アニメーションで見る相対性理論


ローレンツ短縮(ローレンツ収縮)と同時刻の相対性



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アインシュタインによる特殊相対性理論によると、静止している観測者からみて、 等速直線運動している物体は進行方向に縮みます。 これをローレンツ短縮、またはローレンツ収縮といいます。 もちろん、 「縮む」とはどういうことかを定義しないといけません。 「縮む」とは、 物体にへばりついている別の観測者にとっての、 物体の進行方向の長さに比べて、 静止している観測者にとっての物体の進行方向の長さが小さくなることです。 長さを測るときは、 ものさしをあてて、物体の両端の同一時刻における目盛りを読み取り、差をとります。 これには、物体の両端から等距離の点に目の位置をあわせればよいです。

なぜ、このようにしなければいけないのでしょうか。 これには、物体の運動が関係あります。 図0−1を見てください。



今、線路上を右に進行する列車を考えます。 線路には、ものさしが貼り付けてあるとします。 図の「正しい目の位置」では、列車の長さ AB が正しく測れます。 同時に目に飛び込んだ列車の両端の目盛りは、同一時刻のものだからです。 また、列車の進行方向に垂直の、ものすごーく遠い位置も正しい目の位置です。 これに対して、図の「まちがった目の位置」で観測すると、 点 D で光が発射されてからその光が点 E に到達する間、 列車の先頭は右に進行し、C の位置に達します。 その瞬間 F の位置から光が発射され、 2つの光は同時に「まちがった目の位置」に飛び込みます。 列車の両端の目盛りの差をとると、 列車の長さが伸びて観測されてしまいます。 列車の両端の位置は同一時刻の目盛りではないからです。 こういった本質とは関係ない、見かけ上の事柄を排除するために、 前述の長さの定義が必要なのです。

それでは、ローレンツ短縮の起こるわけを考えていきます。 特殊相対性理論では、以下の2つの事柄を基本的仮定とし、 それに基づき理論展開を行います。


ここで、静止者も等速直線運動する観測者に含まれます。 図1をみてみましょう。列車が速さ v で右に走っています。


図1では、少年が列車の中央に立っています。 図1は少年にとっての世界を表しています。 今、列車の両端から同時に光を少年に向けて発射したとします。 基本的仮定により、少年にとって光速は c ですから、 光は同時に少年に届きます。それぞれの光が発射された線路上の位置を、 線路に三角マークをつけて表します。 これは、列車の両端に人がいて、 床の穴から手を伸ばして、 光の発射と同時に線路上に三角マークをすばやく置いたと考えればよいでしょう。 さらに、床にものさしが貼り付けてあって、 少年は、列車の長さが L であることがわかりました。 これを列車の固有の長さといいます。 当然、少年にとって三角マーク間の距離も、列車の固有の長さに等しく L です。

次に、老人が列車の側面に正対し、 列車の進行方向から垂直方向の遠い場所で、 双眼鏡を使ってこの様子を見ていたとします(図2)。


図2では奇妙なことが起こります。基本的仮定により、 老人にとっても光の速さは c です。 すると、少年が速さ v で右に移動するので右の光のほうが先に少年に届いてしまいます。 これは、光は同時に少年に届いたという事実に反します。 いくら相対性理論でも、 この事実が見る人によって異なる相対的なものであるということは決してありません。 少年を点だと考えれば、 老人は、左右の光が同時にその点に到達するのを目撃するはずです。 少年をパチンコ玉に置き換えて考えてみます。 光がパチンコ玉にあたると、熱で一瞬のうちに片側のみ溶けて半分になり、 その瞬間に床に落ちるとします。 もし、どちらかの光が先に届いていれば、 片側が溶けたパチンコ玉が床にころがっていて、 両方の光が同時に届いたならば、溶けてなくなっているとしてやるのです。 少年にとっては、パチンコ玉は溶けてなくなっているでしょう。 これが、 老人にとっては、 片側が溶けたパチンコ玉が床にころがっているなんてことは絶対にありません。 この、光が少年に同時に届いたという事実によると、 光は右の方が遅れて発射されたとするしかありません(図3)。


即ち、左右の光の発射という少年にとって同一時刻の出来事が、 老人にとっては同一時刻の出来事ではなくなります。 これが、同時刻の相対性です。 まとめると、同一の点での同時は、明らかに絶対的なもので、 見る人が変わっても、この同時性は揺らぎません。 しかし、場所が違うと、ある人にとっては同時でも、 別の人にとっては同時でなくなってしまうということです。

図4を見てください。


光の発射位置を表す三角マークが線路上にあります。 図4では、左から光が発射されました。 右の光は右の三角マークにおいて発射されたという事実は変わりなく、 また遅れて発射されているので、 列車の先頭は、図4で示される位置になります。 ここで、列車が縮んだと思うのは早すぎます。 図4における列車の長さと三角マーク間の距離の比較に意味はありません。 老人にとっての三角マーク間の距離が、 少年にとっての三角マーク間の距離(L)である保証はないからです。

少年にとって長さ L であった列車の長さは、 老人にとっていくらになっているのでしょうか。 線路にものさしを貼り付けてみます(図5)。


老人にとって、速さ v で移動する列車の長さを aL とおきます。 老人にとっての列車の長さは、少年にとって静止している列車の長さに比べて a 倍になるとします。 まず、a はゼロになることができません。 これは、もし老人にとっての列車の長さがゼロならば、 老人から見て、左右からの光が決して同時に少年に届かないからです。 ここで、 基本的仮定「すべての等速直線運動する観測者において、 物理法則は変わらない」を考慮すると、 少年からみて線路は速さ v で移動するので、 少年にとっての二つの三角マーク間の距離も、 三角マークに対して静止している老人にとってのその距離の a 倍にならなければいけません。 ここでいう「物理法則」は、単に、速さ v で移動する物体の進行方向の長さは、 速さ 0 の時と比較して、a 倍になるというものです。 少年にとって、速さ v で移動する二つの三角マーク間の距離は L でした。 老人にとっては、二つの三角マークは静止しているので、 老人にとってのこの距離は L/a であればよいことになります。

  少年の視点   老人の視点
列車の長さ L(静止している) −> (a 倍) aL
三角マーク間の距離 L (a 倍) <− L/a(静止している)
ポイント1:  同じものでも観測者にとって速さ v で動いていれば、 長さが a 倍になる。
ポイント2:  図3,4, 5は電車の材質には無関係。

次に、a は負になることができません。 これは、 左からの光の発射位置と右からの光の発射位置を線路上に刻印した三角マークの位置関係が変わることはないからです。 したがって、a については、a > 0 とします。 列車が動いている場合は、図5より aL < L/a が成り立つので、0 < a < 1 がいえます。 ここで初めて、老人にとっての列車の長さは、少年にとってのそれより小さいことがわかります。 速さ v(ゼロでない)で移動する列車は、確かに縮んでいます。

ここからは、数式を用いて、 a の値を求めることにします。 老人の視点から、以下の3つの方程式をたてることができます。

左からの光が時間 t1 で少年に届くものとすると、

「左からの光の走った距離 = 最初の少年の位置 + 少年の逃げた距離」だから、

 (1)

左側の三角マークで光が発射されてから時間 T が経過して、 右側の三角マークに列車の先頭が達し、列車の先頭から光が発射されたものとすると、 図6より、

 (2)



また、ふたつの光は少年の位置で同時に出会ったことを考えれば、

「左からの光の少年までの移動距離 + 右からの光の少年までの移動距離 = 三角マーク間の距離」

であるから、「左の三角マークの位置からの光」が飛んでいる時間が t1、 「右の三角マークの位置からの光」が飛んでいる時間が、 t1 - T であることを考慮すると、

 (3)

(1)式より t1を a で表し、 (2)式より T を a で表し、t1 と T を(3)式に代入し、 得られた a についての方程式を解くことを考えます。まず、(1)式より、

 (1')

次に、(2)式より、

 (2')

ですので、それぞれを(3)式に代入すると、

 (3-1)

これを整理すると、

 (3-2)

 (3-3)

 (3-4)

 (3-5)

 (3-6)

 (3-7)

となります。a > 0 ですので、

 (4)

が得らます。ここで老人にとっての列車の長さを L' とすると、

 (5)

という、有名なローレンツ短縮の式が得られます。この式によると、 平方根の中の式は正の値しかとれない(0 は駄目)ので、 -c < v < c となります。 この結果によると、列車は光の速さより遅くしか走る事ができません。 どんなに加速しようとも、列車は光の速さにどんどん近づくだけで、 決して光の速さに到達することはありません。

ここで、少年の時刻と老人の時刻が異なっていることに触れておきます。 実は、老人が縮んだ列車を一瞬見た場合(写真を撮ったと考えればいいでしょう)、 少年の時刻で「老人が一瞬見た列車の先頭」の時刻は、 「老人が一瞬見た列車の最後尾」の時刻よりも遅れているのです。


再掲図4は、老人が一瞬見た、左から光が発射された瞬間の列車ですが、 列車の先頭は、まだ、右の光が発射された位置に達していません。 ということは、少年の時間で左右の光の発射は同時なので、 老人が見た少年の時間で列車の先頭の時刻は、 最後尾の時刻より遅れていることがわかります。




本を書きました。

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