2003年

8月20日

やっと夏が戻ってきた。

Blasterウイルスが大騒ぎになっている。音楽関係の私の知人だけに限っても4人やられたみたいだし(今までにない数だ)。ワタシゃ未だにWin98なので今回は高見の見物だが。と思ったら今度はSobig-Fとかいうメール添付型のウイルスも大流行を始め、ここのところ1日20通以上来ることもある。

それにしても、ウイルス騒ぎの度に思うに、ウイルスの防御策というと知らない人から届いた添付ファイルは不用意に開けないようにしましょうとか、WindowsやIEのアップデートをまめにしましょうとか、アンチウイルスソフトを入れて定義ファイルを定期的に更新しましょうとか、ユーザーのセキュリティ意識に依存することばかりで、まるでウイルスの存在は必要悪であるかのようなのだが、(ウイルスを作ってバラ撒いてる奴が悪いのは勿論なのだが)そもそもそんな簡単にウイルスが作れてあっさりと感染してあっと言う間に広まってしまうような、ズサンで穴だらけのOSを世に広めているmicrosoftの責任が一切追及されることがないのが、昔から不思議でしょうがないのだった。
…なんだか、その昔のホテルニュージャパンの火災で、防火設備の不備から死者33人の大惨事になったというのに、「悪いのは火元となった泊まり客だ」と言って全く反省がなかったという横井英樹社長なる人物を思い出すぞ。

Tokyo FM所蔵音源による新譜CD、斎藤秀雄指揮新日本フィル『展覧会の絵』を聴く。オケ結成2年足らずの1974年の録音だそうだが、なかなか上手い。特に金管。当時(私が中学生の頃)の新日フィルは、テレビ番組「オーケストラがやって来た」でよく耳にしたし、名曲コンサート的な演奏会も何回か聴いているはずだが、こんなふうに上手いとは当時全然思わなかったような記憶が(^^;。定期公演はやはり気合の入り方が違うのかな。
「古城」のサックスは誰が吹いているんだろう。阪口センセ流の深いヴィブラートがかかっているが、音色からすると阪やんではないような気がする。

8月はコンサートが無くてつまらない。

8月17日

今日も雨。いやはや。

この週末に何やってたかというと、プリアンプを作っていた。エレキットのTU875。真空管のアンプでCDやレコードを聴くようになって以来、パワーアンプ直結でスピーカーを鳴らしていたんだけど、プリアンプを通した方が音が良くなる、と何人かの信頼のできる方に聞かされたので、試すタイミングを狙っていたのだ。

  パワーアンプTU870(左)と並べてみたところ。今回は机の上のサブスピーカーを鳴らすシステムのための工作でした(メインシステムの300Bアンプはリビングで稼働中)。

大きさの割に部品点数はものすごく多くて手間がかかったが、ほとんどが基板実装でいわゆる「配線」がほとんどないので、出来上がってしまうと「エッ、もう終わりなの?」って感じでなんだかあっけない。

組み上がって、緊張しながら電源を入れて数十秒、CDを鳴らしてみる。今回も一発完動。やったぁ!
リヨン音楽院サクソフォン科教授ジャン=ドゥニ・.ミシャ Jean-Denis Michat の2枚めの自主制作アルバム(バッハのソナタ2曲、モーツァルトのK421の四重奏曲、シューベルトのアルペジョーネという渋い選曲。ちなみに銀座山野楽器の6階で見つけた)、中古屋で950円でGETしたフランチェスコ・ダヴァロス指揮フィルハーモニア管によるワーグナー管弦楽曲集(ASV)など、最近の新着CDを試しに聴いてみる。…うん、生意気にいい音するじゃないか。小音量時の(サブシステムだけに小さな音で聴くことが多いのだ)質感やバランスがすごく良くなった。今まではこちらのシステムはメインシステムに比べて低音が物足りなくて(スピーカー自体が小さいから当然なのだがそれにしても)、出力トランスも小さいし五極管だから仕方ないのかなと思っていたけど、そんなことはないじゃん。うれしいうれしい。さて次は何をグレードアップしようかな。

8月16日

すいません。またずいぶん間が空いてしまった。
発表会が終わってすぐに台風が来て、過ぎ去ってちょっと晴れたと思ったら、また梅雨に戻ったかのような寒い日々が続いている。これで3日間連続の降雨。昨日(15日)の大田区花火大会(ウチのマンションの屋上から見えるのだ)と、今日の世田谷区/川崎市の多摩川花火大会がともども中止になってしまった。(中止になって打ち上げられずに残った花火というのはどうするのだろう。そのへんでテキトーに始末、って訳にもいかないだろうし。この週末の雨で日本全国各地で大量の花火が余ったと思うのだが。ちょいと疑問)

さて、今回の発表会、タイムスケジュールが1時間近くも押してしまったということで、来年からは時間は1人10分見当、アンサンブルとソロのダブりは禁止、ということになりそうだ。(ということは、「なめら〜か」の雄姿?をこの発表会の場で見る機会というのはこの先もうないかもしれないのだ。今回来場できなかった方はまことに残念でしたなあ)
私はもともと、16年前にたまたま往時の須川門下アマチュアアンサンブルの面々と知り合い、欠員のできたこのアンサンブルに誘われたことがきっかけで、アンサンブルの一員としてこの発表会に出るようになり、後から勧められてソロでも乗るようになった者なので(ソロデビューはエックレスのソナタでした。いや〜カワイイもんです。ちなみに29歳の時のこと。実に生まれて初めて人前でピアノ伴奏で吹いたのだった。オクテですね)、かけ持ち禁止はちょっと残念だけど、まあ、致し方ないか。
全体の時間が長引くと最後の須川さんのゲストステージの時間が減る訳で、お客さんにしてみれば面白くないんだろうけど、だからといって我々の演奏時間を一人5分位に減らして須川さんに1時間やってもらえば良いのかというとそうとも言えない、というのが微妙なところだ。我々出演者、来てくださるお客さん、須川さんの三方がともども充実した気分で終わることのできる発表会のあり方を、この先考えていきたい。

私としては、須川さんがそれこそ我々出演者の一員かのように登場して(出番だけは最後だったが)1曲だけ吹いていた頃の、初期のこの発表会の雰囲気を懐かしく思い出すのだった。普通の大学生や一般アマチュアのプレイヤーが、クレストンのソナタやプロヴァンスの風景、パスカルのソナチネなどというオリジナル曲に果敢に挑戦しているというのは、今でこそ珍しくもないのかもしれないけど、16年前の当時としては眼から鱗の落ちるような画期的な光景だったし、最後に登場する若き日の須川さんも、この機会を利用して様々な挑戦と実験を試みていたものだ。初レコーディングを前に、初めて人前で「セクエンツァIXb」を吹いてみた、というのはたしか何回めかのこの発表会だったはずだ。…こういうことを思い出して書いていると、時代は変わったな〜、と実感するんだけど。

須川さんのような一流のプレイヤーと、そのような濃い時間を共有しながら(1991年頃までは、須川さんも我々と一緒に椅子運びやら会場設営などの裏方作業をやっていたのだ。信じられないでしょ)育ってきたというのは、この発表会に関わった我々全てにとって大いに誇りに思えることだと思うし、私にとっても現在の様々な活動の原点のひとつだと言っていい。来年に向けて、またその前の様々な演奏機会に向けて、抜かりなく精進していきたい。

8月3日

梅雨空一過、カッと晴れ上がった日曜日。暑い。ずーっと涼しかったもんで身体が慣れておらず、辛い。
平和島ユースセンターで、7日の発表会に向けて伴奏合わせとカルテット練習。最寄り駅で(いつも発表会でピアノ伴奏をお願いしている)マダムMと待ち合わせて、バスで行く。バスが日曜ダイヤでなんと1時間に1本しかなく(!)、バスターミナルの屋根の下で他愛のないお喋りをしながらやたらと待つこととなった。どこかの夏祭りらしく、駅前広場をミコシを担いだ一群が行ったり来たりしている。

平和島という場所は埋立地で、土地の不思議なだだっ広さと生活感の無さというのが、一種独特に無機的な「地の果て」的雰囲気を醸し出している。
昭和の終わり近くのことだったが、平和島ユースセンターには、当時顔を出していた地元の吹奏楽団の練習でよく通った。その当時はまだ、ほかにどこの団体にも加わっていなかった。演奏会前1週間は毎晩練習が入ったりしていて、9時過ぎに合奏が終わると、バスなんか勿論終わってるから駅まで20分近く夜道を歩いて帰ることになる。たまたまウチの近所に住んでいた、7つか8つ年下のえうほ吹きの女の子が新入団員として入ってきて、彼女と一緒に帰るのが毎回ドキドキするような楽しみだったっけ。…自分の「音楽的下積み時代」の最後の頃の記憶。ほどなく私は東京でサックスカルテットを始めたり、それがきっかけでこの発表会に出させてもらえるようになったり(当時はそのものずばり「須川門下発表会」という名称だった)、神奈川県の某吹奏楽団に入ってコンクールに出るようになったり、それが遠因となって現在のフロートSEに誘われたり、現在に至る様々な活動を開始して、結果その地元楽団からは遠ざかり、平和島に通うこともなくなった。あれから15年以上経つ。

ユースセンターに到着。カルテットのバリトンとめちゃん氏は既に(2時間近く前←早すぎ(^^;)到着して、バッハの無伴奏(自分のソロ曲)をさらいまくっていた。早速伴奏合わせを開始。なんか、ピアノが酷いぞ。チューニングでAの単音を叩いただけで「ポ〜〜ワ〜〜オ〜〜ン」ってな感じで(^^;。使用料が安いから贅沢は言えないのかもしれないが。さて、アルフレッド・リードの『シチリアーナ・ノットゥルノ』。正直なところ、なんとも掴み所がないというか、やりようのない曲だ。伴奏ピアノのすさまじい音程に惑わされながらも、なんとか形を作ってゆく。しかし、いいリードがないよ〜(泣)。いいリードを付けていい音が出てくれれば、それだけでOKなんだけどなあ。

そうこうするうちにカルテットの他のメンバーも集まってくる。1時間くらいで伴奏合わせは切り上げて、帰るマダムMを見送り、テナーに持ち替えてカルテット練習を開始。またしてもリードの"Five Cameos for Saxophone Quartet"。この4人で集まって合わせるのはたった2回めなので、音を出してみる前は不安はあったが、やってみればさすが皆歴戦の強者だけあって、6月の1回めの合わせの時とは全然違う安心感のある音が出てきて、ちょっとホッとする。
全曲吹くのは一昨年の初演以来2回めだが、やはり同じ曲を繰り返し採り上げるのって大事だなあと実感した。初演の時には思いも及ばなかったようなレベルまで突っ込むことができる。今となっては、こんなことがどうしてあの時出来なかったんだろう?と不思議に思う程度のことなんだけど。
4楽章の「アリア」が、モーツァルトの『アヴェ・ヴェルム・コルプス』に似ている、という感想が出た。たしかに、普通のサクソフォン四重奏の曲には類例のないようなあのシンプルな感じは、類似品を探すとなるとそのくらいしか思い当たらないかもしれない。
会場自体は夜10時までぶっ通しで取っていたのだが、6時半頃には無事解散。さて、本番まであと4日、なんとか恥ずかしくない演奏をしたいものだ。

8月2日

やっと梅雨が明けた。

8月1日

8月になった。
季節を、ある月の「1日」で代表させるとすると何月になるだろうかという、枕草子チックなことを考えるに、冬や春は人によって意見が分かれそうだが(冬は12月1日と1月1日どっちだろう。東京の人間にとっては2月は雪の季節なので2月1日もいいですね。春は固い蕾が苦しげにふくらむイメージの3月1日か、新緑鮮やかな5月1日か。ドビュッシーの交響組曲『春』という曲があって、2つの楽章で出来てるんだけど、それぞれがまさに3月1日と5月1日というイメージなのですよ。また、春だったらなんといっても桜が咲いている4月1日でしょう!という声もありそうだし。どうでもいいけどカッコの中が随分長いぞ)、夏だったらこれはもう文句なく「8月1日」ですね。だがしかし今年の8月1日の涼しかったこと(東京地方、未だ梅雨は明けず)。

さて、矢崎彦太郎指揮&プロデュース、東京シティフィルのフランス音楽シリーズを聴く。

スペインづくし。会場はスカイライト(天窓)のある東京オペラシティだし、演奏会を企画した時点ではおそらく「8月1日っ!」というイメージで選曲したんだろうが、梅雨明けの遅れが悔やまれるところだ。しかし始まった演奏は、ぐずついた天気を吹っ飛ばすような勢いあるもので、シャブリエはもう少しお洒落なほうが私の好みだけどこれはこれで良い。渡辺玲子のヴァイオリンは、音程はやや甘いところがあるけど、音色、表出力、音の立ち上がりの爽快なまでの鋭さが素晴らしい。楽器(1700年製ストラド)のせいもあるだろう。

休憩後の『道化師の朝の歌』。おやっ、中間部のファゴットの大ソロ、なんかバソン(フランス式バスーン)の音がするぞ。ドイツ式ファゴットのくぐもった音とは明らかに違う、しかの最近のフランスのオーケストラみたいな、ファゴットだかバソンだかよく分からないようなバソンとも違う、クリュイタンスやロザンタールの往年の録音の雰囲気を残しているような音色だった。オペラグラスで覗くと、膨らみのないベルが明らかにバソンの特徴だが、しかし日本のプロ奏者でバソンを吹く人は日本フィルの小山さんしかいなかったと思ったが(ちなみに本日はその小山氏が2ndを吹いていた)。指使いだってリードだって全然違うし、そんな簡単に持ち替えられる楽器ではない筈だぞ。
最後『スペイン狂詩曲』では小山氏が1stに交代した。1曲めのまん中へんで聴けるバソン2本のレシタティーヴォの、なんとまあ明るく透明な、懐かしい音。
後から知った話では、今回ソロを吹いたのはシティフィル団員の松本和人氏で、なんでも氏は以前からクリュイタンスの演奏スタイルをご自身の理想と考えていたそうで、このシリーズでフランス物をいろいろ吹くうちにファゴットを使うのが我慢ならなくなってきて、決心して今年3月から1日5〜6時間の練習をファゴットの仕事の合間に積み重ねてバソンを新たに修得されたのだそうだ。素晴らしい!なんたって相手はプロの演奏家だ。我々が趣味で別の楽器に手を出すのとは訳が違うでしょ。こういうコダワリを持ったプロの方は是非是非応援して差し上げたいところだ。

少々マニアックな話題失礼。バソンという楽器については、日本バソンの会のホームページに詳しいです。

アンコールに、「カルメン」のセギディーリャ。フランス音楽に描かれたスペインといったら、まずは「カルメン」でしょ。(こないだの楽友協会も同じアンコール曲だったような)