■加藤健君のコーナー■
(かとうけんくんのこーなー)
高校時代の加藤健 1998,7,27 長岡・悠久山球場にて
(後ろ向きの写真ですみません・・・)
加藤健というのは、読売ジャイアンツの捕手のことです。
私が彼をはじめて見たのは1997年秋、彼が高校2年の時の秋季高校野球・北信越大会の時でした。
この時は、秋季北信越大会が私の生まれ故郷である新潟県で行われたので、新潟勢を応援しに東京からはるばる新潟の鳥屋野球場まで出掛けていきました。
しかし大会初日は、新潟勢(高田工、新潟南)がそろってコールド負け。あまりのふがいなさに、「このまま東京に帰ってしまおうか!」と思ってしまったほどでしたが、気を取り直して、翌2日目も、新潟勢最後の砦となった新発田農を応援しに鳥屋野球場まで行きました。
球場に入り、観客席から金網越しにグラウンド見ると、ベンチ前で新発田農の選手達がキャッチボールをしていました。この時の第一印象が、「体の大きいキャッチャーがいるなぁ」ということでした。(〜これが加藤健君)
それで、新発田農の対戦相手は富山商(富山)。初回から新発田農の打線が爆発し一挙に4点先行。
その裏、マウンドに上がったのが富樫投手(のち日本ハム)。サイドスローから絶妙なコントロールで三者凡退の立ちあがり。
その後も新発田農が小刻みに得点を追加し、7回表を終わって8‐0と新発田農の一方的な展開。富樫君は何と6回までパーフェクトピッチング。7回はさすがに記録を意識したのか、コントロールをやや乱し、ランナーを2人出しましたが無得点に抑え、7回コールドで新発田農の勝ちでした。
第97回 北信越高校野球大会・2回戦
1997,10,11 新潟市営鳥屋野野球場
(7回コールド)
仕事の都合で、この日限りで東京に帰ってきましたが、新発田農は、翌日の準決勝でも上田西(長野)に11‐0でコールド勝ち。決勝では敦賀気比(福井)に5‐6で惜しくも敗れましたが堂々の準優勝で、翌1998年の春のセンバツ出場が当確になりました。
実をいうとこの時は、加藤君より投手の富樫君の方が印象に残っていたのですが、翌年1月の某スポーツ紙の「ドラフト候補の高校生」の欄に、「捕手 加藤健 新発田農」と書かれていてびっくり。
それで、「新発田農を甲子園に応援しに行こう!」という気持ちになりました。
しかも新潟県は全国でも唯一の春のセンバツ未勝利県(当時)。新潟勢の春のセンバツ初勝利という歴史的瞬間にも立ち会えるかも知れないという楽しみもありました。
この時の春のセンバツの新発田農の初戦の相手は豊田西(愛知)で試合は大会初日の第3試合。
前日夜に大阪入りし、この日は朝の開会式からずっと甲子園球場のアルプス席で観戦していました。
そしていよいよ第3試合、新発田農の登場でしたが、打線が豊田西の松下投手の快速球に封じられ、加藤君も硬さが目立ち4打数ノーヒット。自慢の強肩を披露する機会もなくあっという間に試合が終わってしまったという感じでした。
第70回 選抜高校野球大会・1回戦
1998.3,25 甲子園球場
| 豊田西 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 |
| 5 |
| 新発田農 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 0 |
そして加藤君が迎えた高校最後の夏。新潟大会で新発田農は順調に勝ち進み、ベスト4まで進出。「また加藤君達を見たい」という気持ちで東京から上越新幹線に乗り、準決勝の行われる長岡の悠久山球場へ。
準決勝第2試合、いよいよ新発田農の登場。試合前の守備練習の時から加藤君は持ち前の強肩ぶりを発揮。「プロ野球にも、こんなに肩の強い捕手はそういないのではないか」と思えるほどで、春に比べて一段とたくましくなった様に見えました。
試合相手は前年夏の代表・日本文理という好カードでしたが、序盤から新発田農打線が爆発。加藤君も4打数2安打と、強打ぶりを発揮。15‐3という大差で決勝進出を決めました。(この時撮ったのが、上の写真です)
第80回 全国高校野球選手権新潟大会・準決勝
1998,7,27 長岡市悠久山野球場
| 新発田農 | 0 | 2 | 3 | 3 | 0 | 1 | 6 |
| 15 |
| 日本文理 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 3 |
(7回コールド)
新発田農は翌日の決勝にも勝ち、いよいよ夏の甲子園へ。初戦の相手は浜田高校(島根)。この時も甲子園に行きたかったのですが、都合で行かれず。テレビ観戦になりました。
この試合でも打線が浜田高校の和田投手(現・福岡ソフトバンクホークス)に2点に抑えられ、とうとうこの年の新発田農は甲子園で勝つことは出来ませんでしたが、加藤君はこの試合で盗塁を刺すなど強肩ぶりを発揮してくれました。
そして秋も深まり運命のドラフト会議。読売ジャイアンツが3位指名。(この時のドラフト1位は上原投手、2位は二岡内野手)
私自身はジャイアンツはあまり好きでは無いのでちょっと残念な気もしましたが、彼の事だけは一生懸命応援していこうと思うようにしました。
入団1年目は、イースタンで23試合に出場し、46打数11安打(打率.239)、本塁打1、打点2という成績で、2年目の2000年、序盤のケガなどで出場試合数は思うように増えませんでしたが、一軍のリーグ優勝決定後、消化試合ながら念願の一軍昇格。3試合に出場し、3打数ノーヒット(三振、三振、二直)でしたが、最後の試合ではスタメンでマスクをかぶり、強肩を発揮して盗塁も一つ刺しました。
ジャイアンツにはライバルの捕手も多いですが、将来、一軍に定着出来るように頑張ってもらいたいものです。
※2006年(プロ入り8年目)に阿部・村田捕手の故障もあって一軍に昇格し、プロ入り(一軍)初ヒットを打ちました。
※2007年(プロ入り9年目)は、ほぼフルシーズン一軍に定着し、9月21日の横浜戦(東京ドーム)でプロ(一軍)初ホームランを打ちました。
※2008年(プロ入り10年目)は、日本シリーズ(西武戦)にも5試合出場。第6戦の9回裏にヒットも打ちました。
■プロフィール(2000年度選手名鑑より)■
加藤 健(かとう けん) |
| 生年月日 | 1981年3月23日 |
| 出身 | 新潟県北蒲原郡聖籠(せいろう)町 |
| 出身校 | 県立新発田農業高校 |
| 身長 | 186cm |
| 体重 | 85kg |
| 血液型 | A |
背番号 |
| 1999年〜2008年 | 2009年〜 |
56 | 40 |
■過去の打撃成績■
一軍成績
| 年度 | 試合数 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
| 2000 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | .000 |
| 2002 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | .000 |
| 2005 | 一軍昇格があったが、試合出場なし |
2006 | 19 | 34 | 10 | 0 | 3 | .294 |
| 2007 | 28 | 21 | 4 | 1 | 7 | .190 |
2008 | 28 | 36 | 7 | 1 | 3 | .194 |
2009 | 12 | 10 | 2 | 0 | 0 | .200 |
|
|
|
|
|
|
|
計 | 92 | 105 | 23 | 2 | 13 | .219 |
| 2008年日本シリーズ | 5試合 打席2 打数2 安打1 打点0 四死球0 三振1 打率.500 |
※第1・4・5・6・7戦に試合途中から出場 |
二軍成績
| 年度 | 試合数 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
1999 | 23 | 46 | 11 | 1 | 2 | .239 |
2000 | 49 | 121 | 25 | 3 | 16 | .207 |
2001 | 57 | 112 | 26 | 2 | 8 | .232 |
2002 | 44 | 89 | 14 | 0 | 4 | .157 |
2003 | 51 | 124 | 38 | 5 | 16 | .306 |
2004 | 26 | 60 | 18 | 2 | 8 | .300 |
2005 | 60 | 142 | 41 | 5 | 17 | .289 |
| 2006 | 31 | 68 | 22 | 2 | 9 | .324 |
2007 | 8 | 24 | 8 | 0 | 1 | .333 |
2008 | 23 | 74 | 22 | 2 | 13 | .297 |
2009 | 43 | 92 | 22 | 3 | 8 | .239 |
| | | | | | |
計 | 415 | 952 | 247 | 25 | 102 | .259 |
| 2009年ファーム日本選手権(対中日) | 打席3 打数3 安打0 打点0 四死球0 三振2 打率.000 |
三振・遊ゴロ・三振 |
加藤健選手の野球カード
《BBMカード》
年度 | 表面 | 裏面のコメント |
2003年 |  |
昨年11月に左手関節の骨片除去手術を受けたが、
順調にリハビリをこなし復活間近。身長186aの
大型捕手として期待大だ。強肩だけでなく一発長打を
秘める打撃も魅力で、高校時代は「新潟のゴジラ」の異名も。 |
2004年 |  |
堀内監督が注目している強肩強打の逸材。昨年は
ファームで51試合に出場して打率.306、5本塁打と
結果も残した。オフには結婚して自覚も出てきた。
チャンスをつかんで、二軍の正捕手を足がかりに
一軍定着をめざしたい。 |
2005年 |  |
新発田農高時代は"新潟のゴジラ"の異名を取った
強肩強打の大型捕手。2年連続ファームで打率3割を
マークするなど、打つ方では安定感と確実性も身に
着けてきた。二軍の正捕手の座から、一軍定着への
道を切り拓きたい7年目の今季だ。 |
2006年 |  |
8年目の今季はブレーク寸前。ファームの正捕手として
結果を残しつつあり、一軍定着への存在感を猛アピール。
高校時代は「新潟のゴジラ」と呼ばれながら伸び悩んでいた
打撃も開花。愛称"カトケン"がポスト阿部に名乗りを上げる。 |
2007年 |  |
昨年は自己最多となる19試合に出場し、初安打を含む
10安打を放ち、打率.294を記録した。今季は初の開幕
一軍入りと、正捕手・阿部のサポート役として期待は高い。
着実に経験を積んで、阿部を脅かす存在になりたい。 |
2008年 |  |
昨年は、自己最多の28試合に出場し、4試合に先発
マスクを任された。初本塁打もマークし、勝負所でタイムリー
を放つなど、2番手捕手の座を守った。北京五輪で阿部が
チームを離れることがあれば、絶好のチャンスだ。 |
|
2008年
日本シリーズ |  |
第1戦で9回からマスクをかぶり、日本シリーズ初出場。
西村健太朗をリードし、1イニング無安打無失点に抑えた。
第4戦では6回から出場、グライシンガーが中村剛也に
この試合2本目の2ランを浴びるなど苦さも味わったが、
第6戦では9回に代打として打席に立ち、左前に初安打。
頂上決戦で貴重な経験を積んだ。 |
2009年 |  |
2番手捕手としての地位を築きつつあったが、鶴岡が
新加入した昨年は出番が減少した。パンチ力のある打撃は
魅力だが、一軍定着にはリード面など守備での成長が
不可欠。プロ11年目を迎えた生え抜きが意地を見せる。 |
《コナミ BBH(ベースボールヒーローズ)》
年度 | 表面 | 裏面のコメント |
| 2008年 |  |
スケールの大きなバッティングとスローイングに定評がある、
期待の若き捕手。緊急事態に備えるリザーブ捕手から、
チームのキーマンへの飛躍を目指す。 |
この他にも加藤選手のカードを入手する事が出来たら(どの程度、出回っているのか分かりませんが…)
順次、UPしていきたいと思います。
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