「夢のお仕事」
1999年頃 記
◎夢の意味を問うこと
深層心理学とかやってると、やっぱり夢の意味を問いたくなりますね。絶対わかんないんだけど。ボクなんかはユングの専門書とかも読んでるんで、少しは解釈できてもよさそうなんですが、やっぱりわかんないです。いかようにもとれるんでね。では早速、夢分析に関するカール・グスタフ・ユング先生のありがたいお言葉を引用しときましょう。
「夢の意味を知ろうとする場合、最もの近道は、夢自体である。」
(注:本のどこに出てたか忘れちゃったので、正確ではありません。内容は合ってます。)
さらにすかさずもう一つ。
「分析家は何をしてもいいが、夢を理解しようとだけはしてはならない。」
(これは正確です。)
てなことをのたまってらっしゃるんですねぇ。つまり、夢ってのはどんな風にも解釈できるんで、あんまり頭で合理的に理解しようとしたり、ひとつの解釈に固執したりとかはしないほうがいいですよってことなんですね。だから、夢の内容をそのまんま形を変えずに、見た人が見たまま、感じたままに捉えていくのがもっとも良いのではないでしょうか?ってゆーことを言ってるんですね。この点、「”ステッキ”や”スリッパ”は、それぞれ男女の”生殖器”の象徴だ。」と言い切るジークムント先生(=フロイト)よりは、ユングのほうが柔軟で且つ、事実に対して誠実だなぁと私なんかは思うんですが。
◎夢の機能について
私は鬱期に入ると夢をやたらとよく見ます。ユングによる夢の主機能は以下の3つです。(ほんとはもっとあるんですがここでは主なもののみ。また、一つの夢で複数の機能が働いている場合もあるので、あまり単純に考えないで下さい。)
1、精神の健康を保つ為の単純な願望充足
2、一面的になった意識に対する無意識からの補償
3、意識が受け入れがたい覚醒時の事実を受け入れやすい形でうけいれさせること
3は、「悪夢を繰り返し見る」という話を考えてみてください。ストーリーの形をとっていて、あれでも少しは意識にとって受け入れやすい形になっているんです。精神エネルギーの退行時(=鬱期)に見る夢は2のものでしょう。でもこの3つって、実はどれも「補償夢」の一言で片付けられそうなんですよね、考えてみると。まぁ、便宜上の区分けってところでしょうか。
◎夢はどのように作られるのか?
夢は意識と無意識の共同制作によるものです、合作映画です。例えて言えば、「意識」が”深い森の前に立っているあなた”、「無意識」が”森全体”、とします。(注:某国のバカ首相とは一切関係ありません。)
森から熊が出てきました。
あなたは熊を見て思いました。
「で〜!熊いるんじゃん。こえ〜かも。喰われる?
やはり古典的に”死んだふり”をすべきなのかしら?
他にも何かいるんじゃないのかなぁ??
鳥とかリスとか…。
どんな動物がどれぐらいいるんだろう…。植物とかも色々生い茂ってそうだし…
う〜ん…。」
といって、鳥だのリスだの植物だのと、あなたが色々思い描いたイメージが、「夢」なんです。要するに、無意識からもらった(無意識は、たまに意識の方へちょっとしたメッセージを送ってきたりするんですよ。)”ちょっとした材料”を元にして、意識が組み立てて作ったものが「夢」なんです。まぁ、これだけじゃわかりづらいと思いますが、下の文章を読んでいけばもう少しわかってくると思ます。
◎夢における時間観念
「夢と時間」について言っておきましょう。夢の中の時間は、覚醒時のいわゆる”現実”の時間とは全く違います。長い長い夢を見た後に目が覚めて時計を見てみたら、たったの1時間ちょっとぐらいしか経ってなかったなどということが過去にありませんでしたか?それは、夢というものは、実は”時計的な時間”=「クロノス」に則って見ているものではなくて、別の極めて個人的な時間=「カイロス」と呼ばれる時間で見ているからなんです。
”クロノス”は、
「午前7:00から午前8:00は、誰にとっても”60分間”だ」、と言う場合の時間です。
”カイロス”は、
「60分間のテストが、ある人には30分くらいに短く感じられ、ある人には80分にも90分にも長く感じられた」、と言う場合の時間です。
つまりカイロスとは、人間一人一人が思う”意味合い”などによって、いくらにもゆがめられる時間なわけです。つまり小説などで、「そして10年の月日が流れた。」と言われた時の感覚に近いかも知れません。実際の時計的な時間じゃないんです。こちらが「”そうだ”と思う」時間なんです。空間でも似たようなことが言えます。線路の向こう側にあるビデオレンタル屋は、自宅からの直線距離にすれば何キロも無いのに、橋や踏み切りなどが無い為に遠回りして線路を越えていかねばならず、ゆえに「自宅からそのビデオ屋までの道のりは遠い」、などと言うのです。
ではなぜ、夢はカイロスで見るのでしょうか?じつは夢というものは、ユングによれば、クロノス的に言って「ほんの一瞬で」見ているものなんだそうです。覚醒の直前か直後かに、無意識からデータだけを与えられ、それを意識において(といっても意識はしないのだからおそらく意識と無意識の境界あたりで)「理性」がその”独特の設計図”に基づいて「夢」を作成する、と言うことなんだそうです。わかりますか?つまり、無意識からのデータ、あるいは理性の設計図の中に、何らかの”時間設定”が入っていれば、夢はその時間に沿って組み立てられるというわけです。さっき言った、小説の中での「そして10年の月日が流れた。」という説明のようなものです。わかります?あ、ちなみに無意識からのデータは、外的刺激、例えば目覚ましの音などによっても触発されるような形で出てくると言います。ここらへんのことはもっとユング心理学についてある程度勉強してからでないと、説明したところで理解は無理だと思います。ので割愛。
さぁ、「理性」だの「独特の設計図」だの、わけわからん言葉が出てまいりました。もうお手上げでしょうか?これは何の話かと言うと、カントの認識論の応用なんです。ユングはカント哲学に傾倒していた時期があったらしいです。ぼくもちょうどユングのこの夢理論に遭遇するちょっと前に、カントの認識論の話を大学の講義で聴いていて”感動していた”ところなので、話はすんなり飲み込めました。だからカントの話をしなければならないのですが、それはこの次に。
今回はちょっと難しかったかもね。自分で読み返しても、明らかに説明不足な所もあるし。次回はもっと難しくなる予定です(笑)。わかんなかったら質問してね。逐一レスの形で色々説明する方がこっちもやりやすいですし。だから遠慮なくメールとか送ってきてください。
では。