2002年

7月31日

須川さんとマーティン・テイラーの全国ツアー最終日を聴くため、天王洲アートスフィアへ。初めて行く会場だ。
半円形のお洒落な演劇用ホール。反響板なし。PAフル使用。ライブハウスみたいだった。

会場入口で、須川さんのお父様に挨拶されて驚いた。
そんなにしょっちゅうお会いしている訳でもないのに、必ず顔を覚えていて向こうから挨拶して下さる。須川さんが人の顔を覚えるのが得意なのはお父様譲りなんだろうな。

人を待っていたこともあり、入口でしばらく、やってくるお客さんの様子を観察する。男女比3:7くらいかな。明らかに私よりも年上、という人が多数派。
癒しを求めて来ています、という雰囲気をなんとなく感じる。自覚しているかどうかは別として、明らかにそう顔に書いてあるんだよね。自分の中にストレスや抑圧や空洞を抱え込んでいる人々。須川さんの音やマーティン・テイラーの不思議と懐かしいエレアコの音は、そんな人たちの心の隙間にすっと入り込んでいくように思われる。

終演後のサイン会の列に並んでいる人たちの顔が、開演前と全然違う。すっきりして、満ち足りているのが見て分かる。
なぜか須川さんのお父様もサイン会の列に並んでいたり。ロビーのCD販売コーナーで、小柳美奈子さんがCDを買っているのも目撃した(^_^;。

外は熱帯夜の暑い宵。静かな東京湾岸の舗道を歩いて、品川駅の光の海へ帰ってゆく。7月も終わりだ。

7月25日

お久しぶりです。 >御覧の皆さま

この2ヶ月、あれよあれよという間に自分の勤め先の会社が解散して消滅し、今は急遽設立された社員12人の新会社に加わっている。やっと少し落ち着いてきたところ。
この間に引っ越しを敢行してしまったこともあり、本当にウェブ関係&音楽関係のことは何も出来なかったし、それ以前に何もする気がしなかった(チケットを持っていたコンサートだけはとりあえず行ったけど)。思うのだが、音楽を聴いたり楽器を吹いたりウェブを更新したりというという「趣味」の充実は、前提として自分の「生活」がきちんと成り立っていてこそ、なんですね。新会社の設立が決まる前は、よその会社に中途採用の面接に行って、競争率2倍のところを落とされて凹んだりしておりました。40過ぎて面接受けて落とされるってのは結構キツイもんですなあ。まあ、いい経験でしたわ。

ということで、最近「長文書き欲」が溜っていることもあり、ぼちぼち日記も再開してみることにします。

さて、行ってきました。都響の特別演奏会(サントリーホール)。指揮は佐渡裕

野平さんといえば御存じのとおり日本現代音楽界最高の知性のひとり。この人がなんとエレキギターのコンチェルトを書き、カリスマ・ロックギタリストのスティーヴ・ヴァイ(この演奏会のために来日した)が弾く。いったい何が起こるのだろう、どんな曲が書かれるのだろう、全く予測もつかなかったが、いざそこで鳴った曲は、まさに野平さんの作品そのものだった。ドシャメシャな音響世界を統率する、強靱な知性と透徹した意思。どうせバレやしないから、とテキトーに「熱演」する、とか、そういう態度を決して許さない、クリスタルのような厳格さ。それを弾ききってしまうヴァイの、ロックを遥かに超えた技巧。すごい。
演奏終了後は場内総立ちの拍手と歓声。ステージ下に駆け寄り群がる聴衆。うーん、違う世界だ。

後半は「ハルサイ」。極限のようなフォルティッシモがこれでもかとばかりに続く、ダイナミックきわまりない迫力。いやあ、さすが佐渡さん。だが、メリハリのきいた演奏のわりには音色の変化は意外なほどない。なんだか、前半のエレキギターのコンチェルトのほうがよほど「クラシック」で、ハルサイが「ロック」のように聞こえたのは私だけか?

しかし思ったのだが、ロックを聴く人って、音楽に接する態度というものがマニアックなクラシックのリスナーよりもしかしたらよほど健全なような気がする。今日のお客さんには、この機会にはじめてサントリーホールに足を踏み入れた、というような人もたくさんいたと思うのだが、「場違いな感じ」ってのが全然ないのね。みんな、自分なりの感性で今日の曲と演奏を楽しんで帰って行った、って感じで。
クラシックの演奏会には必ずいるでしょ、「アンタ何しに来たの?」って言いたくなるような客が。明らかに音楽なんか聴いちゃいない人。あるいはやたらと知識ばっかりひけらかす人とか、自分の理解や好みに合わないものを絶対に認めない人とかね。…愚痴でした。自分もそう見られてたりして。