2005年11月歌舞伎座

     「日向島」復興

 

 吉右衛門が新しい人間ドラマをつくった。

 浄瑠璃「嬢景清八島日記」三段目日向島の段の歌舞伎用上演台本をつくったの

である。

 ここに登場する景清は、浄瑠璃のなかでも屈指の難役である。その難しさの原

因はこの景清がたびたび態度を変えるからである。

 まず最初に景清は娘糸滝がたずねて来た時、自分は景清ではない、景清はすで

に死んだという。これが第一段である。

 第二段は、里人に呼ばれると目が不自由な悲しさ、そこに娘がいるとも知らず

ついうっかり返事をしてしまう。それで景清とわかり、やむなく父と名乗って娘

を抱きしめる。

 第三段は、娘が豪農の嫁になると聞いて(実はこれはウソで娘は遊女屋に身を

売るのだが)、武将景清の娘が百姓の嫁かといって怒って、娘を追い返す。

 第四段は、娘が帰ったあと、里人に書置きを読んでもらった景清は、はじめて

娘が身を売ったことを知り、狂気のようになって船を追う。

 第五段は、絶望した景清は娘を救うためそれまでの人生の全てを捨てて頼朝に

降参して、第二の人生を歩き出す。

 以上五段。これだけの変化がある上に、景清が娘に父と名乗りたがらない底流

には、第一に重盛を敬慕し、頼朝を敵視し、平家の滅亡を恨む気持ちがあるため、

第二に娘が自分のような政治犯の父を持っていては幸福になれないだろうという

親心のためである。その二つの底流が娘との出会いによってさまざまに変化する。

 第一段で景清が死んだとウソをつくのもその一つであり、第三段で娘が百姓の

嫁になり持参した金で安楽に暮らしてくれというのに怒るのもそのためである。

 これだけ錯綜したドラマを、吉右衛門は松貫四の筆名で整理して一筋の流れを

作った。

 吉右衛門はあえて新作だというが、そのポイントは浄瑠璃本文を重じる真ッ当

な態度であり、白鸚上演のときよりもさらにわかりやすくなっている。成功であ

る。

 なかでも私は前後三ヶ所、見ていて胸が熱くなった。

 一つは、第二段の娘を抱きしめての歎きに「親は子に迷わねど、子は親に迷う」

といったあと、「フフフ・・」と泣き笑いになるところのうまさである。この文

句は本文にもあって、景清はオモテに「親は子に迷わねど」といっているが実は

迷っている。人間なら迷うのが当然。吉右衛門はその二重の悲痛さを聞かせて感

動させた。

 もう一つは第四段。娘身売りと知って駆け出すところのエネルギーの瞬発力で

ある。歌舞伎座の広い舞台に、吉右衛門の力がみなぎって、景清の本心が爆発し

た。

 最後の一つは、絶望のあまりの変心である。

 景清ほどの武将にして、しかもこれほど悲惨な生活にして、なお自分の人生を

全て捨てるという悲劇が来るのかという思いがした。吉右衛門のうつむけた顔、

その全身からその悲劇が立ちのぼった。

 以上三点。吉右衛門の優れた点である。

 しかし問題がないわけではない。それをふくめて幕開きからふれていこう。

 幕が開くと浅黄幕の外へ源氏の侍たちが出て、島に流された景清の状況が語ら

れる。ここは本文にはないが、うまい導入部である。

 浅黄幕が落ちると、正面がわずかに開いて四方を絶壁の囲む洞窟のような空間、

下手が海という、この装置もうまい。浄瑠璃になって上手揚幕からの景清の出は、

散文的でさしたることもないし、石の上に重盛の位牌をかざっての愁嘆は、景清

変心の大ドラマの前提としては不十分である。本文を唯読んでさえ読者の肺腑を

えぐる愁嘆。多少のカットはやむを得ないし、かつダレせまいとしていろいろ形

をつけてもいるが、もう一つ迫力がうすい。ここはせりふ廻しのうまい吉右衛門

のことだから、せりふで客をうならせてほしかった。

 第一段が終わって小屋へ入るところで、舞台を半廻しにするのも少しでも目先

を変えようという苦心だろうが、要らぬことだ。その場でいい。

 第三段の里人二人に呼ばれるところで、小屋の筵を上げて異相な景清があらわ

れるが、ここはリアルに思わず知らず返事をしたほうがいい。なぜならばつい見

せてしまった本性を恥じるからこそ娘に告白する気になるはずだからである。こ

こが効かないのであとの大芝居の効果が減殺される。

 あとは降参を決心してから輿に乗ったり、岩組が上へ飛んで海上に場面転換に

手間がかかるのが問題である。決心を見せたらばすぐ船になりたい。それには衣

装替えの時間がないだろうが、景清一人、みすぼらしくてこそこの男の悲劇が出

るからである。

 位牌を捨てるところも竹本についた動きと大芝居が欲しいところである。

 芝雀の糸滝、歌昇の佐治太夫、信二郎の天野、染五郎の土屋。

 夜の部は、このあと中村大改め鷹之資の襲名、雀右衛門、吉右衛門、仁左衛門、

それに父親富十郎と幹部総出の襲名劇、つづいて幸四郎、染五郎父子の「連獅子」、

梅玉、時蔵の「おさん茂兵衛」。

 昼の部の見ものは、襲名以来はじめての仁左衛門の「熊谷陣屋」である。

 団十郎型を基本に自分の工夫を加え、いかにも義太夫狂言らしい面白さにあふれ

た熊谷。そのほっそりした体に似ず豪快、かつスケールの大きいのは芸に工夫があ

るからで、体のウラオモテ、イキともに細かいところにまで工夫が行き届いている。

たとえば、「ヤイ、女房(団十郎型はただ女)」といって、さて小次郎が戦死なら

ば「悲しいーかァー」というイキなど、気持ち、ハラともに十分。またあるいは藤

の方をのぞくときに一度下手に体をひいて裃の腰に手をかける具合。襲名の時の緊

張感とは違って今回は余裕たっぷりで味わい深い。

 ことに前半の物語は、動きが大きく、しかも一つ一つの形のよさ、芝居の流れが

優れている。「オーイ、オーイ」のあと膝についた軍扇を持ち直して、「打ち招け

ば」になるあたりの手の動きは、見ていて陶然とした。この面白さが義太夫狂言の

味、型の面白さである。今日、吉右衛門のそれとともに第一級の熊谷である。

 相模と首を持ち合うのも独特の型でいいが、ことに花道の幕外を心持だけで運ぶ

のには感心した。「夢であったなァ」(「夢だ、夢だ」はない)のあとのお定まり

の幕切れ。遠寄せで一度はキッとなるが、あとは遠くかすめる遠寄せを聞きながら

あわてずさわがず、あたりを眺めながら歩き出すが、この一度まわったりしないで

いるうちに徐々に心持があふれて来て堪らなくなる、そこへ大きく遠寄せを打ち込

むので笠をかぶる渋い行き方。この心持本位の行き方が生きたのは大進歩である。

 雀右衛門の相模は一代の当り芸。襖をはらって出たところ、夫との応対、藤の方

との件り、くどきと今回はサラサラとしているなかに、渋味あふれる名品。二重の

上り下りに人手をかりる不自由さも気にならぬ出来である。

 この幕の傑作は、梅玉の義経。品あり、情あり、智あって、こういう役はこの人

のものになった。

 秀太郎の藤の方は品が薄い。左団次の弥陀六、錦吾の梶原。愛之助の堤軍次は前

半ベタベタしていて相模となんかありそうに見え、後半はハラが抜けている。今度

改めてこの役の難しさがわかった。

 昼の部は、この前に歌六、染五郎、信二郎の「息子」、あとに吉右衛門の「雨の

五郎」、富十郎の「うかれ坊主」の舞踊二段返し、そのあとさらに幸四郎の「文七

元結」。

 「息子」は九年ぶりとはいえ父と子がたがいに逢ってもそれとわからぬという風

になっているが、うすうすそれとわかっているのが本当だろう。あまりの変わりよ

うに、親子ともわざと真実に目をつぶっているという二重性が足りない。夜の「お

さん茂兵衛」と同じく演出者の名前が表示されていないのは無責任である。

 吉右衛門の「雨の五郎」は、意外に若々しく、荒事は子供の心でという心得が生

きて色気になっている。

 富十郎の「うかれ坊主」は淡々として飄逸。今さらいうまでもない。

 さて問題は幸四郎の「文七元結」。

 五代目菊五郎以来の細緻な世話物ではなく、大衆喜劇になっている。芝居のうま

い人だからそれはそれなりに観客にウケているが、歌舞伎の芸の面白さはない。筋

書きに故人円生のそれを参考にしたというが、寄席の高座と芝居とは寸法も違えば

空間の質も違うからムリが出る。たとえば娘お久がお兼の実の子ではないという設

定は、寄席ではそうかも知れないが、舞台では何の意味もないどころか、かえって

親子の真情をうすくしている。十七代目勘三郎の長兵衛をみていると文七が孤児と

聞いて、長兵衛も自分も孤児だったと思うから金をやるという深い意味が生きてい

たが、お久が孤児では話にならない。幸四郎はなぜ新しい脚本をつくらないのかと

思った。

 鉄之助のお兼はじめ、錦吾の藤助も、これで大分とまどっている。

 染五郎の文七一人が歌舞伎になって、しかも現代味も生きている。宗之助のお久

はトウが立ってあわれ気がうすい。

 段四郎の和泉屋清兵衛、秀太郎の角海老女房は本役。友右衛門の鳶頭、幸右衛門

の家主。

 

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