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[タグラグビーの歴史 NO.2]


2、タグラグビーの歴史(日本への導入)
 タグラグビーが日本へ導入された経緯はどのようなものだったのでしょうか。
 日本にタグラグビーが紹介されたのは1996年のようです。勝田隆さん(現日本代表テクニカルディレクター)が、1995年4月から1年間イングランドへ留学し、イングランドでラグビーの普及活動のひとつとして導入していたタグラグビーを見て、日本での競技人口減少対策に取り入れてはどうかというのが始まりのようです。
 その後、日本ラグビー協会の普及育成委員会が、初心者向けのルールや発展的なルールなどを作成し、学校体育の中に取り入れてもらえるように、文部省への働きかけや、全国的なタグフェスタの展開などが行われるようになりました。


3、意外と知られていないタグラグビーの普及活動(山形県)
 タグラグビーを全国にいろいろな形で普及されていますが、普及活動をいち早く取り入れたのはなんと、ラグビー不毛の地といわれていた山形県なのです。
 山形県ではどのような取り組みがなされているのでしょうか。

 <授業への展開と導入>
1996年 山形県米沢市の北部小学校の紺野先生(現在は転勤しています)が授業に取り入れました。きっかけは、小学生にタッチラグビーをさせていたのですが、タッチが強かったりして、転んでしまう子供がいたり、6年生ぐらいになると男女がタッチし合うのを嫌がったりするという問題点が出ていたようです。そこに、勝田さんがイングランドから購入してきたタグを借り、子供にさせたところ、今までにない活気に満ちた授業になったとのことです。

 <講習会の開催>
1996年、日本のどこにもタグというものがありませんでした。そのため、タグベルトが作れないか検討し、自作のタグベルトを完成させ、1997年春山形市ラグビー協会で講習会が開催されました。このころには、山形市内の中学校ラグビー部と県内すべての高校にタグベルトが、行き渡っていたようです。

 <大会の開催>
普及のためには、大会の開催が必要と考えられ、1997年夏、山形県新庄市で第1回タグラグビー新庄大会が高校生中心で開催されました。高校生が中心になったのは、毎年新庄市の新庄工業高校ラグビー部が主催している、高校ラグビー交流会のひとつとして行われたからのようです。
この頃には、全国的なタグラグビーの普及講習会が日本ラグビー協会で行われていました。そのため、タグラグビー新庄大会での問題点を洗い出し、普及に結びつけるにはどうしたらよいかを考え、1998年夏、第1回タグラグビー東北大会が山形県新庄市で行われました。



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