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テレビ番組一本を題材にしたコラムコーナー。 「勝手に言わせてもらいます」番外編です。 2004年6月28日更新 |
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作品一覧
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「北の国から」は倉本聰の集大成ドラマである。個人的に倉本ドラマというと「前略、おふくろ様」や「昨日、悲別で」。特に後者はリアルタイムで観ていた事、そして劇場が舞台という事で印象に残る。もちろん悲別は北海道の町。そして北海道を活動拠点としたもう一つの北の物語。そんな「昨日、悲別で」と「北の国から」第一シリーズの製作時期に大きな差はない。しかし前者は青春もの、後者は家族もの。当初、そのスタンスに違いはあったが、「北の国から」は二十一年という月日が青春もの、さらに北の大河ドラマへと成長を遂げさせていった。 元々この作品に感情移入し易い土壌はあった。筆者は純よりやや年上だが同世代といってもいいし、特に第一シリーズスタート当初は五郎の自然派生活が興味を惹いた。もちろん家族ものとして人間関係の描き方、ドラマチックな部分がその裏づけになっていたのはいうまでもない。だが純が成長していくにつれ、自分の人生とラップしていくのに気づく。だからこそ応援したくもあるし、見守りたい気持が生まれるのだろう。おそらくこの作品を観る人たちの多くが、そうした視点を純、蛍、五郎の誰かに送りたい気持で観ているのだと思う。ここには「男はつらいよ」の寅さんのように永遠に成長しないドラマでは得られないカタルシスがある。もちろんそれが一朝一夕でないからこそこの作品に泣かされるのだ。 まず時代に添い寝するかの如く、前編で携帯やメールが多用されていたが、結局は人のぬくもりが全て。だからこそ前編の後半、中畑(地井武男)の行動が一喝する。わかっていながら時代に迎合する自分も一喝された気分だった。純は人生の新たな起点を求めて迷走するが、そんな時代(携帯やメール)も借金返済を滞らせる原因。まるで空虚な生活を続ける姿が自分に重なった気がした。そして倉本は純にも原点回帰をすべく、(物語上の)最後の試練を与える。それが結(ゆい)の登場だった。 れい、タマコ、シュウと純が出会ってきた女性との恋。これらは純自らが壊してきた部分もあった。その恋に終止符をつけるために結(内田有紀)と恋に落ちる。だが彼女は人妻、そしてトドと呼ばれる義父、暴力的な夫・弘(岸谷五朗)が後ろに控えていた。単純に行かないところが倉本らしい。しかし一見敵であるはずの義父・吾平が純を叱咤激励する。そんな吾平を演じる唐十郎がいい。五郎と対極にある男だが、そのバイタリティは五郎にひけをとらない。五郎にしろ、吾平にしろ、そして前述の中畑の号泣、言動にしてもその一つ一つが倉本のメッセージなのだろう。我々に欠けたものを訴えかけるのが「北の国から」もう一つのテーマだ。 もちろん群像劇としても素晴らしい。先に家族を作った蛍にしても、たとえ外見は野蛮な弘にしても絆の描き方は倉本タッチ。そこからが五郎、吾平という幹から派生した大きな家族が見えてくる。誰もが悩み、苦しむ。個々のキャラクターがドラマの中でしっかり生きているからこそである。そして倉本はそのエピソードの節目に泣かせのポイントをもってきて、さだまさしのメロディーがこれをサポートする。終盤、正吉を追って蛍が旅立つ姿には、かつて「北の国から」で描かれた駅の別れが重なる。やがてメインテーマが流れ、純の父をたたえるセリフに思わず泣けてきた。 その最終章のタイトル「遺言」の意味するところ。多くのファンは五郎の死を予感していたかもしれない(巧みな予告編CMはそれを助長させた)。しかしその真意は作者倉本自身のメッセージでもあった。世代に関係なく伝えようとするこの作品が遺したいもの、それが最後の五郎の言葉。それは二十一年間成長してきた「北の国から」にあって不変のテーマ。五郎流の朴訥(ぼくとつ)な言葉であるが、逆に原点回帰で安心させる。そんな本作で五郎は自分の生き方を遺言を書く事で再確認していくのだ。二十一年の歴史、終わりのあるドラマだからこそその意味は重い。雪山に消えて行く五郎の背中はそんな余韻を残した気がする。 P.S. 筆者は「若大将」シリーズをテレビで観て以来の田中邦衛フリーク(特に「エレキの若大将」)。考えてみれば高校時代から彼のモノマネをやってきた。口をとがらせ独特の口調。芸能界にも彼のモノマネを得意にする人は多い。中でも小堺一機と石橋貴明の二人が群を抜く。小堺の世界観はまさに田中邦衛であり、彼のモノマネを観るためにチャンネルを合わせることもある。石橋は上手いというか、石橋版「田中邦衛」が可笑しい。保毛尾田保毛男との差は少ないが笑えるのには変わりない。なお田中邦衛が実写版「ルパン三世」で次元大介を演じた事実は意外と知らされていない。最近では映画「みんなのいえ」でも一人気を吐いていた田中だが、更なる田中邦衛ワールドの展開を期待したい。 今旬の「北の国から」関連本が店頭に並んでいるが、中でも面白いのが「黒板五郎の流儀」(倉本聰監修:エフジー武蔵発行)である。「2002遺言」のサブテキスト的要素が強いが、シリーズを通して一貫している五郎のエコロジカルライフ、その詳細がイラストと共に解説されている。今回、五郎がどのような家を建てたか、またどのように建てたのか、そんな方にこの本の内容は非常に興味深くオススメの一冊。 |
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このコーナーの第3回は「恋セヨ乙女」を取り上げた。前回「さくら」と同じNHKの連続ドラマだがこちらは夜の部。しかも15分の枠を週4日で1エピソードを描き、一ヶ月で完結させるというやや忙しい構成。前シリーズのシドニー・シェルダン「真夜中は別の顔」、一ヶ月に渡るワールドカップの特番明けを受けての登場である。前シリーズ「真夜中は別の顔」がジェットコースタードラマの様相だったのに対し、本作「恋セヨ乙女」はジェットコースターラブコメディー。「ちゅらさん」の岡田惠和の脚本もその忙しい時間枠を歯切れ良いテンポに生かしている。物語は結婚適齢期の主人公、幸子(真中瞳)が恋人探しに奔走する様が描かれる。幸子が運命の相手に出逢うもあくまでも思い込みであり、その顛末が面白い。一見古臭く思えるが、その思い込みこそが大事でラブコメの王道。むしろ逆に視聴者に対して安心感を与えてくれる。真中も恋愛に実直、愛は盲目の如しのキャラを好演。小野武彦演じるいい味出してる父親との絶妙の掛け合いをみせる。週のオチにギョウザが出てくるのも可笑しくご愛嬌。ギョウザに限らずNHKらしからぬ食べ物ドラマで、ラーメン、毎週開発されるおつまみ、そして幸子の実家は米屋でおにぎり屋という午後11時からの放送はある意味空腹に刺激的でもある(フードアドバイザーは「料理の鉄人」の審査員、料理記者歴40年の岸朝子)。 新味、ストーリーテラーがどちらかといえば主人公の幸子でなく、むしろ彼女を囲む周りのキャラ達だという事。井戸端会議ならぬ幸子の家で行われる円卓、サロン会議。幸子、同級生のバツイチ奈々子(佐藤藍子)と後輩で新婚の比奈子(酒井若菜)と行う恋愛セラピーが面白い。特に酒井若菜の天然ながら的を得たセリフ、キャピキャピぶりがドラマに華を添える。このドラマで彼女の株は上がった気がする。そして三人の仲の良さも伝わるこのドラマの名物シーンだ。岡田惠和の脚本もその点に重点が置かれているように思う。気ままで揺れ動く女心、そんな姿にちょっと嫉妬気味な女心、そしてそんな年上を見つめる冷静な女心、三つの女心が見事に交錯、笑いを誘う。男の目から見てもいろんな意味で興味深い。 そして更に光る脇役が控えるのもこのドラマの見どころ。やはり「ちゅらさん」でお馴染みオバこと平良とみはもう一人のストーリーテラー。また幸子の勤務先でおつまみ研究センターの面々、斉藤こず恵に石塚英彦の巨漢(?)コンビ、クセのある事務役の瀬戸カトリーヌ等々。オススメは「王様のブランチ」レポーターの山口あゆみが演じる幸子の妹、伸子。クールで対照的だが、父親同様に姉の行く末が気になってしょうがない。その冷静さを欠いた時の表情がいい。またチョイ役なんだけどコンビニで働く楊原京子にも注目。ホントにチョイ役で残念なんだけど。 さてそうはいってもこのドラマ、あと一週、4話で終わりである。予告では筧利夫、吉沢悠、寺島進、塚本高史ら過去に登場した恋のお相手が一堂に会していたが、はてさてどうなることやら。ただこの4人の年齢層、キャラを見るだけでも幸子の移り気で気ままな女心を表している。そして正直に言う。個人的には今週で幸子の恋が成就して欲しくない。製作サイドにはもうひとシリーズお願いしますの気持でいっぱい。それだけ惹きつけるドラマであり、残念でならないのだ。民放の凡長な恋愛ドラマよりも見どころ多し。生活スタイル、前述の食べ物等、ディティールも細かい。この枠のために作られた今井美樹の主題歌は前作よりもこのシリーズにジャストフィットだ。もし未見の方は再放送の機会があれば第一話から観ていただきたい。 |
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昔、テレビをつけるとそこに団欒があった。ホームドラマというカテゴリは当たり前のように存在し、視聴者に明るさと笑いを振りまいていた。TBSの水曜劇場は「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」等を生み出したホームドラマの老舗的な存在で、チャンネルをひねる時代の代名詞といえるものであった。不自然な夕食での家族の並びもお約束。多くの名作を手掛けた向田邦子と日常と非日常の混在が光る久世光彦の名コンビも、この水曜劇場であった。しかしそのTBSを始めてとしてバブル以降、ホームドラマは激減。現在は昼ドラ枠を中心に生き残る程度である。そして今回. 時代設定に差はあるが、連続テレビ小説はホームドラマの手法を残す数少ないドラマ枠である。嫉妬や裏切りもない。殺人事件もありゃしない。そういった安心感、そして重要な登場人物への感情移入が観る者の気持を惹きつけてきた。そしてこの4月から新シリーズ「さくら」が始まった。もちろんホームドラマの定石は守っている。唯一、主人公さくらがアメリカ人だということを除いては。 主人公の名はエリザベス・サクラ・マツシタ。彼女のミドルネームがさくらなのである。ハワイに移住した日系移民の4世。婚約者ロバートとのほんの些細な行き違いがひょうたんからコマ、日本での英語補助教員へ進むキッカケとなる。しかし来日も二転三転、祖母の故郷飛騨高山で教鞭をとる事に。進学校の教育、そして文化のギャップに苦しみながら、生徒や飛騨高山の人々とのコミュニケーションを深く、そしてさくら自身も日本を学んでいくという物語である。主な舞台は下宿先の沼田家。そこにアメリカンな部分は微塵もなく、これぞホームドラマの王道を進むという格好の背景である。 もちろんホームドラマだが. 確かにこのドラマに惹かれるのはホームドラマというのもあるが、更なるエッセンスが注入されている事、それが本作のキャスティングだ。NHK朝の連ドラ、そして他局のホームドラマのキーパーソンが多く出演しているのである。さくらの母方の祖父は「寺内貫太郎」こと小林亜星。はっぴを着た姿はまさに石貫!さらに下宿先の生徒の母は「ミヨちゃん」こと浅田美代子。やけにエプロン姿が多いと思った!彼らは共に久世演出ドラマ出身である。それ以外に熊谷真実はかつてのヒロイン「マー姉ちゃん」だし、「ひらり」の姉さんだった名枠役鍵本景子も同僚教師で登場。欽ちゃんファミリーの見栄晴もある意味ホームドラマ出身といえるだろう。それに下宿先の生徒が渡鬼えなりかずきの弟江成正元など、細かなキャストまで挙げていったら枚挙いとまがない。そこからも徹底してホームドラマ作りにこだわっているのが感じられる。 もう一つのポイントはコミュニケーションギャップだ。ハワイを出た事がないさくらにとって全ては未知の世界。まして古きを知る町、飛騨高山である。そこに前述のホームドラマの手法を織り込み、そこに生まれるギャップの数々と騒動を、人間関係と相互理解で解決していく。Englishman in NewYorkならぬAmericanwoman in Hidatakayama.そこにおけるキーパーソンが小澤征悦(小澤征爾のご子息!ドラマ中の彼の着メロに注目)演じる桂木である。能ある鷹は爪を隠す。MBA経済修士課程取得、留学経験を持つ先輩教師という設定。一見辛辣で大柄だけど気は優しい。さくらの理解役であり指導者。そんな役回りがさくら、ロバート(セイン・カミュ)、桂木のあってないような三角関係を形成していくのである。それに気がつかないさくらに観る側の歯がゆさを生んで面白い。 描かれるテーマとは. しかしそういった背景を生かすも殺すもヒロインである。さくら役の高野志穂は流暢な英語もさることながら、朝ドラに重要な爽やかを備え、観ていてすがすがしくなる。そしてとまどいも天真爛漫さで解決していく姿が描かれていく。今は国際化の時代。旧態依然だった朝ドラも、恋愛の新しい形「ふたりっ子」、母子家庭を描いた「私の青空」等、問題提起を重ねる中、今回はそのテーマに至ったのだろう。身近な国際親善、和の心、それを体現するキャラクターに相応しいヒロインだし、それに応えるピュアな演技である。きしくも今年はワールドカップイヤー。いやをなしに外国人が訪れる時代。そうでなくとも仕事上、外国人との連携もあるわけで、今回のドラマは我々に課せられたテーマでもあるのだ。最近、初心者向けに英語を学ぶ本がとても売れているという。きっとこのドラマに触発された人たちの動きもあると思う。またテレビドラマの原点回帰、ホームドラマの王道、そうした点も含めても今後の動向が気になるドラマなのだ。 なお「し〜ゆ〜・ねくすと・ういーく〜」そのナレーションは名優大滝秀治である。 |
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五人ものから3人ものへ. スーパー戦隊は過去「秘密戦隊ゴレンジャー」に始まった集団ヒーローものの流れを汲みながら、「バトルフィーバーJ」から巨大ロボットとのコラボレーションを果たし、前シリーズの「ガオレンジャー」までその基本ラインを崩さずに来た(「ゴレンジャー」「ジャッカー電撃隊」をスーパー戦隊に入れるかどうかは異論があろうが、一応含まれているようだ)。そして今回の例に漏れず「ハリケンジャー」も変わってはいない。ただしだ。この「ハリケンジャー」、久々の三人ヒーローとして構成されている。さかのぼれば「太陽戦隊サンバルカン」以来かもしれない。奇しくもその時の色は赤、青、黄であったから今回と同じだ。 スーパー戦隊のお約束として、各主役のエピソードが順繰りに構成されるはずだから、キャラの描写もそれだけ深くなるということだろう。これこそ五人ものから三人ものに変更したメリットでもある。その上男性三人の「サンバルカン」と違い、ハリケンブルーは女性なので男女の構成比はいっそう高くなった。まあ男女雇用機会均等法が施行されて結構立つが、当たり前といえば当たり前。まあ女性三人にならなかったのはクノイチ戦隊とならなかった事でもわかる。ただし第一話で追加メンバーらしき(あるいは敵?)シルエットが登場しているので、今後テコ入れがあるかもしれない。 「バトルフィーバーJ」以降、巨大ロボットの登場は当たり前となった。その戦いの構成は次の通り。まず等身大時に決め手の必殺技で相手を破壊、その後破壊された怪人(?)が再生を受け巨大化、すぐにヒーロー陣営はメカで対抗。そして合体して敵を倒す。その前に主人公達のエピソードが毎回挿入されるという訳だ。後半やや大味になってしまうのはこの手の作品らしい。メカ発進の際、東京ドーム近くが毎回選ばれるのはお約束。もちろんキメ技は剣を振りかざし一刀両断。そして第四話を終えたところで三人のエピソードは一巡した。 忍者もの. 「ハリケンジャー」は現代忍者である。ヒーローで忍者ものというと「忍者ハットリくんと怪獣ジッポウ」(もちろん実写版)に始まり、集団ヒーローでは「忍者キャプター」というのもあった。特に「忍者キャプター」は七人という大所帯。メンバー紹介から決めポーズに至る展開は長く少々飽き飽きした。それに対し今回の「ハリケンジャー」は三人ゆえに短く、見得の張り方も決まっている。どちらかというと時代劇、歌舞伎調の登場。襖、障子越しのシルエットにキャラのカラーが重なって派手。子供にはこのような誇張された登場の仕方が受けが良いと思う。 それとこの作品はたぶんビデオ撮り。しかし処理が施されているためかフィルムタッチになっている。ハイビジョン撮影の「仮面ライダー龍騎」よりも好感。「仮面ライダー龍騎」は解像度の高い画面ゆえに質感がチープに感じられ、CGとの組み合わせは遊離した感は否めない。何故、新「ライダー」シリーズはハイビジョンに拘るのか?いい感じに思えなかった「スター・ウォーズEP1」や「ハリー・ポッター」と同じ、CGは諸刃の剣なのだ。このライダー、子供の受けっていいんでしょうか?それに何処が「仮面ライダー」なんだろうと思ってしまう。言い出したらキリがない。大人のためのライダー?閑話休題、話を「ハリケンジャー」に戻そう。 番組のツボ. 一応、忍者なので普段の彼らは仮の姿で世間に潜んでいる。何でも屋やヘルパー、そして演歌歌手という三者三様の職業を持っている。でも演歌歌手で世間に潜むってちょっと派手じゃない?(この劇中歌「忍び恋」がCD化される可能性はあるかも。カセットアルバムはあり!)ただこの演歌歌手、いやこのハリケンブルーを演じる長澤奈央ちゃんが可愛いのです。一緒に見るお父さん方を引きつけること必至、清純さが何ともいえません。逆にそうのたまう大人は不純、キッカケってそういうものなのです。 さてあっと驚いたのは第三話のゲスト。何と「トゥナイト2」でおなじみ、杉作J太郎氏でした。演ずるは有名音楽プロデューサー役。夜の顔が爽やかな朝に登場するのは何ともミスマッチ。そしてメインがハリケンブルーの回だったからそのギャップは絶大だった。子供たちの目にはどう映ったんでしょうか。それにこの手のゲストは増えるんでしょうかね。個人的には虎ノ門の井筒監督あたりに出て欲しい。ハリケンブルーをどやしまくる映画監督役(もちろんその正体は怪人!)なんてね。 「サンバルカン」の故・岸田森さん以降、悪役さんが正義側の司令官を演じる事が多いが、今回も例にもれず時代劇でおなじみ西田健さんが演じてます。ただ第一話にハムスターに変化してから元に戻れなくなってしまいましたね。でも声の演技からは楽しんでいるのが伝わってきます。またドラマでおなじみ、おぼろ役の高田聖子さんも相変わらずバリバリ関西弁でいいですね。とにかくスーパー戦隊シリーズらしくこのままコミカルに行って欲しい。熱血漢ハリケンレッド、イエローも個性発揮はこれから。でもしばらくはブルー目当てに見ちゃいそうです。 |
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