趣味の殿堂「遊舟」2000 不定期連載エッセイ「勝手に言わせてもらいます」
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大好評!遂に200回を突破しました。異論、反論なんでもござれ。
硬軟取り揃え、あらゆる分野に私的見解全開で「勝手に言わせてもらいます」

このコーナーは週1回のペースで更新されます。
ただし個人的な理由または競馬GI期間中は更新が少なくなります。あしからずm(__)m
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2004年より「ちょっとだけ勝手に言わせてもらいます(仮題)」に統合させていただきます。
2003年9月1日
第239回「情けない話」

 会社で安全係員というのを任されている。各所属課から一人ずつ選ばれ、交通と安全作業の指導を行うのが仕事だ。折しも八月は夏の交通安全キャンペーン月間にあたり、先日の早朝より、立ち番指導をする事になった。要は会社の駐車場前でにらみを利かせ、シーツベルト未着用者や違法改造車を指導しようとするもの。また挨拶運動も兼ねている。だがこの挨拶運動が曲者だった。駐車場と会社のわずかな距離も喫煙者にはつらいようで、10人にひとりはタバコをふかしていた。会社の通用門に吸殻入れがあるからと、合法的喫煙を主張する。だが近くにいる嫌煙者にとって不快極まり無い。もちろん灰はその場で捨てるのは当たり前。前回も触れたが、見るに耐えないマナーの悪さ。更に問題は習慣化している事。行きに吸うなら帰りも同じ。駐車場は巨大な灰皿となっている。そんなこんなでとうとう堪忍袋の緒が切れた。

 ウチの会社は環境管理を受け持つ部署があるので、そこの課長に思っている事を全てぶつけてみた。以下はそのやり取りである。

私「途中の信号、交差点の喫煙酷すぎませんか?」
課「喫煙マナーの悪さは目に余るね」
私「会社の通用門に吸殻入れがありますけど、あれって喫煙を助長していませんか?」
課「行きばかりでなく帰りも酷いね。吸殻を側溝に捨てている人も多い。実は喫煙に関して安全衛生委員会などの席で産業医の先生を通して注意してもらう努力はしてる。禁煙時間の設置ができたのはそのおかげだよ。ただ所長が代わった上、喫煙族の息が荒く、意見を受け付けてくれないのが実状なんだ...(中略)まぁ今回は私まで話したところで止めさせてくれないか」
私「まぁ事情は判りましたが...」

私は渋い表情でその場を後にした。

 何とも情けない話である。ウチの会社は既にISO9000シリーズを取得している。この夏から14000シリーズの審査が始まり、秋に向けて正式な認定を待つ状態。しかし14000シリーズのキモは地域への環境対策。製作したマニュアルにも織り込まれている。そんな会社が喫煙環境すら正せないという情けなさ。量の大小はあれど、ダイオキシンの元を撒き散らしているのだから堪らない。それなら思い切って喫煙族の所長を相手に噛み付いてもいいが、こんな景気では死活問題。『あとは自衛するしかないか』と諦めてしまった。そんな私自身に関しても情けない話ではあるのだが...


2003年8月20日
第238回「『踊る』という名のメニュー」

 一ヶ月前、『湾岸亭』という名の食堂を訪れた。そのお店はかつて『空き地亭』としてクチコミで人気を広げていったお店。五年前から突如休業していたのだが、今回オーナーの計らいで待望の新装開店に至った。そのためオープン初日は溢れんばかり、行列ができる位に人が集まっていた。皆、再開を待っていたのだろう。私も同じ、開店を知ってから心は踊っていた。そしてオススメの新メニューを見ると「ベイブリッジ定食」。さっそく周りのお客と同じく注文してみた。

 すぐ出てきた前菜は『湾岸亭』らしいが、ちょっとくどかった。だがそんな事は忘れ、『湾岸亭』の味噌汁に口をつける。この味だけは変わらないと納得。思わず心が踊りだしそうな味。だが周りのお客は「うまい」「懐かしい」「この漬物がいいんだ」と皆喜んで食べていたが、箸を進めていくうちに私の心は覚めていった。確かにお椀は新しいが、五年前に訪れた時と同じおかずの内容。そこまではいい。おかずそれぞれが素材の良さを引き出しているとは言い切れず、味付けは濃かった。特に口に残った後味はキツく感じた。

 私は『空き地亭』が好きだった。だがここにある『湾岸亭』の「ベイブリッジ定食」は前に出ていたメニューを焼き直しただけな上、私の口には合わなかった。メニューを作った人、料理するシェフやスタッフは『空き地亭』と同じ。なのにこの味とコンビネーションの無さは何だろう。それに素材それぞれの個性だけが強過ぎる。ただ今日ここに来て満足したお客は、懐かしさだけを楽しんだということなのか。つい私は「ファーストフードに慣れたお客には丁度いいかも」とつい口走ると、周りのお客に怒られる始末。結局、私を含めた一部のお客を除き、『湾岸亭』の「ベイブリッジ定食」に満足していたようだった。

 別に私は食事をするのにその値段や格は意識しない。食堂で食べようが、レストランで食べようが、とにかくいい食事をしたいだけだ。私は過去たくさんのお店でいろんな料理を食べてきた。もちろん素朴な料理も食べた。だがそれらと比較してこの「ベイブリッジ定食」の味、特に後味には我慢ならなかった。『湾岸亭』のオーナーはかつてインタビューで「ウケる味を分析したい」と言っていた事がある。確かにお客は記録が出来るほどに並んでいる。だがその答えが今回の「ベイブリッジ定食」だとするなら...随分と出来の悪い大衆食堂になってしまったなぁ。判る人には判るある映画のお話でした。


2003年7月27日
第237回「煙のない街」
路上禁煙地区だと注意を促す表示
路上禁煙地区だと注意を促す表示

 先日三日間、講習で東京お茶の水に通ったが、大きく感動する事があった。それは歩きタバコをする人がいない事、さらに足元に吸い殻が見当たらない事であった。昨年、千代田区で施行された「歩きタバコ条例」が功を奏した形。街中でニコチン臭さを感じるのは、駅ですれ違うサラリーマンの背広から程度。分煙は進み、喫煙者は限られた場所でしか、タバコを吸う事ができない。神経質と言う無かれ。何せ家でタバコを吸う人はおらず、幸いに学生時代から周りで率先してタバコを実践するヤツもいなかった。これで吸わないのは当然だ。

 だから慌ただしい都会の中にあっても、ニコチン臭くなかったのは正直嬉しかった。むしろ田舎のほうが恥ずかしいくらい。喫煙者は我が物顔で歩きタバコをしながら闊歩しているし、道路を走る車を見ても、窓の外は灰皿の如く、灰や吸いがらを平気で捨てていく。「富士山をきれいに」と掲げられた地元の道路の路肩に溜まった吸いがらが皮肉。これでも地元沼津は分別ゴミの先駆けとして全国に少し知れた存在なのにである。

 JTのマナーアップCMのように、周りを気にする人がいるぐらいなら、世間の分煙状況はとうの昔に良くなっているはず。携帯灰皿を持ち歩く喫煙者を見た事がない。JTのホームページを見ると、"大人の思いやりの商品「たばこ」"として紹介されている。笑止、元々タバコを吸う時点で喫煙者にモラルのかけらも無い。集中、リラックスと聞こえはいいが、彼らがタバコをふかすほど、その周りにいる者の気持は逆。ちなみに同ページには大人タバコ養成講座がある。

 思い出せば年末の会社の大掃除。白かった事務所の壁、換気扇は既に黄色。洗剤をかけ雑巾で拭い、ヤニ色に染まると興ざめしてしまった。「俺はこれを吸わされているのか」、こうなると二次喫煙もバカにできない。知らぬうちに体を蝕むこれも一種の殺人である。近々タバコの注意書きの警告レベルが上がるというが、今現在、肝心の自販機には注意書きの一文も載っていない。だが世の中にはいい言葉がある。百害あって一利なし、これぞタバコ以外の何物でもないではないか。


2003年6月26日
第236回「世界の料理ショー」

 先日観た「ボーリング・フォー・コロンバイン」の面白さの一つに、マイケル・ムーアの構成の巧さがあると思う。起承転結、それぞれに我々観客を納得させる内容を用意。そしてその構成を支えるのがインタビューだ。インタビューは料理に例えれば、素材に当たるもの。つまり素材を生かすも殺すもシェフ次第。特に「ボーリング・フォー・コロンバイン」ではシェフ自身が、素材作りも手掛けた。要は畑から野菜をひっこ抜いて、その場で料理した感じ。それゆえインタビューが新鮮なわけだ。

 最近インタビューと聞いて思い出すのが、マイケル・ジャクソンの一件である。英国人ジャーナリストのマーティン・バシール氏のインタビューを快諾したマイケルだったが、放送された内容に激怒。更にマイケル側から撮影していた同じインタビュー素材を基に、反論番組が制作された。ただ最初に放送されたバシール氏のインタビューそのものは、芸能ニュース以下で下世話な内容。このインタビューのシェフたるバシール氏は、マイケルを世界のゲテモノ料理に仕上げたかったのだろう。邸内の個人遊園地で子供たちと戯れ、ラスベガスでは数千万円の買い物を矢継ぎ早にしていくマイケル。インタビューよりも映像のインパクト、彼の奇怪な行動ばかりが目立った。

 これに対しマイケルの作った反論番組はインパクトが弱い。側近や身近なインタビュー。見解は「インタビューは嘘だらけ」「怪我による必要とされた整形」に終始。キモになっていたバシール氏との別撮りカメラの映像も、どのようにも取れる内容だった。ただ結局バシール氏は、一つでも常人との違いを切り崩せればそれで良かったのだ。先手必勝、視聴者にとってそこから沸き上がる疑問は、ある種嫉妬に近いもの。高級料理を食べて「美味しくありません」なんて嘘は通じない。もっとも料理自体、口に合わないかもしれない。

 個人的に料理というと、グラハム・カーの「世界の料理ショー」を思い出す。軽妙なおしゃべり(吹替の黒沢良が巧い!)と共に見事料理を仕上げていく。おしゃべりと料理の美味しさの両立。そして狙ったように「おーいスティーブ」とフロアディレクターへ茶々を入れる。まさに彼こそ文字通りのシェフ。エンディング、食した後に飛び出す笑みが抜群だ。その後、観客席から一人を呼び寄せ、食事を取りながらのインタビュー。ただし美食に言葉は要らないだろうけど。


2003年6月18日
第235回「子は親のカガミ」

競馬において、競走馬はその能力、つまりスピードやスタミナを問われ、そこで父母の能力遺伝を頼りに血統が重要視される。これは距離適性の見極め、生産者である夢の頂点、ダービーを勝つためには欠かせない要素だ。しかし競走馬、走ってみなければ判らない。競馬はギャンブルといわれるが、生産そのもの自体も同じ。そうでなければ血統の良い高額取引馬ばかりが勝ち残ってしまうからだ。だがそこで生き物としての競走馬を考えた時、気性という大きな要素が浮かんでくる。

昨年急逝したサンデーサイレンスの産駒。その実績は言うまでもないが、今年も勢いが止まらず、春のクラシック競走を総ナメは凄い。牡馬、牝馬共に二冠馬となった一方、同じサンデーサイレンス産駒の良血ながら、大一番で惨敗を期した馬もいた。アドマイヤグルーヴにサクラプレジデント...これだけの高血統馬。その敗因を求めると、距離適性とは別に気性という問題に辿り着く。気性とは人間でいう性格があたる。スタート後、頭を激しく振ってスタミナをロス。両馬のオークス、ダービーの走りっぷりはまさに同じような結果だった。

競馬ファンにはおなじみ、血統的にはサンデーサイレンス産駒は引き継いだ闘争心が能力に直結した時、最大のパフォーマンスを引き出すと言われている。遺伝子レベルの話に根拠はないが、それを真っ向から否定はしない。しかし同じ父の血をひいていても、大人しい馬と激しい馬がいるのも事実。そこで重要な要素が環境である。

先日、幼い子供のいる後輩が「悪い言葉ほど覚えてしまう」と嘆いていた。コミュニケーションの手段たる言葉は圧倒的に耳から入ってくる情報量が多い。善悪の判断がつかない以上、視覚からの情報も含め、親の考え方、教育が性格形成に与える影響は大きい。その点、父親が子育てに参加できない以上、競走馬にとって母親の存在は重要。もちろん牧場の育成も関係してくる。子は親のカガミ。成長の早いサラブレッドの生まれて最初の一年はバカにできない。


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