駆けっ句365日生き急ぎ
がん大変記

十八尊佛図(釈迦如来)
わずかな体験でしたが、齢50の天命を知る年(平成5年)に「がん大変、
家族迷惑」を経験しました。いざ入院というときに連れ合いの母を亡くし、
入院中に小生の母が身罷りました。両母の余命を小生が頂戴したものと今でも
信じてやみません。
お迎えは突然やってくることを知り、一日を一生と考えて生きようと思い立ち、
それまでは気のむいたときしか認めていなかった句を、一生一句とし、毎日生きた
証を遺していくことに挑戦しています。爾来今日まで突然のお迎えもなく、
生かされていることを神に感謝しています。
がんに罹って、がんにも免疫があるとか、がんは老化の一種である、という説が
身近になりましたが、次に死ぬときはがんで死にたいと希うようになりました。
その時がくるまで「駆けっ句365日生き急ぎ」を吾が辞世の句として毎日完成
し続けていくつもりです。
がん体験者の私的なつぶやきですぎませんが、少しでも生と死を考えるよすが
になれば望外の喜びです。
Oh my が−ん ショッ句(93/7/18〜93/9/16、入院前から退院まで編)
7/18 ・ 50歳悠々として急ぐフィットネス
・ マイペ-ス しかし隣が気にかかり
7/30 ・ 齢50金属疲労やきがまわり −市ガンセンタ-で胃再検査−
胃,内視鏡,生検(組織)等の二次検査。良性ではなさそう。生検結果は来週判る。
エコ−検査で,胆石(砂粒程度)あり。特に処置は今は不要とのこと。
7/31 ・ 夏祭り黒地の絵思ひ清張忌 − 8月 4日一周忌−
8/ 1 本日,母の米寿を祝して連句
・ 病床で米寿ことほぐ葉月かな
・ ゆめか現実か現実かゆめか
・ チマチマと駆ける台上小宇宙
8/ 6 ・ 再検の結果良悪聞く日には朝の勤めにナムアミダブツ
胃に悪性組織あり。前ガン, 早期ガン状態とのこと。
安倍先生(外科)から手術を勧められる。疑わしきは罰っすが良いと。
ベッドの都合で1〜2週間待ち。
結果をガン内科の井原先生から松本内科へ手紙してもらった。
8/ 7 ・ 腹切りかまさかで覚悟整わず
8/11 ・自らで身から出た錆骨拾ひ
・告知もどき幸か不幸か早わかり
病院より明日入院するようにと。8/14土曜日入院とする。
8/12 ・天命を知る年一瞬吹く嵐
・暫くの休タッチ宣言軽やかに又打つ時の感触思ほゆ
8/13 ・娑婆離れ後髪引かる母のこと吾レ生還ス暫しその儘
新小倉病院に脳梗塞で丸2年入院中の母のこと気になり。
8/13 ・義母が逝く吾レ入院の直前日永久の別れを思し召したまふ
女房の母,本日14:25 脳梗塞で急逝。南小倉病院入院2年8ケ月で。
入院2日延ばす。
8/14 ・義母通夜。
8/15 ・義母葬儀。
8/16 ・禅寺の座禅の気分で初日暮れ 入院初日
4日遅れの入院。北九州市医療センタ−520号室。
6人部屋。腸,食道,肺,胃などの手術待ち。70才以上から20代
と世代は万別。
8/17 ・滄浪の水澄まば以て吾が纓を洗う可し 入院2日目
滄浪の水濁らば以て吾が足を洗う可し 楚辞 漁夫の辞
来週が手術と。術後の塩梅によって適当に決めていこう。
8/18 ・或る人はガンも身の内言うけれど吾が子にあまる不良息子よ 入院3日目
・現役の人への見舞い多士済済現役越ゆばさびしかりけり
「偏正回互」(お互いの立場はいつ変わるかわからない)というらしいが,
へんじょうえご
例えば患者の立場とお見舞いする側の両方の立場を理解するのは難しい。 入院4日目
8/19 ・ほとばしる夜明けの小用エクスタシ−
・元旦に計りし目標半ば過ぎハワイへの道遠くなりけり
24日(火)に手術きまる。午後5時,家族説明。女房来る。
胃は2/3 〜4/5 を切除予定。胆嚢,大網,リンパ節群も切除予定とのこと。
ホノルルマラソンは又別の機会にしよう。
「法律事務所」ジョン・グレシャム,読了。
8/20 ・束の間の執刀猶予やかつお武士すたる武士道夜も眠れず 入院5日目
手術日を宣告されると夜も眠れない。ブシはブシでもかつおブシ。
手術は恐れず,侮らず。
8/21 「珠玉」開高健, 読了。 入院6 日目
8/22 ・この秋は風か嵐かわからねど
今日の勤めに田の草を取る 読人不知 入院7日目
今日も朝から雨。今年は何年ぶりかの冷たい夏とかで,稲や野菜の
成育に被害がでている。台風の当たり年でもあり心配だ。
手術も術後も再発も心配だ。
楢山節考のオリン?婆さんのように,自分が姥捨て山に捨てられる当日と分かって
いながら,日課としている畑作業を普段通りできる心境に,できたらなりたいものだ。
8/23 ・しがらみも病衣に着替えてムケタマゴ 入院8日目
入院患者には会社の社長さんあり,大地主のお金持ちあり,そしてサラリ−マンも
勿論ありでバラエティに富んでいる。
病衣に着替えさせられると,世間のしがらみを解かれた一個人となる。
ユデ卵の皮を剥いてツルリとしたムケタマゴがそこにある。
手術前日。散髪。昼食より絶。11:45 より点滴始。同時に下剤2,000CC 飲む。
胸腹剃毛。
夕刻,麻酔医,手術部看護婦ヒアリング来。
8/24 ・遅き夏術後の不安思い馳せ 入院9日目
手術当日。5:50浣腸。8:30病棟発。9:30執刀。約3時間半で手術成功。輸血せず。
胃の4/5 と胆嚢,リンパ節などを切除。
直後は術後の経過−微熱,腸閉塞−に不安。夜沈痛注射。集中治療室ベッド。
8/25 ・手術後の不安抱えて冷夏過ぐ 入院10日目
集中治療室。微熱(37.2度)有り。夜,痛み止めに沈痛座薬。 手術後1日目
復帰して生活できるだろうか不安がよぎる。
8/26 ・三日三晩イモムシゴロリの晩夏かな 入院11日目
集中治療室。微熱。沈痛座薬。 手術後2日目
8/27 ・天晴れやオナラ一発秋の空 入院12日目
微熱多少下がる。 手術後3日目
7:00尿道カテ−テル外し。11:00 集中治療室を出る。(503 号室)
14:15 下剤の応援で待望のガスが出る。胃管が抜ける。
8/28 ・体力も気力も手術に要すれば高齢者家族の選びや悩まし 入院13日目
二度とまた外科手術はしたくない。 手術後4日目
明後日から流動食予定と。
体重53Kg。4Kg減。
8/29 ・天高しお茶を噛みしむ胃臓腑かな 入院14日目
今日からお茶,水可。1週間振りに胃に物を入れる。 手術後5日目
ゆっくりと噛むように飲んだ。スト−ンと腸へ落ちた感じだった。
・おのこらのさびしがりやや付添いに時間一杯妻ぞ侍らす
・看護婦に頭上がらずゴモットモその反動を夫は引き受く
逆の場合はなかなかそうはいかない。女性は強し。
「レナ−ドの朝」「湖水の疾風(平将門)上,下」童門冬二,読了。
8/30 ・ホスピタル 入院15日目
ケアとキュアの名コンビ 手術後6日目
システム世界のアナロジ−ならむ
今日から食事開始(A−1号)。水分多く毎食後下痢。
皮膚科桐生先生に診察うけ塗り薬をもらう。
「マ−クスの山」高村薫,「恋忘れ草」北原亜以子,読了。
8/31 ・八月尽出船入船悲喜こもごも 入院16日目
Aさんが大願成就で退院した。Bさんは手術の日だ。 手術後7日目
Cさんが新たに入院してきた。
小生下痢続く。15:00 の牛乳はパス。夕食後下痢ナシ。
今日で八月も終わる。
9/ 1 ・真夜中に看護婦走り機器の音彼の人無事や疾く胸騒ぐ 入院17日目
A−2号食事始。5:20採血。6:00採尿。 手術後8日目
9:00外科総合回診,一部抜糸。513 号室から511 号室へ移動。
12:40 下痢便。
「幕末無頼山内容堂」島本征彦
9/ 2 ・天命を知る歳ムチャでツケが回り 入院18日目
前略。お元気ですか。 手術後9日目
私事で恐縮ですが,この度突然胃がBigCに冒されていることがわかり,
急遽手術をしました。胃の4/5 と胆嚢を切除しました。
お蔭さまで手術は成功し,今のところ順調に回復中です。
今後の不安は,腸の癒着と他の臓器への転移がないかどうかです。
神のみぞ知るで,人為を尽くすのみです。
天命を知る歳金属疲労でやきが回り 烏有
御身御体お大切に。ご家族の皆様のご健勝をお祈りしています。
北九州市立医療センタ−内
下痢止まる。15:30 母危ないと,道子より。
「影の巡礼者」ジョン・ル・カレ読了。
19:30 母, 脳梗塞で永眠。20:15 母死スと百よりTEL 。父と同じ2日が命日となる。
9/ 3 ・命日を同じう父母罷りなむ黄泉の国でも同じう暮らせ 入院19日目
19:00 故母通夜,一時外出。台風13号鹿児島,宮崎上陸,被害甚大。術後10日目
9/ 4 ・義母が逝き養母また逝き吾レ生きむ両母の生命貰ひたまひし 入院20日目
14:00 故母ベルコ会館にて葬儀,一時外出。 術後11日目
本日は故母田中チヨカの葬儀にご参列頂きまして有り難うございました。
特に,昨日の台風13号の影響で交通事情の悪い中をお運びいただきまして
有り難うございました。
故母は,4 〜5 年前から脳梗塞,脳閉塞を患い,その都度入退院を
繰り返していましたが,一昨年の8 月30日に再度脳梗塞が起こりそのまま
新小倉病院へ入院し,長い闘病生活が始まりました。
始めのうちは,三度の食事も自分で食べることができていましたが,直き
延髄を冒され飲み込む力がなくなって,流動食と点滴の2年間でした。
一昨日の2 日,急に又脳梗塞が起こりそのまま眠るように永眠
しました。行年89でありました。
思い起こしますと,故母は明治38年8 月1 日に生を受け,本年平成5 年は
満88歳の米寿の年でもありました。
8 月1 日の誕生日には,病床ではありましたが,家族だけで赤飯を頂いて
お祝いをした矢先でありました。
また8 月30日は入院丸2 年となり,これから3 年目にむけて頑張ろうと
家族で励ましあったばかりの時でした。
お蔭さまで母がこんなに長生きできましたのも,本日ここにご参列いただき
ました方々のご厚情の賜物だと感謝申し上げます。
母が生前大変お世話になったり,大変近しくお付き合いをさせて頂いた
方ばかりに囲まれて,本日葬儀を営むことができましたことは,亡き母が
一番喜んでいるのではないかと確信をしています。
本日は,誠に有り難うございました。
簡単ではありますが,喪主のご挨拶に代えさせていただきます。
以上。
9/ 5 ・大役を果たせて下がる微熱かな切られ胃袋遅き知恵熱 入院21日目
「死者が生者を走らせてはいけない」松本清張
久し振りにぐっすり眠った。胃切食4号食事始。 術後12日目
2回目の抜糸(計12〜13本)
9/ 6 ・重くとも家族ぐるみのQOL(Quality Of Life) と 入院22日目
軽けどめげる一人切なさ 術後13日目
病が重くても明るい病人がいる。孤独が一番こたえる。
5:00採血。昼レントゲン撮影。
9/ 7 ・闘病の戦友なつかし夢を見る 入院23日目
明日Dさんが退院予定。束の間の短い付き合いだったが, 術後14日目
忘れられない人になった。
胃切食5号食事始。パイプの1/2 を抜く。
井原先生より。
・粘膜質レベルの早期胃がん。
・術中採取の細胞検査結果は,切除後の粘膜,リンパ節他問題ナシ。
今後抗がん剤不要。
・来週末頃退院できるか。
「プ−ドルスプリングス物語」
レイモンド・チャンドラ+ロバ−ト・Bパ−カ− 読了。
9/ 8 ・逸見さん胃がん告知も相似たりその後の経過やあらまほしなく 入院24日目
逸見政孝さん(48)早期胃がんで2/3 を切除すれど, 術後15日目
あと1年程度の生命と。他山の石として参考にする。
パイプ全抜き。今日で抜糸全て終わる。
「新・平家物語」巻1吉川英治 読了
9/ 9 ・吾レ後は人為を尽くして色気失せ従容として道に従ふ 入院25日目
道道無常道 天天小有天 (「珠玉」より) 術後16日目
道可道非常道 老子
・早飯のクセが抜けずに胃切後も早く食らひて自ら苦しむ
術後はじめてシャワ−を浴びる。パイプを抜いた箇所をシ−ルドして。
井原先生より来週16日(木)退院可と。
「新・平家物語」巻2 読了。
9/10 ・胃切食お粥ス−プとソフトゆえ梅実割りて吾ガ歯確かむ 入院26日目
固いものを噛んで歯の健在ぶりを確かめた。 術後17日目
「新・平家物語」巻3 読了。
9/11 ・水の面にうきてただよううたかたの 入院27日目
まだ消えぬまにかはる世の中 続後拾遺和歌集 術後18日目
冷夏が国内の経済回復に足を引っ張っている。
経済予測がまた見込み違った。天気予報以上に当たらない。
健常者と病人の関係もまさに偏正回互。
・世の中になにか常なるあすか川昨日の淵ぞ今日は瀬になる 古今集
9/12 ・病室に手術の理由こと問はば余りの多さに命足りなき 入院28日目
肺気胸,肝臓一部摘出,肝嚢切除,食道切除,胃全摘, 術後19日目
腸ポリ−プ,人工肛門などなどの理由で手術がなされている。
自分もその一人だが,いつまた彼のような手術が必要となるか全く分からない。
命がいくつあっても足りない感じ。
「新・平家物語」巻4 読了。
9/13 連句 入院29日目
・入院で平常往生地金出で 術後20日目
・老いも若きも貴賤の別なく
・天天小有天
短い入院生活の中でもその人の信条哲学が出る。
娑婆での職業や肩書きは関係なし。
本日より胃切食7号終了し,軽菜食1となる。昼食後シャクリ止まらず苦しむ。
「新・平家物語」巻5 読了。
9/14 ・これからは残さぬようと努むより腹6分目を善しと努めむ 入院30日目
「新・平家物語」巻6 読了。 術後21日目
9/15 ・入院で体質変わるかアトピ−の跡かたもなくきれいになれり 入院31日目
1ケ月間のアルコ−ルなし,ストレスなし,早寝早起きが 術後22日目
効いたのか。手術がいい方向へ変化することを期待。
「新・平家物語」巻7 読了。
9/16 ・闘病の戦友なごり秋高し 退院日
S氏,K氏の早い退院を祈念して。
・秋高し大願成就院を出で
・天耕の峯に達して峯を越す 山口誓子
11:00 退院。入院期間32日で自宅へ帰る。
夜,ダンピング現象で悪戦苦闘。
Oh my が−ん ショッ句(93/7/18〜93/9/16、入院前から退院まで編おわり)
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