石原莞爾 系図譜と金庫 |
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軍人としての内部矛盾 |
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(上記の画像は、同志のお墓です。祖母が眠っています。) 石原莞爾の伝記を探ってみる時、満州建国と石原莞爾、二・二六事件と石原莞爾という興味ある歴史に衝き当たります。これらの時、石原莞爾は軍の理想に燃える軍人であった。理想と現実の日本及び日本陸軍とがどう対立したか、というところから石原莞爾を考えることも必要である。俺は石原莞爾についての著作を読んでいてもっとも感動した事は、軍人石原莞爾がヒューマニズムの人であるということだ。 戦時下にある記者との対談で、こと言論の取締りの行過ぎについて、「大体『赤』なんて簡単にいってのけることのできるものではない。『赤』とは反対国であるということだ。国体に対する反逆者・・・ 日本人にとっては致命的な言葉だ」と語っているところに、それを見たつもりだ。「国体も理想も反抗するものがなくては強力にならない」という自由主義な発想です。だから占領軍アメリカによるデモクラシー政策には同意しないとの意見を、見せていたのです。民衆の立場から見る場合、石原莞爾の主張と批判とは、政治や政治家に対しても、軍人軍閥に対する場合も、歯切れがよく、理解しやすいという特徴がある。 後に東亜連盟(現、石原莞爾平和思想研究)の運動においても、現実的で解りやすいということは石原莞爾がすぐれた特色であり、遠い未来の問題についても、現実の戦時国家の実状について語る場合も、まことに具体的に解説しながら、所見を述べるという態度には見事なものでありました。 太平洋戦争で、記者などと語ったものが今に残っているのですが、それを見ても、当時威勢を誇った東条陸軍に対して、語る機会あれば所信を明らかにしている。 「軍人が政治に関係すれば外からは軍人の信義を疑われ、内部においては軍の不統一を来たすおそれが多分にある。 それでいろいろの法律にも、軍人の政治干与を禁止している。軍人は政治をやれない組織になっている。」 石原莞爾のこの考えは東条英機と真っ向から対立した。それはまず満州国に対するものとして現れ、日本の将来について、日華平和について、その対立は激しかった。関東軍参謀長東条英機の施策と石原副長の考え方にはかなりの溝があった。 石原将軍によれば、満州国を独立国として真の民族協和による王道楽土の理想国家の建設を目指しているが、東条参謀長は、日本政権獲得と自己軍閥の勢力拡張の意図を多分に含んでいる。 石原将軍は、関東軍は満州国育成の内面指導権を持ってるので、これが軍閥の根拠地となり、軍閥とこれに結託する日系官僚群の専制政治化する危惧があったので、満州国育成の内面指導の撤廃を主張し・・・」とその対立の激しさを語っている。 |
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勇者は懼れず |
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(上記は父が保存していた石原莞爾実弟の石原六郎氏の系図です。) 日本歴史未曾有の敗者として裁かれた時、昭和二十二年五月一日石原は東京裁判の参考人として山形県酒田市商工会議所に設営された臨時法廷に立った。この第一日目の証言を終えた後宿舎の酒田ホテルでは内外記者団と石原将軍の会見の場がもうけられてあった。私は偶然にもこの千載一遇とも言うべき好期に巡り合わせをもった。 その思い出は冒頭(君達、私の此れから話す事は貴方達のお国に帰ってから発表して貰いたい。 日本で発表すればマッカーサーの検閲で真実が通じなくなるだろうから)と言われた言葉から始まったのと、内外記者達がお互いに頷きあいその通りという意思表示をしていたのだが記憶に焼きついている。これを手始めにその後1時間位、内外記者団とのやり取りは敗戦国民が口にしたくも慮かれる言葉だった。 だが、戦後豹変した指導者を身近に見た私にとっては胸の透く思いだったし、東京裁判の過程を見聞きしてきた記者各位にしては最も痛快な思いをした事は以後の文献によっても明らかである。この場での記憶に残るニ三を述べる。 東亜連盟については先に記したが、事実は(マッカーサーは東亜連盟を非合法団体にして解散させたが、東亜連盟は単なる右翼団体ではない。米ソの二大勢力が凌ぎを削る現在ソ連の共産主義に堂々立ち向かうるのは東亜連盟の理論と実践のみだ。東亜連盟は民族闘争でなく民族協和、弱肉強食でなく共存共栄を主張しつつアジアの団結を図ろうと運動してきた。 力で屈服させる貴方がた欧米覇道主義とは異なり東洋古来の王道によって手を結ぼうと言う事だ。 この度の裁判は覇道主義の最たるものだ。 勝者が敗者を裁くとは人間が犬、猫相手に裁判してるようなもので、否応無しに結果は出ている。 苟も世界平和を願う裁判ならば第一級戦犯は米国はトルーマン、ソ連はスターリン、イギリスはチャーチル、日本からは及ばずながら私が出よう。 そこで正々堂々論戦したらよいのだ。 既に負けてた日本の広島、長崎に原子爆弾を落としたのは国際法上大いに問題がありトルーマン大統領名の降伏勧告ビラでは人的資源に至るまで徹底的に壊滅するとあり、その通り東京、横浜等を無差別爆撃したのは、ソ連の参戦と同様紛れもない国際条約の違反である。しかもソ連は今尚大多数の日本人を、自国に連衡酷使しているが、非人道の極みである。マルクスが地下で涙しているだろう。) *今次戦争については、(君達は日本は侵略主義だと言うが、英米仏オランダ、ソ連等総て侵略の歴史ではないか、日本はこれら先輩の後追いである。今次戦争で最も被害を受け最大の犠牲を払った中華民族の蒋介石総統は、終戦に際して{全国軍民及び世界人士に告ぐ}の告文を発表し、怨みに酬いるに徳を以てせよと言われ二百数十万に及ぶ日本軍将兵並びに在留邦人が無事、短期間で日本内地に送還された。 この言葉と行為こそ東洋道義であり、日本は戦わずして道義に於いて敗北していたのである。 我々は欧米諸国に対しては非は非とし是は是として、堂々論戦すべきだが、中国を初めご迷惑を掛けた東亜諸民族には心から懺悔すべきです。 *東条との確執についての質問には、(よく世間では東条と私が反目し合ってるように言うが普段は普通の付き合いです。しかし、主義主張となると別だ、私には一貫した主義主張があるが、彼にはなかったのではないか?此れでは反目し合う事など有るわけがない。彼は一貫した信念がなく右顧左眄して要らぬ猜疑心を持つから、戦局の対応も適宜でなかっただろう。)次いで重複するが東条の強権と雖も東亜連盟を紙切れ一片で解散させたマ司令部の絶大な権力には及ばない等と述べた。 *満州事変について(私は根っからの軍人で、戦の事についてはいささか自信があります。 事変について言えば、当時の関東軍は不測の事態に備えて準備怠りない事は勿論だが、兵力、装備等圧倒的に優勢な張学良軍を相手に如何に有利に戦いをやるかは、周到緻密の作戦計画を練らねばならなかった。兵力で言えば二十対一だ到底勝ち目はないのだが僅か半年で一応の成果を挙げた。ナポレオン以上と自負している。) *総ての面で劣弱な軍備での勝ちとは(常識的に勝てる道理が無いが、思うに戦いの勝敗は兵の多寡、装備の優劣よりも、蒋の統率と作戦宜しく、従う兵の訓練と団結が宜しければ、兵の多寡、装備の優劣問題でない。) 以上心覚えをニ、三書き留めた。 東京裁判全記録は「人類後史への出発」石原莞爾平和思想研究会編か、協和新聞バックナンバー自昭和三十五年九月至昭和三十六年八月間迄の一年間を参考にご一読を。 当時泣く子も黙るマッカーサー施政下で堂々所信を披瀝したのは石原莞爾唯一一人と思う。 殊に宣誓口述書の最後に(軍官民の心なき徒輩がいろいろと申しましたが、満州国自体は全く満州における歴史的所産であります。民族協和の思想は、今後も長く残ることと確信いたします。)と結んである。しかも、この確信は昭和二十四年八月十五日命脈尽きるまで変わる事がなかった。 その年の七月八日「新日本の進路」と題してマッカーサーに建白書を提出、八月十日に補足の説明書「全体主義に対する混迷を明らかにする」を提出占領政策の過ちを指摘した。この事は翌年アメリカ議会で発表され、元大統領フーヴァー氏主宰の有力誌上で一般に公開されている。マスコミに媚び踊る偽者が到底及ぶ処では無い。 智者は惑わず 仁者は憂えず 勇者は懼れず |
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石原将軍の金庫の中に入っていたもの |
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資料(石原将軍の金庫の中に入っていたもの) 満州事変 昭和16年 連隊長時代ヨリ満州国帰還迄 師団長時代 昭和19、20、21年 昭和17、18年 古戦史 昭和2年 第3学年ノ為 昭和11年6月戦争之研究 御進講録欧州於ケル戦争発達史第1篇 フリードリヒ大王講義ノート ナポレオン講義1,2,3,4巻 1796〜7 ノート 1 満州国帰還後 石原将軍書状 紙袋1 書状20 葉書(封かん含む)18 石原将軍日記帳S6,10,11,12,9,3,18,8,4,2,13(2) S14 T12,9 S19,20,21(1,15〜22,1,19)22,23,15(卓上含む) S24,18,16,12 メモ14冊(東連手帳、満州事変従軍手帳含む) 名刺 石原大佐3枚 土屋 角田氏宛宮崎文献手紙往復信 1袋(紙袋) アメリカ伝単1 欧州に於ケル戦争発達史 日蓮教に関スルメモ篠崎製ノート1冊 昭和維新論 旅券1 S36,11,19 石原中将回想録写 葉書16枚入 袋1 S20,7,25 第7巻第2号東亜連盟 ナポレオン戦史附図 戦争論中に於ケル奈扇戦史 経済国策指導計画書 S15年 1袋 北満現地戦術 将軍メモ 1袋 メモ手帳1(裏\0.05定価貼付ノモノ) 軍歴簿及辞令 1束 旅行手帳 書状 8通 1袋 将軍東連原稿 1袋 新日本建設ととわが理想1 兵用教程案 書状写真含む69枚入 ビニル袋1 満州国ノ根本理念ト協和会ノ本質 聖勅抄 メモ及メモ帳 11紙袋 本庄繁宛手紙ファイル1(資料セクションペーパー11枚含む) 土地関係 封筒5 将軍原稿外 紙袋No1 No2 No3 預金証書 純金小判桐箱入 印鑑2ケ 金時計(張海鵬ノモノ) |
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