に会を盤石にして大神様にお仕えしなければならない」と挨拶。 また、講員拡大に尽力した吉川名誉講長を始め8名に感謝状が贈呈された、とある。 私も、42歳の厄歳、その前厄、還暦の歳には、地区の同年と厄祓いに、多賀大社に行って来た。 |
| 5月26日 | ◎孫が玄関を入って来るなり、「爺ちゃん、切手ちょうだい。たくさんちょうだい。」 何に使うのか聞いてみると、お婆さん(ママの母親)に手紙を出すのだが、プレゼントを入れるので、切手が多くいるのだという。 郵便(手紙)の重量によって、郵便料金(切手)が違うこと知っているのだ。 保育園では、そんなことは教えてないだろう。 どう考えても、私が、よく孫の前で手紙を書いているのを見ていて、自然に覚えたものだろう。 昨年も、園の組の女の子にラブレターを出すのだと言って、白い紙を封筒の大きさにハサミで切って、テープと糊で封筒を作り、何やら紙に書いて、中に入れて手紙を完成させていた。 「なんて書いたの?」と聞くと、「○○ちゃん、好き」と書いたという。 明日、○○ちゃんに渡すのだと言っていたが、無事に届いたか、どうかな・・・ |
| 5月25日 | ◎前から誘いのあった、ミーさんと「うたごえ喫茶」に行く。 午後5時30分ごろ、ミーさんが車で迎えに来てくれる。 場所は、阿久比町・白沢駅から徒歩5分くらいの所。「喫茶 田園」である。 参加費は飲み物&オードブル付で1000円。 午後6時30分開始。主催の「合唱団知多」のオリジナル曲を数曲歌ったあとは、参加者からのリクエストとなる。 童謡・唱歌・懐メロ・昭和歌謡と多様。 参加人数、なんと90名とか。喫茶店内に入れ切れない、立ち席の人が何人もいる。年代は当然ながら60歳以上である。 懐かしい歌・思い出の歌・・・・・青春時代に歌った曲、もう一度呼び戻そう。歌の好きな人達が、ここに集まって来ているんだな、と思えた。 |
| 5月24日 | ◎今日は朝から用事・行事がいくつも重なる。 午前中は、公民館ふれあい事業「太極拳講座」と乙川東小学校区の地域ふれあい運動会。 午後は、赤レンガ建物特別公開のイベント準備、夜は、八満会の男性だけの懇親会と三五同年会有志のバーベキュー大会。 時間がダブっているから、全部は参加できない。 地域ふれあい運動会と三五同年会の懇親会は欠席する。 八満会の集まりは昨年の秋以来、約半年ぶりになる。 JR刈谷駅北口にある、デースクエア「四季亭」(デンソーの保養施設)が会場。 今回は刈谷に住んでいる深谷君の設営である。 八満会は、高校時代から付き合いのある4人に、結婚後は奥さんが加わり、4夫婦の会になる。 1年に一度、持ち回りの幹事が一泊または二泊旅行(ハワイ旅行の時は、3泊5日)を計画する。 結婚して、皆30年以上経っているから、この旅行も30年続いていることになる。深谷君夫婦だけが子供に恵まれず、若いころは、お互い深谷君夫婦の前では、子供の話題を避けていたが、今は、孫の話題を出しても、それほど気にすることもなくなった。 今年の旅行の持ち回り幹事は、北名古屋市に住む土井君になっている。 |
| 5月23日 | ◎岩滑区民館から、「岩滑地区祭礼フォトコンテスト」の応募作品が入選になった連絡が入る。 去る4月12日・13日に岩滑地区一帯で挙行された祭礼のフォトコンテストの募集があった。 課題は 岩滑地区祭礼のうち、@昼の祭り A宵祭りと花火 「祭礼の人気ポイント」は13日の神子行列と神子舞、12日夜の宵宮の山車と花火の競演、12日・13日八幡社山車勢揃い 他に囃子祝い込み、三番叟などが撮影ポイントと、中日写真協会半田支部のメールにアドバイスがあった。 賞は、特選が課題@A各1名、準特選が課題@A各1名、入選 @A共通 10名 私の作品の題名は「神子の出番待ち」あゝ待ち遠しいなぁ〜 14名の中に選ばれたのだが、肝心の応募作品(応募人数)はどのくらいあったのか・・・まさか、応募人数14名、応募者全員が全員入賞なんて・・・ことは、ないですよね。 |
| 5月23日 | ◎朝方、孫から電話が架かる。「爺ちゃん、今日10時に保育園に来てね。婆ちゃんも来てね。」「婆ちゃんは行かないって言ってるよ。」「じゃあ、爺ちゃんだけ、絶対に来てね。」 昨晩、息子より、今日孫の通園する「みらい保育園」のお爺さん・お婆さんを対象とした参観を行うから来てほしいという電話が入っていた。 「みらい保育園」は今年4月に新たに開設された、知多半島で2例目となる、NPO法人「プレママクラブ」が運営する、認可保育園である。 半田市東大矢知町3−43-1、半田東高校の西側、裏門に位置する場所にある。 2歳から5歳児76人が通う。少人数制、外国人講師による英語教育や体育教育、音楽教育など独自の取り組みが注目を集めている。 「柔軟な保育、教育提供し、その良さを伝えたい」理事長の石川裕子さんの新聞での談話。(3月27日付・中日新聞) お爺さん、お婆さんが孫たちの間に入り、約1時間、歌や簡単なゲームで、一緒に楽しんだ。 その後、年長組の園児が、お爺さん、お婆さんに「お茶の接待」をした。なれない手つきで、初めてお茶を運ぶ姿が微笑ましい。 |
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| 5月22日 | ◎お多賀さんで知られる「多賀大社」から月1回、冊子とか諸事の案内が届く。 今回は「万灯祭」(8月3日〜5日)と「夏越しの大祓 人形代」(6月)。 「夏越の大祓=なごしのおおはらへ 人形代=ひとかたしろ」とは・・・ 水無月の夏越しの はらへする人は 千歳のいのち のぶといふなり 大祓は罪やけがれを人形に託して河や海に流す神事で、6月と12月の晦日に行われます。 6月は「夏越の大祓」といい、合わせて行われる「茅の輪くぐり」は古来より伝わる除災の神事です。 身も心もリフレッシュして、後半年も息災にお過ごし下さい。 ○人形にご家族の名前を書いて、息を吹きかけ罪やけがれを移して下さい。○人形はタテ半分に折り、同封封筒ご利用の上ご返送下さい。○初穂量は千円以上です。振込用紙にてご送金下さい。○6月30日夏越の大祓にて罪けがれを祓い流します。 「万灯祭」は大社で、8月3・4・5日の3日間、ご神前にお燈明をかかげて萬燈祭を執り行い、この世をみまかれご家族ご親族のみたまのご平安を祈願いたします。 献燈は特別2万円 大1万円 普通7千円と大3千円 小千5百円 とある。 |
| 5月21日 | ◎昨日、博物館友の会歴史部会・5月室外研修会を行う。 「天平の夢とロマンを追って!!三河国府を訪ねる」である。 午前゜8時、名鉄住吉駅西口をレンターカーにて、出発。参加者26名。 伊勢湾岸道0経由、東名高速で蒲郡音羽ICで国道1号線に。まず三河総社・国府跡を見学。すぐ近くにある史跡・三河国分尼寺跡を訪ねる。三河天平の里資料館で約1時間余り、三河国分尼寺ボランティアガイドの説明を受ける。 その後「よみがえる天平の遺産」中門及び回廊復元建物を見学、「史跡公園」となっている鐘楼跡・回廊跡・中門跡・南大門跡・掘立柱塀跡・尼房跡・講堂跡・金堂跡を見て回る。ガイドの話によれば、復元に要した総費用は9億円とか。 昼食は、名鉄御油駅近くにある「久寿し」で。海鮮チラシ寿司である。 御油宿跡、御油の松並木の散策、御油の松並木資料館の見学のあと、西明寺へ。平安時代の創建。境内には、廻遊式の大庭園や、日本医学の恩人・ベルツ博士の供養塔がある。 午後4時過ぎ、無事に住吉駅西口に到着、研修会を終えた。 |
| 5月21日 | ◎半田市民管弦楽団の「2008ファミリーコンサート」が6月15日(日)に半田市福祉文化会館(雁宿ホール)で開催される。 今回のテーマは〜ラブストーリーはオペラから〜である。 演奏曲目は フンパーク・・・・「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲 ヴェルディ・・・・「アイーダ」大行進曲 プッチーニ・・・・「ジャンニ・スキッキ」より 私のお父さん 「蝶々夫人」より ある晴れた日に 「トスカ」より 星は光ぬ 「トゥーランドット」より 誰も寝てはならぬ プロコフィフ・・・・「ロメオとジュリエット」より 演奏・半田市民管弦楽団 指揮・長田 雅人 独唱<ソプラノ>・児玉 弘美 独唱<テノール>・笛田 博昭 私は、10年ほど前から「後援会」賛助会員<2口>になっており、前売り券2枚が送られてきた。 |
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| 5月20日 | 長田昇シルクロードへの旅展 第85回春陽会展 |
◎このところ、催しの案内が相次いで届く。 中学校同年の洋画家(春陽会会員)長田昇さんの、旅展(チャリティ展)と春陽展である。 ・5月27日〜6月1日 名古屋栄(NAEビル6F)・ギャラリー「草庵」で開催される、ギャラリーオープン記念企画「春陽会会員 長田昇シルクロードへの旅展」(チャリティ展) 長田さんの16年間に渡る"アジアの恵まれない子供達に文具を届ける旅" 素描の世界を展観する。なお、今秋にシルクロードの旅を予定している。(旅行期間 10月5日〜12日の8日間) ・5月27日〜6月1日 愛知県美術館ギャラリー(愛知芸術文化センター8階)で開催される、「第85回絵画/版画 春陽展」名古屋展 案内の中に、「長田昇シルクロードへの旅」展の会場は県芸術文化センターより、徒歩8分位の所に有り、併せて鑑賞をとある。 29日に東栄会西日本報告会兼懇親会が、名古屋駅前のミッドランドスクウェアで開催される。懇親会は夕方なので、早めに名古屋に出掛け、長田さんの展覧会を鑑賞して来ようと思っている。 |
| 5月19日 | ◎朗読美術の会(事務局)の堀正子さんから、演劇の清算チケットが送られてきた。彼女、演劇の道で頑張っているだな、と2.3年に一度送られてくる清算チケットを見て思うのである。高校の同年で、演劇部に入っていた。私は学校新聞部員であったが、学校新聞に、よく演劇部の記事を書いて載せた記憶がある。彼女の手紙に「善ちゃん、上原君は元気でしょうか」とあったが、いずれも演劇部の連中。HPのトップページ「図書紹介コーナー」にある、「ポストマン―涙とほほ笑みのさわやか青春日記」の著者・すずき・コー氏も1年先輩の演劇部員だった。脳裏に浮かぶ演劇部員の人は他に何人かいるが、キリがないので、またの機会にする。 制作=堀 正子 作=宮崎玲子 作曲・ピアノ=押山晶子 ヴァイオリン=崎山弥生 パーカッション=田口美郷 音楽監督=小高直樹 宣伝美術=花岡由佳 朗読=たかぺしげこ たかべしげこが語る女性画家の生涯 朗読美術館シリーズ 「ジョージア・オキーフ ―花と砂漠とアメリカン・スピリット」 ◆朗読美術館って何? 朗読美術館とは朗読と映像、音楽が出会い交わるユニークなスタイルの舞台上の美術館です。一般的にはそれほど世の中に知られていなくても素晴らしい作品を残した画家の生涯と作品を宮崎玲子の脚本、紀伊國屋演劇賞に輝く女優、たかべしげこの朗読、音楽の生演奏とそれぞれ異なった分野をジョイントさせた実験的な舞台です。 7月17日(木) 名古屋市名東文化小劇場(地下鉄東山線上社ターミナルビル3F) 昼の部・13時30分開場 夜の部・18時開場 入場料・前売り2500円 当日3000円 問い合わせ TEL・FAX 0586-76-1833 メール roudoku@peace.email.ne.jp |
| 5月18日 | ◎平成20年度の向山区コミュニティ総会が、午後7時から向山公民館で開かれる。 コミュニィ(正式名称は、向山コミュニティ推進協議会)は、向山地区では、もっとも大きい組織体である。向山区(区長以下、区議員・町内会長・婦人部・寿会など)、公民館(館長以下主事など公民館職員)、子ども会育成会、乙川東小PTA、乙川東消防団、保健推進委員・体育指導委員・コミュニテイ所属団体の代表者で組織し、運営されている。 6つの部会に別れ、それぞれいずれかの役職に就く。 「総務部会」「行政広報 挨拶部会」「ごみ対策 資源部会」「緑化推進 交通安全部会」「健康福祉対策 防災犯部会」「教育文化 レクリェーション部会」 コミュニティの主な事業は、資源回収 、区民カラオケ大会。広報誌発行、墓地・神社清掃のほか、区民盆踊り大会、向山区敬老会、区民運動会、区民展、向山祭礼の共催である。 |
| 5月17日 | ◎今日は早朝から行事.・予定が目白押し。 午前8時15分、乙川八幡社へ。半田市観光ガイド協会の企画「ふるさと散歩・乙川編」 乙川八幡社を出発点に、乙川十二社のうち、十社をめぐる。途中コースにある史跡・旧跡・見所を見学、豊田佐吉と乙川の関わりを「豊田佐吉とトヨタ源流の男たちの著者・小栗照夫氏から、乙川綿布合資会社の工場跡にて説明を受ける。織機の研究をしたとされる、旧石川藤八邸を訪ねる。 清水の次郎長ゆかりとされる光照寺を最後に訪ね、約4・5キロ、所要時間3時間のふるさと散歩は、無事に終了した。 午後は、赤レンガ建物に行く。 6月7日・8日開催される「第7回半田赤レンガ建物特別公開」の展示コーナーの一つ、「煉瓦製造と運搬に関する展示」のパネル作りをする。コーナー担当、小林さんのお手伝いである。 私の担当コーナー「赤レンガ建物・カブトビールの歴史コーナー」は再来週あたりに準備に入る予定。 午後7時、同年の経営する食堂で、三五同年会有志で懇親会。2次会は、同年の行きつけのスナックとなった。 |
| 5月16日 | 箸袋のセット 栞「宴だより」 |
◎大阪在住の、箸袋趣味の会会員・佐伯さんから「大阪名物 くいだおれ」のおすそ分け・・・栞「宴だより」、箸袋のセットが届く。 道頓堀「大阪名物 くいだおれ」は、昭和24年に創業。しかし、本年7月8日をもって60年の幕をおろすことになった。 割烹・和定食・居酒屋・洋食レストランと何でも揃っていた。 閉店の理由は@建物・設備などの老朽化 A周辺環境・時代の変化 B総合食堂形式と家族経営の限界 とある。 向こう3ヶ月間「くいだおれフェア」開催。4月9日から「秘蔵の写真展」も開催されている。 昭和25年(1950)頃のものから、写真・ポスターが全部で150点展示されている。 近くなら行ってみたいのだが・・・・ |
| 5月15日 | ◎「はんだ市報」5月15日号の3頁に、今年の「半田赤レンガ建物特別公開」に向けての、赤レンガ建物を運営している市民団体「淦煉瓦倶楽部半田」会長、長谷川寛子氏の、一緒に考えよう「半田赤レンガ建物の今後の活用」というメッセージが掲載されている。 赤煉瓦倶楽部半田が年初より「赤レンガ建物の利活用検討委員会」で協議を重ねてきて、いわば、倶楽部の一致した結論のようなものが、この一文に織り込まれている。 「私たち赤煉瓦倶楽部半田は、平成9年から半田赤レンガ建物の利活用を調査研究して、魅力的なまちづくりを進めるために活動する市民団体です。 平成14年に、半田市と協働して「半田赤レンガ建物第1回特別公開」を開催し、早いもので今年の特別公開が7回目となりました。 今回の特別公開で「半田赤レンガ建物の今後の活用」をみなさんと一緒に考え、半田市へ提案できれば、素晴らしいことではないかと思っております。100年前の起業家精神を未来に引き継ぐ場として半田赤レンガ建物を整備し、常時公開することが赤煉瓦倶楽部半田の悲願でもあります。 なにも費用をかけて、真新しくきれいに建物を整備したいのではありません。今ある重厚感を生かし、「時をこえるまちの息吹」を感じていただけるような整備で十分ではないかと思っております。温かみのある建物の中で子どもたちが工房でものづくりを体験したり、大人たちはカブトビールを味わったり、色々な楽しいことが展開されればうれしいですよね、そんな雰囲気のある場所が半田市にあれば"まちづくり"にも貢献できるのではないかかと思っております。」 |
| 5月14日 | ◎広報「いなざわ」5月15日号が届く。 「議会だより」も折込みされている。3月定例会の一般質問・質疑が掲載されている。 関心がいったのは、「」大地震での文化財耐震補強は、の「問」 これに対する「答」 所有者と啓発を協議していく 。 現在、市では文化財に対する防災対策のうち、主に防災対策を中心に種々の施策を実施している。(以下、省略) ・・・・重要文化財の耐震診断事業に対しては、国庫補助制度が制度化されているが、所有者負担が生じるため、今日まで申請はしなかった。しかし、制度の趣旨を鑑み、活用に向けて文化財所有者と啓発や協議をしていきたいと考えている。 耐震補強のこととは別に、もうひとつ関心がある事柄があった。 稲沢市内には、国指定重要文化財23件、県指定文化財34件、市指定文化財133件 計190件と多くの文化財がある。 当、半田市の文化財は、国指定重要文化財8件(内、非公開3件)、県指定文化財5件、市指定33件 計46件である。 人口13万8千人の稲沢市。人口12万の半田市。それほど政治・財政・文化は違わないはず。 さほど違わない半田市には、なぜ文化財がないのか、とふっと疑問がわく。 おおさっぱな話、ここ20年間、半田市の文化財指定は3件程度しかされていない。むしろ、天然記念物(クロマツとかイブキとか・・・・)は、年々減少して、現在の指定は1件。「お粗末」としか、言いようがない。 半田市文化財専門委員は10人いると聞いている。文化財保護をどのように考えているのか、聞きたいところである。 |
| 5月13日 | ◎東栄会西日本日帰り旅行クラブの、今年のバス旅行は、鳥羽・相差と伊勢神宮方面である。 午前8時30分、名古屋駅太閤通口噴水前を出発。日急名古屋観光バス・ドラゴンパックである。今回の参加者は総勢30名。車中はゆったりである。 名古屋高速・東名阪・伊勢道と走り、伊勢ICより鳥羽・相差に向かう。「浜の雅亭一井」にて、伊勢海老のお好み御膳で昼食。約1時間程度の休憩後、伊勢神宮に向かう。到着後内宮参拝し、おかげ横丁の散策。伊勢神宮は平成25年に第62回式年遷宮を迎える。すでに式年遷宮御敷地が準備されていた。 おかげ横丁の正面・赤福本店で「赤福餅」8個入りを土産に買う。帰途の午後4時頃には、12個入りもすべて「完売」となっていた。 赤福餅の中に封入されている「伊勢だより」を楽しみにしている人も多い。事件後しばらく休止されていたが、4月1日より再開されたとある。 表面は京都の版画家・故徳力富吉郎が絵柄が印刷され、裏面には「お客様への主人が贈る、その日の手紙」が刷り込まれている。365日、毎日違う絵柄とその絵柄にまつわる店主の敬白。 5月13日は「内宮域内 風日祈宮」 明日5月14日、毎年この日、神宮ではたいせつなお祭りが二つ行なわれま |