趣味の殿堂「遊舟」2000

個人的マルチメディアの遊戯術
特別篇

筆者のメディア論、電子機器等の購入インプレッションを紹介。
まあ参考になるかは別ですが。その他特別篇もあります。
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一時期FMfanで使われた"マル鉄"マーク
一時期、FMfan誌で使われた"マル鉄"マーク

 日本オーディオ界の重鎮で、自らの理論をVAルーム「方舟」で実践する評論家、長岡鉄男氏。筆者にとって長岡さんは"先生"と呼べる数少ない人物である。個性的な自作スピーカーの設計、デジタルサラウンドへの疑問(完全否定ではないが)、歯に衣着せぬハード、ソフト評論を展開。また長岡さんはオーディオ評論に限らず、エッセイでも切れのよい文章で我々を魅了する。7月はスピーカー工作の季節(オーディオ月刊誌「STEREO」恒例)。今回はそんな長岡さんに触れてみたい。

長岡鉄男氏のプロフィール
 1926年東京生まれ、ちなみにこの長岡鉄男というのはペンネームである。クイズ作家、コント作家を経て趣味であったオーディオの評論を始めて以来、現在まで多くの雑誌連載を抱える人気オーディオ評論家である。またスピーカー工作のオーソリティーとしても著名で「長岡教」ともいうべき多くの熱狂的なファンを持つ。趣味はオーディオも含め、変り種のカメラ集め他多数。著書も「オーディオA級ライセンス」「長岡鉄男の傑作スピーカー工作」(全10巻)「長岡鉄男のオーディオクリニック」「長岡鉄男のスーパーAV"ホームシアターを作る"」「長岡鉄男のいい加減にしますPARTI〜V」「長岡鉄男のディスク漫談」他多数ある。詳しくは著書・関連書紹介を参照。

私と長岡ワールドとの出会い

FMfan 1986 No13号 長岡鉄男のダイナミックテスト"コラム" 長岡鉄男のダイナミックテスト"記事"
これが我がオーディオの原点、長岡鉄男のダイナミックテストだ。
(FMfan1986年No13号 共同通信社刊より)

 中学で芽生えたオーディオへの興味が高校時代に開花、そうなるとミニコンポでは満足できなくなる。いわゆるバラコン(単品コンポ)が欲しくなるわけだ。そうなると参考にする雑誌が必要となる。そんな時、高校の図書室にあったのが週刊FMファン。そこには長岡さんによる記事"ダイナミックテスト"が連載されていた。実測重量、トランスサイズ、スペアナ写真、そして極めつけは「音場は広く、深い」のコメント。他誌と異なるアプローチに戸惑うも、新しい発見が多かった。しかしブランド志向は変わらず、高校卒業後に至ってはドルビーサラウンドに手を出してしまう。

 しかし転換期が訪れた。当時の5チャンネルによるドルビー(プロロジック)サラウンドがどうもしっくりこなかった。"意図する音場"と"好みの音"とは違いがあったのだ。そんな時に思い出したのが長岡さんの実践するマトリクスサラウンドである。理論的には1960年代に確立されたものであるが、ドルビーデジタル等のデジタルサラウンドが登場するまではその技術の根幹に存在していた。そしてトライしてみるとその激変ぶりに感動、音の見通しが良くなったのだ。"意図する音場"ではないかもしれないが、"好みの音"になった事は確かだ。そしてその時から長岡教の信者となった。

 その後、長岡さんの音を確認すべく自作スピーカーの製作に着手、その世界を体感した。それから実は筆者は長岡さんと一度だけお話しした事がある。それがFMファン主催の「方舟で映画を観る会」である。120インチとプロジェクターを中心にしたマトリクスサラウンドを展開、観たのは当時の高画質LDソフト「007リビングデイライツ」である。中でもウイーンの街中のシーンが印象的だった。もちろん音は折り紙付き。ドルサラとは異なる鮮度の高いサラウンドは感動的。この日は他にも「AKIRA」や「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」(輸入盤LD)等当時のおなじみソフトのおいしい部分を体験できた。また次から次へと出てくるリクエストにイヤな顔一つ見せず応えてくれた長岡さんが印象的であった。今となっては懐かしい思い出。

長岡ワールド(ビジュアル・オーディオ篇)

鉛インゴット
長岡さんの代表作、スーパースワン
(筆者所有)
長岡イズムの代表
鉛インゴット

 長岡さんは高コストパフォーマンスを重視する。自作スピーカーのその産物といえよう。現在、デジタル化されたオーディオ機器では手をつける余地は少ない。しかしスピーカーはユニットと板材の組み合わせにより、変幻をみせる。市販のスピーカーでは得られない個性がそこにあるのだ。バックロードホーン型、スパイラル型、共鳴管型、マトリクス型他、長岡さん設計のスピーカーは個性派揃いである。ユニークなスタイル、市販品にはあり得ないユニット構成等。特に有名なスワンシリーズは10cmフルレンジスピーカーの枠を超え、明確な定位感と広い音場感を提供する。スワンは白鳥の名に相応しい個性的なデザインで長岡スピーカーの代表作となる。またデザインだけでなく"名が体を表すように"、的確な名付、ペットネームを与えているのが長岡流だ。

 また自作できる部分は手を入れるのが長岡流。ピンケーブルを始め、アッテネーター、ラック等多数。また各コンポの能力を発揮するための努力を惜しまない。長岡イズムの代表例、鉛インゴット(コンポの自重を増やし、振動を押さえ込もうという考え方)はそうした視点から生まれたものだ。自作ピンケーブルはシンプル&ストレートの発想から生まれた産物。なるべくコンポ間の結線を短くすべく実践されたもの。とにかく高いアクセサリーを使うのが全てではない。氏の人気連載だった「オーディオクリニック」では極太キャブタイヤケーブルをスピーカーコードにするのを筆頭に、釣具の鉛板、Pタイル(床用タイル)、ゴムシート等DIYセンターでおなじみの品物も使われた。なお今流行りの3Pホスピタルグレードコンセントケーブルも長岡さんは早い時期から取り入れるなどアンテナの鋭さが光る。

AV FRONT 長岡鉄男のサラウンド大入門
AV FRONT(共同通信社:現在休刊)
「オーディオクリニック」を始め、「サラウンド大入門」等長岡さんの人気連載が多かった。

 そして長岡さん最大の自作がVAルーム「方舟」。昔観た映画の中の世界に触発されたのだという。そしてテクノロジーの進歩により、それが具体化した姿が「方舟」なのだ。自作スピーカーによるマトリクスサラウンド、氏の生涯の夢であった大画面の導入、それらを組み合わせるノウハウ、そしてこれらのコンポ群を包み込む建物。すべてが長岡イズムの結晶なのである。

 「方舟」進水後は以前にも増して活動的だった長岡さん。メーカー製サラウンドを疑問を持ちながら、マトリクスサラウンドの更なる進化を模索していた。中でも「AV FRONT」誌(現在休刊)で連載された"サラウンド大入門"は圧巻だった。1アンプ構成、同一スピーカー・ユニットにより、何処まで数を増やせるか(適した再生が得られるか)に挑んだのだ。8個まで増やしたものの、回答の一つにシンプルなマトリクススピーカー「凱旋門」があったのは、ただひたすらエフェクトスピーカーを増やそうとするメーカー製AVアンプに対する皮肉のようなものが感じがした。

長岡ワールド(コラム篇)
 長岡さん、もう一つの魅力が自身による文章である。「ダイナミックテスト」(FMfan連載)冒頭のコラムは「喝」として単行本化される位のデキ。毎号出るたびに必ずこのコラムは目を通していた。オーディオ誌だからといって、単なる紹介文にあらず。鋭い視点、政治、経済、社会風刺とオーディオとの結びつけ、見事な文章のまとめ方は物書きの勉強にもなる。冷静さと鋭さを兼ね備えた文章。切れもあるしコクもある辛口トーク、まさにビートたけし以前の毒舌家。ちなみに「長岡鉄男のいい加減にします」(週刊FM連載、ただし休誌)も同様のコラムで5冊が単行本化されている。

 ソフト批評も氏の領域。広く深い知識に裏づけされたコメント、音楽や映画批評はコンポのテスト記事よりも厳しいかもしれない。宗教、歴史にも長けており、度々文章の中にその一端がうかがえる。特に宗教には音楽も関わる重要な要素だ。そして批評されるソフトは全て長岡さんが購入したもの。アナログ、CDを含め輸入盤多くのライブラリーから選ばれた優秀録音盤は長岡教信者必須のアイテムとなった。これらはまさに"音"を収録したもの。ワンポイント録音、音場感、定位感、レンジ感を重視、パーカッションからさざなみ、ゼロ戦、日本の自衛隊...etc音なら何でもアリのディスク群。そういえばオーディオフェアで自作スピーカーのパフォーマンスを示すのに利用されていた(ちなみにそれらディスクは「長岡鉄男のディスク漫談」で知る事ができる)。

 やはり切れ味の良いコラムの下地はコント作家時代に養ったものであろう。何処かしらユーモア、時に皮肉を込め、メーカーや読者(ユーザー)に訴える。そしてそれが我々長岡教信者へのメッセージであり、カンフル剤でもあったのだ。

そして21世紀が...
 SACD、DVDの登場でオーディオ業界は一見活況を見せている。しかし実際は規格乱立、暗中模索ゆえユーザーにとっては先の見えない状況である。そんな中、長岡さんの"方舟"はそんな長岡教信者にとっての海図であり、羅針盤であった。また長岡さんは新たな規格も単に完全否定するわけではない。ドルビーデジタル5.1chも自作スピーカー、ダークロックス(各スピーカー同一ユニット使用)による理想のサラウンドで実践し、裏づけある理論で鋭いメスを入れる。DVDも早々に導入、LD(レーザーディスク)との普及逆転も早くから予見していた。そして長岡さんが最も楽しみにしていた21世紀を迎えようとしている。

 その後方舟は3代目ネッシーの登場、プログレッシブ再生環境の獲得など大きな進化を遂げているようで興味は増すばかりだった矢先、訃報が訪れた。あまりに突然の出来事。その長岡鉄男さんが亡くなられた。実はこの特集は生前に7割程は完成させてはいた。しかし今回の訃報により急遽内容を変えなければならなくなった。ただ無念であると同時に、その突然さも長岡さんらしい気もする。それは一度出た引退を翻し、生涯現役を宣言した直後の事だったからだ。だからこそ長岡さんは亡くなった今も現役。長岡さんを愛して止まない信者の心の中でいつまでも...

筆者所有の長岡さんのサイン 友人からのEメールで知ってショックです。
長岡さんは人生観を変えた程の存在。
けっしてこれは大げさではなく、
独特で個性的なオーディオ観、鋭い観点のエッセイ等
与えた影響は多岐に渡ります。
中でも大きな思い出は「方舟」を訪れた事。
氏の著書にサインをお願いすると大胆に「長岡鉄男」の四文字が。
そして「方舟」の映像、音も例の洩れず大胆、そして繊細であった。
今も目標は「方舟」と「長岡鉄男」であります。
かなり高いハードルだとは思いますが。
謹んでご冥福をお祈りします。
(亡くなった直後、掲示板に書きこんだ追悼文)
筆者所有の長岡さんのサイン

著書・関連書紹介
長岡さんの理論とアイデンティティが集約された著書。もう一度読み直したい、そして是非スピーカー群は作ってみたい程の作品ばかりである。

観音力[ヴィジュアル・オーディオ・パワー]長岡鉄男編集長の本 観音力[ヴィジュアル・オーディオ・パワー]長岡鉄男編集長の本(音楽之友社\1,400円税別)
長岡鉄男ワールドの最新書にして総集編の感がある決定版。設計スピーカー傑作選を始め、ホームシアター・方舟や自らを振り返る"MY AUDIO HISTORY"他、氏独特の世界を網羅。貝山知弘氏他オーディオ評論家との対談、エッセイ等読み物も多数。CD、DVD等の推奨ソフトの紹介、巻末には設計スピーカーの全リストが掲載されている。
長岡鉄男のスーパーAV ホームシアターをつくる 長岡鉄男のスーパーAV ホームシアターをつくる(共同通信社\1,800円税別)
文字通り、長岡さん念願のホームシアター建設日記である。しかし単にそればかりを追ったものでなく、氏の価値観や趣味、そして過去のテレビライフ、AV遍歴にも触れている。そして完成したのが長岡教総本山ホームシアター"方舟"である。もちろん"ホームシアターをつくる"についてはこれから建設しようと思う人にとっては入門書、そして長岡式VA(ビジュアル・オーディオ)のバイブルでもある。120インチこそ真の大画面。これを実践する姿は説得力がある。そして「これはテレビではない。映画だ。いや、映画以上だ。」というコメントがそれを物語る(ただP154、P155の見開きの水着映像を観る姿はなんとなく笑えるが)。前代未聞、3mのスーパートールボーイスピーカーの初代ネッシーを始め、サラウンドスピーカーのリアカノンは設計図付。
オーディオA級ライセンス オーディオA級ライセンス(共同通信社\1,250円税込)
デジタル化が始まったCD(コンパクトディスク)登場までのオーディオを対象とした入門書でもあり、ワンランク上の音を狙った参考書。時期的にややアナログ・レコードに偏った内容ではあるが、全ての基礎を網羅し、読みごたえのある内容。難しいオーディオ用語も解説され、一読すればオーディオ初心者脱出だ。
長岡鉄男最新スピーカークラフト(1) スワンaとその仲間 長岡鉄男最新スピーカークラフト(1) スワンaとその仲間(音楽之友社\1,650円税込)
もう一つの長岡鉄男ワールド、それがスピーカー工作だ。そして名作バックロードホーンスピーカー・スワンを掲載したのが、この"スワンaとその仲間"である。製作の経緯、意図は明瞭、全ては音のためである。そして市販スピーカーを圧倒するデザインと音は一聴の価値あり。日曜大工に自信がある方はお試しあれ。もちろん板取図も収録。スピーカークラフトシリーズは"バックロードの傑作""長岡鉄男の最新オリジナルスピーカー工作20"他がある。
長岡鉄男のオリジナルスピーカー設計術[こんなスピーカーみたことない] 長岡鉄男のオリジナルスピーカー設計術[こんなスピーカーみたことない](音楽之友社\1,500円税込)
長岡鉄男設計スピーカー工作の入門書であり、自身の理論実践書でもある。巻末にスピーカー工作のイロハが質疑形式が掲載されており、入門者からマニアまで読みごたえのある内容。おなじみ各スピーカーユニットのスペアナ写真もあり、推奨形式も分かりやすい。音の出口"スピーカー"を見直す意味でも、市販スピーカーユーザーにも読んで欲しい。続刊(図面集篇:音楽之友社\1,500円税別)あり。
世界でただひとつ自分だけの手作りスピーカーをつくる 世界でただひとつ自分だけの手作りスピーカーをつくる(講談社\1,800円税別)
タイトル通り"世界でただひとつ自分だけの手作りスピーカーをつくる"を目指したスピーカー工作の最新入門書。スワンやネッシーなどの上級者向きは紹介に留まっており、比較的簡単なものが並ぶ。板取だけでなく、組み合わせ、貼り合わせもイラスト化されている上、クギの打ち方等の工作のイロハまで掲載、初心者に分かりやすい構成である。用語の分からないオーディオ初心者でもOKな内容。
長岡鉄男の日本オーディオ史(音楽之友社全2巻:各\2,000円税込)
長岡さんが手持ちの資料、知識を駆使して語られる日本オーディオの歴史。長岡さんの視点から、オーディオ草創からステレオ再生の登場、アナログからデジタルへの変遷を振り返る。読めば業界(メーカー)のビジュアル・オーディオの歴史は行き当たりばったりが如実。数多くの方式がまさに百花繚乱。思えば、これに相反し一貫する長岡さんのアプローチには恐れ入る。1巻は1950年から1982年のCD登場までを、2巻はビジュアルを含めたアナログからデジタルへの歴史が記されている。
長岡鉄男のわけのわかるオーディオ 長岡鉄男のわけのわかるオーディオ(音楽之友社\1,800円税別)
オーディオ専門誌「STEREO」に短期連載されたオーディオ用語を解説したコーナーをまとめたもの。一見、オーディオ版"悪魔の辞典"にとられるが、的を得た視点と切り口に舌を巻く。そこに裏打ちされた経験、そして長岡さんのオーディオ観の集大成がこの本なのだ。長岡さん生前最後の単行本でもある。
「喝!」長岡鉄男ダイナミックテスト巻頭百五十言 「喝!」長岡鉄男ダイナミックテスト巻頭百五十言(共同通信社\1,800円税込)
週刊FMfanの人気コーナー、毎号コンポとソフトを紹介する"ダイナミックテスト"の扉を飾る名コラムを集めた本。毎回、社会、政治、生活、各種メディアからオーディオを斬る。時代を先取り、予言したコメントも多く、氏の的確な先見性が光る(各コラムの最後に"いまからみれば"という回想録もあり)。広い観点、言葉の切れ味抜群、もうこの連載コラムが読めないとは非常に残念である。
長岡鉄男のいい加減にします[PART I] 長岡鉄男のいい加減にします[PART I](音楽之友社\750円税別)
週刊FMに連載されていたオーディオ辛口コラムをまとめたのがこの"いい加減にします"である。アプローチは"ダイナミックテスト"の巻頭コラムに近いが、こちらの方が若干くだけた感じはある。読み物として非常に優れていたが、如何せん週刊FMは休刊の憂き目にあう。そしてそれと共にこの"いい加減にします"も消滅してしまった(一時期他誌で復活したが)。最終的には"PART V"まで刊行された。我が"遊舟"のコラム"勝手に言わせてもらいます"の原点でもある。
長岡鉄男のディスク漫談[玉石混淆のディスク紹介201] 長岡鉄男のディスク漫談[玉石混淆のディスク紹介201](音楽之友社\1,400円税込)
オーディオ専門誌「STEREO」の連載コラムとディスク紹介をまとめたもの。月刊誌のためか"いい加減にします"よりもテーマの掘り下げが深い。そしてコラムの題材に合わせたディスクを選抜。長岡さんおなじみのスペアナ写真と共にディスクが餌食、失礼、幅広く紹介されている。アナログレコード時代(スタート時は"レコード漫談"、同名の単行本もあり)から外盤の音の良さに着目、多くのディスクが秋葉原から消えたのは、今や伝説である。2巻(音楽之友社\1,800円税込)もあり、以後の続刊が望まれる。

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