けんたろうの家 第壱章:1.そんなん駄目に決まっとるがいね!! |
けんたろう一家は、妻と子供1人の計3人家族です。現在は、2LDKのアパートに住んでいます。
「子供が産まれて物が増えてると、アパートでは手狭になるよ。」とか、「アパートの家賃を払っているくらいの返済でマイホームを持てるよ」とか、周りから言われたりもしていました。
ゆくゆくはマイホームを持ちたいと思っていたので、できるだけ負担を少なくするためにも、住宅ローン減税の恩恵を僅かでも受けれるように、マイホームを持つなら2000年中に入居できるようにしないと…と子供が産まれる前の1998年に思っていました。
しかし、仕事や妻の出産などでドタバタしていたこともあって、マイホーム取得に向けてしていたことといえば、地元新聞社が発行した『北陸の家づくりガイド 1998年版』などの本を読む程度でした。
切羽詰らないと動き出さない性格の私は、1999年に入ってもそれらしい動きを始めていませんでした。
妻の方は、ゴールデンウィーク中に住宅展を見に行こうと思っていたらしいのだが、自分のミスで休み中も仕事に行かなければならないはめになり、住宅展に行くことなくゴールデンウィークは過ぎてしまいました。
そのような感じだったので、妻からは「家、どうするつもり?」と詰問されました。私は人ごみの中に行くことがどうも嫌いで、本に出ている工務店の中から、自分達の条件にあいそうなところを選んで接触しようと考えていたため、そのように答えたところ、妻からすかさず、
「そんなん駄目に決まっとるがいね!!実際に見もしんと、どうやって決めるん!!」
「。。。」
確かにその通り。細かい部分を見もしないで決めれるわけがない。恥ずかしながらその一言で私は動き出しました。
私と妻は長男、長女なのですが、どちらの親とも同居する予定ではなく、土地を持っているわけでもありませんでした。どこに住みたいかというよりも、予算的にどこなら住めるかという状態で、どこで土地を探そうかということも決まっていないような状態でした。
ちょうどその頃、金沢市が分譲している住宅地で展示会をやっていました。地元の工務店が建てた15棟の展示会です。
私は、新聞、TVやインターネットで話題になっているような欠陥住宅は、住宅メーカーによるものがほとんどで、地元の工務店であれば、地元での信頼がなくなるとやっていけなくのるので、地元の工務店に依頼するのがよいと考えていました。また、一生に一度しかないであろうマイホームは、決まったプランの中から選ぶのではなく、我家のために手作りして欲しいと考えていたので、この展示会はよい機会だと思っていました。
展示会の広告を見ていると、どの家の敷地も80坪から90坪もあり、価格も5千万円以上のものばかりで、到底手の届くようなものではないのですが、とりあえずどのような感じなのかを見に行くことにしました。
しかし、子供はまだ8ヶ月で、決まった時間に授乳する必要があるため、お昼ご飯を食べるとすぐに出かけていき、次のミルクの時間までの2時間くらいの間に見て回るしかありませんでした。
おんぶひも(もっとおしゃれな名前がついていたと思うんですが思い出せない。(^^ゞ)で子供をだっこして、FMYHOMEで得た情報を元に、構造についての質問や、その工務店のアピールポイントなどを聞いて回ると、2時間という時間では、5棟回るのが限界でした。
それからの3週間、毎週土曜日に展示会にかよったのでした。
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