和紙

9.姉と弟

挿絵9-1 敵の飛行機が飛んできて、爆弾や、焼夷弾を、落としました。町は、火の海になりました。たくさんの人が逃げてゆきます。親子、兄弟が、お互いに、名を呼び合いながら、逃げてゆきます。道端には、あちこちに、人が倒れていました。
 『早く早く・・・、早くおいで!』
 火の中を、くぐりながら、逃げてゆく一家の人々がいました。お父さんと、お母さん、それに、姉さんと、弟の四人です。離れないようにと、一生懸命、名前を呼びながら、逃げてゆきますが、火と煙にまかれて、とうとう、みんな、バラバラに離れてしまいました。誰がどうなったのか、死んだのか、助かったのかも分かりません。
 姉さんは、一人っきりで、火の中に倒れていました。体のあちこちに、怪我や焼けどをして、死んだ人のようになっていました。挿絵9-2
 姉さんは、病院へ運ばれました。病院のベッドの上で、姉さんはウツラ、ウツラしていました。見る夢は、怖い怖い夢ばかりでした。恐ろしい火の中を逃げてゆく、お父さんや、お母さんや、弟や自分の姿です。お父さん、お母さん、それに弟は、どうなったでしょう。助かったでしょうか、それとも、駄目だったのでしょうか。
 熱も下がって、傷も治りました。けれども、顔の左半分は、ひどい焼けどになってしまいました。かわいそうな、姉さん。それに今は、行くところもありません。親切な、院長さんの世話で、この病院の仕事を、させてもらうことになりました。
 朝早くから起きて、お掃除をするのです。姉さんの仕事は、病院の掃除婦さんでした。一人ボッチになってしまった姉さんは、お父さん、お母さん、弟のことが、忘れられませんでした。
 仲間の人たちの中には、意地の悪い人もいて、時々、ひどいことを言われました。若い姉さんは、顔の醜い焼けどを笑われるのが、一番悲しかったのです。
 お使いで、町へでなければならない時もありました。戦争も終わって、町では、みんなが、美しく着飾って歩いています。みんな幸せそうです。戦争で、ひどい目にあった人のことなど、誰も構ってはくれません。顔に、ひどい焼けどのある姉さんは、うつむいて、小さくなって町を歩くのでした。挿絵9-3
 夜になると、お父さんや、お母さんや、弟のことを思い出して、毎晩のように泣きました。誰ひとり身寄りもなく、これから、どうして生きて行ったらよいのでしょう。かわいそうな一人ボッチのお姉さん。

(ルカ6の21)
 この病院に、かわいそうな女の病人がいました。家の人は、みんな戦争で死んでしまって、たった一人っきりの、おばさんでした。遠い満州というところから、引き上げてきたのですが、病気にかかり、死にそうになっていました。身寄りの人もなく、お世話してあげる人もいません。姉さんは、お気の毒に思って、ご飯を運んであげたり、洗濯をしてあげたり、自分の仕事のひまひまに、お世話をしてあげました。心のやさしいおばさんで、本当のお母さんのような気がするのでした。
(ヨハネ15の12)
 けれど、おばさんの病気は、悪くて、もう長くは生きられそうもありませんでした。おばさんは、姉さんを呼んで申しました。
 『あなたは、本当に、かわいそうな娘(こ)だね。私が死んだら、また寂しい一人ボッチになるかと思うと、本当にかわいそうだ。けれど、あなたは、まだ知るまいけれど、私たちの神さまは、いつでも、私たちを、守っていて下さるのだからね。安心をし、そして、神さまにおすがりして、元気におなりよ。』
そういって、おばさんは、一冊の古びた聖書を、姉さんに下さいました。
まもなく、おばさんは、死にました。落ち着いて、楽しそうにほほ笑みながら、死んでゆきました。
 姉さんは、泣けて泣けて、仕方ありませんでした。やさしい、おばさんも、いなくなってしまって、また、一人ボッチになってしまいました。私は、どうしたらよいだろう。
(ピリピ 1の23)(テサロニケ前、4の13、14)
挿絵9-4 夜になって、暗い電灯の下で、姉さんは、聖書という本を、開きました。やさしい、あの、おばさんの匂いがしました。聖書には、私たちの、やさしい神さまのこと、エスさまのことが、書いてありました。エスさまは、今も、生きていらして、私たちの一人一人を、しっかりと見守っていて下さるということが、分かりました。
 世の中に、自分ほど、不幸なものはないと思っていたのに、こんな私でも、神さまは、毎日毎日、やさしく見守っていて下さったのです。ご飯も下さるし、寝る所も、着るものも、ちゃんと下さるのです。病気にもならず、死にもせず、こうして暮らして行けるのは、みんな、神さまのお陰なのでした。神さまは、ちゃんと、生きていきいらっしゃるのです。お父さんや、お母さんと、同じに、いやそれ以上に、私のことを、毎日毎日、面倒を見ていて下さるのでした。「神は愛なり」聖書の中の、この言葉を読んだとき、神さまが、やさしい言葉で、話しかけていらっしゃるような、気がしました。
 今までの、いろいろな不幸せも、みんな、神さまのお心だったのです。神さまを知らない姉さんに、神さまを分からせてやりたいと思って、天のお父さまは、戦争を起こしたり、火事を起こしたりして、姉さんが神さまに帰ってくる道を、おつくりになったのでした。何もかも、ありがたい神さまの、お心だったのです。
 苦しいこと、悲しいことは、もう、なくなってしまいました。姉さんは、心から、神さまに、お詫びしたり、お礼を言ったりして、お祈りしました。それから、姉さんの心は、すっかり、変わってしまいました。もう、寂しがって泣いたり、しなくなりました。聖書を一生懸命読んで、いつも神さまにお祈りをして、楽しくそして元気でした。生きている神さまが、いつも守っていて下さるんですもの、どうして、寂しい事なんかありましょう。
 やさしい神さまは、姉さんを、もっともっと、幸せにして下さいました。いろいろ、ひどい目にあった姉さんが、かわいそうでならなかったのです。
(ヘブル12の7、8)
 親の言うこと聞かないで、悪いものを食べたり、悪い遊びをしたりする子がいると、お父さんは、たたいて折かんします。けれど、その後で、とてもかわいそうになって、飴を買ってやったり、おんぶして外へ連れて行ってやったりしますね。それと、同じです。神さまは、姉さんが、神さまの懐へ帰ってきてくれたので、今では、姉さんをぶったことを、後悔なさったのです。それで、いいものを、沢山、下さるのでした。ある日、町を歩いていると、ばったりと、弟に会えたのです。死んだと思った弟に、会えたのです。姉と弟は、抱き合って泣きました。弟は、あの空襲から助かって、今では、どこかの食堂で働いているのでした。
 神さまのお恵みで、弟も、姉さんの病院に、勤められるようになりました。二人のきょうだいは、毎日、一緒に暮らせるようになりました。
挿絵9-5 夜になると、聖書を読んで、天のお父さまに、感謝のお祈りをしました。死んだ、お父さん、お母さんも、やさしい神さまのお恵みで、今頃は、天国にいるでしょう。二人は、何もかも、嬉しくて、ありがたくて、幸せ過ぎるほど、幸せでした。
 これから先は、もう大丈夫です。二人のきょうだいは、神さまが、しっかり守っていて下さるのですから、もう何の心配もありません。貧乏になっても、病気になっても、死んでも安心です。神さまが、みんな、よくして下さいます。深い深い神さまのご恩に、みんなで、お礼を言いましょう。
(ヨハネ第一、4の16)


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