
| ある所に、貧乏な、炭坑の子が二人いました。男の子は吉雄、女の子は、まさ子です。二人は隣同士でした。ある時、どこかのおじさんが、炭坑へきて、青空で紙芝居をしてくれました。神の子のエスさまの紙芝居でした。その絵は、神のお子がハリツケになっているところでした。 『私たちの神のお子のエスさまは、こんなふうにハリツケになって、私たちの悪い罪の身代わりになって下さったんだよ。だから、私たちは、エスさまに、ごめんなさいをして、死んだら天国入れていただきましょう。エスさまを信じない人は、地獄へ行く外ありません。私たちは、悪いことばかりしているけど、エスさまが天のお父さまに、ごめんなさいをして下さったから、大丈夫、ただで許していただけるの。ありがたいね。みんなは貧乏ね、でも、この世にいる間、貧乏な方がいいのよ。お金持ちになると、神さまを忘れるからね。辛抱していれば、今に天国で、神さまが何もかもよくして下さるからね。』 おじさんが、そう言って教えてくれました。 吉雄は、よろこんでうちへ帰りました。 『お父さん、僕たちは、エスさまのおかげで、天国へ行けるんだって。お父さん、貧乏な人は天国へ行けるから幸せなんだってよ。天国へ行けば、何もかもよくなるんだって。いいねえ、お父さん。』そう言って、吉雄は、お父さんに『天国新聞』を見せました。吉雄のお父さんは、貧乏な炭坑の坑夫さんでした。 『そうかい、神さまは、やさしい人だなあ。おれたちは貧乏で、その日の暮らしにも困る程で、みんなにバカにされるけど、エスさまはそんなに俺たちを、かわいがって下さるのかなぁ。ありがたいことだ。』 お父さんは、そう言って、喜びました。 吉雄は、その晩から、エスさまにお祈りを始めました。 『天のお父さま。喧嘩をしない良い子になります。これからいつまでも、あなたの子供にしてください。そして、天国へ行けるようにして下さい。』 こうして、吉雄は、エスさまを信じる子供になりました。 お隣のまさ子も、よろこんでおうちへ帰りました。そして、お母さんに、お話しました。 『お母さん。私たち、エスさまのおかげで、死んだら天国へ行けるのよ。天国へ行ったら、戦争で亡くなったお父さんにも会えるわね。お母さん、貧乏な人は、エスさまが一番、かわいがって下さるんだって。お金持ちになると、エスさまを忘れるから、天国へ行けなくなるのよ。貧乏でよかったわねえ。』 まさ子のお母さんは、救済事業というのに出て働いている、貧乏な人でした。お母さんは、よろこんで言いました。 ![]() 『まさ子、そうかい。本当の神さまって、そんなお方かい。神さまは、貧乏人の味方なんだね。よかったね。これから、エスさまのことを、大切にしましょうね。』 そして、母子は、神さまに喜ばれるような、良い人になろうと思いました。ごはんの時も、 エスさまいただきます、といって、たべるようになりました。何が無くとも、エスさまの下さるご飯は、おいしいおいしいご飯でした。貧乏なこのうちにも、エスさまの明るい光が、さし込んで来ました。 人間を神さまから引き離そうとしている悪い奴がいます。それはアクマです。アクマは目には見えません。けれど、いろいろな方法で人をだまし、神さまから引き離して地獄へ落とそうとしているのです。 アクマの親方が、ふたりの子分を呼んで言いました。『炭坑の二人の子供が、神さまの方へ行こうとしている。困った事だ。おまえたち、行って、やつらをだまして、もう一度、アクマの子供にしてしまえ。』 『親方、どんな風にやったらいいでしょう。』 『何、わけはない。ここにお金があるからもってゆけ。あの子供の親たちを、お金持ちにするのだ。金持ちになれば、必ずお金のことを考え出す。お金のことを考え出せば、必ず、神さまの方は、お留守になる。そうなれば、こっちのものだ。』 二人の子分は、札束を持って、出掛けて行きました。 最初のアクマは、吉雄親子の帰り道に、お金を落として置きました。さあ、どうなるでしょう。 仕事帰りのお父さんと、学校帰りの吉雄が、仲良く話しながら、帰ってきます。エスさまの話でも、しているのでしょう。 『おや、お金が落ちてる。こんなに大金だぞ。』 『お父さん、だけど、誰かが落としたんだよ。届けなくっちゃいけないよ。』 『うん、警察へ届よう。だけど、落とし主がわからなかったら、俺たちのものになるぞ。占め占め。たいしたお金だ。』 『お父さん、そうしたら僕にも、何か買ってくれる?』 『うん、買ってやるとも。何でも買ってやるよ。』 警察へ届けましたが、落とし主が出てこないので、やがて、お金は、そっくり、吉雄のうちのものになりました。 吉雄のうちでは、うち中が大喜びです。こんな大金なぞ、今までに見たこともありません。一体どうして使ったらいいでしょう。 ![]() お父さんは、どうして使おうかしら、と考えて、夜も眠れないほどです。お母さんも、何を買おうかと、その事ばかり考えています。吉雄も、どんなものを買って貰ったらいいか、いろいろ考えています。そして、その晩は、寝る前のお祈りも忘れてしまいました。 お父さんは、貧乏な坑夫さんをやめて、そのお金をもとでにして、お店を出しました。すると、お客がどんどんきて、大繁盛です。アクマが手伝っているからです。それで、驚くほど、お金がたまって行きました。吉雄は、お小遣いなんか、いくらでも貰えるようになりました。欲しいものは、何でも買えます。無教会の日曜学校は、今でもやっていましたが、吉雄は、もう行くのが馬鹿らしくて、やめてしまいました。それは、お金を使うことの面白さ覚えたから、貧乏くさい紙芝居なんか、つまらなくなってしまったのです。こうして、吉雄は、すっかり神さまから離れていってしまいました。最初のアクマは大成功だったのです。 二番目のアクマも、まさ子母子の帰り道に、お金を落として置きました。 仕事帰りのお母さんと、学校帰りのまさ子と、貧乏な母子は、仲よく帰って来ます。エスさまのお話しでもしているのでしょう。 『まあ、お金!それも大変なお金だよ。』 『お母さん、こんなに沢山のお金、気味が悪いわね。早く警察へ届けましょう。』 『ええ、届けましょう。』 警察へ届けたけれど、落とし主が出てこないので、お金はそっくり、まさ子のうちのものになりました。 『まあ、こんなにたくさんのお金、どうして使おう。まさ子や。うちは貧乏だから、神さまが下さったのか知れないね。おまえの洋服だの、靴だの、買って上げようね。』 『お母さんも、着物、こさえなさいよ。お母さんの着物、ずいぶん、ひどくなってるわ。』 『そうだね。御馳走も、これからは、少し食べられるわね。』 二人はお金の使い道について、楽しい考えにふけりました。そして、その晩は、ごはんのお祈りも忘れてしまいました。エスさまの事は、すっかり忘れてしまいました。 あしたになって、お母さんは、早速、町へ買い物に出かけました。 けれど、どうしたことでしょう。お母さんは、途中で、大切なお金を、そっくり落としてしまったのです。 お母さんは、何も買えないで、ガッカリして、町から帰りました。 『まさ子。ごめんよ。お母さんは、ボンヤリして、大事なお金を全部、落としてしまったよ。また、もとの貧乏人に戻ってしまったよ。私たちには、お金が身につかないと見えるね。』 『お母さん、いいわよ。やっぱり、エスさまがしたのよ。私たち、お金が手の中にある間は、エスさまの事を、すっかり忘れていたわ。あのお金はアクマのお金だったんだわ。貧乏に戻って、また、エスさまを思い出せたんだもの。お金をなくして、かえって良かったのよ。』 『まさ子、本当にそうだね。二人で、エスさまにごめんなさいを言いましょう。』 もとの貧乏人に戻った母子は、心から、エスさまごめんなさいをしました。そしたら、心の中が何となく明るくなりました。楽しくなりました。ああ、やっぱり、余計なものは、無い方がよかったんだだと、二人は思いました。 『おや、こんなところへお金を落としていった。どうして、こんな事になったんだろう。』 アクマは、首をかしげながら、落ちたお金を拾い上げました。 『よし、もう一度、お金を落として、拾わせてやろう。今度こそは、大丈夫だろうな。』 そう言って、アクマは、また、まさ子母子の帰り道へ、お金を落として置きました。今度は、どうなるでしょう。 『まあ、また、お金が落ちてるよ。一体、どうなってるんだろうね?』 『お母さん、また、アクマの奴が、やってるんだよ。こんなお金、拾っちゃだめよ。』 『うん、そうかもしれないね。とにかく、警察へ届けて置きましょう。』 警察へ届けましたが、落とし主が出ないので、お金は、そっくり、又、母子のものになりました。 『お母さん、このお金、どうするつもり?』 『そうだね、やっぱり、まさ子、神さまが下さったのかも知れないから、いただいておこうよ。ほら、ごらん、お前の洋服だって、こんなに、つぎだらけだ。もう、代わりを作らなくちゃならない。明日は、町へ行って、買ってこよう。今度は、全部落としたりしないように、少しだけ持って出掛ければ、大丈夫だよ。』 母子のものは、お金の使い道について、いろいろと楽しい考えにふけりました。そして、エスさまにお祈りするのも、またまた、忘れがちになりました。 すると、その晩、まさ子が急に熱を出しました。そして、重い病気になってしまいました。 もう、お洋服どころではありません。まさ子の病気は、どんどん悪くなって、一時は、死にそうになりました。お母さんは、とても心配しました。そして、エスさまのことを思い出しました。 『そうだ。お金なんか、いくらあったって、何にもなりやしない。こんな時に、あてになるのは、エスさまだけだ。エスさまを信じてさえいれば、まさ子が、もしも、このまま死んだって、天国へ行かしていただける。何も心配することはない。私は、お金に頼って、エスさまを忘れたもんだから、神さまが、まさ子を病気にして、戒めて下さったんだ。』 お母さんは、心からエスさまに申し訳ないと思いました。 まさ子の病気は、まもなく良くなりました。でも、拾ったお金は、お医者さんに払ったり、いろいろの支払いで、すっかり無くなってしまいました。 もとの貧乏人になりました。けれど、その方がよかった、と母子は思いました。お金があると、エスさまの事は、どうしても、忘れがちになってしまうのです。すると、心が曇ってきて、楽しい心ではなくなるのです。それが、はっきりわかったのです。 二人は、心から、エスさまにごめんなさいを、しました。そして、これからも、どうか、アクマから守って下さいとお祈りしました。二人のアクマは、親分の所へ戻ってきて、報告しました。 『親分、私は、すっかり、うまくやりましたよ。吉雄のうちは、今では、金持ちです。このごろでは、工場を建てようとしています。子供の吉雄は、お金を使い出してから、悪い子になって、エスさまをすっかり忘れてしまいました。アクマの子になってしまいました。うまく行きましたよ。』 そう言って、アクマは、くわしく成り行きを説明しました。そして得意そうに鼻をピクピクさせました。 二番目のアクマは、言いました。 『いやはや、散々でした。どうしても、まさ子の方は、エスさまから引き離す事が出来ませんでした。』 そう言って、アクマは溜め息をつきました。 『お金を持たせても、だめなのか?』 と、親分のアクマが、聞きました。 『いや、お金を持たせさえすれば、エスさまを忘れることはうけ合いなんですがね。そのお金を持たせることが、どうしてもできないんです。一度は落としてしまうし、一度は病気の方へ使ってしまうし、お金がどうしても、やつらの身につかないんです。まるで誰かが、やつらから、お金をすぐさま、もぎとってしまうみたいなんです。』 『そいつはだめだ。そいつは、エスさまがやってるんだ。』 と、親分のアクマが言いました。 『そいつは、あきらめる外ない。おれたちにも手が出ないよ。エスさまに、特別に守られているやつらは、アクマの力でも、どうにもならないよ。』 そう言って、アクマの親方は、顔をしかめました。 |
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| (ルカ6の20、16の25、マタイ6の24、ヨハネ6の65) |
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