「ソラリス」(2002年アメリカ)



2004年1月 記

 なんと言ったらいいのか、胸が締め付けられる作品です。見終った後、胸がキューッとなります。なんとも切ないってゆーか、なんてゆーか。監督もインタビューで言っているとおり、この作品は設定はSFですが、本質的にラブ・ストーリーなのです。
 近未来、宇宙に進出しつつある人類なわけですが、ソラリスという惑星を発見し、この惑星がどんな星なのかを調査するんです。が、なんだか調査がうまくいかない。それどころか調査をすすめる宇宙ステーションの乗組員たちがなんかおかしくなっちゃうんです。そこで主人公の心理学者(精神科医)クリスが、乗組員の一人から要請されてソラリスへと向かうのです。

 でね、その宇宙船の中でね、奇妙なことが起きるんです。なんと死んだはずの(自殺したはずの)クリスの妻が現れるのです。こりゃあビックリ。さすがのジョージ・クルーニーも自分の頭バシバシ叩いて驚きます。でね、なんでもその”客”はね、他ならぬ惑星ソラリス自体が作り出してるものらしいんだわ。ソラリスは実はただの惑星ではなく、一つの知的生命体なんだとか。んで人類に接触を求めてきたと。んでそのやり方が、人の潜在意識の中にある記憶を物質化するというやり方なんだって。そんでもってクリスの前に死んだはずの妻レイアが現れたと。そーゆーことなのです。

 問題はここからですなんですよ。つまりそのレイアは、ニセモノなわけで、要は作り物なわけなんです。が、クリスはそのレイアを愛してしまうのです。か〜、しんどいね。なにせ自分のせいで妻を自殺させてしまったという後悔の念があるだけに、クリスのレイアに対する想いはとても強いのです。「このレイアと、もう一度やり直せるのでは・・」と思ってしまうわけなのです。はぁ、このへんがまぁツライとこなんですなぁ。
 っつーかまぁそのー、こいつはニセモノだっていわれても、愛する人が目の前に現れちゃあ愛せざるを得ないよなぁ。しかもこの作品の場合、自分の記憶に基づいて再生されてるわけだから、かなりリアルなニセモノができるわけだ。なんつーかこう、このへんは考えてみると、かなり哲学的なお話になってくるのだ。ソラリスは何を考えているのですかねぇ。静かにモヤモヤモヤモヤしてるだけなんだけど。愛する人の形をとって接触を試みる。。う〜ん。

 この作品には原作があります。その名もスタニスラフ・レムという人の『ソラリスの陽のもとに』というのがそれです。で、一度かのタルコフスキーが映画化しています。『惑星ソラリス』です。いずれの作品も、見終った後に何かが残ります。なんとも言いがたい深い感情、哲学的疑問などなど。

 まぁそんなわけで、アメリカ映画にしてはかなり静かで地味な映画だけど、一見の価値はあると私は思っています。