2001年

2月22日

今日はN響定期(サントリーホール)。相変わらず忙しいが(今日は昼飯を食う暇すらなかった)、なにしろ須川さんのデュトワとの共演・N響デビューだから、聴き逃す訳にはいかない。

どの曲もさすがデュトワ=N響、という見事な仕上がりだった。ちょっと聴きには淡々と流したような演奏なので気がつきにくいが、細部まで目配りが行き届いており、こういう演奏が当然のことように出来るというのはやはりすごい。
注目の西村作品については、うーむ、演奏は須川さんの鬼神のような集中力が最大限に発揮されたもので素晴らしいのだが、曲がなあ…。サクソフォンの一般的な美質(甘い音色、「歌える」こと、ダイナミクスの大きさと敏捷性の両立、など)には見向きもせず、重音とか、グリッサンドとか、フラジオとか、須川さんにしか出来ないような超絶技巧をこれでもかこれでもかっと見せつけるだけの曲であり(それ自体はとても効果的だし面白いのだが)、果たしてこの曲が今後「サクソフォンのレパートリー」として存続し得るかと考えると大いに疑問に思わざるを得ない。
休憩時間のロビーの雑踏で耳に入ってきた、年配の定期会員らしき方の「…なんだってあんなゲロ吐くような音ばっかり出させるんだろうねえ」という一言が耳に痛く残っている。N響の定期公演という、ある意味「権威」の場でサクソフォンのコンチェルトが演奏されるのは初めてのことであり、サクソフォンという楽器と日本クラシック音楽界の関わりという点では今回の演奏会は画期的な機会となるはずだった、のだが、この千載一遇のチャンスをみすみす潰してしまったのではないか、という疑念が頭から離れない。

2月20日

都響定期を聴く(サントリーホール)。指揮はジェイムズ・デプリースト。曲目は以下の通り。

デプリーストという人は巨躯のアメリカ人黒人指揮者で、黒いガウンのような衣装に身を包んだ雰囲気は地顔でハリウッド映画の敵役ができそうだ。若いときに小児麻痺にかかったそうで、そのせいで足が不自由で椅子に座って指揮をし、舞台には杖をついて現われる。現われた瞬間からすごい迫力だが、実力は素晴らしい指揮者であり、都響とは過去3回共演しておりいずれも感銘深い演奏だった。今日は発表になった当初から楽しみにしていた演奏会である。
前半は文句なしに素晴らしかった。ガーシュウィンでは、ぶっきらぼうな程の最低限の指揮の動きから、鋭く整ったリズムが紡ぎ出される。グリエールは25分くらいかかるホルンの曲としては大曲だが、バボラクのソロがあまりにも見事なもので全然そういう感じがしない。ホルンって簡単な楽器なのねえ(爆)、と思わせてしまうような演奏だった。会場には何人かのプロのホルン奏者や、ホルンのケースを下げた学生らしい若者をいっぱい見かけた。後半のバルトークも悪くなかったが、ちょっと変わった解釈で(なんだかマーラーみたいなバルトークだった)、勝手が違うせいか前回1998年客演時のショスタコーヴィチ『11番』の時のような圧倒的な感銘には至らなかった。音色はまぎれもない、デプリースト・サウンドだったんだけどね。
それにしても、指揮者によって音色が変わる、という現象は、考えてみると実に不思議だ。我々とて、例えば指揮台にアルフレッド・リード博士が上るとバンド全体の音色ががらっと変わるという事実を体験済だが、それにしても意識的に変えようと思ってやっている訳でもないのだし、指揮者からなにか魔術のような指示が出ている訳でもないだろうし。今までにもジャン・フルネ、ガリー・ベルティーニ、高関健といった指揮者のプロオケでの練習を見たことがあるが、やっていることは(簡単に言うと)タテを揃えてバランスを整えるという、ごくごく基本的な、どこでも(アマチュアでも)やっていることばかりなのだが。…

話は変わるが、私め、最近ひとつ大きな依頼を受けた。演奏依頼なのだが、あまりにもとんでもない依頼だったもので、受けるものかどうか寝ずに(マジ)悩んだ。結局受けることにしたのだが、完遂出来るとしたらすごいことになりそうだ。詳細については近日中に明らかにできるだろう。

2月16日

ニフティのネット仲間たちのSaxカルテット、アンサンブル・カテナリスがカザルスホールのACF(アマチュア室内楽フェスティバル)の本日のトリに出場したので、聴きに行った(曲目はバッハのイタリア協奏曲2・3楽章)。ACFはカザルスホールの運営のリストラに伴って中止、という情報も一時あっただけに、続いているのはなにはともあれ喜ばしい。
仕事が長引いて休憩後の2団体めからだったが、なんだか以前に比べて色物団体が増えているような感じがした。演奏時間は1団体10分しかないのに、司会者やゲスト(速水けんたろう)の無駄なお喋りばかり長い印象がある。司会者なんかいらないからもっとたくさんの団体を出してあげた方が良いと思うぞ。

ACFには9年前に私自身も乗った。カテナリスのテナー吹きのY子さんは、その9年前に一緒に出場した仲間でもある。明日からニフティのサクソフォン会議室のオフで浜松に向かうのだが(「なめら〜か」の練習終了後直行予定)、向こうでカテナリスの4名と再び落ち合う予定もある。お互いに、音楽活動を継続することが出来ているという嬉しい事実を再認識する。
来年のACFのオーディションには、「なめら〜か」でエントリーしてみようというもくろみもある。頑張ろ。

家に帰ったら、先日注文したサクソフォン・アンサンブルの楽譜が航空便で届いていた。ウォーロック『カプリオル組曲』の五重奏版(SAATB編成、Brazinmusikanta Pub.というよぉ分からん版元)に、エルガー『弦楽セレナード』のラージ版(SSAAAATTBBs編成、Dorn Pub.)なのだが、後者がちょっと「すごい」譜面で、一種の感動だった。なにしろ、こういう楽譜なんだよね…(←ジョン・C・ウォーリーという同じ編曲者による譜面のサンプルがDornのサイト上にPDFで公開されているのだが、まさにこういう見てくれで売っているのである。日本版の楽譜じゃ考えられない。さすがアメリカ人というか。)
明日の「なめら〜か」で時間があったら音出ししてみよう。

2月15日

えーん、忙しいよぉ(泣)、という感じで日々を過ごしている。今日はロストロポーヴィチ指揮のロンドン交響楽団来日公演(サントリーホール)のチケットを某ルートより安く入手していたので、とにかく行くぞってんで開演時間ぎりぎりに到着。右サイド席の雰囲気が何かヘンだぞ、と思っていたら、なんと、天皇・皇后両陛下が現われた。報道陣のフラッシュの嵐。2階RBブロックの2-9&10(斜め最前列に2席独立している席。私も座ったことがある)に着席。天覧演奏会だったのか。両陛下をクラシックのコンサート会場で見かけたのは3回め(今日と同じロストロポーヴィチ指揮の読響特別演奏会と、朝比奈隆指揮の都響定期)。本当にお好きなのだろう。少し左のほうの席には橋本龍太郎元首相とおぼしき顔も見える。
曲目は『くるみ割人形』第1組曲(第1組曲という呼び方は初めて聞いたが、小序曲で始まり花のワルツで終わる、いわゆる普通の組曲だった。第2組曲があるのだろうか?)と、ショスタコーヴィチの交響曲第8番。久々に聴く海外のメジャーオケはやはり、音の立ち上がりと響かせ方が聴き慣れた在京オケとは根本的に違う感じがする。発音のすべてに「子音」が感じられ、結果的にフレージングがとても分かりやすく明快である。やっぱり普段喋っている言語の違いなんだろうな。ロストロの指揮は遅い部分は徹底的に甘い音色で歌い込み、速い部分はサーカスのように速い。スヴェトラ氏なんかと共通する印象があり、これがひとつのロシア流なのだろう。「くるみ」の方は普通に上手いという感じだったが、休憩後のショスタコーヴィチは本気を出した演奏で、息をのんで聴いた。大拍手(フライング拍手をする大馬鹿野郎はここでも不滅だった(>_<))に応えてアンコールを2曲(共にショスタコーヴィチ編曲の、『二人でお茶を』とポルカ『観光列車』)。オケが解散したあとも拍手が鳴りやまず(両陛下も一緒に手を叩き続けていた)、最後はロストロ1人を舞台に呼び返してのスタンディング・オベイションとなった。

「タコ8」は今年は流行り?のようで、私も既に都響(高関健)と東フィル(井上道義)で聴く予定を立てているのだが(広上=日フィルも演奏するらしい)、一番最初にこんなすごいのを聴いちゃって後が大丈夫だろうか、とちょっと心配にもなる。在京勢の頑張りを期待したい。

2月12日

この三連休はsax関連の演奏会尽くしだったのだが、仕事が今度は年度替わり現象で爆忙になってきて、今日も出勤。結局行けたのは10日の二宮さんだけだった。客が少なくて寂しかったが、とめちゃんが来ていた。前日にとめちゃんの職場の地元・三崎で例の英国人スチュワーデスの遺体が発見されちまったところだったもので、きっと今ごろは仕事にハマっているだろうと思っていたが、あれはみんな警視庁(捜査本部は東京の麻布署にある)の仕事らしい。とめちゃんは昨年7月に件の織原容疑者と三崎の別荘で直接対峙しているそうで、「これでオレの仕事が活かされる!」と息まいていた。

今日は6時半で仕事を終えたので、帰りに寄り道して渋谷のタワーへ。オリオンSax.Q.Mario Marziの輸入sax新譜2枚を購入。あと小澤/ベルリンフィルのプロコフィエフ交響曲全集4枚組が2780円などという値段だったもので、思わず衝動買いしてしまった。最近全集物のCDボックスセットの安売りが流行っているが、天下のドイツグラモフォンまで始めたのね。

2月9日

原宿のアコスタディオで、フランス歌曲のスペシャリスト村田健司さんのサロンコンサート「ガブリエル・フォーレの歌曲・1」を聴く。そもそもは1月27日の土曜日に予定されていたのが、大雪のため延期(!)になったのだった。そんなわけで、ビルの地下の50席ほどの小さな会場だがお客さんは30人ほど。アットホームな雰囲気はなんだか本当にフォーレの時代のサロンのようだ。
村田さんはアンリ・エル著の評伝『フランシス・プーランク』(春秋社)の訳者でもあり、たまたま読んでいて文中のデータの間違いを見つけ、出版社宛に指摘した(たいした間違いではなかったのだが、原文のミスだった由)のがきっかけでお付き合いが始まったのだった。よくコンサートの案内を戴くのだがなかなか都合が合わず、久しぶりに聴いたことになる。今日はスュリ・プリュドム、ルコント・ド・リル、アルマン・シルヴェストル、ド・ミルモンの4人の詩人別による選曲。とても面白い語り口で、詩人に関する話題や詩の内容についてのお話を交え、あるいはピアニスト(上原ひろ子)へのインタビューまで全部ひとりでこなし、「フォーレはしみじみとした幸福感を描き出すときに短調を選ぶ」とか、歌曲に於ける伴奏者の役割について「子供に対するお母さんのように、遊ばせつつ導き連れて行く」とか、示唆に富んだ言葉も多く大変楽しいコンサートだった。次のコンサートは6月にフォーレの第2回、5月にはドビュッシーの歌曲全曲を2夜と『ペレアスとメリザンド』全幕(!)だそうだ。これは行かなきゃ。

晩年の最後の歌曲集『幻想の水平線』(結びの詩句は car j'ai de grands departs inassouvis en moi.〜「なぜなら私の中にまだ成し遂げられていない大いなる出発が秘められているからだ」)を歌いきったあとに、アンコールとして歌われた作品1の歌曲『蝶と花』が、帰路についたあともずっと耳の奥に残っていた。

 → 村田さんのホームページ アトリエ・デュ・シャン

2月4日

「音の輪」練習が始まった。今日の会場は幸(さいわい)市民館。
今年はアルフレッド・リード博士のミレニアム新作一挙演奏ということで慣れない曲が多く大変だが、中でもカツドン弁当…じゃない『カント・エ・カンドンベ』は恐るべき手ごわさだ。「カンドンベ」というのは南米ウルグアイの黒人音楽だそうだが、ラテンのスピリットと大編成吹奏楽のシンフォニックな響きを奇跡のように一体化した曲であり、こういう曲を書かせるとリード博士の独壇場だな。午前の合奏では案の定というべきか全く歯が立たず、午後一番にパート毎に分かれて特訓の末再挑戦、やっと通った。それにしても、リズムも和声も本当に精緻に書きこまれたスコアで譜読みが大変だが、ちゃんと演奏できたらすごい音がしそうだぞ。「リードの最近の作品はつまらない」とかなんとか聞いたふうな口をきく連中をぎゃふんと言わせてやりたいものだ。

夜7時近くまで続いた合奏のあと、ちょっと居残って本番当日のロビーで演奏するSaxカルテットの練習。曲は私が持ってきたドビュッシーのベルガマスク組曲のプレリュードと、とめちゃんことM氏が持ってきたランティエのアンダンテを合わせる。ベルガマスクのプレリュードのソプラノは5年くらい前にsax仲間の結婚式で一発合わせで吹いたことがあったが、当時はそんなに苦労した記憶はないのだが今回は後半の16分音符は全然吹けず、この5年間で初見演奏脳細胞はかなり死んだらしい。しかしどちらも、これぞサックスアンサンブル、という美しい響きがして、いいぞいいぞ。今日は長時間楽器を吹いたが、快い疲れだ。

2月3日

「なめら〜か」練習。とめちゃんことM氏がボール紙でバスサックス延長管(ベルに突っ込んで最低音を記譜A・実音Gまで下げる)を作ってきたので、早速装着して『ツァラトゥストラ』を音出し。いやはや、すごい音がして、隣でバリトンを吹いていたA君はついに堪えきれず爆笑の発作に襲われしばらく復帰できなかった(掲示板に書かれていたのはこれのこと)。本番はどうなることやら。

2月1日

同居人の勤め先の図書館に、最近廉価で出直したスヴェトラーノフ/ロシア国立響チャイコフスキー4番&『悲愴』のCD(ポニーキャニオンの93年録音)が新入荷(実は私が「入れろ〜」とリクエストしたのだつた)したので借りてきて聴いた。期待に違わぬ素晴らしい演奏で、とくに遅い部分(4番の2楽章、悲愴の1、2楽章など)のスケールの大きさと格調高さは曲を見直してしまったほどだ。これだったら自分で買い揃えてもいい。
スヴェトラ新譜といえばボリショイ劇場管を振った『ガイーヌ』『スパルタクス』組曲の最新録音というのを買ったのだが、これは期待ほどではなかった。スヴェトラらしい濃い表現もあるにはあるのだが、オケの統率がまだ隅々までは行き渡っていないという感じだし、なにより国立響のような甘くきめ細やかな音色がまだ出てきていないような。曲のせいかな。

あと最近買ったCD。国内盤がいろいろ。
東芝EMIからギャルドの復刻CDシリーズが一気に20枚出たが、うち3枚がマルセル・ミュール。既出のCDとダブっている音源がほとんどなのだが、こっそりとレア音源もいくつか入っていて(以前手放してしまったアンゲルブレシュト指揮の『アルルの女』のSP録音まで一部復刻されている)、結局3枚とも買ってしまった。私んとこのマルセル・ミュールのページも更新しなきゃ。サン=サーンスの「白鳥」は絶対のお薦め。ぜひ多くの人に聴いてほしい。
それにしてもギャルドのSP(だけではないけど)の復刻を20枚も出して、売れるのはきっと(関係者以外では)日本だけだろうなあ。フランス人というのは不思議なもので、あれほど「伝統」にプライドを持っているくせに、古いものには見向きもしないんだな。日本では絶対に近い評価を確立しているクリュイタンス指揮パリ音楽院管のラヴェルのCDにしたって、本国では忘れ去られているに近い訳で(フランス人にとってのラヴェル演奏のスタンダードは一昔前はブーレーズだったそうだが、今は誰になるのかな。閑話休題)。「伝統」というものに対する考え方がそもそも日本とは違うのかもしれない。東芝EMIから「サクソフォーンの芸術」と題して最初にミュールのSPが復刻された時、ミュール自身は「そんな古い物を出すより現代の若手の演奏に光を当ててほしい」という意味のことを言っていたと、今回出たCDのライナーノートに上田啓二氏(ロンデックス門下の広島在住sax吹き)が書いている。…

彦坂さんのケックラン『15のエチュード』待望の全曲録音(マイスターミュージック)。これはなかなかいい。今まで知られていたのはせいぜい5〜6曲だと思うが、他の曲も実にシンプルに完結した美しい曲ばかりだ。意識して表現を抑えた演奏スタイルも曲のキャラクターにうまく似合っている。この曲の楽譜(長いこと絶版状態が続いていたが、最近Billaudotから再版されて入手が楽になった)を見ると、強弱記号やら松葉やらが結構しつこく付いているのだが、これは絶対に嘘だと思う。校訂者のロンデックスが書き加えたのではないかと私はひそかに疑っていたところだった(ケックランという人はこんなに楽譜を詳しく書く人ではないはずだ)。
カップリングはイベールの『物語』と『アリア』。こちらは何か「こわごわ」吹いている感じが付きまとって今ひとつかな。『物語』という曲は、演奏次第では時としてヨーロッパの森を思わせる深さというか「魔的」な感じが立ち上がってくるものなのだが(ナマで聴いた平野さんの演奏はその点凄かった)。
私の周りにはこのCD、録音に文句を言う人が多い。マイスターミュージックの録音というのは収録会場のプレゼンスをそのまま捉えるのがポリシーなのだろうが、今回はそれが行き過ぎて、演奏会場での隠し録りみたいな音になってしまった感はあるかもしれない。

川崎出身の若手「ビジュアル」打楽器奏者・高田亮のソロCD「Rush Out」。1曲めの湯山昭『ディヴェルティメント』に、福本信太郎が参加している。11月に発売されていたようだが、知らなかった。早速某フロートの掲示板に「ご注進」しておいた(彼は実はM山氏門下の出世頭でもある)。なかなか見事な演奏。

クリヴィヌ/リヨン国立管のドビュッシー全集第3巻(Saxとクラのラプソディ、そして私の大好きな『ピアノと管弦楽のための幻想曲』収録!)が1月20日付で発売予告がされているのだが、未だに店頭で見かけない。どうしたのかなと思い発売元であるDENONのホームページを見に行ってみたら、デンオンのクラシックのページっていわゆるJ-Classicだけになっちゃったのね(^_^;。こんな地味なものは金かけて宣伝するまでもない、つうことらしい。いやはや。(結局、発売が3/17に延びたらしいことが判った←後日談)