2000年

5月27日

日記を3週間分まとめて書くと疲れることだ(爆)。

「音の輪」仲間のフルート吹きNさんの出演するアマオケ「横浜フィルハーモニー管弦楽団」第42回定期演奏会を聴いてきた(みなとみらいホール)。キャンディード序曲〜ウェストサイド・ストーリーよりシンフォニック・ダンス〜(休憩)〜エルガー/エニグマ変奏曲というプログラム。
バーンスタインはやはり難しくて、特に「ウェストサイド」はあちこち危なかったが、休憩後の「エニグマ」はなかなか感動的な演奏だった。まあ、そういう演奏が出来なければこの曲をやる意味はない。指揮の江原功という人はなかなかカッコいい指揮ぶりだが、あんなに「肩を入れて」棒を振れと小澤征爾や秋山和慶は教えたんだろうか(桐朋の出身)、と思ってしまうのは、この1ヶ月、肩から上に腕がほとんど上がらないフルネの指揮ぶりばかり見ていたせいもある。

5月26日

東京フィル定期公演を聴いた(オーチャードホール)。
1940年代の東京フィルの指揮者であり作曲家でもあったマンフレット・グルリットの業績を偲び、グルリット自作のオペラ3つとグルリットが日本初演したオペラ(タンホイザー、サロメ、ローエングリン、ばらの騎士、ニュルンベルクのマイスタージンガー…、すごい)の抜粋を並べたプログラム。指揮は若杉弘、歌手のソリストが7人と合唱団、終演が9時45分という長くて豪華なコンサートだった。
私のような人間にとっては、第2部の冒頭で演奏されたワーグナー「ローエングリンより『聖堂への入場』」が印象的だった。そう、ブラバン出身者なら誰でも知っている?「エルザ」のことである。原曲を聴いたのは初めてだが(そいえば昔、これを聴くためだけに「ローエングリン」の全曲盤を買っちゃったヤツとかもいたなぁ…)、木管群(+ホルン)、弦、金管群(トランペット、トロンボーン)、合唱という4つの音色を生かした見事なオーケストレーションであることが判った。終わり方は尻切れトンボだが。L.カイリエの吹奏楽編曲はたしかに見事だが、音色が塗り潰されて中途半端なものになってしまっていることも実感できた。まあ、吹奏楽の音というのは本来的にそういうものなのかもしれない。
東京フィルは上手いオケだと思う。音を出す時のわーっと沸き立つような独特の劇場的感覚というのはN響にも都響にもないもので、金管も輝かしい良い音をしているので、タンホイザーの大行進曲みたいなナンバーは実に効果的。

5月23日

5月のフルネ追っかけの最後は、都響「作曲家の肖像」シリーズ第35回「ベートーヴェン」(東京芸術劇場)。
メインプロの『英雄』がおそるべき名演だった。第2楽章の途中ごろから、これはすごいことが起こっているぞ、と思えたものだ。案の定終演後は3階席のほうから大量のブラヴォーが炸裂した。フルネが今や、「フランスの」という限定の取れた真正の「巨匠」となったことを実感する。

5月21日

朝刊にジャン=ピエール・ランパルの訃報を見る。享年78歳。驚いた。
世界一のフルートの名手として中学生の頃から名前を知っていた存在だったが、ついに実演を聴く機会はないままだった。去年の秋に日本に来て「引退記念リサイタル」をやったのは知っていたが、仕事が忙しくて行けなかったのだ。同じ時期オペラシティでモーツァルトのコンチェルトを吹いた演奏会(東響)も、全席売切だったが、行けなくなったから譲ってくれるという知人もいたというのに…
これも今は亡き「ハープの女王」リリー・ラスキーヌと共演したモーツァルト『フルートとハープのための協奏曲』のCDを聴いて故人を偲ぶ。今となっては古い録音ながら、ギャラントでかつ雅やかなこの演奏はあまりにも曲のイメージそのままで、他の演奏を受け付けさせないものがある。曲を知ることと演奏を知ることとが不可分なまでに一体化した、希有な例かもしれない。

最近、毎週日曜日は「東京リサーチ合奏団」の練習に通っている。クリフトン・ウィリアムズの『フィエスタ』、クラウンインペリアル、『スターウォーズ』組曲と続くプログラムは延々と吹きづくめの体力勝負だ。今日はソリストのテューバ奏者杉山さん(新日本フィル)との合わせの予定だったが、急遽中止になり残念。

5月20日

「サクソフォンアンサンブル・なめら〜か」第1回練習が挙行された。(横浜みなとみらいホール第3練習室)

楽譜はモーツァルトのセレナード第12番、リャードフの『8つのロシア民謡』(以上五重奏版)、グリークのホルベルク組曲(八重奏版)を準備して臨む。あいにくの大雨だったが、全部で9人が集まってくれて、初回にしてはそれなりに充実した音出しが出来たのではないだろうか。グリークはかなり手強い譜面だが、どうせ初見だからとずんずん通す。この曲はこの先も継続して練習していこうと思う。

練習終了後は、設立総会をみなとみらいホール隣の「ロイヤルホスト」で開催。と言っても要はみんなで飯を食いに行っただけなのだが。役員選出やら今後の運営方針などをどんどん決める。

さて実は私は、「なめら〜か」とはとりあえず別件で、「音の輪」終了の頃から、「アルフレッド・リードに『サクソフォン四重奏曲』の作曲を委嘱する」というもくろみを持って水面下で交渉を続けていたところだったのだが、ちょうど昨夜、「引き受ける」という内容のメールを受け取ったのだった。練習の休憩時間から早速話題にする。もともとはフロートで演奏しようと考えていたのだが、いろいろと話をしているうちに「なめら〜か」の演奏会で初演しよう、という話になってきた。私とリード博士とのつながりは「音の輪」なくしてはあり得なかったものなのだから、「音の輪」の有志で結成したアンサンブルで委嘱し初演をする、というのは、ごく自然な流れに思える。
という訳で、2001年秋・「なめら〜か」第1回演奏会、という予定が決まった。すごいぞ。1日でここまで話が進むとは。「ロイヤルホスト」を出たのは10時近く。5時間くらい居座っていたことになる。次回の練習は6月25日。

5月18日

久々にN響定期公演Bシリーズ(サントリーホール)を聴く。指揮はデヴィッド・ロバートソン。シュニトケのヴァイオリン協奏曲第4番(ソロ諏訪内晶子)というのが初めて聴いたがなかなかヘンテコな曲で印象的だった。諏訪内嬢は写真より実物のほうがず〜っと美人だ。メインプロはヤナーチェクのシンフォニエッタ。この曲は生で聴くと、どのような演奏であれそれなりに感動させてくれる。

5月15日

音楽物語「人間になりたがった猫」を聴きに(観に?)出る(北とぴあ・つつじホール)。古い友達でSax吹きの松本ひろ実さんが演奏のほか脚本、演出もこなしたプロジェクト。長いこと「尾崎ひろみ」という名前だったが、この1年ほどの間にいろいろあったようで、名字どころか名前まで変えてしまった。こういう自分の過去一切を捨てて出直すような大胆な行動はなかなか出来ることではないが、まぁ昔から無謀なヤツだったから、らしいと言えないことはない。それはおいといて。

小道具・大道具はほとんどないシンプルな舞台上には、ピアノ、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、サクソフォン(アルト&バリトン持替え)という編成のアンサンブル。エコノミカルでしかも色々な音色が出せそうな便利な編成だ。そして俳優が3人。L.アリグザンダーの原作は「人間はなぜ人間であろうとするのか」という普遍のテーマを据えたもので、正味1時間40分の上演時間にぴったり収まった脚色だった。少なくとも原作を知らなければ不自然な感は全くなかった。

このような出し物が「音楽」なのか「演劇」なのか、を考えるのは微妙なところだが、今回はとにかく3人の俳優が巧すぎて、音楽に関する印象があんまり残っていない。演奏者にもセリフがあったのだが、発声ひとつとってもプロの俳優は違う。とくにナレーター他十役近く?を掛け持った奥瀬繁の演技は素晴らしく、演じ分ける全ての役についてそれぞれ声質と性格を確立して臨んでいることは、当り前といえば当り前なのかもしれないが、見事としか言いようがない。
こういう舞台の場合、音楽家は損だとつくづく思う。目に見える成果を「俳優」(言葉と演技という、わかりやすい媒体を司っている)が持って行ってしまうからだ。音楽はただでさえ媒体としては抽象的な上に、とりあえず目の前に譜面があれば(その譜面、というか音楽を創り出す作業を別にすれば)弾けてしまう訳で、努力というものが客からは見えにくい(俳優のセリフと同じように、すべてのキャラクターの性格に対応する数の音色を準備して演奏したとして、果たして客の何人が理解してくれるだろうか)。
「音楽」が主導権を取るために、例えば「劇中歌」を挿入するという手もあるが、それをどんどん積み重ねていくとミュージカルやオペラに近くなってゆく。ある種「因習的に」確立されたパフォーマンスの形式である。確立されるにはそれなりの理由と事情があるということか。
単なる演技のBGMではなく、「音楽」もまた舞台上の主役のひとつであるのなら、「音楽」の側にも「新しいパフォーマンスの形式を創造する」という気概と自覚が不可欠だろう、と痛感した晩だった。

以上、最初にupしたものはあまりに論旨が粗雑で誤解を与えかねないと思ったので、少々書き直した。なんだか学生の頃に戻ったようで妙にコ難しい文章になってしまったが(Thunderは大学時代、演劇史を専攻していたという誰も知らない事実がある。他人からは理科系に見られがちなのだが)。

5月13日

先日届いた海外SaxCD、1枚めに疲れたせいであれから1週間残りを聴いていなかったのだが(よくあること)、やっと聴く気になったので次にチャレンジ。今度は Three Rivers Saxophone Quartet というアメリカはピッツバーグのカルテット。ドゥケーン大学(Duquesneはピッツバーグの旧名)で音楽を学んだ4人で結成され、これは創立25周年の記念CDだそうだ。
演奏そのものはさほど感心するほどのものではなかったが、ピッツバーグという地方都市?で25年間にわたって活動を続け、ホームページを開設して世界に情報を発信し、自分たちの制作したCDをこうして日本の一アマチュアにも入手可能なように販路整備している、その地道な努力には敬意を表さざるを得ない。
バリトン奏者(デヴィッド・マシューズなどという紛らわしい名前)は North Hill High School の先生だそうで、収録場所も学校内となっていた(たしかに学校の視聴覚スタジオで録音したような無機質な雰囲気の音だ)。なんとなく我らがフロート・サキソフォンアンサンブル(メンバー2人が中学校の先生で、練習場所はいつも校内)と似ていて親近感を感じてしまう。
もしフロートがCDを制作したら、少なくともこれと同程度以上のものは作れそうな気がしてきた。我々も頑張らないといけないなあ。丸さん早く練習日設定してくれぇ。

夕方はフルネ追っかけ第2弾、都響プロムナードコンサート(サントリーホール)。
1曲めはビゼーの交響曲。冒頭はCDなどで聴くこの曲のイメージとはちょっと違う、堂々たるテンポで始まった。しかしテンポは「巨匠風」になっても、響きは決して重苦しくならないところがやはりフルネだ(第2楽章の清楚で透明な響き!)。第3楽章も遅めテンポだったが、無窮動風の第4楽章では一転して快活で饒舌な演奏。
しかし今回の真の聞き物は休憩後のファリャ2曲だった。『スペインの庭の夜』での明滅する印象派的色彩、『三角帽子』組曲での、隅々まで把握されたリズムの明快な推進力はさすが!アンコール(ウィリアムテル序曲より「スイス軍の行進」)はちょっと余計だったかな。今日のプログラムだったら、過去に何回かフルネさんのアンコールで聴いたファリャ『はかなき人生』の舞曲が聴けるかと思っていたのだが。

5月9日

今年も東京にフルネがやって来た。都響Aシリーズ定期演奏会(東京文化会館)。指揮はつい1ヶ月足らず前に87歳となったフランスの巨匠、ジャン・フルネ。
フルネほど「マエストロ」という呼び名のふさわしい指揮者はいない(少なくとも、頻繁に日本で聴ける人たちの中では)。さすがに舞台に登場する時の足元はちょっと危なっかしくなっているが、ダンディな長身とエレガントで簡潔な棒さばきは15年以上前に初めて見た時から変わらない。

1曲めはフロラン・シュミットのバレエ組曲『サロメの悲劇』。良い演奏だったが、1曲めからいきなりシュミットというのは(やる方も聴く方も)ちと辛いかも。終わった後は戸惑いを含んだ拍手だった。
盛り上がってきたのは休憩後のイベール『寄港地』からだった。弦と木管の実に繊細な音と、絶対に「恣意的」にならない絶妙のルバートを含んだテンポ設定。すべてが上品で、「過不足」がない。最後の『ダフニスとクロエ』第2組曲も、無理に盛り上げたり声高に主張したりしない、音楽の一切を手中に収めた演奏だった。こんなに素晴らしいフランス音楽が東京に居ながらにして聴けるとは、なんと幸せなことだろう!

終演後は楽屋口で、マエストロのサインを戴いてきた。東京文化会館では、ホール側の好意で、オケのメンバーが出払う最後の時間まで待っていると、楽屋口のロビーで指揮者のサイン会が開かれることがある。私のようにミーハーなくせに楽屋の中まで押しかける勇気のない人間にとってはありがたい。
高校2年生のときに買った、手垢で真っ黒のデュラン版『ダフニスとクロエ』第2組曲スコアの扉にサインをお願いした。間近で見るフルネは、本当にカッコいい!歳をとったらあんなじいさんになりたいもんだ(絶対無理)。
サインの列に並んでいる中には、サロメの悲劇、寄港地、ダフニスという今日の3曲全部のミニチュアスコアを持参して来ている人もいた。今銀座のヤマハあたりでこの3冊をまとめて買ったら、カル〜ク2万円は超しちゃうぞ(『寄港地』が高いんだよな〜、オレも欲しいんだけど)。『サロメ…』なんか紙が酸化してボロボロで、表紙が取れてしまっている。顔見知りの仲間に「ドブリンガーで拾って来たのか?」などと言われていた。う〜む、濃い世界だ。

5月6日

せっかくの5連休だが、1日練習、1日怒濤の本番、1日反動でボ〜としていたらもうすでに4日め。少しは出歩くかと、招待券の回ってきていた出光美術館へと赴く。おりから、国宝「伴大納言絵巻」上巻が展示中である。普段は閑静な丸の内オフィス街の美術館だが、今日はさすがに大行列ができていた。
千年の時を経て色あせた絵巻物が、薄暗い照明の下に広げられている。わたしたちが今つくり出したものの何が、千年後まで残っているだろうかと考えると、なんというか、壮大かつ無心の境地になることだ。

家に帰ったら先日海外に注文していたCDが3枚届いていた。まず Orfeo Saxophone Quartet とやらを聴いてみる。オーストリアのカルテットらしいが、解説が全部ドイツ語でお手上げ状態。モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番から聴いてみたが、内声(アルト、テナー)の音程が、ちょっと、おい、マジかいアンタたち、って感じで集中できない。『タンゴの歴史』に入る前に止めてしまった。

「なめら〜か」の第1回練習日が決まったとメールが入っていた。5/20午後1時〜、みなとみらいホール練習室3。酒の席で盛り上がって始まったような企画が、どのような形に成長するものか、見モノだ。

5月5日

昨日のこと。

第12回「アルフレッド・リード音の輪コンサート」本番。朝9時、会場の五反田ゆうぽうとにぞろぞろと出演メンバーが集まってくる。ここはホールの人たちの作業が手早いので毎回あっという間にステージ設営が出来上がり、10時ぴったりにリハーサル開始。
1部及び2部(金管と打楽器のための交響曲)のリハが長引き、3部のリハはソロのある箇所のみ。『アルメニアンダンスパート1』の224番(最後「ゆけ、ゆけ」への入り)もやらず、ちょっと不安が残るが、”OK, OK, That's alright”とリード博士ご機嫌である。すでに時刻は12時半。開場30分前だ。大急ぎで弁当を食べ、開演を待つ。

1時半、開演。客の入りが悪いという前評判だったが、予想外に入っているようでちょっと安心。ホルストの『第1組曲』でスタート。
…第1部がなんだかとてもよい出来だったような気がする。伊藤透センセの「本番マジック」か?
本番がぜんぜん違ったといえば伊藤寛隆氏の『ラフーン』のソロも然り。すごい集中力と安定感。さすがプロや!

降り番の第2部を経てプログラムは進むが、何があったかもはやよく覚えていない。『パッサカリア』で集中力と体力のピークに達し、後の『アルメニアンダンス』は何か、吹っ切れたような演奏となった。まあ、予想通りか。
『アルメニアンダンス』の224番は案の定、打楽器が出したテンポとホルンの後打ちとクラのヒャラヒャラのスピードが全部違った。7小節の休みの後に主旋律を出す我々サックス群にとっては、さあっ、どこに付けるか!という緊張の一瞬。エイヤッとテンポを出して主導権を奪還する。ほんの数秒の間のことだった。あとは野となれ山となれ。4つの轟音のような和音で曲は終わる。大拍手。アンコールに最近再販なった『思い出のサンフランシスコ』(リード編曲)、そして「次に何をやるかは皆さんご存じでしょう」という博士のコメントの後『星条旗よ永遠なれ』。「お疲れさまでしたあっ!」と楽屋に戻ったら4時半だった。

個人的にはこんなにソロの多い本番は初めてだった。一度吹いてみたかった、ホルスト第1楽章のソロ。実は本番で吹いたことはなくて、1982年のフレデリック・フェネル初来日の折たまたま参加した、フェネルによるホルスト『第1組曲』のリハーサル・クリニックの時に吹いたきりだ。18年めのリベンジ。何故か2ndパートに書いてある「羊飼い」の小さなソロ。『北国の伝説』のロマンティックなソロは意外にも、リズム、テンポ、音程、フレーズの作り方というすべての点で挑戦的なものだった。非常に吹きにくい『第3組曲』の速いソロ。オーボエの伴奏みたいなもんだが、何故か立たせてもらえた『パッサカリア』の短いソロ。そして、昨日急遽吹くことになった『アルメニアンダンス』のソロ。定番だが、何度吹いても難しい。ビデオが楽しみだ。

例年どおり、会場近所の「甘太郎」で打ち上げ。席次はほぼパート別。焼肉食べ放題コースだったが、皆、出された皿をものすごい勢いで平らげて、次々と追加注文が出る。マネージャーで宴会幹事のY君が「来年使えなくなるから頼みすぎないでください〜」と悲痛な声を上げている。ンなこと言われたってねぇ。リード博士の席の回りにはプログラムにサインを求めるメンバー達の行列ができている。毎年の光景。
サックス席の周辺は、「音の輪」を母体とした新しい団体「サクソフォンアンサンブル・なめら〜か」結成の話題で盛り上がった。メンバーの大学生H君を事務担当に任命し、動きだすことにする。これは是非、酒の席での話にとどまらず、実現させたい。

打ち上げは7時半に締まったが、全員が店の外に出たのは8時をはるかに回った頃だった。これも例年どおりか。
二次会は、サックス族は「なめら〜か」関連のマジな打ち合わせもあることだしと、平和に五反田駅東口の「コージーコーナー」に入る。甘い物の好きな面々である。そいえば一次会でもあまりバカ飲みせずに焼肉ばかり食っていたなあ。肉がすごい勢いで減っている、と他パート席でも評判だったそうだ(後日談)。バリトンサックスM氏はひとりホフブロイビールを頼み、スパゲティを平らげ、そのうえ追加オーダーでコーヒーとパイも食べていた。さすが。
各パート別に各所で二次会を開催しているようだ。それぞれの拠点どうし、携帯で連絡を取り合っている。夜は刻々と更けてゆく。