出雲大社は、大國主大神さまをお祀り申し上げている神社で、現在の御本殿は、神社建築史上、最古様式を伝える「大社造」と呼ばれる重厚な造りであり、江戸時代中期の1744年建立と伝えられており昭和27年3月29日に国宝に指定されて、今日に至っております。
御本殿の周りには玉垣が巡らされ、更にその外側に瑞垣が巡らされていて、玉垣と瑞垣の間の御庭には、主祭神大國主大神さまとかかわりのある神さまをお祀りしている御向社(須勢理比売命-大國主大神さまのお后神を奉斎)、天前社(大國主大神さまを救われた2柱の神さまを奉斎)、筑紫社(天照大神と須佐之男命との御誓約によって生まれた女神-多紀理比売命-を奉斎)、更に左右の門神社の合計5社の摂社がございます。
瑞垣の外側に荒垣があり、私たちは、日頃この瑞垣と荒垣の間のいわゆる境内で参拝を致します。
広大な境内には、拝殿をはじめ、御守所その他の建物がありますが、大國主大神さまの御祖神である須佐之男命さまをお祀りする素鵞社もこの境内の一番奥まった場所-八雲山の麓、御本殿の真後ろにございます。
荒垣の外には、神楽殿があり、重さ3トンといわれる大きなしめ縄が飾られています。
出雲大社の現在の御本殿は、かつての大社を忍ぶことの出来る格式の高い大きな社で、高さ約24メートル、前後面と左右面がそれぞれ約11メートル、屋根は片面だけでも90畳敷位の大きさだそうです。
江戸時代中期に建立された現在の御本殿に対して、その高さをはるかに上回る古代神殿の存在を立証する心の御柱の柱根が、平成13年4月に出雲大社本殿の八足門前で発掘され(下の写真@参照)、これまでは単なる言い伝えとされていた高さ48メートルの古代神殿の実在が証明され、大きな話題となりました。
その発掘は、考古学的にもきわめて貴重で、これまでの一部学者の主張を覆す大発見となっており,出雲大社の存在意義が宗教・歴史・考古学・建築等の各学者間でも、全面的に見直されつつありますので、是非とも出雲大社をご参拝なさり、ご覧戴きたいと思います。
なお、出雲大社の遺跡発掘並びに調査は、平成13年11月9日をもって終了し、心御柱の柱根が発掘された心の御柱の巨大なレプリカが拝殿裏に設置され(下の写真Aは上記柱根の発掘された八足門前に設置されていた当時のレプリカ)、その大きさ(太さ)に参拝者の注目を集めております。
また、八足門前の石畳の一部に3本の大木からなる巨大な御柱に倣って円形の赤御影石を敷き込んで(下の写真B参照)、当時の御本殿を支えた心の御柱の様子を皆さまにご紹介しています。
A心の御柱の巨大な復元模型
B旧御本殿を支えた心の御柱の様子 |
出雲大社の御祭神
大國主大神さまはどのような働きをなさる神さま?
大國主大神さまは、福の神、縁結びの神として親しまれている神さまで、私たちが今生きているこの日本の国において、私たち皆が生きてゆく上になくてはならない大きなみ力、すなわち、『結びの御神徳』をお与え下さり、また、幸せな生活を営むことの出来るよう限りない愛情を常にお注ぎ下さりながら、日本という豊かな国土をいつもお護り下さる神さまです。
大國とは、自然に恵まれた広く大きな国土を指し、大國主大神さまの御神徳そのままを称える御名ですが、この大國主大神さまには、大己貴神(氷川神社にお祀りされている神さま)、大地主神(地鎮祭の祝詞の中に必ず登場する神さま)、大國魂神(大國魂神社にお祀りされている神さま)、所造天下大神、その他にも沢山の御名があり、古事記や日本書紀によって紹介されている御名だけでも10を超え、風土記その他の古書を合わせますと30を超える御名がございます。
御神名の数の多さから、大國主大神さまがいかに偉大な神さまであるか、さまざまなお働きをなさる神さまであるか、よくお分かり戴けるのではないかと思います。
大國主大神さまは、住み良い日本の国土を築かれると、日本の最高神である天照大神さまに国をお譲りになり、私たちの目に見えない、耳にも聞こえない世界に退いて神事を司る神となられて、出雲國につくられた大きな社<大社−現在の出雲大社の御本殿は江戸時代に建てられた社です>にお鎮まりにならったと言い伝えられています。 |
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