| ◆「仕事」って何だろう?◆ ■「処理」は仕事といえるのか?
「処理」と「仕事」という言葉の持つ意味の違いについて考えたことはありますか?「処理」とは業務を右から左へと行うことで、工夫や改善の跡が見られないものです。一方「仕事」とは、あなたが担当することによって工夫や改善が加えられ、従来よりレベルアップしているものだと考えましょう。
そう考えると「仕事の本質」が見えてきませんか?毎日漫然と、こうであると思い込んでいる日常業務にも、改善の余地があります。パソコンを使ってやり方自体を変えてしまうことができます。決裁ルートを工夫して、意思決定をスピードアップできるかもしれません。あなたではなくて後輩がこなせる仕事かもしれません。そうやって「本当にこのままで良いのか」と自問自答しながら、より良い方法を考えていくことが「仕事」といえるのではないでしょうか。
あなたも「処理」から「仕事」へと考え方を少し変えることで、会社での一日の過ごし方ががらっと変わるはずですよ。そして「仕事」の厳しさや醍醐味も体験できるでしょう。
■問題発見と解決で本領発揮
どんな仕事にも大なり小なり問題点はあるはずです。ただ漫然と「処理」しているだけではわかりませんが、意識的に注意して業務を分析すると、問題点が浮き彫りになるでしょう。そこで「たいしたことないや」と見逃すか、改善方法を考えて実行するかで仕事ぶりに差がつきます。
ここで注意したいのは、他人の短所やミスがどうしても目に付きやすいため、批判めいた行動を取りがちなことです。しかし本当の仕事は、自分のやり方の問題点に自分で気づき、自分で改善策を考えて実行できることなのです。
自分の担当している仕事は、なかなか自分では客観的に評価できないものですが、完全なものはないと考える謙虚な気持ちと、常により良いものを求める探求心、そして自分のやり方を変える勇気があれば、きっと実行できるでしょう。
仕事の中に問題点が出てくることは、何ら恥ずべきことではありません。問題点に気づかなかったり、またあえて見逃したりすることの方が、中堅社員として恥ずべきことなのです。
■「前任者がこうやってました」
「これは良くないよ」「このやり方は間違ってるよ」と注意すると、「前の人がこうやってました」とか「こうするように教えられました」という答えが返ってくるケースがよくあります。これは私の一番嫌いな言い訳の一つです。「それじゃ前やってた人は神様かいな」といいたくなります。
当事者である自分の考えや意見が全くなく、前任者に責任を押し付け、あたかも自分に非がないといわんばかりです。これでは「ロボット」と一緒です。自分にプログラムをインプットした人が間違っており、自分はその間違ったプログラムのとおり、忠実に業務を行っただけだといっているのと何ら変わりませんよ。
私たちは人間です。感情もあれば知能もあります。間違いをインプットされても自分で柔軟に対応して仕事の本質を見出し、正解を見つけて起動修正しなければなりません。そこには自分の考えを素直に改めることのできる「謙虚さ」が不可欠です。
自分の仕事には自分で責任を持ちましょう。「石頭を持ったロボット」なんて、とても相手にできるものではありませんよ。
■仕事は「自己実現」のための手段
仕事は誰のために行っているのでしょうか。会社の利益のため、社会に貢献するため、家族の生活を支えるためなど、理由は人それぞれでしょう。
そこで就職活動のときの自分を思い出してください。誰もが面接のとき、仕事に対する「熱い想い」を語ったはずです。そのときの気持ちをもう一度再確認してください。すると、毎日の忙しさの中で忘れかけていた「仕事とはいったい何だろう」という本質的な問題に直面するはずです。
仕事とは、自分が今まで歩んできた過程で得た経験や知識をフルに活用し、独自の創造力や工夫を織り込みながら、より高いレベルへ挑戦し、自らの力を昇華させるものです。一つ一つ課せられた仕事をこなしていくことによって、自分の実力とその評価が高くなります。ここで3年後、5年後、10年後にどういう自分になっているかをイメージし、夢を持ちましょう。
そうすれば「仕事」は、自分の理想のイメージに近づけ、夢を実現するための手段になります。つまり仕事をすることが目的ではなく、その仕事を媒体にして自己の夢を実現させるための手段となるのです。
人に語る必要はありませんが、常に「夢」を持ちながら毎日頑張ってみませんか?そうすれば、毎日何となく過ごしたり、のんびりしている場合ではないと嫌でも気づくはずです。そして仕事に対する心構えが根本的に変わるはずです。
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