2000年

8月31日

今日から仕事に復帰し、夜は早速フロートの練習再開、というのはかなりつらい。楽器は合宿帰りに車に乗せておいてもらったので、手ぶらで練習場へ行けたので助かった。
アンサンブルコンテストのための選曲作業の続き。結局ダマーズは没って、リュエフのコンセール(Concert en quatuor、『演奏会用四重奏曲』という誤訳が流布している)になりそうだ。アンコンの選曲というのは、音楽とは関係ない要素(審査員ウケするかどうかとか、時間制限とか)がいろいろ入ってくるので面倒くさい。いよいよ8月も終わりだ。

8月30日

27〜29日はフロートM山氏の門下生合宿で、浅間高原のペンションで遅い夏休みを過ごす。M山氏は中学校の教師だが、サックスを音大で専攻したのでそっちの生徒も大勢いる。この合宿にも、社会人や高校生、現役の音大生(洗足、昭和、武蔵野)、勤務先の学校の生徒で今年のアンサンブルコンテストに出場予定の中学2年生3名など総勢18人が集結。初日はなぜか、私のNifty仲間でオフ会というと全国各地に現れるHAL氏が、松本より日帰り参加で即席カルテットを楽しんだ様子。
血相変えてさらいまくる若い子たちを尻目に、こちらはさしてすることもないので優雅に自分の練習&お昼寝、ともくろんでいたが、2日め夜の発表会で、急遽フロートのメンバーでスカルラッティの『3つの小品』(カルテット)を披露することになったので、あわててやっつけ練習に追われる。実はテナーパートは吹いたことがなかったのだった(吹いたことのあるアルトパートに比べ数段ややこしい)。しかも中学生たちのアンコン曲のお手本演奏(^^;;、ということで猛烈な快速テンポには参った。本番は得意の「出来たふり」で乗り切る。(こんな感じ

29日は、帰宅する門下生軍団に別れを告げ、20キロほど離れた草津温泉で独自にもう一泊するためM山氏の車で送ってもらう。湯畑(草津温泉最大の源泉)のすぐ脇のホテルだった。お湯は強烈な硫黄の匂いだが、さすがに強力で、疲れて寝不足の体にはよく効くこと。
翌30日はいよいよ帰京だが、草津の街のあまりの人の多さ(平日だというのにこの観光客の数は何なんだ)に辟易し、少し静かな所にも行きたくて、思い立って吾妻線の川原湯温泉駅(長野原草津口の隣駅)で途中下車し、ひるメシがてら少しく散策。なんでも近い将来ダムが出来て水没することになっているという、吾妻渓谷添いの鄙びた温泉街で、観光客なんかほとんどいない静かな山間の田舎の風景。渓谷に面した野趣あふれる露天風呂(1回300円の共同浴場)などなど、降り立って正解だった。

川原湯温泉を後に、特急列車で一路東京へ。東京オペラシティに直行する。いきなり平日夕方の新宿駅の乗り換えの人渦には対応しきれない。草津の人の数ごときに参っていたら東京は歩けないわな。
オペラシティでは佐藤尚美さんのリサイタルを聴く。芸大を出てアムステルダムに留学中の女の子だけど、実はかつて、今はなくなってしまった「東京シティウィンドアンサンブル」という偉そうな名前のサクソフォンカルテットで一緒に吹いていた仲間なのだ。ソプラノを吹いていた佐藤さんはその頃高校生だったけど、当時から既に強烈に上手くて、若々しくてひたむきな音の奔流を真向かいで浴びてアルトを吹くことは(ソプラノとアルトは向かい合って座ることが多い)、もう30近かった自分にとっては特別な経験だったな。あれから10年。今日のリサイタルは、オランダの現代曲をはじめとする馴染みのない曲目を、楽しく・わかりやすく・元気よく紹介するプログラムだった。頼もしい。今日は舞台の上と客席に分かれていたけど、やはりあの頃のようにエネルギーを分けてもらったような気がする。

8月26日

「なめら〜か」練習。今日は団内カルテット(私はメンバーではない)の初合わせを午前中にやるというので、ギャラリー&付添いとして10時ごろ練習会場に着いたのだが、テナーのYさんが楽器を床に落としたとかで、クラリネットこわしちゃった状態(#ドとレとミとファとソとラとシの音が〜出な〜い)に陥っていた。見ると管体がきれいに斜めに曲がっており、重症の様子(パックケースのファスナーが開いたまま持ち上げてしまったそうで、私も一度やらかしたことがある。皆さんも気をつけましょう)。急遽、午後から来る予定の楽器持ちのM氏を電話で叩き起こして、テナーを持ってきてもらう。11時半頃到着したのでとりあえず一度だけ通すことはできた。曲はサンジュレーの四重奏曲の第1楽章。楽しそうに結託して吹きまくるアルト以下の女性3人と、さらい足りずに防戦一方のソプラノ吹き(大学生の事務局長H君)という感じで、カルテットの名前は「3人のお姉さまと若いツバメ」とでも名付けようか(^o^)

午後からはラージ練習。練習開始以来最多の10人が集まり、初めて全パートが揃ってなかなか充実した練習ができた。11月には本番?も決定し、この感じで盛り上がるといいな。
練習終了後はいつものように「ロイヤルホスト」へ。私は明日からフロートのM山氏の門下生合宿(群馬県嬬恋村)に避暑がてら行くので、荷造りのため早めに退き上げた。帰京は30日夜の予定。

8月24日

サントリー・サマーフェスティバルの第1日め公演を聴く。サントリーホール毎年恒例の六夜連続の夏の現代音楽祭で、毎年何日かは聴きに行っているが今年は今日だけしかスケジュールが合わなかった。演奏は岩城宏之指揮の東京フィル。須川さんの出番があったのは嬉しいことだ。

1900年当時に作曲された音楽の並んだ、なかなか不思議なプログラム。100年前の前世紀末の音楽の混迷状況というのがなんとなく想像できる曲目だ。マーラーの交響曲第4番や第5番なんかも同じ頃じゃなかったっけ。あと100年経ってから同じようなコンセプトの演奏会(2000年当時作曲された音楽)が企画されたら、いったいどんな曲が並ぶんだろうか。それまで地球とか人類とかがちゃんとあるかどうかが問題だが。
ドビュッシーのオケ版を生で聴くのは実はまだ2回めだが、意外とわかりやすいというか、繊細に始まり盛り上がって終わる、耳あたりのよい作品という印象があった。これだったらもっと頻繁に採り上げられても良さそうなものだが。ソロはtuttiの部分でも何ヶ所か一緒に吹いていたが、ピアノ伴奏ならともかくオケ伴だったら譜面どおり吹いてほしかったという気がする。
アイヴズの2番は初めて聴いたが、分かりやすいんだか難解なんだかさっぱり分からない音の並びで、音を追っかけていると自分がどこにいるんだかよく分からなくなる。聴いたことのある4番なんかに比べればそれでもまだ穏健で、ちょっとマーラーみたいだ。

8月22日

三善晃作曲の「オペラ・支倉常長『遠い帆』」公演の招待券を貰ったので、観に行った。(東京文化会館)
仙台開府四百年の記念事業として委嘱され、十年の準備期間ののち昨春仙台と東京にて初演、今回はやはり仙台と東京での、二度めの公演だそうだ。ステージ上には十字の形をした通路状の舞台、そして十字以外のスペースに4つに分かれたオーケストラ(外山雄三指揮・仙台フィル)が並ぶ。衣装をつけて会場内(客席通路も含む)を練り歩きながら歌う合唱+児童合唱など、「絢爛豪華」というのではないけれどおそろしく手間暇のかかった舞台だった。
あらすじは、伊達政宗の命を受け、ローマ法王への親書を携え船でヨーロッパに渡った藩士・支倉常長が、彼の後で法王に謁見し洗礼を受けながらも、その間に政策が変わってキリスト教禁教令の敷かれた祖国日本へ帰っていく、というもの。休憩なしの全一幕1時間強、声の伴奏や日本的な内容の台本への作曲、ということへの遠慮のまったくない三善ブシ横溢の過激な音楽のせいもあり、言葉があまりよく聞きとれず、結果、言葉で展開されるドラマのほとんどない、「歌劇」というよりは「音+詩」のような印象を受けた。なるほど、こういうやり方もある。

8月21日

本屋で毎月恒例「音楽の友」の立ち読み(^^;。来年の来日演奏家特集というのをチェックする。パリ管がジョルジュ・プレートルと来るとか、須川さんが今度はギャルドと共演するらしいとか、いろいろ。

帰宅したら「パイパーズ」も届いていた。ロマン派の曲のアクセント記号はルバートのことである(作曲家によって意味が全く異なる)、という本間正史氏の話は目から鱗だった。思い出したのはサンジュレー四重奏曲(1857年作曲)のこと。この楽譜、どう考えても不自然でヘンテコなアクセントやら何やらが一杯ついていて、この曲を吹く時にはまずアクセントを全て無視する、ということを今までずっとしてきたのだった。この記号が実はアクセントではない、ということになったら、これだけポピュラーなこの曲の解釈の根幹にかかわる事態である。これは要研究だ。

私のホームページを見て、探していたマルセル・ミュールのCD(La Legende他)を見つけ入手することができた、という(純粋リスナーの)方からお礼のメールを戴いた。ホームページ作って良かった、と思った一瞬であり、嬉しかった。
ミュールの素晴らしさというのは普遍的に認められている事実なのだなあと実感する。サクソフォンなどという邪道な楽器でクラシック音楽を実践しようという身にとっては、いわゆる普通の「クラシック」の世界との接点をどこに見出せばよいのかは日々試行錯誤の繰り返しだが、やはり「良いものは良い」という単純な真実に勝るものはない、らしい。

8月16日

久々にCDの買い出し。ついでに銀座の山野楽器で9月号の「ぶらあぼ」を入手。

フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル/アイネ・クライネ・ブラスムジーク PJBEのアンコールピース集。高校生の時先輩に聴かされたテューバ一人四重奏(故ジョン・フレッチャー)による『アイネクライネ』をはじめ、我々の世代の元ブラバン少年にとってはお馴染みというか、いまさらという感じのものだが、「なめら〜か」で『クラーケン』を演奏しようかと思っているので、この際久々にちゃんと聴いてみようかと思い買ってきた。
一度ざっと聴いただけだが、思ったのは、この10年くらいでやっと日本のオーケストラの金管もこれに近いサウンドが出せるようになってきたな、ということ。でも、安定感、品位とユーモア、何より音色の統一とブレンド、という点で、彼我の差はまだある。
演奏には関係ないが、日本語の曲目解説が何かピントがずれていて笑ってしまう。『ティコ・ティコ』の解説で、「…珍しくバラフォニウムを吹いてこれに応答していく形をとっている。」なんて大真面目に書いてるけど、バラフォニウムって何のことだか分かってんのか?

コンドン・コレクション〜ドビュッシー、サン=サーンス
同〜グラナドス、ファリャ
 ピアノロールの再生による大作曲家自作自演シリーズから2枚。「LPの時代から何度もリリースが繰り返されていた」そうだが、私には初耳だった。
ピアノロールの精度というものは私はよく知らないし、自動ピアノの音色もコンサート用ピアノには及ばないし、この再生が果たして実際の演奏をどの程度伝えるものだろうかとは思うが、それでも、ナディア・ブーランジェが絶賛したドビュッシーの演奏をはじめ、馴染みの深い作曲家たちの自作の実際の音をこうして耳にできるのは感動的だし意義深いことだ。『こどもの領分』(全曲収録)の、ロールでは捉えきれていない(と思われる)羽毛のような軽やかなタッチ。大好きなグラナドス『ゴイェスカス』(第1部全4曲収録)の、天衣無縫に自在な演奏。このシリーズもっと聴いてみたい。

ブラインドマンSax.Q. プレイズ・バッハ 最近私の周りで評判のブラインドマン、やっと聴いた。言葉による安易な理解や評価を拒絶したかのような一種峻厳なまでのバッハ演奏で、音質的には異なるけれど先日聴いた雲井さんのカルテットのバッハと共通するものがある。

8月13日

横浜楽友協会のサックス・ラージアンサンブル練習に1ヶ月ぶりに参加。出かける前にばたばたと「なめら〜か」ホームページの更新作業をしていたら手間どって出発が遅れ、1時間くらい遅刻してしまった。(しかし練習はまだ3小節しか進んでいなかった)
発表会が終わり、やっとヴィラ=ロボス(『ファンタジア』)から開放されたと思いきや、こちらでは『ブラジル風バッハ』がまだまだ続いている。「第5番」に時間をとられて、「第1番」までは練習の手が回りきらない感がある。
隣で吹いた The Saxophonists in WWW のしんのすけさんに初対面の挨拶。

8月12日

横浜にて「なめら〜か」練習。今日は人数が少なかった。お盆休みに突入したせいか。特にバリトンサックスが全滅で、合奏の音が頼りないこと。あんまり真面目にやる気がせず、団員Y氏が自分の結婚披露パーティ用にと持ってきた初見の楽譜がいくつかあったのをいいことに色々音出しをして遊ぶ。この次はちゃんとやろうっと。こういうことをやってるからなかなか「練習の積み重ね」が出来ないことだ。

8月8日

昨夜は打ち上げを11時で辞し、1時近くに帰宅。
例年の経験から今日も仕事は休みを取った。案の定起きたのは正午近くで、昼間は何もする気がないまま過ごす。

夕方7時過ぎからフロート・サキソフォンアンサンブルの練習へ。現在の私の所属演奏団体とは言いながら、このホームページを開設して以来初めての練習ヲイヲイというのがなんとも言えない。今まで何やってたんでしょね。練習会場は宮前平中学校の音楽室。椅子と打楽器が扇形に並び、たたまれた譜面台や色とりどりの書き込みだらけの楽譜がそこここに置き去りにされた、夏休みの吹奏楽部の合奏場の風景。
今年のアンサンブルコンテストの候補曲、ダマーズ(Jean-Michel Damase)の四重奏曲を初見で通す。さすがにインテンポでは吹けない。パート譜が4ページくらいある長い終楽章も、八分音符単位のテンポでゆっくり鳴らす。「こんなことやってたら日が暮れちゃうよ、」「もう暮れてるよ」などと。かなり入り組んだ譜割りの曲だが、時々ハッとするような美しい響きが聞こえる。フォーレの最晩年の難解さと美しさに通じるような気がする(弦楽四重奏曲とかピアノ三重奏曲とか)。でもとりあえず、まだ何も決まらない。
近い先の演奏活動計画の話やら、フロート公式ホームページ用楽器写真の撮影やら、なにしろ久々に集まったもんで練習終了後もいろいろあり、結局宮前平中を出たのは10時半過ぎ。明日から社会復帰できるかしらん。

8月7日

第14回サクソフォン発表会本番。
この発表会にソロで出してもらえるようになってからはや8回めだが、初めて自分としてはほぼ100%の準備の下に臨むことのできた会ではあった(今まではせいぜい70〜80%の準備と、残りは「火事場の馬鹿力」で乗り切っていた)けれど、実際の演奏そのものは準備したものの50%がいいところで、悔いが残るのはまあ仕方がないか。本番で100%の演奏をするためには、200%の実力をまずつけなければならない、という、当たり前の事実を確認して終わった本番だった。明日からはまた精進します。

8月3日

マテオ・イムブルーノ(オルガン)独奏のバッハ・オルガン・スペシャルコンサートを聴く(サントリーホール)。オルガン好きの友人に教えてもらったのだが、私のお目当ては第2部に登場した渡辺貞夫のソロ。そう、あのナベサダが、小林道夫のピアノ伴奏でバッハのフルートソナタ(BWV1035と1031)、無伴奏パルティータ(BWV1013)を吹いたのである(勿論サックスで)。
ナベサダ氏は昔から機会あるごとにクラシックの演奏にも取り組んでいることは承知していたし、湯山昭の『ディヴェルティメント』をCDにも録音していて見事な演奏を披露しているのは知っていたが、ナマで聴くのは初めてで、いったいどんなことになるのか楽しみに聴いてみたが、これが意外と「普通の」バッハだった。「普通のバッハ」とはどんなバッハじゃ、ということにもなるのだが、ジャズ風にデフォルメされたバッハを予想した人がいたとしたらはぐらかされただろう、と思えるような、ごくごくオーソドックスな演奏だった。音色は紛うことなくナベサダの音なのだが。無伴奏のほうがより「らしさ」が感じられたように思った。それでも、「スウィングした」演奏では決してない。
それにしても技巧的な上手さは大したもので、ナベサダはもう67歳だそうだが(私の父と同い年だ)、年齢による技巧の衰えはほとんど感じさせない。同年代の日本のクラシックサックスの演奏家で今ここまで吹ける人というのは、残念ながら誰もいないだろう。ジャンルは違えども、演奏の現場に居続けて精進を重ねてきた結果に他ならない訳で、本当に尊敬に値する。
主役の座を奪われてしまった感のあったオルガンのイムブルーノ氏だが、なかなか若々しい演奏を聴かせてくれた。だがオルガンの演奏というのは、同じような音色と発音がずっと続くせいか、退屈してしまう瞬間もある。サクソフォンアンサンブルの演奏というのも、一般の人(サックス関係者でなく)が聴いたらそう思うのかもしれないが。

クラシック招き猫の書き込みを読んでいたら、シューリヒト指揮パリ・オペラ座管のモーツァルト『リンツ』『プラハ』が無性に聴きたくなり、発作的にCDを買ってしまった。1990年発売という日付がある。廃盤にならずコンスタントに売れ続けているということらしい。…それにしても、あのオペラ座のオケにこういうノリまくりの演奏を仕掛けるとは、やはりシューリヒトただ者ではない。この演奏を「アンサンブルが悪い」などと言っているどこぞの評論家は、フランスのオーケストラというものを根本的に勘違いしているに違いない。