駆けっ句365日生き急ぎ

回復句9


十八尊佛図(釈迦如来)

回復句9編(2001/05/03〜2001/05/06, 海南島三亜行編)。 ・清明節同行一人海南島 ・かいどうや父の筆跡展墓行 ・読書会、島のご縁で酔いの春 ・苗出ずる「革命前後」の平時かな ・みどりの日葦跡たどる旅準備 ・巡礼や機中で読む「島記」   ・屈原のゆかり瓊洲ちまき食ふ     ・ミチトオシ天涯海角南山寺 ・夏の雲六度鑑真鴟尾そびゆ          ・緑陰や家族で捌く豚丸ごと ・メーデーやバンブーダンス人だかり ・夏の夕モバイル疾駆特区なら  ・クーニャンに耳朶取らる黎の塞      ・黎、苗、に耶馬台国のルーツ見ゆ      ・夏木立親子バリカン屋外で抓む    ・アヒル軍団横断一時稲稔る ・マンマンデイ薄き足跡探しあぐぬ 海南島へ初めて行ってきた。 機中で火野葦平さんの「海南島記」を読んだ。「ナニシロミチハトオイ」という 記述があったが、今回福岡空港発中国北方航空公司機でわずか3時間半だった。 到着した三亜は、葦平さんが島の北端海口から昭和14年水上艇で往復したところ であった。 62年前上陸した葦平さんが、もし目の当たりにしたらどう「島続記」に 残されたか興味深いところであるが、今日の三亜地区は、高速道路はきれいに整備 されており、中国移動体通信公司のモバイル、ケイタイも現地通訳の間で普及して いた。中国がこの地を経済特区としてまた、21世紀のリゾート地として盛り立てて 行こうとしている息吹を感じた。 一方あまり知られていないが、島の南南東にある陵水には、中国最南端の軍事 基地がある。今春、米中軍用機同士がその近辺で接触事故をおこし、中国 パイロットは行方知れず米軍機は未だ陵水に囚われている。 今回の旅程では陵水や、父田中稔が昭和16年陸軍大尉として駐留していた島の 北部にある金江(現在の澄邁)までは足を延ばせなかった。 3泊4日の滞在は、かつての日本軍人及び、軍属の活動が三亜にいかに影響して いるかは十分見えなかったが、日本人が敷設した広軌SLが現役で活躍していて いるのをみて、少なくとも島の近代化について「ナニシロミチハトオイ」葦平さん の感慨を早めたことは間違いないと想像できた。 出発のとき、風邪気味だった調子は帰国時にはすっかり治っていた。 回復句9編(海南島行編終わり)。


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