2002年
| 5月16日 |
仕事帰りにN響定期を聴きに渋谷に出た。開演前にアクタスに寄る。
ミベモル・サクソフォンアンサンブルのCDが何枚か入荷していた。すべて演奏会のライブで、全部で8タイトル発売されているようだ。『くるみ割り人形』収録の1枚を購入。『くるみ…』は私自身も10年くらい前に、サックスのラージアンサンブルで吹いたことがあるので(実はいずれ「なめら〜か」で、とも思っているのだが)、どんなふうにやっているのだろうか、と興味あり。
セルマーの新発売のSoloistというマウスピースを見せてもらったのだが、なんと懐かしや、「ラーメンマッピ」の復刻だった。私がサックスを吹き始めた頃(30年近く前)にあった、ラーメン丼みたいな模様の装飾が付いたモデルだ。今の耳で聞くとどんな音がするのかな。こんど楽器持って試奏に来なきゃ。
開演10分前にNHKホール着。いつものように3階自由席へ。
いやもう、休憩後のショスタコーヴィチが、ものすごい演奏だった。明晰で淀みがなく、それでいて尋常ならぬ熱気があって、しかも、カッコいい! 聴き尽くした、という感じの1時間を聴き終えて、しばし茫然としてしまった。客席の集中ぶりも最近珍しいほどで、前半(ショスタコがあまりに凄すぎて印象が残っていない)の緊張のなさとザワザワした雰囲気が嘘のように、深淵を覗き込むような長大で不可思議なコーダの間も物音ひとつ立たなかった。いやー、こういう曲、こういう演奏をこそ、ナマで聴かないといけないなあ、と実感した。家で新聞読んだりパソコンいじったりしながらCDやFM放送を聴くのでは感じ取れない、何かがあった。
指揮はアラン・ギルバート。身体のデカさもあって指揮ぶりは雄弁だが、全然嫌味がない。須川さんのN響デビューだった西村朗のサクソフォン協奏曲の初演(定期ではなく、99年のオペラシティの主催公演の時)での明快で精悍な指揮ぶりが印象に残っているけれど、なかなかいいぞ。
| 5月12日 |
暖かい日曜日。6月に引越すマンションの下見(つうか、新築なので要は内覧会ですな)に行った後、ひさしぶりに「リサーチ」の練習に出席する。
人も増えてきたし、この連休の間に合宿があったせいか、ずいぶんまとまってきた感じがする。といっても練習はあと4回。
帰りに立ち寄った池袋HMVで、以前から探していたCDを立て続けに発見。どちらもとっても地味な曲目なんだけど。
ひとつは廉価4枚組ボックス、Portrait
of Vaughan-Williams(Nimbus)。といっても探していたのはその中の1枚で、お目当てはモーリス・ブルグがソロを吹いているオーボエ協奏曲なのだが、最近見かけなくなっていた(ニンバスレーベルって最近倒産したんじゃなかったっけ。結局復活したという話も聞くけど)。他に、隠れた傑作との評判を聞く室内楽曲(幻想五重奏曲、2つの弦楽四重奏曲)に、CD2枚分の合唱曲(ミサ曲ト短調、テ・デウム他有名どころから、日本語タイトルのよく分からん小品までたくさん)もセットになっていたので、迷わず購入。
もうひとつは、プティジラール指揮フランス交響楽団によるフォーレ管弦楽曲集(OSF)。フォーレの管弦楽曲CD、なかんずく『ペレアスとメリザンド』はたくさん持っているのだが、大好きな『シャイロック』がプラッソンの全集にしか入っていないので、もう1枚別のを聴きたいと思っていたのだった(Naxosのジョージアディス盤は貴重だが演奏がいまひとつ…)。
須川さん演奏の「さくら」サントラとか、Naxosの大栗裕作品集とか、別宮貞雄の交響曲第5番とか、国内盤系で気になる新譜もいくつかあるんだけど、うーむ、このあたりは引越し完了後かなあ。
| 5月7日 |
東京文化会館(主催事業)のレクチャーコンサート(須川さんが出演)を聴きに行った。
須川さんのリサイタル会場の客席はいつも同窓会状態だけど、今日のような依頼公演でもそれは変わらないみたいだ。久々に顔を見る女性に立て続けに会えて、懐かしいような嬉しいようなよい気分が続いている。
毎年出演していた某吹奏楽団のSax吹きの方。出産・子育てのためしばらくリタイアしていたのが、やっと預けることができる程度まで子供が大きくなったので聴きに来れたそうだ。以前は延べ10年近く、練習の時や演奏会場でしょっちゅう会っていたのに、ゆっくり話をしたのは3年ぶりくらいかな。
終演後のロビーで声をかけられたのは、10年近く前に一度だけ同じ舞台に乗った、やはり元Sax吹きの方。去年の「★ベー●本番」の当日事務をやっていて、その時が感動の再会だった。今は江戸東京博物館のコンパニオンをしているのだが、職場に招待券が回ってきたそうで上司(女性)と連れ立って来ていた。話が盛り上がって、その上司さんに広小路口のスタバで御馳走になってしまった。
広小路口といえば、上野駅のこちら側はリニューアル後ものすごく変わっていて、なんだか上野とは思えない。話には聞いていたが行ったのは初めて。いつも公園口からしか出入りしないからなあ。
| 5月5日 |
第14回「音の輪」、本番(文京シビックセンター)。
『威風堂々』に始まるアレンジ物5曲に、東京初演の『第7組曲』、そして難曲『交響曲第3番』。アンコールにJ.シュトラウス(リード編)の『常動曲』、そして『星条旗よ永遠なれ』。
最後に予定外の、交響曲の第2楽章(ポラッツィ変奏曲)のアンコール。「この曲はワーグナーが妻のコジマのために書いた旋律を元にしているので、オクサン(この部分だけ日本語で言った)のために演奏します」と、リードの奥様の座っている客席を指して英語でスピーチし、演奏。…この、ポラッツィ変奏曲。リード編曲の『トリスタンとイゾルデ』みたいな曲だけど、今回吹いた中で最も印象的で、あれから何日も経った今となってもまだ頭の中に鳴り響いている。
リードさん、元気だとは言っても、14年も一緒に演奏しているとさすがにいろいろな部分か変わってきている。第1回の時のリードさん、68歳だったんですね。今の私の父の齢と同じだ。当時の、がむしゃらというか饒舌に振っていた部分というのは影をひそめ、慣れてくると同時にひとつひとつの音を慈しむような振り方になってきて、テンポも落ちてきているのだが(これってひとつの「巨匠化」現象でしょう)、振っているテンポをなんとなくそのまま吹いて「オソ〜イ!」と怒鳴られることも多い。本来意図しているテンポを読み取って吹かなければならないという、高齢の巨匠の指揮のもと演奏するオーケストラならではの難しさを実感しつつある。また必然的に、メンバー間の「テンポを読み取る能力」の格差も拡がらざるを得ない訳で、余計に難しいのだが、それだけに本当にうまくいった時の感動もまた増大しつつある。
それがおそらく、「成長」ということなのだろう。リード博士と共に、我々自身も成長すること。演奏会はその「成長」を検証する機会となってきている、のかもしれない。…そもそも、すべての本番とかリハーサルというのは、そういうもんなのだろうが。
打ち上げは池袋へ出て、しゃぶしゃぶ食べ放題コース。連休で人手不足の店員さんをコキ使って、どんどん肉を持って来させ、どんどん食って騒ぐ。この3日間の疲れからか、後半すっかり眠り込んでしまった(^_^;。眠ったおかげで元気になったので、Saxパート二次会は近くのキリンシティに入って閉店まで粘った。よそのパートの人間も交えて、池袋の街を漂流しながら夜は更ける。…
| 5月4日 |
昨日今日は、「音の輪」の直前練習。2日続けて5時間以上みっちり合奏。それでも今日は予定よりは早く終わったが、うう、疲れたよぉ。
81歳になったリード博士は相変わらず(全く、毎年同じことを書いている)、元気だ。伊藤透センセの振る曲の練習では、客席(ホールで練習していた)の中央通路の近くに座って、その場からホール中に響く大音声で注文をつける。指揮台に上ると、相変わらず椅子には一切座らず、ひとコマ1時間以上に及ぶ合奏練習を立ったまま振り通す。両足を均等に踏みしめて直立した姿はまるで巨木のようだ。誰かが音を間違えるとすかさず奇声を上げて笑う。ご機嫌は大変よろしいようで、練習中もジョークがポンポン出てくる。
帰宅後の深夜、いつものように巡回していたいくつかの掲示板にて、エフゲニー・スヴェトラーノフの訃報を見つけ、茫然。
スヴェトラ御大の指揮ぶりに実際に接したのはたったの3回、いずれもN響だったが、どれも忘れられない印象が残っている。初回1曲めのグラズノフ『抒情詩』の、ここは本当にNHKホールかと耳を疑うような甘く暖かい弦の音。大鉈で断ち落としたように鋭い、『火の鳥』フィナーレの金管の咆哮。最後に聴いた一昨年秋のチャイコフスキー3大バレエ抜粋の、ほとんど抽象の域にまで達したきめ細やかで陶酔的な響き(同時期の、チケットを買っていながら行けなかったラフマニノフの2番は痛恨)。今秋、久々にN響に来るのを楽しみにしていたのに!…またひとり、「巨匠」と呼ばれる指揮者がいなくなった。
もう夜中ではあったが、追悼にとCDを聴き始める。チャイコフスキーとリムスキー=コルサコフの交響曲全集をはじめ、いくつかCD棚にあるのを横目に見ながら、選んだのはフィルハーモニア管を振ったグラズノフのバレエ音楽『四季』(EMI)。スヴェトラーノフというと普通、激烈大音響と限界的テンポによる爆演指揮者、というイメージがあると思うが、そんな一面的な印象を改めさせられた演奏だった。このCDの素晴らしさは以前にも書いた記憶があるけど、何度でも書く。この柔らかく夢幻的でしかも引き締まった響きは、オーケストラという媒体から出てくる最良の音のひとつだと思う。
| 5月2日 |
神保町の楽鳴舎にダニエル・デファイエのFidelio盤と、マルセル・ミュールのThe Saxophone第6巻のオリジナルLPがあるという情報を戴き、買ってきたところ。

LPレコードを買って、大きな手提げ袋で持って帰るときの高揚した気分というのを、なんだか久々に味わったような気がする。CDを買って帰ってもこういう感覚ってないのは、CDはカバンに入るからかな?
LPもなぜか最近聴くことが多くなってきたので(10年以上LPなんか買ったことなかったのに、この1年でまた増え始めた)、再生環境を少しどうにかしたいのだが、今オーディオというのはハイエンドとただ音が出るだけのレベルという両極端に分かれていて、その中間のまともな物というのがない(特にアナログオーディオはその傾向が強い)。困ったものだ。
とりあえず、6月に引越し予定なので、その後かな。