趣味の殿堂「遊舟」2000 DAMEMOVIE after the movie-映画を観た後で-
第1回〜第30回分

このページでは劇場公開作品を鑑賞後、インプレッションしています。
とにかく月1,2本は観ていきたいと思ってます。
もちろんすべて自腹。第34回より「ボクの採点表」を開始。

ネタバレしないようにしています!

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2000年6月11日
第30回「ロミオ・マスト・ダイ」

監督:
アンジェイ・バートコゥイヤック

出演:
ジェット・リー、アリーヤ、アイザイア・ワシントン他

感想:
 「マトリックス」のプロデューサー、ジョエル・シルバー製作、同じプロデュース作「リーサルウェポン4」のジェット・リー(リー・リンチェイ)を主役に据えた作品。単に永遠のラブストーリー"ロミオとジュリエット"をベースにしていると思うと面を食らう。ギンギンのロック(表現が古いか?)とこれでもかのクンフーで迫る、始めにアクションありきの作品だ。
 冒頭、ワーナーのロゴから始まらなければ香港映画と見間違えてしまいそうだ。過去、アメリカロケのある香港映画の場合に最初は英語で、気がつけばアメリカ人も広東語を話しているというケースが多い。しかしこの映画はほぼ終始、英語とヒップホップな音楽が飛び交う。これでハリウッド作品だと思い知らされる。ジャッキー・チェンの"ラッシュアワー"もそうだった。先行するチョー・ユンファや"MI:2"のジョン・ウー監督と共にハリウッドに新風を吹き込む香港映画界である。
 ストーリーは非常にお子様である。古典"ロミオとジュリエット"がもとではその感が強いのはやむを得ない。キャラも滑稽で愚かな奴ばかり、だからといってハン(リー)とトリッシュ(アリーヤ)のラブストーリーでもない。やはり異国人の間で恋愛は成立しないのだ。そしてそれに輪をかけるのがリーの年齢だろう。もはやロミオにあてはまるほど若くはないし、演技だけでみせるタイプでもない。事実、英語を話すシーンはそう多くなく、心情が必要な所(親子の会話)では広東語のセリフとなる。その点からいうとハリウッドにおいてジャッキーやユンファに劣る部分かもしれない。
 しかし彼らに勝るのがクンフーだ。少なくともユンファにはなく、ジャッキーより鋭い。"リーサル4"の時も鮮烈だったが、今回もまずまず。ワイヤーアクションも今では新鮮味に欠けるが、小道具を使ったりダイナミックなアクションは大きな見どころだ(ただ途中挿入されるX-rayエフェクトは逆効果)。またさすがジョエル・シルバー製作とあって、カーアクションもそこそこ魅せてくれる。
 この作品には過大な期待は禁物、ストーリー的に後に何も残らない。ただアクション作品として軽いノリで観るのなら、終始飽きなかったし、"イイ感じ"の映画ではある。

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2000年6月10日
第29回「インサイダー」オススメ

監督:
マイケル・マン

出演:
アル・パチーノ、ラッセル・クロウ、クリストファー・ブラマー他

感想:
 バーグマンは米CBSニュース"60ミニッツ"のディレクター。そんな彼に差出人不明の小包が届いた。興味を示したバーグマンはその資料確認をワイガンドという男に依頼する。だがワイガンドはタバコメーカーB&W社から不当に解雇されたばかりだった。そしてある出来事を境にワイガンドの口から意外な言葉が語られ始める。
 登場人物、報道機関、会社等ほぼすべて実名。銃と並ぶアメリカの大きな社会問題、タバコ訴訟の分岐点となった事件の経過を二人の男を通して描かれる。タバコの煙が一つも出ない(意外!)、タバコの似合いそうなパチーノとクロウをメインに据えた"ヒート"やTVシリーズ"マイアミ・バイス"のマイケル・マンが撮った大作だ。
 キャストのトップロールはアル・パチーノ。"エニイ・ギブン・サンデー"程のエネルギッシュさはないが、報道の真実性と企業人としての立場に揺れる男の姿を好演している。ただ前半の彼は報道人としてオブザーバー的な立場。むしろこの映画の前半を引っ張るのはワイガンド役のラッセル・クロウだろう。オスカーにもノミネートされた通り、パチーノ演じるバーグマン以上にその存在感をみせる。科学者、社会人、家庭人として悩む中、苦しい選択を迫られ、真実と犠牲の狭間に揺れる姿が痛々しい。この作品は彼あっての映画である。むしろパチーノの本領発揮は後半部分、真実の報道に奔走する姿である。他のメディアとの駆け引き、そして自らのメディアとの戦い。このような役回りには彼のような存在が不可欠である。
 ただこの映画はラスト思った程の盛り上がりはみせない。つまり強烈な後味がないのである。淡々と事実の経過を伝えている。やはり実話を逸脱する事ができないからだ。その点、エンターテイメント性は少ないが、実話にはこの映画のような描き方が重要だろう。同じ実話を扱った"エリン・ブロコビッチ"でも同様だった。それに二時間三十八分の大作もこのような描き方のわりに飽きさせない。これぞ男の世界、マイケル・マンの手腕だろう。同じ長尺でも、ストーン流強引な演出の"エニイ・ギブン・サンデー"のような映画は逆に観る側を疲れさせる。今、アル・パチーノ作品でどちらかを薦めるなら、迷わずこの"インサイダー"である。

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2000年5月29日(その2)
第28回「エニイ・ギブン・サンデー」

監督:
オリバー・ストーン

出演:
アル・パチーノ、キャメロン・ディアス、デニス・クエイド、ジェイミー・フォックス他

感想:
 トニー(アル・パチーノ)率いるフットボールチーム、マイアミシャークス。低迷を続けるシャークスだったが、若手のフィリー(ジェイミー・フォックス)の活躍がチームの起死回生を呼ぶ。オーナー(キャメロン・ディアス)を始め、マスコミにも注目されるフィリー。しかしワンマンでチームワークを乱すフィリーにチーム内に不協和音を生じさせ、トニーはある決断を強いられる。そしてチームはキャップ(デニス・クエイド)やシャークらのケガ人を抱えながらプレイオフを迎える事になる。
 「JFK」以降、強引なタッチで観客を引き込むオリバー・ストーンの手腕は本作でも健在だ。パワフル、スピーディ、そしてハード。この作品に登場するキャラクター達は誰もがこれに当てはまる。男女を問わず、ヤワな奴らは必要ない。そうオリバー・ストーンが言っているようだ。あのキャメロン・ディアスでさえ、パワフルなセリフ回しで迫る。中でも出色なのがアル・パチーノだろう。戦術よりも熱いセリフで選手達を鼓舞する姿は圧巻だ。この映画のコピーである"無駄に生きるな、熱く死ね"は彼のキャラを明確にしている。
 しかしそれ以外に何があるかといえば疑問である。群像劇にしてはパチーノ以外のキャラが光っている訳でもなく、結局ハリウッドらしからぬスポ根ものを描いているに過ぎない。アメフト版シリアスな「メジャーリーグ」といった感じである。それにユーモアがない分、二時間三十分の長尺ゆえに凡長な感は否めない。またセリフの重みとややMTV風の映像が噛み合っている感じもない。
 ただ一番の問題はアメフト文化が日本に根付いない事だろう。スローモーションと短いカットを多用した試合シーンは迫力があるが、これを理解する程アメフトの試合を観ている訳でもない。やはり日本人である我々にはピンと来ないのだ。しかしこの映画の骨っぽさは近年でも屈指。パチーノの熱演を観るだけでも価値はある。ちなみにオリバー・ストーン自身も辛辣な試合解説者として出演している。

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2000年4月30日(その1)
第27回「エリン・ブロコビッチ」オススメ

監督:
スティーブン・ソダーバーグ

出演:
ジュリア・ロバーツ、アルバート・フィニー、アーロン・エッカート他

感想:
 アメリカ史上最大の賠償金三億三千万ドルという訴訟問題を扱った実話。三人の子を持つ未婚の母エリン・ブロコビッチ(ジュリア・ロバーツ)は職探しの中、交通事故に遭ってしまう。多額の賠償金を受けられるはずが、自らの暴言で敗訴してしまう。弁護を担当したエド(アルバート・フィニー)に詰め寄るエリン。そこでエドは彼女に仕事を手伝わせる事にする。しかしその整理した不動産訴訟の資料に疑問を持つエリン。そしてそれは大企業の環境汚染をも知らせるものであった。そこからエリンとエド、そして被害者達の戦いが始まった。
 この映画の魅力は何よりもジュリア・ロバーツに尽きる。見事に三人の子供の母を今風のヤングマザーとして演じている。余りのセクシーさ(胸元が眩しすぎる。でも彼女、こんなに胸があったっけ?)、それとは逆に頭の回転が速く、シャープな語り口の彼女に出てくる男たち、インテリたちは圧倒されていく姿が描かれる。これは形を変えたプリティ・ウーマンである。無学の彼女が訴訟問題をステップに自らの能力(記憶力、捜査力そして行動力)を開花させていくのだ。そして実話ゆえに裏付けある説得力で迫ってくる。この作品から実在のエリンの人柄も十分に想像できよう。
 物語も単なる訴訟問題にとらわれず、エリンの抱える家族問題にもスポットを当て、彼女のプライベートにも触れている。そんな中、子供達や恋人のジョージとのやり取りはストーリーに深みを与えている。訴訟問題への取り組みは自らの家族を守るものでもあるのだ。
 エドを演じるアルバート・フィニーもいい。ロバーツ演じるエリンに時に圧倒され、また時にやり返す。けっして凄腕の弁護士ではないが、エリン同様に人間性に溢れ、ライバル弁護士達、大企業をも相手に頑張る。ロバーツ以外はスター不在だが、彼の存在は重要だ。
 ソダーバーグの映像は「アウト・オブ・サイト」にみられるようにどこかクール。またややラフな編集は独特のリズムを生んでいる。正直言って「アウト・オブ・サイト」は筆者の好みではなかった。しかし本作は実話である上、ロバーツがエリンを魅力的に演じる事で二時間を飽きさせない作品となっている。ちなみにこの作品のプロデューサーに名を連ねるのはダニー・デビート。作品に流れるユーモアは如何にも彼らしい。もし今、映画に痛快さを求めるなら格好の作品となることだろう。

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2000年4月30日
第26回「アメリカン・ビューティー」オススメ

監督:
サム・メンデス

出演:
ケビン・スペイシー、アネット・ベニング、ソーラ・バーチ、ウェス・ベントレー、ミーナ・スバーリ他

感想:
 家族、会社に不満を持ち始めた中年男レスター。妻キャロラインとは契約夫婦のようになり、娘ジェーンとの関係も悪化、会社では上司に叩かれる日々。まさに袋小路のような状況に陥った時、目の前に現われた娘の友達アンジェラに心をときめかせる。アンジェラの気を引こうとするレスター。奇しくも隣に引っ越してきた少年リッキーとの出会いから、レスターはアンジェラに異常な執念を燃やし始める。そしてキャロリン、ジェーンと共に歩んできた家族の歯車は、思わぬ方向へ進んでいくのだった。
 今年のアカデミー賞最優秀作品賞受賞他、全部で五部門を制した本作。スピルバーグのドリームワークス製作ということでも話題(CMスポット、広告での彼の絶賛コメントはそれゆえの事)であるが、それを差し引いても十分に見応えがある。途中笑いとユーモアを交えながらもアメリカの社会問題、恥部を赤裸々に語る。そして全般的に子供は観ない方がいい程のハードなセリフ。この作品をホームコメディととるか、シリアスなホームドラマととるかは観客各人の見方次第だろう。ただこの作品のテーマ手法は二度と使えるものではないはず。それ程にセンセーショナルな内容なことは確かだ。
 何よりレスター役のケビン・スペイシーがいい。超二枚目ではないが、溢れる親近感、ユーモアとルックスを兼ね備え、特に本作では全裸シーン等を含めての大熱演。コメディのセンスは心酔するジャック・レモンの影響だろうか。また監督の手腕もあるだろうが、妻役のベニング(スペイシーに劣らぬ熱演)と共に単なるシリアスに陥らない印象を与えている。他の主要キャストがあまりにも暗いため、違うテンションが必要だったのかもしれない。話がラストへ行き着く過程では、確かにこの作品はコメディだった。
 そしてもう一方の主役リッキーこそ、今のアメリカの暗部を象徴するキャラクターなのだろう。盗撮、家庭内暴力、そして...、それらの裏にはレスターと同じ家族の存在(問題)がある。また物語の合間で使われているデジタルビデオカメラの映像、つまりリッキーの目が自らの家族、そしてレスター一家を映していく。彼らの歯車の行方はこのビデオ映像が握るのであるが...ブレア以降、今やアメリカ映画の中でビデオ映像は演出的にも欠かせないものとなったのだろう。
 娘に馬鹿にされる、あるいは相手にされない父親は過去のハリウッド作品(「トゥルー・ライズ」や「フェイス・オフ」等)でもみられた。ただそれらはアクション作品であり、超人的な活躍から娘との関係修復させるという世間の常識から外れたもの。だからこそこの作品ほどストレートにその関係を描写する作品は珍しいのかもしれない。ただ男(レスター)の欲望の権化がバラの花びらというのはチープな気がする。だが現在のアメリカの家族、社会、風俗を上手く取り込んた脚本と演出、そして家庭の崩壊。全く二時間を飽きさせない。タイトルに織り込まれた見掛けだけのアメリカの美、存在、そして家族。ラストのセリフにある"何か"には同意できないが、個人的にはコメディと割り切れば面白い作品、ただそれにしてもラストはヘビーだ。

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2000年4月22日
第25回「グリーンマイル」オススメ

監督・脚本:
フランク・ダラボン

原作:
スティーブン・キング

出演:
トム・ハンクス、デビッド・モース、ボニー・ハント、マイケル・クラーク・ダンカン他

感想:
 ポール・エッジコム、元ジョージア州刑務所看守主任。年老いた彼の頭をいまだ離れない遠い昔の記憶。死刑囚ジョン・コーフィ。凶悪殺人の犯人であった彼との出会いからポールの周りで不思議な出来事が起こる。沸き起こる彼に対する疑問、罪の所在、そして再び起こる奇跡...宿命の狭間に立つポール。しかしジョンのグリーンマイル(死刑執行)への時は近づきつつあった。スティーブン・キング原作。「ショーシャンクの空に」(原作「刑務所のリタ・ヘイワース」)のフランク・ダラボン監督がトム・ハンクスを主役に迎えて再びキングの世界を映画化した。三時間以上の長尺であるが、だれることなく最後まで観客を離さない出来である。
 実は映画を観る前に原作を読み終えている。原作は全六巻の分冊という形式をとっていた。かなり長い作品であるが、ダラボン監督はその原作のエッセンスを全編に生かしている。多くのエピソードもほぼ映像化していた(読んでいる最中、"ミスター・ジングルス"のエピソードは大丈夫なのかと不安だったが)。ただ原作の分冊に対して、三時間の映画作品という形式からストーリーテリング(映画的な上述)に違いが見られる。未読だが「ショーシャンクの空に」も同様だったのかもしれない(原作は分冊ではない)。
 キャストはトム・ハンクスを始めとして、ダラボン版「グリーンマイル」を体現している。ジョン・コーフィのマイケル・クラーク・ダンカンもその大柄なルックス、まさにハマリ役だ。他の囚人、ドラクロアやウォートンもコミカルであり、重いテーマを和らげていた。ただウォートンのコミカルさは逆効果だったのかも。それは原作版のパーシーやウォートンはもっと威圧感があった気がするからだ。これが作品に与える印象を変えてしまったのかもしれない。
 確かにこの映画での宣伝やCMスポットでは感動を謳っているが、ダラボン版のテイストからすればその戦略は的を得ていると思う。それは原作にあった"恐さ"(あらゆる意味での)が退行したことやディティールの甘さ(あくまで原作に比べればという意味)、先に述べたソフトな描写なった事が要因として挙げられる。ただそれゆえにポールに課せられた宿命の重みが感じられないのだ。ダラボン版ではラストが大分あっさりした描写になってしまった。
 ただこれら苦言は原作モノの宿命のようなもの。この映画、つまりダラボン版は十分にキングしてるし、「グリーンマイル」なのである。他の監督ならば、単なるオカルトになっていたもしれない。またこの軽さは映画(興行)としては正解なのかも。このダラボン版だけでも及第点以上の出来はつけられると思う。

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2000年4月8日
第24回「スリー・キングス」

監督・脚本:
デビッド・O・ラッセル

出演:
ジョージ・クルーニー、マーク・ウォールバーグ、アイス・キューブ他

感想:
 91年、湾岸戦争終戦直後のイラク。捕虜兵の持つ地図に興味を持ったゲイル、チーフ、トロイら三人。フセインの隠し金塊と踏んだ彼らはその村に向かう。そして晴れて金塊と対面した彼らではあったが、イラク軍の残兵と戦うハメになり、捕虜となっていた反フセインの人々を助ける事となった。金塊と彼らの行方は如何に?キャストは「ER」のジョージ・クルーニー、「ブギーナイツ」のマーク・ウォールバーグ、映画づいているラッパー、アイス・キューブら。斬新な映像を効かせ、新感覚の戦争映画を謳っている。
 まず戦争映画に「ナチュラル・ボーン・キラーズ」的な感覚を織り交ぜた印象を受けた。テーマとは関係ないが、そのノリはあの「ファイト・クラブ」にも似ている。とにかく序盤は軽いのだ。正直、金塊奪取が始まるまでは映像的な面白さに偏った作品にしか思えなかった。ただ金塊奪取は単なるキッカケであり、その後の反フセインの人々を助けるあたりからこの作品の本当のテーマが見え始める(これって裏テーマ?)。
 湾岸戦争はベトナム以来のアメリカ中心の戦争であった。またここでは多国籍軍とはいえ、"世界の警察"アメリカの代理戦争だ。当時、メディアから伝わった湾岸戦争。それは圧倒的な戦力でイラクを排除した事実のみ、クウェート開放の裏など見えてこなかった。ファーストシーンでトロイがこの戦争でライフルを使い、初めて人を殺したと言っていたのもうなずける。それこそ本作のような序盤の軽いノリで、イラクを叩いたようにしか伝わってこなかった。それゆえ印象的なのは「(この戦争で)ベトナムと同じ事をしたかったのか」というセリフ。湾岸戦争はイラク人、クウェート人だけでなく、アメリカ人にも思いシコリを残しているのだ。事実、米CBSのドキュメンタリー等では湾岸戦争へ出兵した人達を扱い、決して(ベトナム同様)終わった戦争ではない事を訴えていた。
 もちろんこれら裏テーマは、作品の娯楽性からあまり強調されていない。それも観る側の採り方次第だろう。戦争映画としてはスケールが小さいし、物足りなさも感じなくはない。しかしアメリカの中から戦争をこのような形で皮肉る作品が出てきた点は評価したい。

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2000年3月26日(その2)
第23回「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」

監督・脚本・編集:
ダニエル・マイリック

出演:
ヘザー・ドナヒュー、ジョシュア・レナード、マイクル・ウイリアムズ他

感想:
 1994年メリーランド州、バーキッツヴィル。この地方に伝わるブレアの魔女伝説を題材にしたドキュメンタリー撮影のため、この森に入った三人の学生ヘザー、ジョシュ、マイク。しかしその後彼らは失踪、撮影フィルムのみが発見された。そしてそのフィルムが映画となったというのが本作のバックグラウンドにある。フィクションでありながらノンフィクション風に作られた作品。そして注目は制作費が破格の低予算ながら、インターネットで火がついて全米公開後は世界的な大ヒット。まさにコンセプトが命を地でいく作品である。
 何より感じるのは張り詰めたテンションの高さである。リラックスした雰囲気から始まったこのプロジェクトが、森に入った中盤からそんなオフショットは影を潜め、三人の間にもトラブルから不協和音が生まれていく。そしてその息づかい、葛藤、絶望感は観客を惹きつける。おそらくこの作品は順撮り(ストーリー順に映像を撮っていく方法)であろう。徐々に上がるテンションはこの方法でないと出ない。ビデオカメラの映像(カラー)とフィルム映像(モノクロ)の組み合わせも絶妙。
 そして本作の真骨頂は次々と襲う恐怖。目に見えた恐怖はほとんどなく、三人の行動やセリフを通しての恐怖である。今までのホラー作品にありがちな一方的な恐さ、こけおどし的な要素は少ない。だからこそ観客の創造力を高めていくのだ。極力、説明的な内容や無駄な部分をそぎ落とした上、一見雑な編集も上手く機能し、観客は純然たるドキュメンタリーとして本作を捕らえることができる。
 ただ惜しまれるのはたとえ真っ暗な映画館でも、大人数で共有する空間である。それが恐怖をスポイルしてしまうのだ。むしろ本作の恐さは家でのビデオ鑑賞(4月下旬発売予定)の方が倍増するだろう。是非、部屋を暗くして、一人または少人数でブレア・ウィッチを体験して欲しい。

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2000年3月26日(その1)
第22回「ケイゾク/映画-Beautiful Dreamer-」

監督:
堤幸彦

出演:
中谷美紀、渡部篤郎、鈴木紗理奈、泉谷しげる、竜雷太他

感想:
 テレビシリーズから斬新な映像感覚とストーリー展開が支持されたTBS系金曜ドラマ「ケイゾク」の映画版。今回は十五年前に起こった海難事故の被害者の集まりに同行した柴田と真山が連続殺人に遭遇、事件の解決と共に舞台となる島で不思議な体験をしていくというストーリー。キャストはテレビ版と同じ、中谷美紀と渡部篤郎の迷コンビを中心に竜雷太や鈴木紗理奈、生井勝久らが脇を固めている。
 実はテレビシリーズを観た事がない。それを前提にしてこの後を読んで欲しい。正直言って、この作品を観た二時間は辛かった。全体的に平板な展開、目新しさのないストーリー。確かに斬新な映像が挿入されるが、単に奇をてらった程度にしか感じない。加えて中谷美紀と渡部篤郎のコンビはビデオ撮りならば丁度いいだろうが、今回はフィルム撮りの質感のためかテンションの低さが増幅される。自己満足的な構成や映像で、全体的に映画作りを理解しているとは思えない出来である。
 製作サイドはこの作品に何を求めればいるのだろうか。発端、軸になる事件も謎解きを楽しめるレベルに達していない。金田一少年の事件簿のようなトリックを知らされても、それはどうでもよいのだろう。そしてストーリーはラストに向かって迷走し始める。サブタイトル、Beautiful Dreamerの所以はそこにある。テレビシリーズもこのようなテイストだったのだろうか。製作にキングレコード、プロデュースにProject Eva.の立役者、大月俊倫氏が名を連ねているのも単なる偶然なのか。
 そして本作のターゲット、テレビシリーズのファンには我慢ができたのか疑問だ。合間に入るファンの失笑気味な声を感じながらそんな気がしてならなかった。本作への映画化の声にテレビシリーズを観ようかという気になったが、この映画を観た後はそんな事さえ完全に失せてしまった。本作を映画館で観る必要はない。いや本作自体を観る必要はないと思う。

P.S.
実は沼津でこの作品は急遽、上の「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」との同時上映となった。そうでなければこの映画を観る事は無かったろう。低予算の「ブレア...」や韓国の「シュリ」を観て、本作のような安直な日本映画の方向性に疑問を持ってしまった。

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2000年3月18日
第21回「シュリ」オススメ

監督:
カン・ジェギュ

出演:
ハン・ソッキュ、キム・ユイジン、チェ・ミンシク、ソン・ガンホ他

感想:
 日韓共同サッカーワールドカップ開催、朝鮮半島南北問題等の社会的背景と、ハリウッドゆずりの徹底したアクションを融合させた韓国発エンターテイメント大作。北朝鮮から送り込まれた女工作員イ・ヴァンヒ。彼女によって次々と要人を暗殺する中、韓国の秘密情報部員ジョンウォンはその所在を探していた。しかし彼女は単なる先兵で第八部隊は密かにシュリなる作戦を進めていたのだ。そして最高機密の軍事用に開発された特殊爆弾が盗まれる。この爆弾を軸に作戦が徐々に明らかにされていく。
 この作品で特筆すべきはアクションに尽きる。そして妥協のないディティールだろう。使用される銃器はベレッタM92Fに始まり、H&KのマシンガンやステアーAUGまで登場、ガンマニアなら垂涎の一品ばかりだ。そして実戦とフィクションを両立させた魅せるガンアクションを成立させている。日本でこのような映画を作った場合、何処かにチープさが残り、ここまで徹底したアクションは過去見た事がない。お手軽な"あぶない刑事"程度の取扱いが関の山だ。形ばかりが目立ち、実際にはあり得ない構えで銃を撃つ。たださすが訓練を受けたようで警官達のフォーメーションを含め、リアルな描写がこの映画の魅力だ(もちろん映画のための魅せる、現実にはありえない演出もあるのだが)。
 そしてこれらアクションシーンを手持ちカメラで撮影されている(手持ち風かもしれないが)。映画"仁義なき戦い"が有名だが、この手法の身上は映像にドキュメント性を与えている事である。きっとフィクションであるこの作品に何らかのリアリティを与え、これらの相乗効果を狙ったのではないか。事実、先述のアクションと上手く噛み合って、躍動感のあるシーンとなった。ただ南北問題を扱う以上、あまりフィクションの匂いをさせたくなかった事もあったと思う。
 加えて南北統一が悲願である両国民の心情、ヒューマニズムが全編を通して描かれている。またジョンウォンと恋人とのラブストーリーを織り交ぜ、まさにエンターテイメント大作の名が相応しい。ただ純然たるアクション映画を望んでいる人にはこの点が取捨となるだろう。例えば"踊る大捜査線 THE MOVIE"のヒューマニズム溢れるラストシーンは筆者には蛇足に感じられた。ただこのシュリに関しては作品の背景から必要不可欠な部分だ。そして実に巧妙な伏線が張り巡らされている。ただ色々詰め込んだが故に、シーンのつなぎに無理がある個所が数点見られたのは残念。また途中のビル爆破のSFXがイマイチで、前後のシーンから浮いてしまっている。
 だがアジア発のアクション映画としては近年で珍しい出来だ。ハリウッド並といかなくても、十分に評価されてもいい。おすぎさんのCMコメント、「韓国の映画、シュリを観なさい」は伊達ではなかった。隣の国、韓国の文化背景を知る意味でも貴重な一本だろう。

P.S.
ジョンウォン役の彼は普段はそうでもないが、真剣な面持ちとなると江頭2:50に似てしまう。一瞬、笑ってしまいそうになるのはそのせいなのか。ただ本作の99%はシリアスである。

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2000年3月12日
第20回「トイストーリー2」オススメ

監督:
ジョン・ラセター

音楽:
ランディ・ニューマン

声の出演:
トム・ハンクス、ティム・アレン他

感想:
 初の全編CGアニメーションとなった前作を受けて作られた続編。オモチャのウッディとバズを中心に新たな冒険が展開される(前作を観なくても楽しめますが、観た方がもっと良いでしょう)。物語はある男に盗まれてしまったウッディを、バズを始めとする仲間達が助け出すまでを描く。またウッディの新たな仲間との出会いを織り交ぜ、単なる冒険物に終わっていない点が素晴らしい。内容は前作以上かもしれない。ラストには好例のNG集のおまけ付き。製作は前作と同じピクサー社で、前作や"バグズ・ライフ"で培った技術が投入されている(だから極力、音響と画質の良い劇場で観ましょう。せっかくの素晴らしさが半減します)。
 まず圧巻なのが冒頭のバズの活躍シーンである。一瞬、別の映画を見ているようだった。まさに007を彷彿させるアクション(といっても宇宙物だが)と最後に見事なオチを見せてくれる。そしてその部分が中盤で見事にリンクしているのだ。この部分はある映画のパロディともなっており、そんな遊びが感じられるのも2作目の余裕なのか。ただこの作品のテーマは別のところにある。
 冒険物というストーリーの流れの中で、子供にはオモチャの持つ素晴らしさや大切さを、大人には単なる懐古でなく童心に戻った楽しさを教えてくれる。また昔、遊んでいたオモチャ達の気持ちを代弁するかのようなセリフが心を揺らす。オモチャを無碍(むげ)に扱っていた当時の自分を振り返ってしまった。
 オモチャは子供にとって友達であり先生である。彼らと過ごした時間は人生の中の通過点であるが、その重要さをこの作品は教えてくれる。またそれを教えてくれるのが3DCGのキャラクター達だという事が今の時代を反映している。今の子供達は可愛そうだ。今の子供達のヒーローはポケモンやゲームは始め、すべてブラウン管の中。手で触れたり、一緒に砂場で遊んだりできないのだ。立体物、そんなオモチャの素晴らしさがそこにある。ただ子供の心を持ち続ける大人も考えものではあるが...閑話休題。
 しかしこの作品のもう一本の柱、冒険の部分も秀逸だ。今回彼らは街へ飛び出し、様々な障害に遭遇する。それらを切り抜けていく姿、表情はCGという枠を越えている。同じCGを使ったスター・ウォーズエピソード1のキャラクター達にはパッと印象がなかったが、ここにいる彼らははっきりとした個性を発揮している。CGだろうとキャラが生きなければ愚作なのだ。ちなみにあのジャージャー・ビングスは悪評誉れ高きゴールデン・ラズベリー・アワードを受賞している。
 さてこの作品の大きな問題は"英語"だろう。大人ならば字幕スーパーでも良いが、子供には厳しい。確かにキャラとシンクロしたトム・ハンクスやティム・アレンの卓越したセリフまわしは必聴もの。ただ子供には前作から好評だった唐沢寿明と所ジョージのコンビでも十分、むしろ作品を理解しやすいだろう。待望されるDVDでは両バージョンを比較できるのが楽しみだ。
 前作同様、音楽はランディ・ニューマン。ハートウォーミングな雰囲気はCGアニメをさらに和らげてくれる。キャラに感情移入しやすいのもそのためだろう。ボーカルものを含めていい曲ばかり、見事なスコア群。
 余談だがトイストーリー2のCMはいい所を見せすぎだと思う。まあ最近の映画CMはすべてに同様の傾向がある。もし心底楽しみたければCMは見ないようにしましょう。

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2000年2月27日
第19回「マグノリア」

監督・脚本:
ポール・トーマス・アンダーソン

出演:
ジェレミー・ブラックマン、トム・クルーズ、メリンダ・ディロン、ジュリアン・ムーア他

感想:
 ロス郊外、その一日の出来事を多数のキャラクターが織りなす群像ドラマ。別の方向性を歩んでいた登場人物達が結果として同じベクトルにたどり着くという、ロバート・アルトマン監督の「ショートカッツ」を彷彿させる作りである。三時間を超える長尺を長まわし、流れるような編集などを駆使し最後までみせる。もちろん脚本のうまさ、各キャラクターの演技、そしてその個性を引き出した監督の演出も、十分に今年のアカデミー賞候補となったことを頷かせてくれる。
 作品中全編、各キャラの喜怒哀楽が交錯する。特にゴールデングローブ賞の助演男優賞(second roll)を受賞したトム・クルーズは出色である。女性をネジ伏せる(手に入れる)方法を力説、登場キャラの中でも異彩を放つ。「アイズ・ワイド・シャット」で新境地を開いたクルーズ会心の演技がここにある。それだけにアイドルした彼を見たかったファンは腰を抜かすだろう。それほど本作の彼は吹っ飛んでいる。またその演技があるからこそ、この作品のラストに効いてくるのだが。
 クルーズが助演(second roll)となり、主演(first roll)となっているのが天才少年スタンリー役のジェレミー・ブラックマンである。「シックス・センス」のジョエル君ほど強烈なインパクトは無いものの、その達者ぶりで本作の看板を十分にはっている。ただこの作品はは彼一人で成り立っている訳ではない。この作品こそ"助演があって主演なし"の好例だろう。前述のクルーズを始めとした若手やベテランのそれぞれの役割が噛み合ってラストに行き着くのだ(実は導き出す仕掛けは用意されている)。
 ただラストに明確なメッセージは打ち出していない。あるとすれば"人生"と"愛"についてだろう。その何かを説きつつ、後は観客に委ねだれる。それはキャラクターが少年から死にかけている老人まで年齢は多岐にわたり、さらに男女入り乱れた登場人物達の中の誰かに観客が共鳴できたゆえに得られることだからだ。観客にとって人生の機微を多く重ねれば重ねるほどにこの作品の良さが分かるのかもしれない。
 そう考えるとやや年齢層が限られる作品ではあるが、ちょっと人生について考えてみたい人にとって良い機会となるのではなかろうか。

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2000年2月26日
第18回「スリーピー・ホロウ」オススメ

監督:
ティム・バートン

脚本:
アンドリュー・ケビン・ウォーカー

音楽:
ダニー・エルフマン

出演:
ジョニー・デップ、クリスティーナ・リッチ、クリストファー・ウォーケン他

感想:
 ホラー、ミステリー、寓話とも呼べるティム・バートン最新作(ちなみに製作総指揮はフランシス・F・コッポラ)。1799年、ニューヨークの捜査官であるイカボッドは、隣接する村で起こった事件を担当させられる。その事件とは三人の連続首なし殺人であった。心霊や魔術を否定し、(当時としては珍しい)科学捜査で意気あがるイカボッド。しかし事件に触れるたびに明かされる秘密、さらに続く首なし殺人、そしてイカボッド自らもその危険に巻き込まれることになる。果たして彼は真犯人を捕らえることができるのか?
 主演のジョニー・デップ曰く、ワシントン・アービングによる原作は子供向けのお話らしく、アメリカでは知られた話らしい。ただオリジナルでは冴えない中年だったイカボッドを意気盛んな若者に代わったことで、単にダークな話に陥っていないのがバートン風。そして過去のバートン作品に合い通じる御伽噺(おとぎばなし)的な世界観も一貫している。白と黒、そして時折挿入される赤がイメージカラー。全体的にやや暗い画作りだが、それだけにエンディングは対照的な描写となっている。
 正直、バートンの派手なSF作「マーズ・アタック」は筆者の好みではなかった。バットマンもバートンが監督からプロデュース側に回った瞬間からノーテンキな作品に変わってしまった。しかし本作は違う。気を失ったイカボッドが少年時代の自分のトラウマともいうべき母親との関係を回想するシーンを始め、随所に心理的に訴えてくるものがある。それが単純なホラーでないこの作品のポイントであり、バートンワールドの真骨頂であろう。これらを支える名コンビ、ダニー・エルフマンの音楽もベストマッチ(個人的には「バットマン・リターンズ」を彷彿とさせるスコア群)。
 また世界観を支えるSFXも見事。冒頭の街の描写は一瞬、バットマンを思わせるが、以降それ程の作り物感はない。特にオランダ移民の村、タイトルでもあるスリーピー・ホロウは年代が特定されていることもあり、建物、着衣、道具に至るまで当時のものが再現されているようだ。特に首なし死体におけるSFXはリアリティがあり、御伽噺の中で恐さを引き立てる一役を担っている。また奇怪なメカニック、道具類が登場するのがバートンらしい。
 キャスティングもいい。主役のデップは凛々しさと対峙する恐怖のコントラストを見事に表現。今やバートンワールドの体現者だ。ヒロインのクリスティーナ・リッチは「アダムス・ファミリー」以来のホラー(?)だと思うが、目鼻立ちのハッキリした風貌は今回の世界観にマッチしている。この他、バートン作品ゆかりの俳優も多く出演、チェックしてみると良い。
 ただ御伽噺といっても"日本の子供向き"でないかもしれない。"日本の子供向きでない"と触れたのも、キリスト教的な背景がないからだ(脚本が「セブン」のアンドリュー・ケビン・ウォーカー。何か合い通じるものがあろう)。やはりファンタジーと宗教的な雰囲気は日本の子供達には難しい。だからといって年齢を限定する作品でないことも確かだ。私みたいな大人も十分楽しめる。エンターテイメントとファンタジーが見事に融合したゴシックホラーといえるだろう。

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2000年2月6日
第17回「リトル・ヴォイス」オススメ

監督:
マーク・ハーマン

出演:
ジェイン・ホロックス、ユアン・マクレガー、ブレンダ・ブレシン、マイケル・ケイン他

感想:
 大人しく、亡き父親所蔵のレコードを聴く事が何よりも楽しみな少女LV(愛称リトル・ヴォイス)。しかしまさにレコードそのもの、その彼女の美声を聴いた母の愛人で芸能マネージャーのレイに見出され、一度だけの約束で街のライブハウスの舞台に立つことになるのだが...。二週連続単舘作品鑑賞、今週は「ブラス」のマーク・ハーマン監督による音楽映画「リトル・ヴォイス」を観て来ました。"音楽映画にハズレなし(洋画に限る)"が自論なのですが、本作も例に洩れずイイ感じの作品でした。
 確かに音楽映画はストーリーも大事です。どうしようもない母親との二人暮し。亡き父への想い。そして歌を寄りしろにして来たヒロインが、ビリー(マクレガー)との出会い、父の存在と歌を活路にして独り立ちしていく姿がこの作品のテーマです。とはいうもののやはりこの映画の主役は音楽。これは昨年観た「海の上のピアニスト」同様、とても大切な事です。
 使われる楽曲は50〜60年代を中心に構成され、中でもホロックス演じるLVの歌う際の豹変ぶり、特に一連のメドレー、マリリン・モンロー(ハッピー・バースディ・forケネディ大統領ヴァージョン)やジュディ・ガーランドの曲は必見です。加えて女性ボーカルの(まさに標準となる)スタンダードが散りばめられ、音楽ファンにも楽しめます。何しろ、最近の洋画は何かとロックばかりでへき易してましたから。
 また時代設定は現代だと思いますが(携帯電話も出てきますし)、LVがCDでなくアナログレコードを聴くところに監督のこだわりを感じます(たぶん原作がそうだったからでしょう)。針の降りる際の音、スクラッチ音、レコード聴く彼女の姿。彼女の美声はレコードだから生まれたのだと妙に納得してしまいます。彼女の声はデジタルじゃないのです。それに"父の遺したCD"では設定として様にならないですからね。
 加えて母親役のブレンダ・ブレシンとレイ役のマイケル・ケインが、実にうまく脇を固めています。ブレシンは本当にどうしようもない母親を思わせ、ケインは相変わらずの達者ぶり(特に彼の絶唱は必見)。二人の名演無くては結末に至るヒロインの変化が活きません。その点からいって登場人物たちは十分に噛み合っていました。ライブハウスのオーナー、ミスターブー(あの香港の人ではない)やビリーの先輩もイイ味出してます。ただマクレガーはやや控えめの役回り(それでも重要なのだが)で、彼のファンにはやや物足らないかもしれません。
 マーク・ハーマンって音楽の使い方が上手な監督なんですね。シャーリー・バッシーのアルバムジャケットごしからあの名曲へ行くところは嬉しくなってしまいました。そもそもシャーリー・バッシーをチョイスすること自体さすがですよ。LVの美声とは対極にあるボーカルなんですから。ああサントラが欲しくなってきた。でもこれ国内盤が無いんです。東京へ行こうか?インターネットで探すか?アマゾンに頼ろうか?もちろんDVDが出れば買いでしょう。

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2000年1月30日
第16回「ラン・ローラ・ラン」

監督・脚本:
トム・ティクヴァ

出演:
フランカ・ポテンテ、モーリッツ・ブライプトロイ他

感想:
 東京のミニシアターで人気だった本作が我が街で上映されるので観に行ってきた。あまり縁の無いドイツ映画。違う国の文化感を知る意味で興味をそそられる。これだから映画はやめられない。
 まずチンピラの恋人マニからの電話から始まる。そして「今すぐ10万マルクを用意してくれ」の一言。用意できなければマニの命は無い。リミットの正午まで20分。ローラはマニの命を助けるべく彼のもとへ走る。これがこの話の大まかなスジ。そして本作のポイントは一粒で三度おいしいつくりの青春(?)映画にある。
 登場人物はローラとマニ、ホームレスの男、そしてローラの父と秘書、父の仕事仲間、ガードマン他数人だけである。彼らを一つの時間軸に乗せ、様々なストーリーをみせていく(これ以上は未見な方のために伏せておく)。これを新しいととるか否かは観客の映画鑑賞経験によるだろう。個人的にはあまり新しく感じなかった。手法としてはO・ストーンの"ナチュラル・ボーン・キラーズ"やタランティーノの"パルプ・フィクション"、そしてヤン・クーネンの"ドーベルマン"を彷彿させる。挿入される"アニメーション"はまさに"ナチュラル..."そのものだ。カメラワークは"ドーベルマン"の如き映像表現、ストーリー的にはパルプ・フィクション"の展開に似ている(似ているだけで厳密にいえば全く違う。実はもっと似ているのがあるけど...)。ただそれらをアマチュア的なフィルター(本当にアマチュアかもしれないが)を通した結果がこの"ラン・ローラ・ラン"なのである。
 ドーベルマン"の時にも感じたのだが、奇をてらったカメラワークは紙一重だ。つかみの部分で観客に受け入れられればよいが、いざ乗り切れないと最後までその雰囲気を引きずってしまう。個人的にはまずまずだったが、上映時間が80分程度という点が功を奏したかもしれない。これを2時間もやられたら、ちょっと我慢できなかっただろう。時々挿入される家庭用ビデオで撮られたと思われる映像も表現的に蛇足だ。
 ただTV"太陽にほえろ"を思い出させるローラの走り。これに絡んでくる小さなエピソードはまずまず笑える。ただ本作はコメディでない。本スジはストーリーを楽しむことである。ゆえに本作へ過大な期待は禁物。肩の力を抜いて気軽に観た方がいいかもしれない。
 なおこの作品を観た後に思い出した事がある。WOWOWの年末年始キャンペーンのCMだ。女の子が恋人に会うために走り続ける、そう思いきや実はテレビ(WOWOW)が観たかったというオチ。オチは異なるが、そこへ至るまでのシチュエーションはまさに"ラン・ローラ・ラン"そのものである。おまけにBGMまで同じなのだ。日本の広告代理店も芸が無いね。

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2000年1月29日
第15回「ワールド・イズ・ノット・イナフ」

監督:
マイケル・アプテッド

音楽:
デビッド・アーノルド

出演:
ピアーズ・ブロスナン、ソフィー・マルソー、ロバート・カーライル、デニス・リチャーズ、ジュディ・デンチ他

感想:
 ボンド、20世紀最後の任務。テロリストによって石油王キングの娘、エレクトラが誘拐された。そこでキングは大学時代の旧友であるMに解決を依頼、しかしその事件が悲しい形で幕を開けていく。"The world is not enough-ワールド・イズ・ノット・イナフ-"、つまり「世界を手に入れてもまだ不満だ」(劇中引用)とは果たして誰の言葉なのか、そして何を意味するのか。これがこの作品のテーマでもある。ストーリーは前作の劇画チックな内容から人間ドラマ中心にシフトしている。
 ただそうはいってもボンド映画。派手なアクションが満載だ。冒頭のボートチェイスも過去のボンド映画同様に魅せてくれる。また必須アイテム、銃(ワルサーPPKから同じP99に変更)、腕時計(オメガのタイアップ)、車(またもやBMW)、美女(マルソーとリチャーズ)、そしてウォッカ・マティーニ(もちろんシェイクで。かき混ぜずに)も登場する。
 しかし何といっても最大の関心事は、旧作の黄金の方程式を踏襲していない事だ。黄金の方程式とは「ゴールドフィンガー」で確立されたストーリー展開の事だ。まずファーストシークエンスでボンドは短い任務(本筋に関係ある場合もある)を終える。そして主題歌と共にアバンタイトルが流れてメインストーリーへ。展開上で善(ボンド)と悪(スペクター等)を明確化、時に(ゴルフやギャンブル等)直接対決させる。そしてストーリー上で不可欠な美女が登場、ボンドは接触を図る(ほとんどベッドで手の内に入れていく)。そして巨大(凶悪)な計画が明らかにされ、ボンドは美女(ボンドガール)と共に敵の中へ潜入。激闘の末に敵の黒幕は劇的な死を迎え、ボンドが美女とキスする中でエンディングとなる。
 その方程式に対して、本作はまずそのファーストシークエンスに驚かされる。アバンタイトルを迎えるまで約20分近くを要するのだ。ちなみに前作「トゥモロー・ネバー・ダイ」が9分30秒だった。他のボンド映画も大体同じ位だから、本作が如何に長いかが伺えるはずだ。今までの顔見せシーン(寅さんシリーズでいう"やっぱり夢だった"シーン)とは明らかに違う。またMことジュディ・デンチも過去のM以上にストーリーに関わって活躍、先述の人間ドラマシフトはこの辺にも出ているかもしれない。ただそのアプローチが中途半端(デニス・リチャーズが博士役なんて。それも悩殺ルックで登場!)で「消されたライセンス」のように徹底しておらず、本来ならばボンドらしい描写(美女との戯れ、兵器の使いどころやアクション)が浮いてしまっている。
 確かに誰が悪者かは明確だ。ただストーリーは整理されていないので細部は判り難い。それが物語に終始つきまとい、前作にあったようなボンドらしさとアクションのメリハリを無くしている。これは本作の悪役、カーライル演じるレナードの描写の浅さによる所も大きい。やはりボンド映画では悪役が重要なのだ。
 まあ、(ボンドファンだから)退屈感なく最後まで観られた事を考えれば、製作サイドの狙いは間違いないだろう。特にソフィー・マルソーの起用はセックスシンボルとしての役割を十分に果たしている(それだけにカーライルが食われてしまっているのだが)。しかし観客、特にボンドファンが納得のいく出来だったかは疑問がある。どんなに人間ドラマに比重を置いても、ボンド映画の場合はエンターテイメント性が伴うゆえにラストが大味になってしまうのだ。単純な爽快感を与えるならば、アクション映画に徹するべきだ。
 イアン・フレミングによる原作はゴールデンアイで最後(といっても近作のほとんどが短いエピソード、タイトルを引用しているだけだが)。そして新たなボンド映画の探求に「トゥモロー・ネバー・ダイ」「ワールド・イズ・ノット・イナフ」という2作の回答があった。原点に帰ったのが前作なら、新世紀を迎える端境期に生まれたのが本作だ。そして次回作、ジェームズ・ボンドは20作目となる。その時に「ワールド・イズ...」のアプローチは実を結ぶことになるだろう。そう期待したい。
 ところで音楽、デビッド・アーノルドのスコアは絶好調。「トゥモロー・ネバー・ダイ」自分の色をより押し進めた形で提供している。ただガービッジのオープニングタイトルはパッとせずに残念だ。しかし何より、辛口になった本編批評を増幅させたのはエンディングテーマだ。なぜ日本公開版だけLUNA SEAなのか。確かにメロディメーカーとしての河村隆一は認める。しかし不似合い曲は許せない(しかも日本語詞。一瞬、映画を間違えたかと思った)。ただこれは彼らを責めるより、パブリシティを重視した配給会社の考えに怒りを向けるべきだろう。ビデオ(DVD)リリースの時はどうなるのか心配だ。絶対に世界公開版でリリースされたし。
 またQ(ブースロイド少佐)を演じたデズモンド・リューウェリン氏が本作公開後、交通事故で急逝された。男のダンディズムをボンドから学んだとすれば、メカの面白さはQからのものだろう。「Grow up 007(大人になれ007)」名セリフだ。本作で何か寂しげに去っていくQのシーンはボンドファンの琴線をくすぐる。ここでQをユーモアたっぷりに演じたリューウェリン氏のご冥福を祈りたい。そして

James Bond will return(ジェームズ・ボンドは帰ってくる)

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2000年1月22日
第14回「雨あがる」オススメ

監督:
小泉堯史

脚本:
黒澤明

音楽:
佐藤勝

出演:
寺尾聡、宮崎美子、三船史郎、原田美枝子、仲代達矢他

感想:
 剣術の達人だがやや不器用な面を持つ侍、三澤(寺尾)とその妻たみ(宮崎)。雨により川の横断を絶たれ、宿屋で待つ短い間の出来事を独特のペーソスで描いた時代劇である。この作品は山本周五郎原作を生前の黒澤明が脚本化、そしてこの遺稿を助監督経験のある愛弟子小泉堯史が映像化した。元々黒澤に取り上げられることの多かった山本作品(椿三十郎、赤ひげ等)であるが、一貫するヒューマニズムは本作でも息づいている。
 寺尾は何か飄々としながら戸惑いを見せる三澤の内面を見事に演じている。その表情にはやさしさが溢れ、劇中の民同様にその人柄に魅せられる。そして積み重なるエピソードはさらに印象を深くさせるのだ。何処かしらジョージ秋山の「はぐれ雲」を彷彿させるが、これは原作による部分だろう。そしてそんな内面ゆえ、剣を持った時の達者な殺陣ゆえ観客は画面に引き込まれる。それが他の黒澤作品同様、美術を含めた徹底したリアリズムに支えられて一層際立つのだ。とにかく劇中ハッとさせられることが多かった。
 また妻を演じた宮崎も良い。不器用な夫の言動を黙って見守り、大事な時はキッパリ言葉を放つ、まさに"できた"侍の妻を演じている。夫同様、悩みながらもタイトルの如く"雨あがる"後に夫婦共々生きる喜びをみせてくれる。そしてこの二人のセリフには何か共感させられるものがあり、それがこの作品の後味につながったのかもしれない。この点、黒澤の遺志が見事に反映されている。
 唯一本作で派手さをみせるのが、三澤をみそめる城主を演じた三船史郎だ。ただこれは派手さというより、豪快さと称した方が良いかもしれない。まさに父、三船敏郎譲りの豪快さである。怒りっぽいが人間性溢れる城主。やや大げさな感がなくもないが、これが三澤のキャラクターと絶妙に相まって見事な対比をみせてくれる。なおこの他に三澤の師匠、宿屋でのエピソード等を仲代達矢を始め黒澤作品ゆかりの俳優が大挙出演し、達者なところをみせている。
 昨今、テレビではつい閉口してしまう日本の時代劇だが、この作品に関してそんな懸念は必要ない。確かに音楽を含めて演出を程々抑え、派手さはなくエンターテイメント性に欠ける所はある。ただこの作品は派手さを求めるより、晴々とした爽快感を与えてくれるのだ。そしてその気持ち、メッセージ性は現代人にも通ずる。冒頭のテロップ通り、黒澤明へのオマージュが見事に開花した作品だと思う。

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2000年1月3日
第13回「エンド・オブ・デイズ」

監督:
ピーター・ハイアムズ

出演:
アーノルド・シュワルツェネッガー、ガブリエル・バーン、ロビン・ターニー他

感想:
 一九九九年十二月末、世界は一〇〇〇年に一度魔王サタンが牢獄から解き放たれる時を迎えていた。そしてサタンの花嫁と宿命づけられた女性を守るのが今回のシュワちゃんの運命。その世界を手中にするため彼女と結ばれるよう執拗に迫る魔王サタンとシュワちゃんの世界の最後の日を賭けた戦いが始まった...これが本作の骨子となっている。過去に悪魔との戦いは映画「ゴーストバスターズ」や「ゴールデン・チャイルド」、古くは「オーメン」などで繰り広げられてきた。しかし本作は聖書の世紀末思想とダブらせ、まさに「エンド・オブ・デイズ」を描いたタイムリーな作品となった。
 監督は撮る作品のジャンルは問わない職人ピーター・ハイアムズ。男臭い「プレシディオの男たち」や軽快アクション「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」などを手掛けたかと思えば、「2010年」のようなSF大作も彼の作品。今回の作品のポジションはややシリアス側のSFといった感じ。元々彼はCGを早い時期から作品に取り入れていたため、扱い方はこなれている。彼の作品でそれが顕著なのが「タイムコップ」(ジャン・クロード・ヴァンダム主演)だった。ストーリーもさることながら、次元を股に駆けた構成が出色で好きな作品である。本作と比較できるのはこの作品かもしれない。
 主演のシュワちゃんは大きな心臓手術を受けた後の初めての大作。彼が出ると作品の格がワンランク上がる気がするのは筆者だけか。今回は心に傷を持つ役柄で、アクションよりも心情的な部分も描写が多い。この辺は最近のハイアムズ作品では多い要素だ。シュワちゃんはその役柄を無難にこなしている。ただ演技がやや一本調子なところは否めないのだが、それは彼の主演作ではしょうがないもの。彼にはそれ以上の存在感があるからだ。
 ただその存在感を支えるアクションに陰りが見える。もちろんシュワちゃん自身が手術後の復帰作ということもあるが、やや線が細くなった気がする。それに輪をかけるのがCGを多用したアクションだ。冒頭、ヘリを使ったシーン(もちろん代役もあり)は迫力があるが、それ以降は大きなアクションがなく大人しくなってしまう。確かにそれを補う爆破はあっても"SFX"だからという印象は拭えない。「スターウォーズ・エピソード1」でも指摘したがあまりドキドキ感が感じられないのだ。同じハイアムズ作品の「タイムコップ」ではヴァンダムの切れがいいアクションがうまく噛み合っていたので期待していたのだが。ただ本作でのシュワちゃんとの契約や体調問題を考慮すれば、現時点でそれ以上は望めないのかもしれない。
 サタンに乗り移られるのは「ユージュアル・サスペクツ」のガブリエル・バーン。けっこう楽しんで演じているのが伝わってくる。そして過去にT−1000やプレデターと(もちろん他作で)戦ってきたシュワちゃんと五分に戦いあうのだ。だが最終的に神と悪魔の最終戦争となる結末において、何故か神の動向に感情移入できない。「どうせだったら悪魔に魂を売ってしまおうか」と思ってしまうのだ。それ程までに死闘を演じているのに、全編に通る神の存在が希薄なのである。ただこれは製作側の意図したことだろう。それゆえに世界が救われたのだから。ちなみに今日は二〇〇〇年一月三日である。

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99年12月23日
第12回「御法度」

監督:
大島渚

出演:
ビートたけし、松田龍平、武田真治、浅野忠信、崔洋一、坂上二郎、田口トモロヲ他

音楽:
坂本龍一

感想:
 1865年京都、新撰組は新たな同士を向かい入れるべく、沖田総司を相手に審査(木刀による立ち合い)を行なっていた。そして二人の男が選ばれる。一人は元藩士の田代豹蔵(浅野忠信)。もう一人は剣術の師範をしていた若干18歳の加納遼三郎(松田龍平)。そんな優れた剣術と妖艶さを兼ね備えた美少年遼三郎が加入し、新撰組の同士間にひずみが生まれてくる。そして間もなく事件は起こった...。
 大島渚監督13年ぶりの新作。司馬遼太郎原作の「前髪の遼三郎」他数篇を基に監督自ら脚本化、池田屋事件以後の新撰組外伝的な内容。ビートたけし演じるNo.2、土方歳三の視点で語られる。本格的な殺陣等も魅力ではあるが、根幹は人間関係に絞っており、大作というよりは"くだけた小品"といったもの。ただ"くだけた小品"といっても内容は"その気(け)"の話(つまり男同士の愛)なので注意。この辺はタブーに挑んできた大島監督の真骨頂、過去の一連の監督作品に通じるものかもしれない(ただ今まで程、その衝撃は強烈でないと思うが)。
 確かに"その気"の話として奇異な部分はある。遼三郎と沖田総司を除けばブ男ばかり。なにせ藤原嘉明(作品中、組長ではなく部隊長役)やトミーズ雅まで登場、"その気"の世界にありがちな煌(きら)びやかさはほとんどない。特に無骨と思われた近藤勇(あの崔洋一監督が好演。大島作品で助監督をしていた経緯あり)も時折見せる笑みが妙に不気味だ。また1カットだけ"契り"(意味は想像に任せます)を結ぶシーンが出てくるが、エピソードをつなげる程度の印象。また坂本龍一の音楽も派手さはないが、作品の内容を反映し抑えた印象で好感。
 特殊な組織であった新撰組。そして倒幕運動下の時世に加え、異文化からの影響もあったろう。まさにそこへ異分子、遼三郎が加わってくることが彼らを思わぬ方向へ導いていくが、そうした彼らの変化を大島監督は絶妙につなぎ合わせ飽きさせない。役者それぞれの個性を引き出している。たけしも自身の監督作でありがちな彼特有の照れもなく、ストーリーテラーとしての役割を果たしている。また武田真治の沖田総司は好演、すがすがしさに溢れている。だが中でも出色はトミーズ雅。"その気"の話の場合、ついて行けないと終始つらい。だが今までならたけしが受けていた笑いの部分を雅はうまく応えて、作品中でいい刺激(ユーモア)を与えていた。
 やはりこの作品の取捨は騒動の発端、松田龍平演じる加納遼三郎に掛かる部分が大きい。主演格で初映画、演技的にやや劣るのは否めない。そこで大島監督はその初々しさを逆手に取って演出している。ただ彼への印象は白といった感じか。確かにベテラン勢の間での演技、殺陣などで頑張っているが、個人的にそこまでの感しかない。といっても今、この役を他にできる人間が居るかと問われれば、今のところ答えは出ないだろうが。
 とにかく本作はあくまで新撰組外伝。「御法度」のタイトルをどのように捕らえるかは、観客各人によるものだろう。そんな中、ラストシーンでの土方歳三の言動が印象的だ。気付かぬ内に揺り動かされている自分。それを絶ちたいが如く...。まあ本作を観たからといって私には"その気"が全くありませんのであしからず。

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99年12月18日
第11回「海の上のピアニスト」オススメ

監督:
ジュゼッペ・トルナトーレ

出演:
ティム・ロス、プルート・テイラー・ヴィンス、クラレンス・ウイリアムズ三世、ピーター・ヴォーン他

音楽:
エンニオ・モリコーネ

感想:
 「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督作品。原題はTHE LEGEND OF 1900(1900-ナインティーンハンドレッド-の伝説)。アメリカと欧州を行き来する客船で拾われた赤ん坊が成長し、生まれてから一度として船を下りなかった天才ピアニストの人生を描く。この作品はミラノで上演された戯曲がベースで、これをトルナトーレ自ら脚色している。変更点としては映画ではトランペッターのマックスが語り部となって進んでいるが、原作の戯曲ではナインティーンハンドレッド自身が語り部となった一人芝居とのこと。
 さてこの作品を言い表せば「ニュー・シネマ・パラダイス」が"映画へのオマージュ"なら、本作は"音楽へのオマージュ"といえよう。それだけ今まで以上に音楽への比重は増している。だがそこは音楽担当、御大エンニオ・モリコーネ。トルナトーレとは「ニュー・シネマ・パラダイス」から組んでいるが今回は企画の立ち上がった早い段階で原作を読み、御大モリコーネ自身がこの作品へ相当な思い入れがあったという。それだけに印象的な曲が散りばめられ、ピアニストというか、音楽が主役のこの映画を十分に盛り立てている。本作の成功は御大モリコーネによる部分が大きいのだ。
 そして主人公ティム・ロス演じるナインティーンハンドレッド。特にドラム合戦ならぬ(まるで「嵐を呼ぶ男」のような)ピアノ合戦ではジャズの創始者、ジェリー・ロール・モートンと対決、一見普通っぽい彼が超人的なパフォーマンスを見せ、手に汗握る。もちろんそればかりでなく、即興的なソロやビックバンドとの掛け合いは心地よい。また時折見せる表情、特に奇異な出生ゆえに逃れられない運命めいた彼の生き方に心打たれるシーンは多い。特に船上で出会った少女とのエピソードは涙腺を刺激する。そして滑稽に見えても何か寂しさが伴うティム・ロスの演技は素晴らしい。加えて脇役陣の演技(や演奏)のバックアップも見逃せない(特に本作の語り部となるマックス役のプルート・テイラー・ヴィンス無くしてこの作品は成り立たない)。
 トルナトーレは相変わらず、"泣き"と"笑い"のマジックで我々観客を魅了する。それはまるで緩急自在の老練なピッチャーのようだ。本作でスピードある直球がエネルギッシュな音楽としたら、時折入るスローカーブが"泣き"と"笑い"の見せ球かもしれない。ただ何はともあれ、やはり本作は音楽が全てだ。しかしこの作品に一つだけ欠点があるとしたら、それはラスト前のエピソード(主人公の運命)の描き方だろう。もう少し配慮が欲しい。何か突然ぶち壊された感じがしてならない(そこは映画を観れば分かります)。この部分だけ妙に浮いてしまっているのだ。ただそれでも余りある感動の一篇であることは確か。
 けっしてこの作品は100点満点の映画でない。それは人それぞれに指摘したいところはあろうが、ただ本作は個人的に今年のベストワン作品といっても過言ではない(絶対そうなるでしょう)。もし"良い作品が観たい""素直に感動したい""とにかく泣かせてくれ"と思ったら是非、この作品を観て欲しい。きっと期待に応えてくれるはず。それに2時間5分という長さは微塵も感じさせない。そして何よりも今年最後にこの作品に出会えたことを喜びたい。必ず劇場で観て欲しい、絶対オススメの一作。ああ早くサントラが欲しくなった。

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99年12月13日
第10回「ジャンヌ・ダルク」

監督:
リュック・ベッソン

出演:
ミラ・ジョボビッチ、ジョン・マルコビッチ、フェイ・ダナウェイ、ダスティン・ホフマン、チェッキー・カリョ他

音楽:
エリック・セラ

感想:
 長い英国との戦争の下、神の信仰に深い少女ジャンヌはある啓示を受ける。家族、特に最愛の姉を失った心の痛手は、母国フランス復活を起こすべく奔走させるのだ。数年後、当時のシャルル七世の催冠を助けるべく、ジャンヌを中心に奇跡の進撃が始まった。そして目的は達せられるものの、その神がかり的な存在に王族達にとって邪魔な存在となってしまう。そして彼女は信念を貫くがゆえ運命に翻弄されてゆく。
 まさにリュック・ベッソン入魂の一作。フランスが英国との戦争の最中の15世紀末、突然現われた救世主ジャンヌ・ダルクの運命を描いた作品だ。ベッソン自身、本格的な史実への挑戦となった本作はおそらくフランス人として彼の中で手掛けたかった一本だったのだろう。「レオン」以降、本格的なメジャー進出となり、かつてのベッソンらしいフランス映画ではないが、ハリウッドに媚びたところは一片も見せていない。単なるエンターテイメントではなく、ベッソンなりのジャンヌ像を生んだ点は評価できる。もちろんミラ・ジョボビッチの体当たり演技も見所の一つだ。
 作品は2時間40分の長尺で、構成は大きく二つに分けて考えることができる。いうなれば前半が"ジャンヌの奇跡"、後半は"ジャンヌの葛藤"といった印象だろうか。特に前半のジャンヌの凛々しい姿、そして大人数の合戦シーンは迫力満点だ。これは劇場の大スクリーン(または大画面を有すホームシアター)でしか体験できないだろう。そしてジョボビッチ演じるジャンヌは汗臭い男性陣に負けず劣らず、そのカリスマ性を遺憾なく発揮し大群を率いていく姿は圧巻だ。また乗馬、剣劇シーンも見事にこなし、大役を演じきっている。
 加えてベッソンの選んだ(ジャンヌを含めた)キャスティングはズバリはまっている。曲者(くせもの)俳優、ジョン・マルコビッチのシャルル七世は如何にもという印象(もちろん良い意味で)だし、ジャンヌを囲む剣豪達の中にはチェッキー・カリョ(ベッソン作品「ニキータ」他)を始めとするフランス人俳優を配すあたり、史劇を描く上でのポイントは抑えられている。また作品後半、彼女に啓示を行なうダスティン・ホフマンの起用も絶妙だ。
 ただやはり長尺作品であるが故、前半のエンターテイメント性に刺激を受けた後であるため、後半の自己葛藤(神からの啓示を含めて)の観客側の捕らえ方が問題だ。後半の描き方は史実をベースにしなければならない制約がある以上、大きな逸脱はできない。ただジャンヌ自身の神への信仰(と啓示)という大きな柱という意味で、ラストシーン有名な"火やぶりの刑"に処される前の彼女が最後、精神的に開放を必要とされる。ただここでのシーン全てが自己啓発、禅問答のような感は否めない。これは今年公開された大作に共通することで、「ファイト・クラブ」や「アイズ・ワイド・シャット」にも言える事。個人的に本作の後半部分はそういった点でダレてしまった。
 しかし見るべき点は多く、完全陽性のハリウッド印の勧善懲悪、徹底したエンターテイメント作品とは一線を画す作品として評価できるといっていいだろう。劇場の環境が良くなかったこともマイナスに働いたのかもしれない。もう一度、うちのルームシアターで見直してみたい気がする。

P.S
 この作品を観ている途中、とうとうベッソンとエリック・セラは決別したのかと思っていた。しかしエンドロールでしっかりとエリック・セラの名前がクレジットされている。つまりそれ位、従来の彼の仕事と大きくテイストの異なる音楽を提供しているのだ。シンセ系の音は極力廃し、史劇ゆえに重厚なシンフォニーを展開する。とはいっても他の音楽家に比べればやや薄い感はあるが、それでも作品に見合う作品群である。特に"火やぶりの刑"での曲が印象的だ。

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99年12月5日
第9回「ファイト・クラブ」

監督:
デビッド・フィンチャー

出演:
エドワード・ノートン、ブラッド・ピット、ヘレナ・ボナム・カーター他

感想:
 傑作「セブン」以来となるデビッド・フィンチャー監督とブラッド・ピットのタッグ作。ただ本作はエドワード・ノートン演じる主人公があくまでメインである(ただオープニングのタイトルロールトップはもちろんブラビ)。そしてこの二人にヘレナ・ボナム・カーター演じるニーナが微妙に絡み、この三人を中心にストーリーは進んでいく。果たしてフィンチャー監督独特の映像センスと殴り合う音が生々しい暴力の組み合わせは何を見せたのか?
 オープニングはノートン演じる主人公の語りから始まる(ここに至るタイトルからファーストシーンへの流れは相変わらずフィンチャーらしく見事。思わずストーリーの行方を期待してしまう)。不眠症に悩む主人公は生活する中での不満を抱えながら、解消する方法を模索していた。そんな彼が医者から薦められたのが患者達の集い。屈託なく自分の感情を露にする患者達との関係の中で持っていた心の不満は解消していくのだが、ニーナの出現で主人公は再び行き場を失ってしまう。そんな時、突然彼の前に現われたのが(ブラビ演じる)タイラーだった。
 主人公は全く正反対の性格のタイラーと何かを見出すべく、週末にお互いを殴り合う事を始める。それが"ファイト・クラブ"だった。二人で始めた"ファイトクラブ"は主人公の心の不満を晴らしていく。殴り合う中に答えを見出し始めたのだ。ところが"ファイト・クラブ"がその勢力を広げてゆくにつれ、主人公は思わぬ方向へ追い込まれる。そして知らされる真実とは?
 オープニングの部分でも触れたが独特の表現で、約140分の長尺の作品をフィンチャー監督はソツなく見せている。しかし冒頭で得られた期待もエンディングを終え、スタッフロールが流れる中、本当に応えられたかは疑問がある。「終わってみてだから何なんだ」という印象だ。原作はベストセラーらしいが、主人公自身の自己満足な結論を見せられているようで不快であった(おそらく映画だからといって結末に変わりは無いだろう)。結局、フィンチャーは自分の才能だけでこの作品、"ファイト・クラブ"を見せているだけに留まっている。
 確かにストーリーの中盤までは殴り合うシーンに代表されるように、その骨っぽさが心地よかった(ただ「時計じかけのオレンジ」のような暴力性に美を求めるものではない)。ただタイラーの存在が明らかになると、ストーリーは予想される方向へ進んでいく。「セブン」や「ゲーム」にあった良い意味の観客への裏切りもない。さらに中盤以降のストーリー展開には全く新鮮味はなく、大人しい映画になってしまった。想像どおりに話が展開していくのだ。それにたとえ表現がとがっていても、観客(少なくとも自分には)に刺激を与えてくれない。ノートンやブラッド・ピットは好演をみせてくれているが、それも無駄に終わっている(それに個人的にニーナ役のヘレナ・ボナム・カーターには作品中、全く魅力を感じられなかった)。
 鑑賞前、多くの期待を秘めていた作品だけに、現在その落胆の度合いは大きい。それに同じ回に来ていたカップルの次の一言がこの作品の出来を物語っているでしょう。
「こんなにつまらないとは思わなかった...」
つまりこのコーナーを開始から始めて大きな苦言を呈さなければならない。

「はっきり言ってこの作品は失敗作です」
とにかく新聞や雑誌、それにCMスポットに流れる"傑作"という文字は偽りに思えます。少なくとも一般受けする映画ではありません(この作品への不満が今回のコラムを書かせている)。ただ今後、おバカ映画として認知されるかもしれないが。作品を深読みするのも苦手だし、とうとう本作の魅力を感じることができなかった。でも同じフィンチャー作品「エイリアン3」を観た後の印象に似ている気がします。

P.S.
 先行レイトショーで午後10時45分から始まった。オールナイトのレイトショーは実に「ダイハード2」以来の経験だった。本来なら一般公開時に観に行くところを、無理な時間を割いている事にこの作品への対する期待が込められている。今回はあらかじめ遅い時間を狙っていたため、鑑賞中眠らずに済んだが、たぶん平日の昼間だったら夢の中だったろう。そして映画と現実の境界を失ったに違いない。

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99年11月7日
第8回「シックス・センス」
オススメ

監督:
M・ライト・シャマラン

出演:
ブルース・ウィリス、ハーレイ・ジョエル・オスメント他

感想:
 冒頭、小児精神科医のマルコム(ブルース・ウイリス)が事件に遭遇する。そして数か月後、ある能力を持つコール少年(ハーレイ・ジョエル・オスメント)を診る事となる。彼はその能力ゆえの悩みを持っていた。マルコムは彼を救うことと同時に、冒頭の事件をきっかけに壊れた夫婦関係の修復を試みるが...。
 この作品を観た後にまず言える事は「やられたな」ということ。これは観た人全てが思うことだと思う。その位、この作品は良く出来ている。淡々と進むストーリー、合間に入るコール少年の悩みの"もと"。その内容ゆえ母に真実を伝えられないコール少年。二人の心理描写。そしてストーリーと共に語られるマルコムの身辺の変化。
 ハリウッド作品でありながら、ストーリーはとにかく地味。時に授業のシーンのような衝撃的な描写をみせるが、基本的には地味である。昨今のハリウッド作品では派手な展開が好まれるが、これを退屈と取るかがカギかもしれない。またフィラデルフィアという舞台背景からか、映像からは何か暗さが漂う(実際、フィラデルフィアに行ったことはないが)。舞台となる場所もそれほど多くない。コールの実家を始め数えるほど。加えて音楽や効果音もさらに地味であるが、効果的に使われている。
 登場人物も限られており、二人に加えてコール少年の母など数人しかいない。それだけに二人にかかる負担は大きいがそれに十分応えている。アクション映画で男臭さを発揮する反面、この手のサスペンスものに出演するブルース・ウィリス。彼の抑えた演技は作品の重みを支えている。そういえば"マーキュリー・ライジング(未見)でも"少年"と共演していたっけ。そんな彼を食い(ホントに食べちゃうわけじゃないよ)、それ以上の存在感を魅せるのは少年役のハーレイ・ジョエル・オスメント。作品の出来の七割は彼の演技による部分だ。ブルース自身も同様のコメントを残している。ただ今後、両者にとってこの作品はまさに"代表作"となろう。
 少年の悩みを癒す中、徐々にお互い心を許しあうマルコムとコール少年。一見、これがストーリーのテーマと思わされるが、それを巧妙に利用したストーリー展開が観る者に与えるものは...。"ネタバレ"を恐れるあまり、観ていない人には多くを語ることはできない。劇場のような密閉された大画面の空間にこそ、この作品の良さが生きる、とにかく「読む前に観ろ!」、そう思わせる今年屈指のサスペンスホラーであることは確かだ。ビデオじゃダメ。皆さん、必ず劇場で観なさい。個人的には超オススメ!

P.S
 原題「The Sixth Sense」。日本語になおせば"第六感"。「世界がこの番組を待っていた〜。"霊感・ヤマカン・第六感"。司会のフランキー堺です」。ああ懐かしいや"霊感・ヤマカン・第六感"。男性陣(そうこの番組では"チーム"と呼ばず、"陣"と呼んでいた)のリーダーをよく故・山田康雄さんがやっていた記憶がある。そういえば昨今、関西発のクイズ番組が無くなった気がする。アタック25(朝日放送製作)があるが、司会が児玉清のためかあまり"関西テイスト"を感じない(でも好きですよ。アタック25)。"世界一周双六ゲーム"や"三枝の国盗りゲーム"のような関西発コテコテのクイズ番組がまた観たい。映画とはま〜ったく関係ないけど。

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99年9月26日
第7回「シンプル・プラン」

監督:
サム・ライミ

出演:
ビル・パクストン、ビリー・ボブ・ソーントン、ブリジット・フォンダ他

音楽:
ダニー・エルフマン

感想:
 ホラー作品等でカルト的人気を持つサム・ライミ監督の犯罪ドラマ。全米ベストセラーを原作者スコット・スミス自らが映画の脚本を手掛けた(原作未読のため未確認だが、原作本とラストが異なるらしい)。
 年末のある日、雪の中に不時着した飛行機を発見したハンク、ジェイコブの兄弟とその友人のルーの3人。なんとその飛行機には440万ドルが積まれていたのだ。その440万ドルを手に入れようと画策する3人だったが、それを機に運命は思わぬ方向に進んでいく...。
 観る者、誰もが「同じ立場ならばどうだろう」という気持を引きずりながら、過ごすことができる2時間。SFXや派手なアクションは全く無いが、サム・ライミによる濃密で抑えた心理描写や演出力が光る。少ない登場人物も功を奏したのだろう。それぞれの人物の掘り下げが秀逸で、徐々に彼らが深みにはまっていく姿に観客は引き込まれる。
 中でもハンクの兄、ジェイコブ役のビリー・ボブ・ソーントンが素晴らしい("アルマゲドン"でのNASAの指揮官役が記憶に新しい。本作では別人のよう)。大学出で職のある弟に対して、子供のようで職の無い兄。そんな立場であっても弟を愛する兄の心情をうまく表現している。彼の存在がストーリーを面白くしているのも確かだが、ラストでの物悲しげな表情はその純粋さの表れだろう。
 またハンクとその妻の事件への関わりも重要だ。特に妻の一言によって狂わされると共に、事件は女性によって作られるのだなと思わせる。家庭や今の生活、ましてや440万ドルの後にある夢の生活を捨てる事などできはしない。妻を演じるのはブリジット・フォンダ。かつて"可愛い系"だった彼女も、今や主婦を演じるようになった。
 ハンク役はビル・パクストン。"ツイスター"や"タイタニック"など最近は大作に出演することの多い彼だが、地味な風貌のためか損な面もある。しかしそんな名バイプレーヤーもこの手の渋めの作品ではそれがプラスになっていると思う。彼の思い悩みながら犯罪に手を染めていく姿は我々の分身かもしれない。
 豪快なオーケストレーションが身上のダニー・エルフマンの音楽も本作でその派手さは全く無く、作品のカラー同様に抑えた印象が強い。それが全体のサスペンス感を高め、主人公達の微妙な心理を伝えている。サントラ単体よりも映像と併せて評価すべきだろう。
 一瞬、雪・犯罪・家族とコーエン兄弟の"ファーゴ"を彷彿させる。しかし"ファーゴ"の場合は犯罪に潜む人間の機微を描くのに対し、本作の場合は犯罪に巻き込まれる人間の愚かさを描いている。ただ犯罪ドラマとしては両者共に一級品であることには変わりない。"シンプル・プラン"はけっして派手な作品でないが、人間の弱さや愚かさを十分に感じさせる単純にして悲しい人間ドラマである。

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99年9月25日
第6回「ノッティングヒルの恋人」
オススメ

監督:
ロジャー・ミッチェル

出演:
ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント他

感想:
 ロンドン、ノッティングヒルを舞台にしたロマンティックラブコメディ。しがない旅行本屋の店主がふとしたことで人気女優と出会い、恋に展開していく。そんなこの作品の下敷きにみえるのは"ローマの休日"である。同じように立場の違う二人に生まれる恋。ただローマの休日"の場合は甘酸っぱい恋の話だが、こちらは大人同士の恋の物語(奇しくもジュリア・ロバーツは同じヘップバーンの"マイ・フェア・レディ"の現代版、"プリティ・ウーマン"に主演)。結局、この手の恋愛ものにはハッピーエンドを期待してしまうのだ。
 ジュリア・ロバーツはまるで自分のことであるかのように、等身大でこの女優役を演じている。確かに実生活でもスキャンダルにさらされている彼女だが、その分セリフがリアルに感じる部分も多い。また時折彼女が見せる笑顔は素敵で、人気スターに仲間入りした後も全く変わらない。若手とはいえ演技力では実力派の部類に入る彼女。しかしそうはいってもその笑顔は、今回のようなコメディに最も似合っているのではないだろうか。ちなみに女優という役柄から楽屋オチのようなネタも多く、映画ファンならもっと楽しめる。
 共演するヒュー・グラントもベストマッチだ。元々ジョン・ヒューズ印を始めとするコメディに出演することが多かったが、今回もその期待に十分応えている。ただ彼はけっして超のつく色男ではないと思う(ファンの方に失礼)。しかしスターに恋する一般人という役に抑えた演技と相まって見事ハマっていた。彼は俗にいう"二枚目半"なのか、それゆえに今回の役柄に合ったのかもしれない。
 それとラブコメはどうしても筋書きが読めてしまう欠点があるが、それを補うが如く主演の二人の魅力に溢れている。ただ奇をてらったラストは期待できないが、全体的に時間経過を大事にした丁寧な描き方である。もちろん出会いの部分に無理はあると思うが、これはあくまでもラブコメなので目をつぶろう。
 もちろんこの二人が中心ではあるが、脇役陣も光った。そんな彼ら演じる奥さんが車椅子の友人夫婦や主人公の妹も彼の恋に驚き、それぞれの立場から応援していく。特に主人公の同居人スパイクはちょっと切れた言動で話を面白くしている。やっぱりこのタイプのコメディに脇役は重要なのだ。
 テーマ(オープニングはシャルル・アズナブールによるオリジナル版)に使われるエルヴィス・コステロの"She"。彼の曲がメインに使われる映画って今まで無かったのではないか。パンク世代とはいえ、彼の曲は恋愛を扱ったものも多い。とエンディングに流れる彼の歌声は、イギリスを舞台にしたラブコメに合っている気がする(ちなみに彼は公開中の"オースティン・パワーズ・デラックス"に出演、バート・バカラックとのコラボレーションをみせている)。
 魅力あるキャストが期待通りの演技で、予想通りに展開するストーリー、そして迎えるエンディング。まさにラブコメの王道を行く本作はデートムービーに最適。"エピソード1"や"マトリックス"などのSF大作に興奮するのもいいが、本作みたいな一服の清涼剤のような作品を観るのも良いだろう。

P.S.
いい映画だったんだけど、恋愛ものは男一人で観るものではないね。やっぱこの手の映画はカップル多いから。

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99年9月19日
第5回「マトリックス」
オススメ

製作:
ジョエル・シルバー

監督・脚本:
ウォシャウスキー兄弟(ラリー&アンディー・ウォシャウスキー)

出演:
キアヌー・リーヴス、キャリー=アン・モス、ローレンス・フィッシュバーン他

感想:
 大ヒット作「スピード」以後、何かパッとしなかったキアヌー・リーヴスが、復活を遂げたSFアクション。また今回最大のポイントは、新人発掘のウマいプロデューサー、ジョエル・シルバーが選んだクリエイターが、ウォシャウスキー兄弟だということ(過去にブレイク前のジョン・マクティアナンやレニー・ハーリンを起用した実績アリ)。そして彼らはその期待に十分応え、本作は90年代最後を飾るSF作品となったと思う。
 SFにサイバー・パンクというジャンルが確立されて、いつも題材に挙げられる現実と仮想空間の世界。それには必ずその世界を牛耳る者と相対する者との戦いとなるが、本作でもその点は踏襲されている。ただこの作品の面白さはその戦いの部分にある。過去の作品ならば、大抵はCG空間を漂いイメージを互いに迷走していく描写が多い中、本作では現実世界との融合を試みている点が新しい。特にライブアクション、この作品ではクンフーアクションをうまく採り入れられている。パンフレット中、何度も引用されている"4ヶ月のトレーニング"は伊達ではない。
 クンフーアクションとワイヤースタントを指導したユアン・ウー・ピンは香港伝説のクリエイター。その彼が要求したのが"4ヶ月のトレーニング"なのだ。この4ヶ月という準備期間、ハリウッドのメジャー映画の大敵である制作期間に影響を与えかねないその長さも、本作に関わった者たち(俳優、スタッフを含めて)の情熱から、見事に血となり肉となっている。それゆえ役者達のアクションはこれまでになく切れ味抜群だ。それに近年、香港映画を始めとするアジアとハリウッドが手を組むケースは少なくなりつつあるが、それがSF作品で行なわれているのが特筆すべき点であろう。
 また今回、切れのいいアクションで復活したキアヌーを始め、出てくるキャラクターが皆、軒並みカッコいい。今回のキアヌーは"コクはいいから、キレでいけ"といった感じでまだ淡白な印象はあるが、それが絶妙にSF世界と合っている。ただそんな中でもキャリー=アン・モス演じるトリニティは最高だ。マドンナをさらに精悍にしたスタイル、アクション、それに稀に溢れる表情は新ヒロインの誕生を予感させる。また"強面"のローレンス・フィッシュバーンが、あそこまでクンフーに染まってしまうとは。特にキアヌーとのクンフーシーンは必見だ。
 アナログライクな電話を使った移動方法など組み合わせの妙はいくつか見られるが、それ以外、今回ウォシャウスキー兄弟がクリエイトした世界観は日本のSFアニメに観慣れた者にはけっして新しいものではない。それにあらゆるメディアで指摘の通り、"攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL"や"AKIRA"他、本作が影響を受けた作品は内外問わず多い。しかし本作では、そんな優秀な日本のSFクリエイター達の創造を凌駕し、嫉妬をも誘う。彼らには大きな壁(制作費、技術など)があり、結果としてアニメという手法に頼らざる得ないのだ。それを実写で実現したハリウッドの力はやはりスゴイ(大友克洋にお金を出すハリウッド・メジャーは無いのか!)。
 ただ大絶賛の本作にも欠点はある。それはこの作品の門戸がけっして広くない点だ。"ネット社会"や"仮想現実"という特殊な世界は、コンピュータや情報端末を簡単に取り扱える者には入りやすい内容だ。しかしヒットを記録したアメリカやヨーロッパに比べ、情報のインフラが五年は遅れている日本では、皆が本作の魅力を十分に味わえるかは疑問である。その点に精通していないと、本作の世界観が感覚的に捕らえにくいのだ。その点だけが不利かもしれない。しかしCGやSFXに頼りすぎ、やや説教じみた"スター・ウォーズ エピソード1"に比べれば、遥かに痛快で明快だ。
 カッコいいファッションセンス、ガンアクション、クンフー、サイバーパンクの組み合わせを見事に成立させた「マトリックス」は、SFファンにとってまさに必見である。

P.S.1
 ラスト近くの地下鉄でのクンフーシーンを観て、"バーチャ・ファイター3"を思い出したのは私だけか。壁や段差を意識したアクションはまさにそのものだ。本作でハリウッドのアクション表現はまた進化した。
P.S.2
 本作で善悪問わずファッションに用いられる"サングラス"。日本人は"サングラス"をかけると皆"X星人"になってしまう、まったく不向きなアイテムだ。この作品を観ると、「"サングラス"は日本人のするものではないな」と感じずにはいられない。
P.S.3
 登場する敵役の三人の"エージェント"。オールバックで必ずしも髪の量は多くない。作品中、確かに彼らも黒尽くめでカッコいいのだが、その点だけが妙に気になった。
P.S.4
 本作のヒットでシリーズ化は必至、少なくとも続編は作られるであろう。となれば今作以上に凄まじくなるSF描写やアクション。是非、"エピソード1"の二の舞だけは無いように。ただその点で安心できるのが、"ウォシャウスキー兄弟"にはジェームズ・キャメロンと同じ匂いがすることだ。

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99年9月12日(その2)
第4回「オースティン・パワーズ・デラックス」

監督:
ジョン・ローチ

出演:
マイク・マイヤーズ、ヘザー・グラハム他

感想:
 筆者にとっては待望の続編、"オースティン・パワーズ・デラックス"。原題のサブタイトルが"The spy who shagged me"、つまり"私をシャグったスパイ"と相変わらず007(作品中、あの"電撃フリント"も登場)など過去のアクション映画を意識した(していないかもしれない)パロディ作だ。
 60年代からの宿命のライバル、オースティンとDr.イーブル。前作、90年代で合間見えた二人が、再びタイムマシンで60年代に戻り、世界の大都市の破壊を画策するDr.イーブルとオースティンの戦いを描いている。といっても、このようなシリアスな描写は本編中にほとんどなく、お得意のお下品なネタとショートギャグをつないだ一品である。また前作以上に一本通ったストーリーと呼べるものはないのであしからず。固く考える作品でもないので、細かい事には目をつぶろう(タイムパラドックスを無視した部分もある)。
 オープニングは前作と同じクインシー・ジョーンズの"Soul Bossa Nova"にのって、ミュージカル風に始まる。この曲はやけにこの作品とかつての"モード学園"のCMに見事ハマっている。まさに"オースティン・パワーズのテーマ"と呼ぶに相応しい。次作があれば再び使われるだろう。
 作品全体でギャグの嵐だが、前作を観た人にしか分からないものもあるので注意が必要。ただこの作品のアメリカンなギャグ(別に希薄な意味ではない)の全てを受け入れるだけの器は、ほとんどの日本人にはないけどね。それだけに空振りするギャグもある。おそらくそういう部分はアメリカ人にしか分からないのだろう。
 今回のヒロインはヘザー・グラハム演ずるフェリシティ。テレビや雑誌で本作のヘザー・グラハムを見た時は、一見"松岡きっこ"(11PMや初代引田天功大脱出でおなじみ?)を彷彿させたが、スクリーンで見る限りは結構魅力的だ。登場からぶっ飛んだ60年代テイスト満載の彼女はこの作品にぴったり。ただ正直言うと、前作のエリザベス・ハーレーの方が好みである。ただ彼女は諸事情によりこのシリーズは今回が最後(かもしれない)。
 この作品の見どころは60年代のサイケな文化とオースティンのギャグである。だから60年代の描写についていけない人や、下品なギャグは嫌いという人にこの作品はお薦めできない。先ほども触れたように、終始笑えるギャグではないので一般受けはしにくい。たぶんこの作品に流れる脈々と流れる"B級テイスト"がそうさせるのだろう。だから日本では"そこそこのヒット"止まりに終わる可能性はある。
 ただ戦略が功を奏し、アメリカではあの"スター・ウォーズ・エピソード1"の週間興行収入第一位の座を奪うことに成功した(とはいっても三日天下に終わったのだが)。今回の興行から続編の製作も確実だろう。ただメジャーヒットして"B級テイスト"を失った瞬間、この作品の魅力は無くなってしまう。
だから"この作品を人に薦めますか"と言われれば、答えは"No"である。"オースティン"は我々、一部の映画ファンのためにあるものだから。

P.S.
この作品を劇場で観た際、多くのご婦人(今風にいえば”熟女")が来ていたが、あの内容について行けたのか?いまだに心配である。
P.S.2
また今回も前作に引き続き、多くのスターがカメオ出演している。詳しくは触れぬが、この作品を観る機会があればチェックしてください。

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99年9月12日(その1)
第3回「エントラップメント」

監督:
ジョン・アミエル

出演:
ショーン・コネリー、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ他

感想:
 "怪盗もの"と一言でくくられてしまいそうな作品。ただこの作品の魅力を支えているのが最近、日本でもCMでおなじみ新進女優のキャサリン・ゼタ・ジョーンズと、全米某誌で"20世紀で最もセクシーな男性"と評されたショーン・コネリーの二人にあるのはいうまでもない。この二人を無くして、20世紀フォックスのメジャー作品の冠を与えることはできまい。それだけキャスティングによっては紙一重な作品なわけだ。
 作品中、三つのターゲットが登場。絵画、金のマスク、そして最後は...。特に"金のマスク"の奪取するシーンは"レイダース失われたアーク"やリメイクされた"ミッション・インポッシブル"、日本が誇る"ルパン三世"を彷彿させる。それだけに何か目新しいものがあるかといえば、無いに等しい。この作品のプロット自体が使い古されたものだからだ。確かに2000年フィーバーに沸く今年(1999年)12月を扱い、これに合わせた点はタイムリーではある。しかしそれだけなのだ。
 またコネリー自身が製作に絡んでいる点は失敗作"ザ・スタンド"(原題:Medicine Man)に共通する部分である。新進のジョーンズを起用した点は良かったが、脚本の古臭さはどうにもならなかった。
 それにコネリーとジョーンズとの関係も物盗り以外は何か物足らないし、実は...となるラスト前以降の展開も魅力的でなく、終わり方も納得できない。これが大物スターを使ったメジャー映画会社(20世紀フォックス)の作品の作り方かもしれない。
 苦言ばかりだったが、最初に触れた通り、この映画の魅力はコネリーとジョーンズに尽きる。特にジョーンズのセクシーさは"金のマスク"のシーンで炸裂する。最新機器に守られたターゲットに向かって体をくねらせ、進む様は男性にとって見どころだ(描写がいやらしくてスミマセン)。もちろんショーン・コネリーの渋さも相変わらずで、"ザ・ロック"他で魅せた男の包容力はまさに大スターの器たる彼ならではのものだ。
 確かにマレーシアの超高層ビルなど映画ならではの描写もあるが、私はこの映画を劇場で観る価値はあまり無いと思う。おそらくビデオでも十分にこの映画の魅力は伝わるし、その程度の作品である。

P.S.
 実はこの作品と"オースティン・パワーズ・デラックス"は同時上映だったのだ。田舎の映画館ならではの組み合わせ。まあ二作で一本の料金ならまあまあだろう。とはいえ、二本立てはキツイ。学生時代なら楽勝で三本ハシゴでも平気だったが、職について休日の合間となれば集中力が続くのも一本が限界だ。
P.S.2
また今回観た二作とも、監督の演出手腕というより、俳優のキャラクターが勝った映画だ。この手の作品は興行的に失敗する可能性が高い。

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99年8月17日
第2回「スターウォーズ・エピソード1 ファントム・メナス」

監督:
ジョージ・ルーカス

音楽:
ジョン・ウイリアムス

出演:
リーアム・ニーソン/ユアン・マクレガー/ナタリー・ポートマン/ジェイク・ロイド他

感想:
 公開前はやけに期待度ばかり高まったこの作品。冷静に観るには公開1ヶ月を過ぎたこの時期を選んでみた。ちょうど東京に行く用事もあったし、音響が命の新作。ドルビーサラウンドEXの威力も含めて作品を考えてみたい。
 この作品の感想。まずとにかく凄いの一言。何が凄いかといえば圧倒的なCG(コンピュータ・グラフィック)の量だ。おそらくこの作品の大部分に導入されていると思われるが、とにかく今回の世界観は全てCGで構築されていると云っていい(もちろん従来のマットペインティングも健在)。レベルの高いCGは役者との共演を生み、見事に演じられてはいた。表情も豊か、さすが「ジュラシックパーク」以後のCGの進化を見ることができる。事実、エピソード1の製作は「ジュラシックパーク」の完成、より高いCGレベルの到達が最大のカギだったようだ。インタビューでルーカス自身もそう話していた。
 しかしこれだけの作品なのに何かが足らない。目玉だったポッドレースのシーンよりも「ジェダイの復讐」のスピーダーバイクのシーンの方が興奮するし、宇宙戦のシーンも前3作の方が迫力があった。
何かこの作品に無いもの、それはドキドキすることだ。
高レベルのCGではあるが、それは観るものに1種の安心感を生み、
「どうせ作り物じゃないか」という気にさせられるのだ。どんなに激しい爆発シーンがあろうとも、何か冷静になっている自分がいる。それゆえにCG率の圧倒的に高いナブーでのドロイドとグンガン族の戦いも浮いた印象だ。
 逆にダースモールとジェダイ騎士2人の殺陣のシーンは迫力があった。ルーカスの黒澤フリークさを感じる所でもある。それだけにもっと殺陣のシーンも観たかったのだが...。しかしCGに傾倒した作品でライブアクションのシーンが最も興奮したとあっては、何と云っていいものか?
 それに自分は感情移入をしやすいタイプだが、この作品では誰にターゲットを持っていけばよいか分からなかった。それにいろいろな内容を織り込みすぎ、とにかく人物に対する掘り下げが少ないのだ。前作なら誰もがルークを寄りしろとして観ていたはず。しかし今回の場合はアナキンなら若すぎるし、他のキャラクターも心の内を見せていない。また前シリーズでは作品の陽の部分を担うハン・ソロの役割も大きかった。本作ではストーリーに明るさが見られないのも欠点だろう。ただこれはストーリー背景から難しい点ではあるが。
 この新シリーズのテーマは「如何にアナキンがダースベイダーになっていくのか」だが、今作は全てのキャラクターのイントロダクション(紹介)でしかない。それだけに師匠を失ったオビワンの今後、アナキンの成長とナブーの女王との関係、皇帝の策略など、本作で披露された多くの伏線を楽しむべきなのかもしれない。本作の最終的な評価はエピソード2が公開されたのちに明確になるだろう。ただルーカスは本作の評価を85点としているようだが、現時点ではそれ以下の感が強いと思う。ただ前述の通り、ハリウッドの技術力や現在のCG技術の到達点を知るには意味深い作品であると言える。

追伸1.音響について

 この作品のもう一つの目玉である音響について触れたい。私は渋東シネタワーで観ました。ここはドルビーサラウンドEXで再生できる劇場で、従来の劇場用ドルビー(デジタル)サラウンドにさらに1チャンネル追加されている。やはり劇場の広さから音の包囲感、豊かさはさすがと思わせる所はある。劇場の大きさを考えれば、音の移動感も優秀。ただ明確にEXの差を知るシーンは少ない。何ヶ所かそう感じるシーンはあったのだが。ただ個人的には音は意識させずに主張すべきだと思うのだ(これが難しい)。
 余談だがこの劇場と比較すると、我がルームシアター「遊舟」も負けてはいないようだ。うちの方が音のキレや移動感は明らかに上である。強いて言うなら、部屋の大きさの差から来るゆとりは負けている。これは包囲感や豊かさの差でもある。でもこう短い期間にフォーマットが何度も改変されるのは困ったものだ。いずれ民生用の機器にもフィードバックされるだろうが、果たして何人のユーザーがついて来るだろうか。むむ、マトリクスサラウンドで十分だ。
まあ、この作品はできるだけ良い音響で観たほうが良いのは確かだが。

追伸2.東京の劇場について
 いつも痛感するのだが、作品前のCMの類が多いのには驚かされる。今回の場合は20分以上も待たされた。渋谷のお店から、我が静岡の地元企業のほてい缶詰「ほていのやきとり」のCMとバラエティ豊か。とはいえ作品に何の関係もないCMを延々と見せられるのではたまらない。でも大画面で見る「ほていのおじさん」は圧巻であった。

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99年8月8日
第1回「アイズ・ワイド・シャット」
オススメ

監督:
スタンリー・キューブリック

出演:
トム・クルーズ/ニコール・キッドマン/シドニー・ルメット他

感想:
 実際に夫婦であるクルーズとキッドマンが医師夫婦に扮し、遭遇する官能的で危険な三日間の出来事。妻の赤裸々な告白に戸惑い、その態度に迷う夫。R18指定でそればかりが注目され、過激な内容と思われるかも知れないが、それは描写の中にあっても単にテーマを引き出すプロットの一つでしかない。また監督はテーマを明確にするために、けっして過剰な味付けはしていない。むしろシンプルでピアノの単音を使った心理描写はその一例だ。そして画のタッチは過去の作品同様、まさにキューブリックそのもの。奥行き感ある構図、長く回すところはきっちり回し、短いカットはテンポよくつなぐ。2時間半の長い作品だがサスペンスフルな内容と演出で十分にみせる。
 この作品で最も大事なのが、これらの出来事を経て、精神的に強く結ばれる二人の物語だ。ラスト近く、三日間の出来事を妻の前で独白する夫の姿は、精神的な開放を意味するような気がする。それは精神的に追い込まれ、皆が吐露する「新世紀エヴァンゲリオン」の弐拾五話と弐拾六話に重なる(映画版エヴァも同様だが)。まるでこの作品はキューブリック版の「エヴァンゲリオン」だ。これを裏付けるのがラストでのキッドマンのセリフの受取り方に象徴されるように、この作品のテーマは観客それぞれに委ねられている点だ。まさかキューブリックが「エヴァ」を観た訳ではないが、彼にとって20世紀最後のキーワードは観客との接点、つまりインタラクティブ性を求めたのかもしれない。それゆえに人間にとって身近であるエロティズムを接点の一つとしたのだ(そう云えば、考えようによっては映画版「エヴァ」の第26話も過激な描写だった)。
 まあ、とにかく複数回以上観ることで味の出る作品だと思う。既婚者必見。

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