
| ある所に、池がありました。水の濁った、汚い池でした。そこに、色々な魚が住んでいました。 なぜ、水が濁って汚いかというと、そこの魚たちは、みんな悪い魚で、喧嘩をしたり、色々な悪いことをして、水を汚してしまったのです。 自分たちが汚した悪い水のために、魚たちはみんな、長くは生きられません。みんな、いつかは死んで、腐ってしまわなければなりません。 水の底には、魚のお墓があって、そこには、死んだ魚の骨がいっぱい散らばっていました。それは、とても、物凄い眺めでした。 魚の世話をする主人がいました。大事な魚が死んで困るので、新しい池を掘りました。 新しい池では、水が濁らないように、いつも、新しい水が上から流れこむようにしました。この水は、決してとまるようなことはありません。 それから、魚たちを新しい池に移そうと思って、網ですくい始めました。ところが、魚たちはいやがって、なかなか網に入ろうとしませんでした。 それでも構わずに、魚たちの主人は、網で魚をすくい上げました。自分で、救いたいと思う魚だけを、救いあげました。外の魚は、もとのままにしておきました。 『新しい水をもらって、元気になれ。悪いことをしない魚になれ。決して死なない、いつまでも生きる、元気な魚になれ。』 そう言って主人は、捕まえた魚を、新しい池に放してやりました。 新しい水を得た魚たちは、生き返ったように元気になりました。水を濁すような悪いこともしなくなりました。これからは、死なないで、いつまでも楽しく暮らして行くことが出来るでしょう。 けれど、新しい池の水が、気にいらない魚たちもいました。そんな魚たちは、我慢が出来なくなって、自分からはね出してしまいました。 『そんなに厭なら仕方がない。もとの池に帰れ。』 そう言って主人は、その魚を濁ったもとの池に戻しました。魚は、死んで滅びるために、もとの池へ、戻って行きました。 素直な、外の魚たちは、主人に移してもらった新しい池で、楽しく暮らしました。新しい水が、毎日、上から、とうとうと、音をたてて落ちてきて、池の濁るのをとめ、魚たちに、生き生きとした命を与えてくれるので、それからは、一匹も死にませんでした。 (新しい池というのは、天国のことです。 では、汚い池というのはなんでしょう?魚たちとは、誰のことでしょう?さかなたちの主人というのは、一体、誰のことでしょうね。) |
||
| (ロマ9の15、16) |
| ←前のお話 | 目次 | 次のお話→ |