2001年

11月29日

都響第539回定期(サントリーホール)。

都響ベルティーニ月間の最後の演奏会。未だ醒めない先日のマーラーの余韻から思うと、またずいぶん小ぶりなプログラムだなあという感じだが、実際聴いてみるととんでもない、充実した時間が一瞬たりとも途切れず続く濃い印象が残った。プロのシンフォニーオーケストラの定期演奏会というものはかくあるべし。終演後は都響の定期としては珍しいほどの熱い拍手が続いた。
どの曲もそうだが、とりわけショスタコーヴィチの『1番』という曲の深みを改めて見直したのだった。もっと軽い曲だと思っていた。ベルティーニという人はある意味、何を振ってもマーラーみたいに聞こえるところがある(去年シベリウスの5番を聴いた時もそう思った)。基本的な音楽性がそういうふうに出来上がっているんだろうな。

11月28日

ジャン・フルネの『幻想交響曲』の新譜が出たようなのだが、昨日まで深夜残業、明日と明後日は演奏会ということで、今日しか買いに行ける日がなく、閉店間際の山野楽器に無理やり寄って購入。群馬交響楽団を指揮したライヴ録音(ALM)。カップリングがオネゲルの『コンチェルト・ダ・カメラ』というのが渋くてよい。
オッターのシャミナード歌曲集(DG)を発見。衝動買い。よくこんなマイナーな作曲家が国内盤で出たなあ。メジャーレーベル恐るべし。
新譜の「フィリップス・コンテンポラリー・ミュージック・シリーズ」のラインナップをひととおり眺める。先日、仏ACCORDの再発売盤を買ったばかりのミヨーの『四季』が入っていたのには驚いた。これって「コンテンポラリー・ミュージック」だったのか…? ベリオの作品集にラッシャー(ラシェ)SaxQ.の名前を見つけ購入。これまたよく出たもんだ、と感心する。
珍しくも国内盤ばかり3枚で計7798円。うわーっ、なんて高いんだ、と思ってしまうのは、最近9枚組で4000円弱とかとんでもない値段の輸入物BOXをいっぱい買っているせいかもしれない(^_^;。

11月25日

アンサンブルコンテスト予選本番(横浜市泉公会堂)。

激戦の中、無事金賞を受賞して予選通過したものの、他のサックス団体が全然聴けなかったので(出番が木管族の最後の方だった)いまひとつ実感のない終わり方だった。後半の金管族の団体はほぼ全部聴いた。ステージで吹いているととても気持ちのよい響きの会場なのだが、客席で聴く分にはそれほど気持ち良くないなあ、と言ったら「金管だからじゃないの、」と言われた。そうかもしれない。金管楽器はゴマカシが効かなくて大変だなあとつくづく思う。今日の結果も圧倒的に木管/サックス上位だったし。
サックスはもともと音も溶けやすいし結構ゴマカシや目くらましが効いたりして、アンコン草創期にはサックス団体ばかり上位に入賞という事態がよく起こっていた(今でも時と場合によってはそうかもしれない)。私だって20年前、大学生の頃にアンコンに出てデュボワやアプシルを吹いたけど、今にして思えば笑止千万・顔洗って出直してこい的演奏だったにもかかわらずそれなりの賞を貰っていたもんな。やっとここ数年のこと、本当に上手なサクソフォンのプレイヤーや団体が増えてきて、今日の上位大激戦のようなことにもなる訳だが、金管は未だある種の過渡期なのかもしれない。

M山氏の車に同乗して帰る。三連休の最終日だからか道がどえらく混んでいて、いつ帰れるか判らなそうだったので、田園都市線つきみ野駅前で降ろしてもらった。つきみ野は3年前まで所属していた楽団の練習場の最寄り駅だったので懐かしい。田園都市線の各駅停車に果てしなく揺られながら、あの頃はよくこんな遠くまで毎週通っていたものだなあ(詠嘆)、と思った。

11月23日

祝日。ベルティーニ=都響のマーラーシリーズ第4回めを聴くため、浦和の埼玉会館へ。
このシリーズはみなとみらいホールと埼玉会館の2回公演だが、今までは(自分のスケジュール上の偶然なんだけど)毎回埼玉会館で聴いている。最初は昔ふうの造りの普通のホールだと思っていたのが、今ではすっかりこのホールが気に入ってしまった。少なくともオーチャードホールや東京芸術劇場よりは断然良い音がすると思う。交通も意外と便利だし(恵比寿で埼京線をつかまえれば1時間強で着くことが判った。赤羽での乗り換えも昔に比べて便利になったものだし)、目の前には開演前の一服にちょうどいいケーキ屋さんもあったりして(今日も入ったら、ホルンパートの楽員さんたちが黒服姿で休憩していた)。

今日の曲目は交響曲第3番。アルト伊原直子、晋友会合唱団。
3番はマーラーの交響曲の中でもしかしたら一番好きな曲だけど、今日の演奏はこれだけ大きな曲にして驚くほど無駄な力や気負いの抜けたものだった。今日ほど自分がマーラーに近いところにいると感じたことはあまりない。夏の避暑地の山荘で、世界を見据えながら書かれた音楽。この曲を終わらせるのが悔しくてしょうがない、というマーラーの気持ちを、1時間40分の長丁場をしめくくる「しつこい」コーダを聴きながら共有したと思った。これを書いている時点でもう数日が経っているけれど、いまだにこの曲の余韻、というか、聞こえざる続きの中にいるような気がする。

思えばマーラーをちゃんと聴き始めたのは20代の後半になってからだったが(インバル/フランクフルトの来日公演の5番を友人から譲ってもらって、予備知識0で聴いたのが最初。)、もし10代の頃に3番とか5番とか歌曲集とかを知っていたらハマっただろうなぁ〜(『巨人』だけはかろうじて知ってたけど)。きっと全然違うキャラクターが出来上がっていただろうと思う。

11月22日

東京フィル定期を聴く(オーチャードホール)。

指揮は井上道義。ミッチー得意のショスタコ・プロだけど、私のもくろみは桃ちゃんのラヴェル。変なルバートや余計なことをほとんどせずに弾き進むので、人によっては地味とか素っ気ない演奏とか思うのかもしれないが(5〜6年前に初めて聴いた時なんか今よりもっと素っ気なかった)、ニュアンスと音色とリズム感、何よりも様式感の冴えは眩しいばかりだ。まだ20代なのに、往年のフランスの大家のような音楽性と格調の高さがある。一度ソロのリサイタルをちゃんと聴きたいと思っているのだが、今まで必ずと言っていいほど何かと重なっていて行けずにいる。
ショスタコ8番は今年ナマは3回め。何度聴いても、すごい曲だ。熱演ではあったが、今日は音や響き自体がいまいち気持ち良くないというか、あまりカタルシスを感じないので、聴き終わった後に何か欲求不満のようなものが残るのだった。ホールのせいかなあ。
プログラムに載っていた野本由紀夫という人の曲目解説はとても分かりやすいが、あまりに明解すぎて「そんな簡単なもんじゃねェんじゃないかい?」とツッコミを入れたくなってくる。

東フィルの来年のプログラムが発表になったが、看板指揮者チョン・ミョンフンは3回登場するものの、フェドセーエフとヴェロの出番がないのが不満。「看板指揮者」との相性があんまり良くない私としては、この2人のいない東フィルというのはイマイチ魅力に欠けるのだが…

ところで、20日のリード氏宅で撮っていただいた写真を入手したので公開します。
自分が真ん中にいるのは失敗だった…

11月20日

委嘱作品であるサクソフォン四重奏曲の初演終了報告と挨拶のため、おりから短期来日中のアルフレッド・リード氏を訪問してきた。初演メンバーのひとりY氏と横浜市営地下鉄仲町台駅で待ち合わせる。あと、とめちゃん氏も来る予定だったが、勤務にハマって集合時間の時点でまだ職場(三崎)にいるとのことで残念ながら欠席となってしまった。

まずはリード博士、リード氏の日本でのマネージャーA氏、Y氏、私の4人で駅前のとんかつ屋で食事。その後洗足学園大学横浜キャンパス内の客員教授宿舎へ。
1年前の委嘱打ち合わせの時にも訪れた、ロフト付きの瀟洒な部屋に通された。持参した初演時の録音を、スコアと突き合わせてリード氏に聴いてもらい、写譜ミスのチェックと楽章毎のタイム計測をする(楽譜の出版社に報告をするとのこと)。今回は練習・初演ともに作曲者の立ち会いはなかったため、作曲者に演奏を聴いていただく初めての機会であり、滅茶苦茶緊張したものの、リード氏は極めて上機嫌でほぼ何事もなく終わった(2つの緩徐楽章のテンポ設定はperfectだと誉められた)。ホッとした。

今回委嘱した「サクソフォン四重奏のための5つのカメオ」だが、当初委嘱団体以外の演奏は不可とのことだったが、話が変わって有償貸出し可能ということになった。貸出し条件等を設定しなければならないのだが、あまりにもビジネスに傾いた話でありなんだかピンとこない。
この作品は2年後をメドに吹奏楽曲への改作を予定しているそうだ。その他、「サクソフォン四重奏とソロ楽器のための作品」を書くというオファーを出版社から受けている等、興味をそそられる話もいろいろ聞く。

それにしてもリード氏を前にしていると、目の前にいるのが80歳の老人であるということがとてもじゃないが信じられない。背筋はピンとしていて日常の動作に全く支障はないし、思考や話す内容は明晰そのものだし、Eメールの文章は教科書のように精緻だし。昨日日本に着いたばかりだそうだが、時差で苦しそうなそぶりすら見せない。とんかつ屋での食事も、さすがにご飯と味噌汁と香の物は残したものの(それでも少しは手をつけていた)、我々が食べたのと同じメニューのヒレカツとキャベツ千切りの山を跡形もなく平らげてしまったのだった。いやはや。

11月18日

都響ベルティーニ月間の第2回は、モーツァルトの特集(東京芸術劇場)。

小春日和の日曜日の昼に聴くモーツァルト。客入りもよく、華やいだ感じがなかなかいい。
真紅のお揃いのドレスで登場したピアノの児玉姉妹も素晴らしいソロで雰囲気に華を添えた。プリモを弾いた桃ちゃんの方は、実は私のいま最も好きなピアニストのひとりだったりする。今月の東フィル定期でラヴェルのコンチェルトを弾くけど、勿論聴きに行きます。お姉さんの麻里さんは初めて聴いたが音色は聞き分けがつかないほどよく似ている。プロフィールを見てみたら幼少時に同じ先生(G.ムニエ女史)についていたらしい。

満ち足りた気分で終演。池袋HMVに寄る。Henk van Twillert(クラシック小品集、ヴィラ=ロボス作品集、タンゴ集と、バリトンサックスソロによる3枚の素晴らしいアルバムをリリースしているオランダの名手)の新譜が入荷していた。なんと、バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲をバリトンで吹いた2枚組(!)。これはすごいかも。即買った。
ハバネラ・サクソフォンカルテット(Habanera Quatuor de saxophones)のアルバム「Mysterious Moning」をやっと発見、捕獲。これはすごい、聴くと世界観が変わるぞ、という話をずいぶん以前から複数ルートより聞いていた団体だ。リゲティ、ドナトーニ、クセナキス、グバイドゥリーナ、棚田文紀といった現代ものばかりの選曲。これもすごそう。

11月13日

都響第538回定期を聴く(東京文化会館)。

都響後季シーズン開幕月は、音楽監督ガリー・ベルティーニが登場し4つのプログラムを指揮するが、その第1弾となるのは見ての通り新ウィーン楽派特集のハードなプログラム。
もともと私は12音とか無調の音楽はどうも苦手なのだが、今日は明快でしかも繊細な音色の変化が演奏に刻々と感じ取れたせいで、自分でも驚くほど面白く聴くことができた。ベルクはここ1年くらいの間に何度か生で聴いた中では最も美しい演奏だったと思うし(サックスを使う曲だからか聴く機会は意外と多いのだ。ちなみに今日は大城正司さんが乗っていた)、『ペレアス』も去年アシュケナージ指揮の某在京オケで聴いた時はひたすら「苦痛」だった記憶があるのだが、今日はそういうことはなかった。

終演後は「都響談話室」(都響トロンボーンの古賀さんが開設している掲示板)1周年記念オフ会ということで、楽屋口に集合してアメ横近くの飲み屋「いわさき」へ。殆ど初対面のような人ばかり20人近くで11時半まで騒ぐ。
楽員の方もたくさん参加していたので(フルート寺本さん、トランペット福田さんに内藤さん、トロンボーン小田桐さん、チェロ松岡さん、ヴァイオリン遠藤さんに高田さん…)、ちょっとここでは書けないことも含め興味深い内輪話もたくさん聞けた。プロがする「練習」について、コンマスの矢部達哉さんのこと、フルネやベルティーニ、朝比奈といった指揮者のすごいところ、及び「率直な」評価、沼尻竜典氏の常識はずれの耳の良さについて、等々。
たまたま席が近かったフルートの寺本さん(なんと、私のホームページを見たことがあったらしい)とかなり長いこと話をしたのだが、すごく明晰で頭の切れる人という印象だった。こちらが多少曖昧な問いかけをしても、瞬時に判断して自分なりの解釈と答えを返してくる。音楽に対する志の高さも言葉の端々に感じ取れる。こういう人はもし音楽家にならなかったとしても必ず成功していたに違いない。

11月12日

夜、フロート練習。仕事を早く終わらせて宮前平へ急ぐ。「なめら〜か」本番以来1ヶ月ぶりの合わせとなるが、既にアンコン2週間前を切っている。

アンコン曲目は定番、デザンクロの3楽章。一昨年のリサイタルで全楽章吹いているし、そのさらに2年前にも3楽章はアンコンでとり上げている(ただしその時はとめちゃん氏が事情があって出場出来ず、バリトンは別の人だった)ので、細かい部分は結構忘れているものの、通ることは通る。基本的な譜読みは完成している上にまた新たなものを積み重ねるという余裕がある。

アマチュアのプレイヤーって、以前やった曲を再びとり上げるということをなかなかしたがらない傾向があるようだけど、どうしてかな。いい曲だったら何度でもやってみればいいと思う。以前は余裕がなくて見えなかった面が見えてきたり、以前と違う方法や解釈を試してみる面白さもあるのに。
単に同じ曲をやってると退屈するからなのかな。私に言わせれば退屈するというのは、その作品に一つの可能性、一つの真実しか見ていないということだ。そんな発展性のないことをしていればそりゃ退屈するだろう。

フロートの練習は、自分の言いたいことやしたいこと、出来ることを全て遠慮なく吐き出す練習となるので、疲れるけれども実に爽快な気分で終わることができる。家に帰ると同居人に「すっきりした顔をしてる、」と言われるのだった。

11月10日

茶の間に新しいテレビラックが入った機会に、2階の私の部屋にあった古いアンプ(ヤマハ)とスピーカー(JBL・コントロール1)をそちらに移設することにした。ついでにCDプレーヤも新しいのを買ったので、古いDENONを下に下ろすという作業に1日費やす。
新しいCDプレーヤはCECのCD2100。聞いたことのないメーカーだったが、この価格帯(実売3万弱)だったらこれしかない!と強力に薦められたもの。デザインも機能も素っ気ないばかりにシンプルだし、本当にそんなにイイもんなのかと半信半疑で鳴らしてみて驚いた。響きの質、音場定位、何もかも違う。弦楽四重奏やピアノ伴奏ソロとかを聴くと、楽器の配置や舞台の奥行きがはっきり聴き取れる。

ふと思い立って、彦坂眞一郎氏のCD「ケックラン/エチュード」をかけてみる。録音がモコモコで、私の周囲では評判の悪かったヤツだ。これがびっくり! 以前の組み合わせのステレオで聴いた時とは全然違う、夢見るような美しい音で、上質のコンサートホールの一番いい席で聴いているそのままの(パイプオルガンが入る前のカザルスホールのバルコニー席のような)魅惑的な響きがする。試しにちょっと聴いてみたかっただけなのに、あまりに耳に快いので止める気がせず結局最後まで聴き通してしまった。
そうか、そういうことだったのか。録音された音の「良さ」というものは、絶対的というか客観的に存在するものではなくて、聴く側のレベル(再生装置とか、環境とか、聴く人の耳とか)とのバランスの上にあるということか。グレードの高いシステムで聴けば素晴らしい音だが安い再生装置ではいい音がしないとか、あるいはその逆とか。また、たとえ良い機械で素晴らしい音で再生したとしても、ホールで生演奏なんか聴いたことがなくて、普段はラジカセでCDを聴いているような人にはピンとこなかったりして。全く、録音がいいとか悪いとかってことはウカツには言えないなあ、とつくづく思ってしまったのだった。

11月8日

偶然早く(6時15分頃)仕事が退けたので、文化会館の東京シティフィル定期とどっちに行こうか迷った結果、NHKホールに行きN響Aシリーズ定期初日を聴いた。明日も早く帰れることが分っていれば、今日はシティフィルに行って明日N響の2日めを聴くという手もあるが、なかなかそうもいかないので…

開演5分前に着いて1520円の自由席を買い3階へ。指揮はネッロ・サンティ。以前読響によく来ていたイタリアオペラの巨匠。聞いた話では練習も本番もすべてスコアなしで進めてしまうという超人的記憶力の持ち主だそうだ。
巨体ながら軽やかな指揮ぶりで、重苦しさは全くない。身に染みついた劇場的感覚というのが随所で聴き取れ、チャイコフスキーの4楽章冒頭の壮大さなどオペラの一場面のようだ。地味な曲目と客入りの少なさ(Aシリーズはいつものことだけど)にもかかわらずなかなかいい演奏会だったと思う。

11月3日

「なめら〜か」練習。午前はカルテット2チームの練習(ほとんど初見大会)、午後は9人揃ったのでラージの合わせ。団員Y氏が編曲した『王宮の花火の音楽』(9〜12パート)と、啼鵬さん編曲のホルスト『第1組曲』(9パート)を合わせる。今まで練習してきた『ホルベルク組曲』の弦楽アンサンブル的な方向性とまるで違う、シンプルでピュアな発音と音色変化が必要かと思う。大変だぞ、こりゃ。付け焼刃では出来ないことだけに、なおのこと。

終わるころは外は土砂降りの雨。後片づけをしていたら後ろから「ドッ」、という鈍い音が。Oさんが楽器を床に落としてしまった(>_<)。パックケースが開きっ放しだったらしい。パックケースは怖いです。たしか去年の「なめら〜か」でも今くらいの時期に立て続けに落下事故が起きたような記憶がある。皆さんも気をつけましょう。

ちなみに、私の楽器落下体験。

てな具合で、長年楽器を吹いているとまあいろいろなことが起こるのだった。
最近6年間無事故な訳で、ということはオレもそろそろか?(^_^;

11月2日

パリ管弦楽団来日公演を聴く(サントリーホール)。

パリ管には自分なりのコダワリがあって、1984年以降の来日公演は一応毎回聴いている。初めて聴いた時はバレンボイムが音楽監督で、ボレロのSaxソリストとしてミシェル・ヌオーとギィ・ラクールが帯同していたっけ。今回は3年ぶりの来日。ほぼ8〜9割程度の客入りで、パリ管とぶつかっていなければついこないだのトゥールーズ管だってもう少し客が入ったかもしれないのに、と思ってしまった。

指揮はジョルジュ・プレートル。いやはや面白い指揮だった!!(前回の来日もこの人の指揮だったはずだが、サントリーホールの公演に都合で行けず仕方なく大宮ソニックシティで聴いたので、ステージは遠くて見えないし音は飛んでこないし、ほとんど印象が残っていない) テンポと関係なく両腕をバタバタさせたり、あるいは銅像のように動かなかったり、もうほとんど確信犯的に好き勝手やってますという指揮ぶりで、オーケストラの側は、指揮に煽られる瞬間と、指揮を無視してとにかく自分たちでアンサンブルを成立させる、という瞬間が無数に交錯する。一刻も目を離せない面白さだった。プレートル指揮のレコードやCDは何枚か持っているけど、そうか、あの重心がないような独特のテンポ感と浮遊気味のサウンドというのは、この指揮から出てくるんだな、と納得。これは指揮者もオケも、自分たちのやりたいことと技術とによほどの自信とプライドがないと出来ないことだ。さすがフランス人というか。
『悲愴』はそれでも無難な結果に終わることが多かったが(今日は来日初日だし)、メインプロの『ラ・ヴァルス』はこのやり方が最大限にプラスに作用して、ちょっと聴いたことのないようなものすごい演奏となった。まさに爛熟の極み、腐敗寸前の甘さのような絢爛たるワルツ。…アンコール3曲(ホフマンの舟歌、カルメン前奏曲、『天国と地獄』のカンカン)も極めてノリの良い演奏で大喝采を博していた。爽快な気分で会場を後にする。

それにしても、やっぱりパリ管はおっそろしく巧いわ。言葉どおり「国際級」のオーケストラだ。例えばトゥールーズ管と一緒くたにして「フランスのオーケストラ」、として語るのはあんまり意味がないようにも思う。次回は音楽監督のエッシェンバッハの指揮で聴いてみたい。
最近入った Alexandre Gattet という若い(20歳そこそこだとか)オーボエ奏者が「悲愴」と「ダフニス」でトップを吹いていたけど、素晴らしく輝かしい音だ。ラ・ヴァルスで交代した以前からの首席奏者の地味な音より断然気に入った。