駆けっ句365日生き急ぎ
回復句50

十八尊佛図(釈迦如来)
回復句50(2009/7/28、2.26事件墓参行編)
2.26事件の青年将校ら関係者墓参行 2009/7/27
中国・九州北部豪雨が上がった日、二度目の花尾山(351m)城址行を敢行。
花尾山の持ち主の木村孔爾氏が建立したといわれる22の列石墓は
西登山口から上り頂上近くの櫓台跡に見つかった。
ほの昏い櫓台跡入り口を登ると急に明るい広場が開けた。
広場の奥に櫓台跡標識と左に桜の木がある。その場を回れ右すると
真ん中中央に南無阿弥陀仏と彫られた大きな石の碑があり、碑をはさんで
向かって右に11柱、左に11柱の墓石が整然と言いたいが、かなり傾いて
並んでいる。
右側の奥より(入り口に近い方から)北輝次郎命、行年54、西田税命、
行年36、香田清見命、行年34、安藤輝三命、行年32、磯部浅一命、行年32、
後は名前、行年は省略、中橋、河野、栗原安秀命、行年27、田中勝命、中島、
安田と読めた。
一方左側の奥からは、相沢三郎命、行年43、村中孝次命、行年34、
野中四郎命、行年34、渋川善介命、行年32、後は名前、行年は省略、
竹島、丹生、水上、対馬、坂井、高橋、林と続いていた。
櫓台跡を後にして馬場跡、城址の出丸へ上り、東登山道より古井戸を
経由して下山する途中に元陸軍大臣・陸軍大将荒木貞夫の揮毫という巨岩の
「忠魂塔」があった。この次は木村孔爾氏について調べてみようと思う。
二度目来て梅雨の晴れ間に墓明るし
草の生す列墓の傾ぐやぐら台跡
墓石のくもの巣払ふ雨上がり
参る墓奥に行くほど木下闇
去ぬるなと烈士引き止む道ぬかる
雨上がり茸の光る山の道
清水のあふるる口で靴洗ふ
以上。
回復句50(2009/7/28、2.26事件墓参行編終わり)。
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