第一番〜第五番
| 第一番 青岸渡寺(那智山) | 宗派 天台宗 開基 裸形上人 本尊 如意輪観世音菩薩 住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8番地 |
ご詠歌 ふだらくや きしうつなみは みくまのの
なちのおやまに ひびくたきつせ
仁徳帝(313〜399)のころ、インドから渡ってきた裸形上人が那智山に籠り、大滝にうたれて苦行していたとき御丈八寸(約25センチ)の黄金仏の観音様が出現し、此の地に庵室を結んで奉安した。その後二百年ほどのうち、生仏上人が訪れて、霊木で一丈(約3米)の如意輪観音像を彫り、滝壺から出現した霊像を胎内に納め、これを本尊とし、推古天皇の勅願により本堂が建立された。

朝5時前に出発!車ではしること約5時間。梅雨の時期でどしゃ崩れがあって、ゴール間近なところで急遽歩くことに。これがまた良かった。熊野古道で最も美しいという「大門坂」。巨大な古い杉、苔むした石段。登りきると朱塗りの門の熊野那智大社。すぐ裏手が目指す青岸渡寺。お参りして、大滝へ。那智の滝は見ているとどこか別の世界へ連れていかれるような気がした。やたがらすの団扇とマスコット購入。連れていってくれてありがとう。今度はゆっくりいこうね。
| 第二番 金剛宝寺護国院(紀三井山) 通称・紀三井寺 |
宗派 救世観音宗総本山 開基 為光上人 本尊 十一面観世音菩薩 住所 和歌山市紀三井寺1- 201 |
ご詠歌 ふるさとを はるばるここに きみいでら
はなのみやこも ちかくなるらん
光仁天皇の宝亀元年(770)に、唐から渡米した為光上人が本山の灯明松において千手観音の像を感得し、歓喜して、和歌の浦の絶景にのぞむこの地に本堂を建立した。本尊は為光上人作の十一面観世音で、霊像を胎内に納めて奉安されている。楊柳水、清浄水、吉祥水という三つの井戸があるため三井寺と言われ、後白河法皇の勅願所として伝えられ、江州の三井寺に対して紀三井寺と呼ばれている。
参道には土産物店が一杯。
| 第三番 粉河寺(風猛山) | 宗派 粉河観音宗総本山 開基 大伴孔子古 本尊 千手千眼観世音菩薩 住所 和歌山県那賀粉河町2-789 |
ご詠歌 ちちははの めぐみもふかき こかわでら
ほとけのちかい たのもしのみや
宝亀元年(770)、大伴孔子古という猟夫が山中で不思議な光に霊感を得て、造仏のため小堂を建てたところ、一人の童子が現れてその念願をきき、七日間その堂に籠って仏像を作り立ち去った。そこには眼も眩ゆい金色の千手観世音の像がのこされていたので、大伴は大いに喜び、以後一切の殺生を行なわず、同じ童子に娘の生命を救われた河内国の佐太夫とともにこの粉河寺を建立し供養した。
西国33箇所(2回目)G
こんなにも見ごたえのあるお寺だったとは・・・志納金300円以上を払って本堂の中を見せていただきました。本尊の千手観音さまは秘仏ですが、厨子の左右に28部衆が守りを固めています。西国最大の本堂の観音さまはどんな顔をされているのでしょうか?永遠の秘仏だそうです。
| 第四番 施福寺(槙尾山) | 宗派 天台宗 開基 行満上人 本尊 十一面千手千眼観世音菩薩 住所 大阪府和泉市槙尾山町136 |
ご詠歌 みやまじや ひばらまつばら わけゆけば
まきのをでらに こまぞいさめる
欽明天皇のころ、行満上人によって創建された寺で、御本尊千手千眼観世音は、光仁天皇の宝亀二年(771)、泉大津の海で千手観世音のお姿を感得した法海上人によって彫刻され奉安されたものである。弘法大師は十六歳の時からこの寺において仏道を修め、延暦十二年(793)、二十歳にして当山愛染堂において、住僧勤操僧正を戒師として剃髪をうけた。練行の古跡もあり、弘法大師ゆかりの寺である。
ワンピースでは辛かった…。急な坂道、石段…。札所の難所の一つだったんだね。甘かった。
その後、ポルトヨーロッパにいきました。
| 第五番 葛井寺(紫雲山) | 宗派 真言宗御室派 開基 聖武天皇 本尊 十一面千手千眼観世音菩薩 住所 大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21 |
ご詠歌 まいるより たのみをかくる ふじいでら
はなのうてなに むらさきのくも
神亀二年(725)、聖武天皇の勅願によって創建され、行基菩薩の開基である。御本尊の十一面千手千眼観世音は、仏師稽文会、稽首勲の父子の作で、均斉のとれた堂々とした体格に理想的な慈悲に満ちた表情の相好と、千本の小さな手を扇のように広げ、その間に四十の手を伸ばしあらゆる苦悩を救い、無限の人々に手をさしのべる力を秘めておられる中央の自然に合掌された手は私達みんなの安全をいつまでも願っている。紫雲石の燈籠は聖武天皇の御寄付によるものである。
朝マックで始まる。住宅の中にあるから少し迷ったね。