東京では二十年ぶりの仁左衛門の五、六段目の勘平がいい。基本は菊五郎型
だが、細かい部分に上方風のはんなりした味を加えて、ほどよく芝居が円熟し
て舞台に今が見ごろの花が開いている。
まず五段目鉄砲渡し。はじめ上手向きに腰掛けていて一度下手向きになって
笠を上げて顔を見せるところ。その姿かたち、その持ち味、その芝居の運びの
軽さ、真実味、まことにいい勘平である。千崎弥五郎と出会っての「面目なき
わが身の上」とうつむくところなど、揃えた手の指先にまで和事の味わいあふ
れて見ごたえがある。
つづいて二つ玉。バタバタの出の七三で鉄砲の筒先を下げてのきまり。本舞
台へ来て掛け稲の水滴を振り切っての見得はかついだ鉄砲にニュアンスがあり、
二度目の山刀を拭く見得には引いた右肩に、三度目は右手にかけた細引にと、
同じような三回のポーズを同じに見せぬ工夫が鮮やかで感心した。引込みも心
理よりも一度きまってからあとの体を振って入るところに、はんなりした柔ら
かさが出て面白い。
六段目。「お駕籠でもあるまいわい・・戻して下され」にすでに菊五郎型の
江戸前のキザッ気よりも柔らかさが独特である。
前半は煙草盆のみで大小を使わず、縞の財布に気づくのも「四ッ半か」とま
ず時間で不安になり思わずお才の方を見たところで財布に目が行く自然さ。こ
の自然で、軽い、芝居運びのうまさが、この勘平の特色。財布を見込む形もい
いが、その前の「女房ども」のせりふの苦しさ、財布を思わずパッと見るとこ
ろのつよい描線、ともに自由にしていて的確。
全体を軽くポイントはしっかり突っ込んでうまい。
二人侍を迎えての「お通り下され」の形のよさ。「天より我へ与うる金か」
といって二人侍に恥じる具合、「色に耽ったばっかりに」とやはり恥じる具合
は、芸で見せる若さが勘平の人間像をよく描いて印象的。
総じてこの勘平は長身痩躯、スッキリとして、カドカドの姿がよく、芝居の
世話の味、しかもこころの真裸々な描写が見事で堪能させた。
権十郎の千崎がキッパリとしてよく、海老蔵の定九郎は、時々思いついたよ
うに暗闇になるのがよくない。
弥十郎の不破が手強くしっかりしてよく、魁春の一文字屋お才はいいニンな
のにやはり京都弁がムリ。家橘のおかやは前半単調だったが、後半手強くせり
ふ、芝居ともハッキリして、このおかや、千崎、不破の明晰さが勘平をよく追
詰めて、ドラマの骨格を明確にしている。松之助の源六はよくやっているが多
少騒々しい。
夜の部は、「忠臣蔵」のあとに「髪結新三」。
幸四郎初役の新三は、序幕白子屋の店先で下手から出たところ、偉そうで立
派すぎてとても廻りの髪結とは見えず、器用だから髪を結うところは一応こな
しているが嘘っぽい上に、「粋な男になれますぜ」もツボをはずして重たい。
新三内はきわめて現代的で、大家につめよられて「おれもよっぽど太え気だ
が」で勝奴もろともヅッこけて倒れたのには仰天した。これは黙阿弥ではなく、
ただの喜劇である。
むろん私は新演出反対ではない。菊五郎型が全てだとも思っていない。現に
五代目生前中に団蔵、仁左衛門の新三があり、その五代目からでさえ羽左衛門、
六代目の新三があって、その六代目から松緑と勘三郎が生まれた。幸四郎が新
しく新三をつくるのはそれはそれでいい。黙阿弥の原文に帰るというから今日
間違っている演出を正しくするのかと思ったらばそうでもない。古典に新演出
が許される条件はただ一つ。新しい視点が示すことだが、今度の幸四郎の新三
にはそれもない。それでは新演出の意味がないだろう。
段四郎の弥太五郎源七は二日目でせりふが怪しく、これは日がたてばよくな
るだろう。門之助の忠七が上出来。ことに新三が入ったあと、死のうとするま
でが、いかにも切端つまっていく上に、文はしどなく書をおくるの唄にのる芝
居になっている。ここらが文七とは違うところだろう。この人新しく店を出し
なおして、本物の和事師の少ない今日即戦力になるだろう。
吉之丞の白子屋後家がさすがに老巧で、しっかりしていて傑作。つづいて鉄
之助の長兵衛女房、大蔵の合長屋権兵衛がよく、錦弥の鰹売りがイキがよくて
出色の出来である。
市蔵の勝奴がキビキビしてうまい。
弥十郎の長兵衛は幸四郎の新三に合わせるために新作で染みてしまったが、
黙阿弥調が戻ればいい出来になるだろう。
以上夜の部。昼の部一番の見ものは「対面」。
団十郎の工藤が、こういう役になると実に立派でいい。風采、持ち味、底に
敵役の凄味をきかせていい工藤である。
対する菊之助の十郎は、もう少し色気がほしく、海老蔵初役の五郎がいい。
花道から本舞台へ来て工藤の方へ身を乗り出す形の美しさ、力がこもっていて
よく、「今日は」で足を割ったきまりは一瞬、思わず息をのむ美しさであった。
ただせりふ廻しの高音部になるとクセがあってよくないのと時々格を失って現
代語になる。それと「今日は」で変なかけ声が耳障り。
この「対面」の前に魁春、門之助の「葛の葉」後に幸四郎、芝翫らの「熊谷
陣屋」と仁左衛門の「お祭り」。
魁春の葛の葉は雀右衛門型。いい女房ぶりだが、狐の無機的な人形のような
動きはまだ完全ではない。門之助の保名。錦吾、歌江の庄司夫婦。
幸四郎の熊谷は、大分仕勝手に崩れている。時代物役者の立派さ、襲名以来
の狂言なのに惜しい。
芝翫の相模は出のツカツカと出るところがうまく、ニンも立派だが、さすが
に長丁場で気が抜けるところが目立つ。
秀逸なのは団十郎の義経。「堅固で暮らせよ」あたり観客も大いに「満足満
足」。段四郎の弥陀六が今日での本役。魁春の藤の方は若輩さが抜けて、かっ
ての歌右衛門の如き品位が出て来ていい藤の方になった。昼夜三役中一番の出
来。
この三人に幸右衛門、佳緑、大蔵の花ぼめの三人がいい。
「お祭り」は、獅子や面をつかうところが松島屋一流。観客大喜びで客席も
イキをふき返す。
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