2003年

6月28日

今月はCDをほとんど買っていない。よい傾向だ。掲示板に書いた、ミュンヘン国際コンクール2001(ヴァイオリン、チェロ、木管五重奏、サクソフォン、打楽器部門)ライヴ(2枚組)と、あとは先日復刻されたミュンシュ/コンサートホール・レーベル録音集成(Scribendum)くらいか。くらい、と言いながら後者も4枚組だが。前者はミュンヘンコンクールの50周年を記念していろいろ出た中のひとつで、ホルンのバボラクが優勝した年のセットは店頭でもよく見かけるのだが、2001年のSax部門の上位3人が入っているこちらは地味なせいかなかなか見つけられなかったので、アリアCDに注文して送ってもらった。最近はCD店をうろうろする時間的余裕がなくなってしまったせいか、CDは通販で買うことが多い。

夕方は浦和へ出て、恒例となったベルティーニ/都響のマーラー・シリーズを聴く(埼玉会館)。今日は交響曲第7番
このシリーズ、もう4年めか。いよいよ佳境、というところだ。そういえば去年の「6番」からちょうど1年が経った。前の職場が潰れた、まさにその日だったっけ(爆)。波乱の1年だったことよ。
一昨年の「3番」あたりから、これは今までの最高だ、と思えるようになってきて、去年の6番の時も4番の時もそう思ったけど、今日もやはり今までで最高だ、と思ったのだった。素晴らしい。なんと明晰で確固たる演奏だろうか。あちこちでいろいろ細かい仕掛けも出してくるのだが、目指す意図と方向がはっきりしているので極めて自然に聴くことができる。この曲、元々かなり支離滅裂で分かりにくい曲のところを、無理やり分かりやすく聴かせようとして結果的に全然面白くない演奏になってしまうこともあるが(ブーレーズのCDとかね)、そういうのとは正反対だ。さすが。金管は高橋隊長(ブラヴォー!)、ホルントップはいつもながらの玄人芸を聴かせる笠松さん、フルート寺本さんにオーボエ本間さん、クラリネット三界さん。首席陣はワタシ的にはこれがベストメンバーかも。

6月25日

旧知のSax奏者で昭和音大の講師をしているF君から案内を頂いて、ユージン・コーポロンが指揮する昭和音大ウィンドシンフォニーの演奏会を急遽、聴いてきた(東京オペラシティ)。曲目にポール・フォーシェの交響曲が入っており、なんでもこの曲についてネット上で検索していたら私のホームページの記述が引っかかってきたんだそうだ。(試しにGoogleで「フォーシェ 交響曲」で検索してみたら、かなり上位に出てくるんでびっくりしてしまった。逆に言えばいかにこの曲に関してネット上にロクな情報がないか、ってことなんだけど)

演奏だが、音大の学生バンドということでなんとなく予想していたレベルを遥かに上回る見事なもので、嬉しい誤算だった。単に巧いとかよくまとまっているという水準を超えて、自分の発した音がどのようにそこにあるのか、という次元までも把握している、という印象で、これはプロフェッショナルと呼ぶに値する。第2部冒頭のフィラデルフィア・シンフォニーが本日の白眉だった。精緻なる狂熱。
初めて生で接したコーポロンの指揮ぶりだが、吹奏楽を統率するこれほど見事な手腕を見たのは久しぶりのことだ。音楽を低次元なドラマに仕立てることには一切興味を示さないその潔癖な姿勢には非常に感心させられた。極めて有能な技術者か科学者のような態度というか。さすがアメリカの第一人者だけのことはある。その容姿からの連想か、ゲオルク・ショルティの音楽をちょっと思い出させるが、しかしあんなに強引ではない。
今回F君が下振りをしたようだが、きっとこれは練習指揮だって生半可なものじゃなかっただろうな(曲も日本初演ばっかりだし)。いや、本当にご苦労様でした、と言いたい。

6月22日

リサーチ本番の翌日が今月1回めの「なめら〜か」練習だったのだが、練習終了後11時近くまで、練習場の目の前のロイヤルホストの煙ったい喫煙席でねばっていたせいか、ノドが痛くて仕方がない。と思っていたら翌日になってみるみる39℃近くまで体温が上がってきた。結局今週は3日も仕事を休んでしまった上に、金曜夜から再び熱がぶり返してきて、21日の練習にも出られなかったし楽しみにしていたシロートSEのライブにも行けなかった。オレとしたことが。
昔だったら「楽器吹いてりゃ治る」とかなんとか言って無理やり出かけて、1日中吹きまくっているうちに実際いつのまにか熱が下がっていたりしたもんだが、35を過ぎたあたりからそういう無茶がきかなくなってきた。

とりあえず熱は下がったので、都響のプロムナードコンサートを聴きに出かけた(サントリーホール)。先日のドイツレクイエムの時の日記に書いたベルティーニのブラームス・シリーズの一環で、今日は交響曲の3番と1番。17日の芸劇公演(2番と4番)は結局家で寝ていて聴けず悔しい思いをしたので(そっちの方がブラームスの交響曲だったらずっと好きな組み合わせなのにぃ)、とにもかくにも聴けて良かった。
聴いた人の話では2番と4番の時はかなりアグレッシヴな演奏だったらしいが、今日の演奏は(1番が特に)予想外に控えめで端正で精緻なものだった。いかにも的にドラマティックな盛り上がりを意識的に拒否した演奏だと思った。しかし、どのような解釈であれ、ブラームスはやはり、感動的だ。

終演後の夕方は、家の近所の大田文化の森でカルテット練習。
初めて使う施設だが、さすが新しいだけあって綺麗だ。駅からちょいと遠いのが難点だが。2時間しか取れなかったせいか、いまいち調子が出きらないまま終了。

6月14日

リサーチ演奏会無事?終了。ご来場戴いた皆様、ありがとうございました。

今回、雲井さんを(団員のみんなに、あるいはお客さんに)紹介することができたのは望外の幸せだった。
雲井さんの音というのはある意味とても精巧な手工芸品という感じだ。今回、練習からゲネプロ、本番という過程を追っかけてみてつくづく思った。音色が非常に繊細なバランスの上に成り立っていて、本番でベストの状態に焦点が合うようそこへ向けて精密な調整を施してゆく。結果として出てくるものはとても新鮮な、しかし「目新しい」というのとは正反対のオーソドックスな、何か久しく忘れていたものを思い出させてくれるような音だ。
須川さん的というか、「いま風」なサックスの音をイメージしている人からはちょっと困惑気味のコメントも貰ったけど(ある意味予想していたことだったけど)、まっさらな立場で聴く人ほどその本質を見抜いていたように思った。トレーナーでクラ吹きのベテランT先生なんか、「いやあ、雲井さん、いい音だねえ、サックスであんな音聞いたことがない」と大絶賛だったもんな。

個人的には久々にボロボロな出来のまんま終わってしまった本番だったが。「ロメジュリ」、あそこまで吹けないか、って感じ。いやはや大変だった。練習でやっとこさ吹ける、ってレベルじゃ本番はああなるのね、という典型というか。いかんいかん。反省。

打ち上げで0時近くまで飲んで(最後は熟睡モード)、帰宅は1時半。

6月13日

都響定期を聴く(サントリーホール)。
6月の都響は音楽監督ガリー・ベルティーニ指揮の月間で、今日の曲目はブラームス『ドイツ・レクイエム』1曲。

ベルティーニのドイツ・レクイエムといえば、ちょうど10年前、客演指揮者時代の伝説的名演が忘れられないが、今日もその時の記憶をまざまざと思い出させる演奏が繰り広げられた。なんという暖かく、純粋で、しかし精妙に引き締まった、力強い音楽と演奏だろう。うぅ、ボキャブラリーの無さがもどかしい。加えて晋友会合唱団の見事な歌唱、そして、集中した静かな客席。全曲が終わってベルティーニが腕を下ろすまでの、10秒近い?静寂。

音楽って、なんて素晴らしいんだろう。
考えてみたらオレだって、明日は演奏会の舞台に乗る訳だけど… そういう思いのほんの少しでも、聴いてくれる人に感じさせることはできるかしらん。
たとえ1人でも感じてくれたとしたら、本望なんだけど。
さ、頑張ろ。…と思いつつ、とりあえず楽譜の製本作業をするのだった。(ヲイヲイ、まだやってないのかよ)

ベルティーニは今月、あと3回の演奏会で、ブラームスの交響曲全部と、マーラーの7番を振る。楽しみだ!

6月12日

6月もだいぶ過ぎた。
この間、ルチアーノ・ベリオ(1925〜)が亡くなったり、マニュエル・ロザンタール(ラヴェルの直弟子の指揮者/作曲家、1904〜)が亡くなったり。
Accordから復刻されたロザンタール指揮のラヴェルとドビュッシーの録音は、私にとって「座右のCD」であります。また、Naxosから出ている自編の『パリの喜び』(オッフェンバック)のCDは、なんと1996年、フルネも負ける92歳時の録音だ。

さて今日は、渋谷で飲み会に出席。元なめら〜か団員のM氏のセッティングで、某豪華ゲスト(^^)を囲んでの会になる筈だったが、当のゲスト氏は結局現れず、いつものなめら〜かの飲み会だった(^^;。まあ、なめら〜かメンバーで飲むというのは(特定の人以外は)意外とないので、よい機会だったが。
会場は宇田川町の交番の向かいの、上から下まで風俗店ばかりのビルの3階に1軒だけ入っている居酒屋。ちょっと入るのに勇気が要ったが、入ってしまえば、さすが兼業主夫Mさんの探し出した店だけあって食い物は旨い。出席者5人。NHKホールでN響の『エレクトラ』(R.シュトラウス)を聴いてきた帰りのA君は、興奮してその話ばかりしていた。そうか、デュトワの音楽監督としての最後の舞台だったんだっけ。

カザルス指揮の、1950年プラド音楽祭の録音が遂にCD化された。待望の復刻。
Sax愛好家的には、マルセル・ミュールがトランペット・パートをサクソフォンで演奏している「ブランデンブルグ協奏曲第2番」が最大の話題だが、もちろんそれだけで終わる内容ではない。シゲティやシュナイダー、クララ・ハスキル、若き日のスターンやルドルフ・ゼルキンといったソリスト、そしてポール・トルトゥリエ、ルシアン・テヴェ(Hn)、モーリス・アラール(Bn)以下フランスの当代一流のプレイヤーが、サイドメンとしてカザルスの下に結集している。

 Cascavelle VEL3061

CD5枚組は買うのに勇気が要るが、でもやはり買わない訳にはいかない。
ちなみにこの夏から秋にかけて、Pearlから分売というか抜粋も出るようだ。(リンク先のNEW RELEASES参照)

ブランデンブルグの2番は、当'Thunder's Web'のミュールのページでも紹介していて、「CD化はされていない」と書いているのだが、早く更新しなきゃ。(そういや、そもそもデファイエが亡くなったことも未だ反映されてないし。)

…ちなみに、この中断中の連載「クラシカル・サクソフォン歴史的名盤探訪」だが、自分の中ではあと、「ジャン=マリー・ロンデックス&クロード・ドゥラングル」という一編を書き上げて完結する、という構想が既に出来上がっている。最初はロンデックスだけをとり上げる予定だったが、最近木下直人さんから戴いた音源の中に、ドゥラングルのデビュー盤だったドビュッシーのラプソディの70年代末のLPの録音ジョルダン指揮モンテカルロ歌劇場管、Erato)というのがあって、これを聴いて以来考えが変わったのだ。
ミュール、デファイエの古き良きフランスと、ドゥラングルを旗頭とする現代フランス流派の間に、ある種の「断絶」を見る人は多いだろう。その「断絶」について、この(デファイエがバリバリの現役だった時代に録音された)知る人ぞ知るドゥラングルのデビュー盤、そして、若き古典主義者としてキャリアをスタートさせながら長じて過激な現代音楽支持者となった、ミュールの弟子ロンデックスの「変貌」を鍵として読み解き、外見的な断絶を超えて伏流しているエコール・フランセーズの「伝統」の本質を考察する、という、構想だけはもっともらしく完成しているのだが、あとは実際に書く時間があるかどうか、だな。夏の間には目処をつけないと、秋になったら更新なんかしている暇もないほど忙しくなるというのは去年経験済みだし。