和紙

4.エスさま開けて

 阿部千代子ちゃんは、貧乏なお百姓の子です。学校から帰ると、いろいろな仕事をさせられます。
 『ほら、千代子、洗濯をしろ!』『ほら、千代子、草を刈ってこい。』『ほら、千代子、なっぱをとってこい。』
というふうに、後から後から用事があります。おうちが貧乏だからです。千代子ちゃんのうちは、高萩町のはずれの、石滝という集落にあって、小さなそまつな家です。千代子ちゃんは、いつも、つぎだらけの着物を着ていました。
 学校へは、いつも、つぎだらけの着物を着ていくのです。だから、たまに、普通の、つぎのない着物を着ていくと、お友達がみんな笑いました。
 『やあ、阿部さん、いい着物、来てるな。今日はいい着物だな。』
 このお友だちは、みんなお金持ちなので、貧乏な子の気持ちが分からないのです。だからなんでもないと思って、こんなことを言って、冷やかします。けれど、千代子ちゃんは、きっと、悲しかったに違いありません。
 千代子ちゃんは、また、学校の出来も良くない子でした。三年生でも、字もろくろく書けません。だから、なおのこと、みんなにばかにされました。こんな子は、世の中のだれからも相手にされないで、生まれて、生きて、死んでゆきます。けれども、エスさまは、こんな千代子ちゃんが、かわいいのです。エスさまは、どんな子でも、同じにかわいいのですが、貧乏で、出来の悪いような子が、中でも一番、ふびんでかわいいのです。
 1950年の秋のころでした。千代子ちゃんは一人で上台(うわだい)という、自分の家の裏山へ行って遊んでいました。千代子ちゃんは貧乏でお金がないから、町へ行ってもつまらないのです。だから、上台の山へ遊びに行くのです。山はいいところです。山にはアクマがあんまりいません。山には、エスさまがたくさん野の花を咲かせておいて下さいます。また、山にはいじめる子がいないから、どんな知恵の遅れた子だって安心です。千代子ちゃんは山の子供ですから、山が大好きなんです。それで、ひとりぼっちで、山で遊んでいました。
 すると、向こうから、だれかが来ました。そして、
 『やあ、阿部さんだ、阿部さんだ。』
と、いいました。それは、三年生の同じ組の男の子でした。そのは、お父さんと弟の三人で、山へ遊びに来ていたのです。その子のお父さんが言いました。
 『阿部さんとやら、あんたは、わき水のあるとこ、知ってる?教えてね。うちの子が、喉がかわいて、水を欲しがってるの。』
 『うん、おれ教えてやるよ。』
 そう言って、山のことならよく知っている千代子ちゃんは、わき水を教えてやりました。それからみんなは、お友達になって、一緒に花を摘んだりして、遊びました。
挿絵4-1 その小父さんは、エスさまを信じている小父さんでした。小父さんはいいました。
 『阿部さん、あんたに、エスさまの紙芝居をしてあげようね、ちょうど持って来たからね。エスさまのことは、大切よ。覚えておきなさいよ。』
 そういって、松林の中で紙芝居をしてくれました。
 『ほらね、これがエスさまの十字架よ。これは神の子のエスさまが、千代子ちゃんの代わりに死んで下さったのよ。千代ちゃんが悪いことしてるね。だから、地獄へ行くのが、かわいそうだといって、エスさまがあんたの代わりに罰を受けて下さったのよ。だからエスさまにごめんなさいをしておけばいいのよ。地獄へ行かないでもいいの。エスさまが天国へ入れてくださるのよ。』
 小父さんは、そう言って教えてくれました。
 『だからみんなで、エスさまにお祈りしようね。千代子ちゃんも一緒にしなさいね。』
そういっておじさんはお祈りをしてくれました。おじさんの子たちも、アーメンと、お祈りをしました。けれど、千代子ちゃんは、黙ったままで、アーメンをいいませんでした。千代子ちゃんは、まだ、いっぺんでは神さまのことが分からなかったのです。
 この日は、それだけでした。みんなは、別れて、めいめいのおうちへ帰りました。
 それから、何日か立ちました。ある日、千代子ちゃんのいる石滝という集落へ、いつかのおじさんが来ました。紙芝居のかごをもって、青空日曜学校をしに来たのです。おじさんが言いました。
 『おや、阿部さん、あんたのおうちは、ここだったのね。ちょうどよかった。今日はエスさまの日曜学校をしようね。千代子ちゃんも一緒にみなさいよ。そして、お祈りしましょうね。』挿絵4-2
そして、道端で、みんなで、日曜学校を始めました。それは地獄の描いてある紙芝居でした。
 『ほらね、みんな悪いことしてるの。喧嘩してるの。意地悪してるの。だから、死んだら、みんな地獄へ行くの。いやだね。怖いね。だからエスさまに助けていただくのよ。エスさまだけが助けてくれる人、やさしいやさしい神さまなのよ。』
 『だから、みんな、お祈りしようね。お祈りは大切よ。エスさまごめんなさいをしようね。』
そういって、おじさんは、お祈りをしてくれました。石滝の子たちは、あまり良い子がいませんでした。まじめにお祈りしてアーメンといった子は一人か二人です。あとの子は、もじもじしたり、よそ見をしたりして、真面目にお祈りをしませんでした。千代子ちゃんも、アーメンを言ったかどうかわかりません。言わなかったかもしれません。千代子ちゃんも、ほかの子も、エスさまのことが、良く分からなかったのです。
挿絵4-3 おじさんは、『いいかい。おうちでも良くお祈りして、エスさま、ごめんなさいを言うんだよ。エスさまを忘れると大変、天国へ行けなくなるからね。ではさようなら。おじさんはまた来るか来ないか分からないけれど、エスさまのことを忘れないでね。』
 けれど、みんな、ぼんやりして見送っていました。だれもサヨナラをいいません。『おじちゃん、また来てね。』とも言いません。あまりエスさまのことが好きでないようです。おじさんは、
 「ああ、ここの子は、お金持ちのお百姓の子が多いから、エスさまのことがよくのみこめないんだな。千代子ちゃんは貧乏な子だけど、あの子もあまり分からないようだな。この村は、もうくるのはよそう。もっと貧乏な炭鉱の子が、『エスさまのおじちゃん、来てね、来てね』と呼んでるから、あっちを先にして、こっちは後回しにしよう。」
と思いました。それで、おじちゃんは、しばらくこの村へきませんでした。さあ、おじさんが来ないと、だれもエスさまのことを教えてくれません。子供たちは、毎日、エスさまごめんなさいのお祈りをしたかしら。千代子ちゃんもお祈りをしたかしら。
 1951年の夏休みなりました。
 石滝集落の上の方に小さい貯水池があります。冷たい湧き水をためたので、水の冷たい池です。そこで、子供たちが、時々、水泳ぎをします。四年生になった阿部千代子ちゃんが、ここで水泳ぎをしているとき、急に心臓麻痺という病気が起こって、死んでしまいました。
挿絵4-4  急いで水から引き上げたけれど、千代子ちゃんの心臓は、もう止まっていました。神さまが千代子ちゃんを死なせたのです。どうしてこんな事が起こったのでしょう。千代子ちゃんは四年生まで生きて、死にました。貧乏で、頭の悪い、千代子ちゃん。エスさまのことだって、信じていたかどうか分かりません。お祈りだって本当にしたかどうか分かりません。神さま、あなたは、こんな子の魂をどうして下さるのですか。千代子ちゃんは天国へ行けたでしょうか。地獄でしょうか。神さましか、それはわかりません。
けれど、千代子ちゃんは、きっと天国へ行けたと私は信じます。それは、エスさまは、やさしいやさしい、お方だからです。エスさまは、私たちを、助けよう助けようといつも思っていらっしゃるお方だからです。エスさまの話を一度も聞いたことのない子なら、死ねばそのままドボンとすぐ、地獄へ投げ込まれてしまっても、仕方がないでしょう。だれも悪いことをしてますからね。でも千代子ちゃんは、一つだけ違います。千代子ちゃんは、エスさまの話を聞いた子です。エスさまの事を知っているはずです。だから、地獄へすぐは投げ込まれなかったでしょう。                                         (ヨハネ15の3)
 エスさまは、千代子ちゃんを危ないところで、地獄から助けて、天国の門の前まで、ひっぱり上げて下さったと思います。
 千代子ちゃんは、天国の門の前に立ちました。けれど門はぴったり閉まっていて開きません。千代子ちゃんは、エスさまを忘れているから門が開かないのです。何とかして門が開かないでしょうか。門の中は天国です。たのしい、たのしい、それはそれは、たのしい天国です。入りたいなぁ。けれどダメ。閉まっています。開かないのです。ぐずぐずしていたら、さっきの地獄へ投げ込まれてしまいます。早く開かないかな。だれか神さまの門を開けてくれないかしら。はやくはやく!
 その時、
 『ああ、エスさま!』
と、千代子ちゃんは、思い出しました。
 『エスさま、開けて!』
夢中になって、千代子ちゃんは叫びました。
挿絵4-5 すると今まで、ビクともしなかった天国の門が、ギーッと開きました。そして、中から、エスさまが出てきました。天国の子供たちもたくさん迎えに出てきました。
 『よかったなあ、千代子ちゃん。エスさま開けて!と、よく私の名前を思い出してくれたね。私の名前を思い出せたから、この門が開いたんだよ。よかったよかった。』
と、エスさまがおっしゃいます。
 こんなふうにして、小さい貧しい阿部千代子ちゃんの魂は、天国へ行ったと私は信じています。良かった、良かった、ほんとうに良かった。
 さあ、今度は、みんなの番です。みんなも、千代子ちゃんの後から、天国へ行きましょうね。エスさまを忘れた子でも、天国の門の前に立ったら、必ずエスさまを思い出して、『エスさま、開けて!』と、力いっぱい叫びましょう。呼べばエスさまは、必ず、助けに、飛んで来て下さいます。


←前のお話 目次 次のお話→


和紙