2001年
| 1月31日 |
ひたちなか市から帰ってくるなり、いきなり仕事爆発とトラブルに巻き込まれ、やっと少し落ち着いたと思ったらひどい肩凝りにやられ、キーボードに向かえずにいるうちにもう1月も終わりだ。おかげでアンコンの記憶は急速に薄れつつあるが、この間に何人かの方々と掲示板上でやりとりをしたおかげで、今回のアンコン練習過程の(自分自身の)総括がかなり出来たという気がしている。
複数の人間が集まって演奏をつくり出す上で最も重要なのは、各自が「個」を確立させた上で現場に臨むことだと常々考えているが、このことを実感というか理解するようになったのは1995年のフロートへの入団がきっかけだったと今にして思う。吹奏楽にどっぷりと漬かっていたらこのことを理解するのは難しかったかもしれない。アマチュア吹奏楽団の練習とか運営ってのは全体でダンゴ状態で進んでいくから、個々としては何もしていなくても何となく達成感があるような気分がするんだよね。ある日そのことに気付いて「そんなのつまんない!」と思ってしまって以来、あれほどハマっていた吹奏楽の世界から意識して距離を置くようになり、最近ではすっかり吹奏楽とは縁遠くなってしまった。
今では例えば「音の輪」のような普通の吹奏楽団とは違う環境で、自分自身のそのような考えを実践したいと考えてはいるのだが、なかなか他のメンバーが「普通の吹奏楽団」的発想から抜けきれず、アルフレッド・リードの指揮で演奏するというせっかくの貴重な機会をみすみす単なる練習不足の本番にしてしまっているところがあるように思う。
それにしてもとめちゃんの掲示板への書き込みはすごくて、よくあれだけの分量の文章を携帯で打つよなあ、と感心してしまう。書き込み時間もすごいし。これは永久保存版だな。
ひたちなかも雪だったが(こちらは実質的に被害は受けなかったが)、こないだの週末の雪は大変で、土曜日はモロに「なめら〜か」の練習と重なっていて大変な騒ぎだった。それでも7人が集まったが、車隊の中には事故ったのもいるし半日がかりで走ってきて結局諦めてリタイアした人もいるし、練習中止の判断を下すタイミングがなかったのは悔やまれる。まさかあそこまでひどい雪(といっても横浜で積雪16cmだから、雪国の方には笑われそうだが)になるとは思っていなかったなあ。帰る頃は傘の骨も折れる台風並みの猛吹雪。
![]() |
一夜明けた28日、日曜日の多摩川(東京と神奈川の県境)河川敷の風景。前日の荒天が嘘のように暖かかったのでだいぶ溶けている。 |
| 1月19日 |
東関東大会前最後のフロート練習。夜7時に宮前平中学校に集合。何回か通し、細かい箇所をチェックする。なんだか吹くたびに出来ない箇所が増えていくような気がする。そういうところというのは実は最初から出来ていなかったのである。出来ていない、ということに気がつく段階までやっと到達した、ということなのである。道のりは遠い。
明日、会場のひたちなか市に向けて出発する。
| 1月18日 |
N響定期を聴く(サントリーホール)。
指揮は準・メルクル(変換ミスに非ず)。素晴らしい演奏だった。1曲めのバルトークから緊張と開放のコントラストの見事な演奏で、遅い部分では細かなアゴーギグの変化を凝らし、速い部分は一転して一気呵成に躍動する快さ。どちらもオーケストラは自在にかつぴったりとついて来る。メインの『スコットランド』も同様で、2楽章の木管の難所を胸のすくような鮮やかさで乗り切る(横川さん・茂木さん、見事!)かと思うと、3楽章のいかにもメンデルスゾーンらしい単純なメロディはすべてが意味を持って響いてくる。準・メルクル、凄い指揮者だ。N響は何だかんだ言ってもやはり上手いオケだなあと実感。
演奏とは関係ないけど、休憩時間にトイレに並んでいて改めてびっくりしたのだが、…ジイサンばっかりなんだよ、客が。トイレの列もロビーの人渦もほとんど。あれはちょっとすごいというか、一種異様な光景だったぞ。あれだけの人数の中で、40目前のオレがそれでも一番若いほうなんだもの。…クラシック音楽の聴衆層の現在と未来、というものについて考えさせられるものがあった。あと20年もしたら、N響の定期会員なんていなくなっちゃうんじゃないか。(他人事ではない。)
| 1月13日 |
「なめら〜か」今年初練習。見学者1人を含めた10人が集まった。21世紀はまずこれでしょ、って感じで『ツァラトゥストラ』から合わせ開始。最後に久々の『ホルベルク組曲』をインテンポで通す。…う〜ん、このテンポでピシッと吹けたらカッコイイだろうなあ(他人事モード)。まだまだ先は長い。
練習終了後は9人が残って、みなとみらいホール目の前の「すずめのおやど」になだれ込んで新年会を開催。今日譜読みをしようと書き上げた「ロンドンデリーの歌」のラージアンサンブル版(グレインジャーの'Irish
Tune from Conty Derry'に基づく編曲)のパート譜書きをしていたため昨夜の就寝は3時過ぎで(学生の時に身につけた一夜漬け癖は20年経っても治らんらしい)、アルコールが入ると眠くてしょうがない。最初からパソコンでスコアを書けばいいという話もあるが、いま写譜ペンを駆使して書いているのと同じ習熟度に到達するまでの手間と時間(そんな時間どこににあるんだ)、その後の稼働率のことを考え、譜面浄書ソフトには手を出せずにいる。
新年会は5時半には始まったので8時頃には散会。二次会は、あまりにも寒いので遠くに移動する気が起こらず、結局隣のいつもの本拠地・ロイヤルホストみなとみらい店に5人が残って入る。とめちゃんことM氏が同席している時はいつもそうなのだが話が強烈に盛り上がり、気がついたら0時過ぎ(そろそろ11時くらいかな、というところで時計を見るまで誰も気がつかないほど話に熱中していた)。大慌てで解散、電車もないのでまたしてもN子さんの車のお世話になった。いやはや。ということで今年も変わりなく(^_^;スタートしたというところか。
| 1月12日 |
今年最初に聴いたオーケストラの演奏会は、新日本フィルのファースト・ポップス・コンサートだった(すみだトリフォニーホール)。20世紀のクラシックの巨匠が書いた映画音楽の特集を21世紀の最初に聴く、という趣旨で、曲目(映画タイトル)は以下の通り。
指揮は竹本泰蔵。舞台の上には大きなスクリーンが下がり、その時流れている映画のハイライトが上映されたのだが(オケメンバーは譜面灯付きで演奏していた)、その映像はなんと、その時流れている音楽とぴったり同じ長さで一場面(あるいは、全編)が終わるように編集されているのである!(指揮者の譜面台の前には液晶画面のモニターがあって、見ながら指揮をしている。)この趣向には驚いた。演奏されるのはより抜きの数曲のナンバーだが、映画を全編観たような気になってしまう。「音楽」の側に重心を置きつつ、「映像」を含めた映画そのものを捉え直した、映画音楽の演奏会のコンセプトとしては画期的な試みであり素晴らしい。同じような試みがもう一度あったら是非また聴きたいものだと思う。
コルンゴルトの「ロビン・フッドの冒険」にはサクソフォンが2本使われているようで(これは私も知らなかった)、雲井雅人さんがアルトを吹いているのが見えた。もう一人は誰だろう。なにしろ舞台が暗いのでよく見えなかったが、西尾さんかな?コルンゴルトという作曲家の音はなんとなくアルフレッド・リードの響きと共通するものがあるように感じる。ハリウッドで売れっ子になったというのも納得できる。今月の新日本フィルの定期では珍しくも『交響曲』が演奏されるようだ。
それにしても「ベルリン陥落」の映像には考えさせられるものがあった。独ソ戦を題材としたスターリン礼賛御用映画であり、そっくりさんの扮するヒトラーが徹底的に残虐かつ馬鹿に描かれ、対して冷静沈着に勝利を目指すソ連人民軍とスターリン、最後は戦いに勝ってベルリンの空港ににこやかに降り立つスターリンを、赤旗を振って歓呼して迎える大群衆という単純きわまりない勧善懲悪の図式、そこにかぶる『森の歌』のフィナーレそっくりの感動的な音楽…という、その後の世界史の流れを知る今となってはまさに圧倒的にトホホな映画だったのだが、例えば北朝鮮なんかではきっと今でもマジでこのような映画が作られているんだろうなあ、と思え、前世紀の遺物と笑い飛ばすにはあまりにも複雑な気分だった。
| 1月11日 |
今年2度めのフロート練習。なぜかM山氏が尺八(一尺六寸管)を持ち込んでいて、練習終了後にほろほろと吹いていた。これがまた上手いのである。尺八にはタンギングというものが存在しない(フルート吹きが吹くとフルートが吹けなくなるそうな)とか、いろいろな話を聞かせてもらった。なんでもM山氏は琴も弾けるらしい。中学校の音楽の授業には邦楽器の鑑賞というカリキュラムがあるのだが、ただレコードを聴かせたって面白くなかろうと考え、自分で吹いたり弾いて聴かせられるようにと習ったのだそうだ。M山氏は授業の歌の伴奏を弾く時も、ピアノの前に座っていては真面目に歌うのは前列の生徒だけだろうというので、ポータブルのキーボードを首から下げて教室内を練り歩きながら弾くという話も後から聞いた。ちょっと感心してしまった。
| 1月8日 |
昨夜の雪は今朝方には雨となって、積もった雪はあらかた溶けてしまった。
下丸子の大田区民プラザで開かれた、大田区吹奏楽連盟「吹奏楽新春コンサート」の一番手に、アンサンブル・カテナリス(ニフティのネット仲間たちのサクソフォンカルテット)が出演したので聴きに行った。ここの2つ隣駅・沼部にある高校に電車1本で通っていた身としては、このへんは地元もいいところなはずなのだが、電車が途中で東急目黒線と多摩川線に分離してしまった今となってはずいぶん不便な場所のように感じる。
演奏はバッハのイタリア協奏曲(2月のカザルスホール・アマチュア室内楽フェスティバルのオーディションに合格し演奏予定)がさすがにこなれた感じだ。他にボザの『アンダンテとスケルツォ』など。ボザは私も以前いたカルテットで半年くらいの間に3回本番で吹いたことがあり懐かしく聴いた。破綻なくまとめていたが、拍節感が1小節毎の段階からまだ脱しきれていないところがある。それにしても今日の出演団体の中では別格の上手さではある。だいたいカテナリスは大田区とは何の関係もないはずだが、なんで出れたんだろうと思ったらウラがあるようで(以下省略)
大田区というところは吹奏楽が結構盛んなようだが(だいたい区単位で吹連があるところは珍しい)、正直なところ演奏のレベルはいまひとつで、聴いていて「上手な演奏」ということについて考えさせられた。まあまあ上手い団体はあるし、面白い演奏もあるし、どの団体もそれなりに練習の跡はあるのだが、そもそも根本の「ひとつひとつの音」を大事に吹いているところがほとんど無い。こういう演奏ばかりずっと聴き続けていると疲れてくるのだった。
| 1月7日 |
「音の輪」2001の結成式。毎年新たに結成される吹奏楽団だが、結成式の季節がやってくると私にとっては故郷に帰ったような感覚がある。連続出場記録を13回に更新。
アルフレッド・リードの1999〜2000年新譜4連発に、『ロシアン・クリスマス』、交響曲第5番『さくら』、という大作2曲、今日は譜面が来なかったが岩本伸一さんのソロで初演されたばかりの『子供の組曲』(A.Sax
Solo & Band)という、例によって大変かつ興味深い曲目には挑戦意欲をそそられる。メンバーは馴染みの顔ぶれの他、例年になく若い新人が多い。楽しみだ!
7時近くまで初見合奏。外は雪が降り始めた。皆長居をせずに早々に帰路につく。B.Saxあいざわ君の車で途中まで送ってもらったが、窓の外はもう真っ白だ。積もるかな。
| 1月5日 |
会社の仕事始め。明日から三連休なので本当は休みたかったのだが(みんなそうだろうな)、仕事の都合でそうもいかず。
夜は宮前平中学校でフロートの練習始め。なぜかアンコン降り番メンバーのM氏もギャラリーとして登場し、大いに盛り上がった。今日はアルトのTセンセが新年早々絶好調で、最初に県大会の録音テープを皆で聴いた時から始まって、練習中も皆に向けてあらゆる遠慮ないサジェスチョンを飛ばしてくる。それに対して応酬したり、言い訳したり、あるいはいきなり結託して一人に攻撃を集中したり。
いやはや、フロートの練習は、面白いというか、とんでもない。個々の技術や音色、音楽性、奏法の根本に至るまで、20年以上サックスを吹き続けて積み重ねてきたあらゆるレベルに対して容赦のないチェックが入る。それがこなせれば「面白い」と思えるが、こなせなければnothing、である。ある意味恐ろしい。
我々が一昨年、アンコンの全国大会に出た時、審査員のひとりだった仲田守先生(ご存じ、東京佼成ウィンド&キャトル・ロゾーのテナーSax奏者)が、我々のことを「あれがアマチュアだなんて嘘だ、アイツらは絶対、仕事なんかしないでサックスばっかり吹いてるに違いない」と言っていたという話を人づてに後日聞いたのだが、うーむ、当たらずとも遠からず、か?
| 1月1日 |
新しい年は晴れやかに明けた。
旧年は更新が遅れがちだったので(1999年以前のコンサート記録の詳細作成をはじめ、やり残したことも多々あり)、せめて日記くらいはまめにupしようと誓う。
恒例ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートはアーノンクールの指揮だった(後日ビデオで観たのだが)。評判は良いようだが、うーむ、何というか…。ネット上で誰かが言っていたが「遊び人系の合コンに不承不承参加して場違いな話をしてシラけさせる真面目君」という言い方が当たっているような。
来年は小澤征爾か。ごくごくオーソドックスなスタイルになるだろうな。