駆けっ句365日生き急ぎ
回復句19

十八尊佛図(釈迦如来)
回復句19編(2003/11/7,「駆けっ句365日生き急ぎ 烏有」
から10年編)
「駆けっ句365日生き急ぎ 烏有」から10年
こおろぎや術後10年がんを読む 烏有
一人称の「がん大変」を患って一昔が経った。
当時50歳の天命を知る年から今還暦の耳順う年まで、
突然のお迎えもなく生かされてきた事に対し、家族、友人、
神に感謝する。
その間、一人称のみならず、二人称、三人称のがん
大変を聞いたり、読んだりして、100人100様の体験談が
あることを知った。生き急いだ10年間の独断的感想まで。
@おのこらのさびしがりやや付添いに時間一杯妻ぞ侍らす 烏有
乳がんなど女性特有のがんを手術された方は、男性患者が
体験し得ない重たいものを背負っている。その分精神的に、
男性より強いものを持っている感じがする。
Aベイエリヤ押し付けがましいディグニティ 烏有
がん患者一人ひとりに、薬の相性からはじまって、医師、
ナース、治療法などとの相性がある。自分に相性が良いと
思ってもそれらを他の人に押し付けてはいけない。
B ねばならぬことは特になし雨水かな 烏有
賢い患者・家族・知識人になるべく努力することは良い
ことであるが、今がんに関する知識、技術、制度には相当
限界がある。「ここはこうであらねばならない(must)」、
あるいは、「あの時そうすべきであった、悔いてやまず」、
と思うことも大事であるが、医師も人の子、医師のみに
対する過大な期待、過小な評価をさらりと流し、ナース、
ソーシャルワーカ、家族、ターミナルケア、ホスピスなど
を含むトータルなチーム医療へのかかわりあい、提言、
などによる解決策へ誘導していく方が現実的である。
Cゆるゆると口なしの花口籠もる 烏有
ここまで述べて私自身恥じらいがあるのだが、がん患者
であることをダシにしてじょう舌にしゃべるより、
「北九州がんを語る会」の例会の参加者のごとく、自分
自身のこと、家族のことを、口ごもりながら、誠実に
語る方を尊敬する。
Dがんで死ぬばかりではなし返り花 烏有
日ごろから、がんにかかるはずはないと思うより、
いつかかってもおかしくない、と思う、神を恐れる
気持ちは大事であるが、人間、がんだけで死ぬものでは
ない。がんにならないために、がんと闘うために、
あるいは健康維持のために、死んでも良いという主客
転倒にならないよう、がんという病気を考えることを
通して死ぬための準備をしておくことが大切である。
それでも私は、最期はがんで死にたい。
参考文献;
・「がんと闘う・がんから学ぶ・がんと生きる」
中島みち、文春文庫、2003/5/10,\876
・「父のがんを知った日から」小林智、寿郎社、
2003/8/24,\1600, 以上。
回復句19編(2003/11/7,「駆けっ句365日生き急ぎ 烏有」
から10年編終わり)。
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