写真:田子倉・白戸川上流 「藤倉沢」

この「熊を追って…只見のマタギ」は、只見町叶津在住
只見町有害鳥獣駆除隊長三瓶光義さんが作成された記
集「熊を追って 田子倉山の一日」からご本人のご了解を

て抜粋、再編いたしました。

記録集は三瓶さんがマタギの記録を後世に残そうと
昭和45年(1970年)4月にノートとカメラを持って山に
一日
一日の出来事を日
記に書い
てきて整理された
貴重な
ものです。            
 (2001.9.10.open
このページの製作者



最近の三瓶光義さん
 はじめに
 
 4月に入り大塚正也の家に遊びに行くと、熊山に行ったことのある人たちが3人
集まり熊山の話に夢中になっています。取った熊、逃がした熊、一匹一匹に面
物語がついて楽しそうに話しています。
 正也が自分の親父(大塚方・通称ターザン)の書いた熊山の記録を持ってくる。
開いて中を見ると、昔、田子倉部落で2組に分かれて熊山をして、一匹の熊を両方
で追って喧嘩した話、また、折角見つけて苦労しながらハンターの足もとまで追い
上げたのに銃より弾が出なくて逃がしてしまった話などが書いてあります。
 むかしの熊山は生活がかかっておりましたので、熊が取れないと、持って行った
米を節約して食い延ばして熊がとれるまで頑張る涙ぐましいような話が書いてあ
ります。しかし、この記録は正也の親父が実際に熊山をしている時代に書かれた
ものではなく、20年近く経過して、ダム工事により田子倉部落が水没して只見に
出てこられてから書かれたものでした。
 私が記録を見ている内も、あの熊は、この熊はと、それに熊山に行った1人一人
の行動までも話しに出てきて尽きる事がない。聞いていると山の様子までが解る
ような気がします。ハンターとしては、本州最大の猛獣月輪熊の猟ですのでその
醍醐味は格別のものがあると思います。
 何回か遊びに行く内に、自分も話しに乗せられて熊山に行く事になる。これは話
しばかりでは駄目ですので、写真を入れて記録を残そうと、ノートと写真機を持って
山に登り一日一日の出来事を日記に書いて来て整理したものです。
 マタギことばをご紹介します。
(まき) 熊のいる山の斜面を熊に気づかれぬように、大きくとりかこんで、熊を上に待っているハンターのところに追い上げる、熊狩の実力行使のことです。
待場(まちば) 巻の中で勢子に追われて上がってくる熊を待っていて撃つ場所のことです。
目当(めあて) 熊のいるところ、ハンター、勢子と全員の掌握できるところに出て、勢子を使って熊をハンターのところに追い上げて撃たせる、熊の巻狩の総指揮をとる人です。
(しん) 巻の中心になるところで、参加者全員で芯にいるハンターのところに熊を追い上げて、この人に撃たせる。ここに出る人は、経験豊富の信頼のおけるハンターが出る場所。
(かた) 巻の中心に出ているハンターの下に出て、登って来た熊を芯に追い上げる人。
カッテ 巻を中心にして、沢の上流の方向のこと。
イデシ 巻を中心にして、沢の下流の方向のこと。
勢子(せこ) 目当の指示を受けて、巻きの中にいる熊を上に待っているハンターのところに追い上げる人。
とな声 射止めた熊を全員でとりかこんで、気勢をあげる古いマタギ時代より受け継いだ行事のひとつです。

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